そんな一団がこちらに向かっていると知りもしないたちは、なんとか、ルヴァイドたちへの事情説明を終わらせた。
話が進むにつれて、その突拍子のなさに不審の念もたしかに持ちはしていたようだけれど、これはが話すことでだいたい解消した。
信じてくれてありがとうお父さん、の、世界である。
それに何より、事実を見てきた者の重みが、彼らにも伝わったのだろう。
だんだんと、だんだんと。
会話が進むに比例して、場の空気は重くなっていった。
それでも、今を逃してしまえばもう、それを告げる機会はない。
そう知っているから、誰も余計な口を挟まず、私情も出来るだけ排して、たまに注釈を入れ――ただ、事実だけを、たちは告げた。
――レイムたちがその場に現れたのは、ちょうど話が終わったとき。まるで見計らっていたのじゃないかと、思えるほど。
「おや、みなさんどうしたんですか? 戦いの手が止まっておられますよ」
相手の息の根を止めてこそ、完全な決着ではありませんか。
悠然と――どこまでも悠然と告げられたそのことばに、全員が、眼光も鋭く振り返る。
特に、たった今、すべてを明らかにされたルヴァイドたちのそれが、一番強かった。
「決着ヲツケル意味ハ、スデニ消滅シテイル」
「デグレアという国家が、その意味を失った今となっては!」
硬質なゼルフィルドの声が、イオスの叫びが、場を震わせた。
けれどレイムは笑う。
軽やかに――どす黒く。
「あはははは」笑う。「いったい何を仰っているんです? おふたりとも」
「すべては聞かせてもらった」
レイムのことばじりを遮って、ルヴァイドが云った。
さして大きくもない彼の声は、けれど、何よりも強くその場に響き渡る。
「デグレアが、貴様の部下たちによって死の町と化したことも」
ギリ、と、歯を噛み締める音が聞こえた。
「その権威を利用して、貴様が私益のために、戦いを引き起こしたということも!」
――レイムは嗤う――
「おやおや……告げ口したのはさんですか?」
「そうよ」
きっぱりはっきり答えて、は、未だ膝をついたままのルヴァイドの隣に立った。
それを見たレイムは、少しばかり残念そうに眉宇を寄せる。
「それでは、罰を与えるわけにはいきませんね……でもおいたが過ぎますよ、さん?」
じゃあこないだのアレは何なんだ。
血識とられたら死ヌぞあたし。
そうツッコミたくなったけれど、そのコトは内緒だったんだと思い出して、あわてて口をつぐんだ。
余計な心配はかけちゃいかんでしょ今は。
ただでさえ、ルヴァイド様たち、とんでもないコト聞かされて怒ってるんだし。
――怒ってる、なんて、単純な単語で片付けられるような感情でないのも、重々承知しているけれど。
やれやれ、と、レイムは肩をすくめた。
何も答えないに閉口したようでもあり、自らの不手際を自嘲したようでもあり……
「参りましたね……出来ればもう少し、貴方たちを使って楽をさせてもらいたかったんですけれど」
どうやら、そうもいかなくなってしまったようですね。
云いながら、ははは、と、レイムは笑った。
白々しさしか感じないその声音に、ほぼ全員が不快感を感じたらしく、眉を顰める。
「……認めるというのだな? すべてを」
「はい」
血を吐くような、うめきにも似たルヴァイドの問いに、軽やかにレイムは応じた。
「付け加えるのなら、貴方のお父上――鷹翼将軍レディウスを嬲り殺したのは私だ、ということぐらいでしょうかね」
「!!」
「なっ……!?」
鷹翼将軍レディウス。獅子将軍アグラバインと並び称される、デグレアの二大将軍。
ルヴァイドの父であり、議会に逆らったとして殺された――そうだ、その人はたしかに彼らに殺されたのだと、あの街で判明した。
その手を。実際に下したのは。
今、目の前で笑っている男、当人なのだと?
驚愕の声を零したをちらりと見やり、固まってしまった一行を見やり――
くすくす。やっぱり、レイムは嗤う。楽しそうに嗤う。
「反逆者の汚名……貴方と貴方の母君は、そのせいで、迫害されつづけたそうで」
「……やめ――」
やめて。だめ。
これ以上云わないで。
これ以上、この人を追い詰めないで。
「貴方はよく努力された。自らの功績によって父の罪を償うために、国家に服従してこられた」
「馬鹿な……」
力のないルヴァイドの声。
「レイムさんっ……!」
それ以上――
「大変、助かりましたよ?」
「レイム!!」
それ以上、この人を――!!
「この私より、心からのお礼を貴方に。……ありがとう、ございます?」
カラン、と。
ルヴァイドの手から、大剣が転がり落ちた。
「……馬鹿な……、それでは……」
「ルヴァイド様!」
一瞬、力の抜けた手のひらを、は固く握りしめる。だがそれが、どれほどの役に立つのか。
――何をしてきた。俺は。
国家のためにデグレアのために?
違う。
父を殺した相手、自分たちを陥れた相手。
そいつのために。
今まで。これまで。つい先刻まで。動いてきたというのか。
騎士になるために剣の腕を磨いた。それは、このためにか?
汚名を雪ぐために如何なる任務も遂行した。それも、このためにか?
「……ルヴァイド様……っ」
夜色の双眸を揺らめかせて、覗き込んでくる。
その腕に巻かれた布、染み出している鮮血。――傷つけた。これは、このためにか……!
これまでの苦難も。これまでの葛藤も。これまでの何もかも。
すべてがあの男の目的のためにだけ、積み重ねられたものであると!?
それでは。なんだったのだ。
これまでの、何もかも。
「俺がやってきたことというのは、いったい、なんだったと云うんだあああぁぁぁぁァァァァッ!!」
ガヅッ! と、音。
地面を抉るほど、強く叩きつけられた拳。
手甲がなければ、おそらく、手が衝撃に耐えられなかっただろう。
「ルヴァイド様!」
「レイムさん!!」
イオスが叫び、が怒鳴る。
「あっははははははは!!」
けれどそれさえも可笑しいのか、レイムはただ、高らかに笑うだけだった。
「……黒騎士……」
双子のどちらかがつぶやいて、二人が同時にルヴァイドを見る。怒りと憎悪と、そして憐憫の入り混じった、実に複雑な感情をたたえて。
それでも救いなのは、彼らがルヴァイドの境遇を蔑視しているわけではないということ。――いや、出来るはずがない。
同じなのだ。自分たちは。この場の誰もは。
目の前の、銀髪の男に踊らされてきたという事実。
この場にいる、誰も彼もが。――何かを犠牲にされた、全員が。同じ。
「レイムっ! おまえはそれでも人間かっ!!」
真っ直ぐにイオスの突きつけた槍の先を、レイムは玩具でも扱うような感じで、軽く弾く。
「ニンゲン……ね」
……ニンゲンでなければ、どうだというのです?
そのことばに。背中が粟立った。
なんだろう、これ。この感じ。
人間じゃない? あのひと。
知っている? ……知っていた?
こんな状況でもなければ、頭抱え込んで思考に沈みこめただろうが、生憎今は予断を許さない。
アグラバインが、一歩、前に出る。
「やはり、貴様は……」
その顔を見て、レイムは、おや、と首を傾げてみせた。
「そこにいるのは獅子将軍殿ではありませんか。おひさしぶりですね」
もっとも、これは私の依り代となった者の記憶ですが――
召喚師を依り代に。血識を喰わせ、召喚術を身につけて。
つい先日、あの館で聞いたレイムのことばが、あの場にいた全員の脳裏によみがえる。
……ちょっと、待て。
粟立った皮膚を鎮めようと、腕を身体にまわすけれど、効果はなかった。
そんなこと知らぬげに、レイムは尚も、アグラバインに話しかけている。
「しかし、貴方は本当にしぶといお方だ。……始末のために送った悪魔も、返り討ちにしてしまったのですからね」
さらに待て。
レルム村の、双子と、アメルが、同時に凍りついた。
その悪魔は。リューグとロッカの両親を殺した悪魔のコトだと、にも判った。
じゃあ、それも。
「……それじゃ……僕たちの両親を殺した、はぐれ悪魔は……!?」
「テメエの差し金だったのかッ!?」
生き残り、そしてアルミネの欠片を見つけ逃げた、アグラバインを始末するために。
おまえが送り込んだのかと。
レイムはことばに出しては答えず、軽く首を傾げて微笑むばかり。
けれどそれは、雄弁な肯定の仕草。
――次々と明らかになる、あまりにも重い事実に、静寂が訪れた。
ある者は凍りつき、ある者はことばを失い。
それでも。
「……おまえは……」
ぎち、と、握りしめた拳。
爪が手のひらを抉る痛みで意識が覚醒したは、したたる血もそのままにレイムを睨みつける。
おまえは。
あなたは
……その名は。
なまえを
マグナが、腕を大きく横に薙いだ。そして叫ぶ。
「レイム!」
強くその名を呼ばわる。
デグレアの顧問召喚師。各地を渡り不安を煽った吟遊詩人。悪魔を従え人間の生き血を知識として奪った男。
「おまえ――おまえは、いったい、何者なんだ!」
「それは彼女が知っていますよ」
間もおかず、レイムは示す。ただひとり、を。
一斉に集まった視線にぎょっとして、思わずかぶりを振ったに、だが、レイムは笑いかけた。
「……ねえ?」
答えられるでしょう?