しがみついていた肩から下りて、はまず、腕を大っきくふりかぶった。
が、のそれが振り下ろされることはなかった――その一瞬先に、アグラバインの拳がルヴァイドの顔を見舞っていたからである。
「ルヴァイド!!」
「――ぐあッ……!?」
「ちょ、ちょいとジイさん!」
慌てた何人かの声が飛ぶけれど、アグラバインはそのまま、ルヴァイドの胸倉を掴み上げる。
「いい加減に目を覚まさんか!」
貴様の父は――レディウスは、逃げ道を死に求めるような男ではなかったぞ!!
「……!」
父の名に、ぴくりとルヴァイドの肩が揺らいだ。
そこに畳みかけるように、アグラバインは怒鳴りつける。
「死んでしまえばそれで今生は終わりだ。それは逃げだ。……逃げるでない、ルヴァイド!」
わしのように、おまえは逃げてはならんのだ!!
ザ、と、土ぼこりを立てて、リューグとロッカがルヴァイドの前に立つ。
まだ冷めやらぬ怒り。憎悪。
だけどそれを覆す、何かを持ったその双眸。
死は償いにはならないと、双子の瞳は語っていた。
そうしてそのとおり、
「甘えてんじゃねえぞ、黒騎士ッ!!」
死んで何もかも終わると思うな! それで俺たちの怒りが消えると思うのか!?
「がテメエらのために、何度泣いたと思ってやがる? それを全部無駄にする気かよ!」
ドス! と斧を大地に突き立ててリューグが吼える。
対照的に、淡々と――それでも鋭くロッカが告げる。
「貴方を殺したところで、レルム村のみんなは生き返らない……また新しい哀しみを引き起こすだけだ」
それよりも、貴方には、生きて、過ちを償う義務がある。
それは、ひどく突き放した感のある、手厳しいことばだった。
けれど――同時に、ひどく、哀れみを伴なったことばでもあった。
黒の旅団が、これから受ける衝撃と絶望の予想が、おそらくではあるが、ついているゆえに。
それを聞いてもなお生きようとするのは、相当の苦痛を乗り越えねばならないと判るゆえに。
遅れること数歩。ゆっくりと、シャムロックがやってきた。
黒の旅団に――デグレアに、守っていた砦と祖国を滅ぼされた騎士。
彼は、双子のように剣を向けるようなことはせず、ルヴァイドの前に膝をつき、目線を合わせて口を開く。
そして告げる。
「……まして、そのすべてが、第三者の悪意によって意図された悲劇でしかなかったのならば」
貴公はそれでも、己の死によってすべてが終わるとお思いか?
「……なん……だと……?」
「ドウイウコトダ……?」
じゃり。
足を踏み出したイオス、そしてゼルフィルド。彼らが立てた音。
デグレアの、忠実な騎士たち。
その国家がどうなっているか。
何故戦いが引き起こされたのか。
それまでの自分たちの戦いは、何のために仕組まれていたのか。
きゅ、と唇を噛み締めて、はルヴァイドの肩に手を添えた。
シャムロックのことばに驚愕を覚えている双眸を見て、……果たしてどれほど役に立つかと思いながら、ゆっくりと微笑う。
「……聞いてくれますよね。ルヴァイド様」
銀糸の操り手の存在を、その企みを――戦うべき本来の敵のことを。
「おやおや、勿体無い……」
悠然と平原を歩いていたレイムが、ふとつぶやく。
まだ遠いといえる位置で繰り広げられている、とルヴァイドの戦い――少女の腕から、鮮血が散った瞬間を視界におさめて。
もしもたちがいたら、いったいどういう視力だと頭を抱えたかもしれないが、現在彼の傍にいるのは、忠実な部下たちのみだった。
「彼女の血識も出来れば頂きたいのですが……あまり無理はなさらないでほしいですねえ」
それでもあえて動こうとしないのは、斬られた側の勝利を確信しているからか。
それとも、追い詰められた彼女の発動を、またも期待しているためか。
何度も何度もチャンネルを開けば、次第に、その回線は開きやすくなる。
その先の至福を、待ちきれない。
壊してしまえば顕現はするだろうけれど、その後、手元に留めておくだけの力をまだ、自分は有していないから。
力を。
チカラを。
……今は何よりも、ただチカラを……
にぃ、と、口の両端を吊り上げてレイムは笑む。
それと同時、ビーニャがちょっと顔をしかめた。
「レイム様ぁ、ちゃん、告げ口しちゃうかもしれませんよ?」
そしたらもぉ、ルヴァイドちゃんたちを手駒に出来なくなりませんか?
ム、と、キュラーが眉をしかめた。
「その可能性はありますな。宜しいのですか?」
だが、レイムは、それをさしたる問題ではないと退ける。
「良いのですよ。もう、戦争のための道具は充分でしょう。聖王国も重い腰を上げてくださったようですからね」
これからは、我々が働きかけずとも、うねりは止まらないでしょう。
「ならば……」
「ええ」
ガレアノの問い、そしてキュラーの声に、レイムはゆっくりと頷いた。
「ぶっちゃけ彼女以外もーどうでもいいですから他もみんな壊しましょうかっつーか今まで散々ルヴァイドには邪魔されましたからねちゃっちゃか嬲り殺して屍兵にしましょうかいやそれとも絶望をのしつけて叩きつけてからしばらくうっとり様子見したほうが楽しいでしょうかね?」
にっこりにっこり。
久々に聞く主のマシンガントークに、3悪魔は、ぎきーぃと首をひねり、顔を見合わせた。
(……なんか結局、本質的にレイム様ってばちゃんマニア?)
(単に鬱憤が溜まっとっただけじゃないか? 6年間、にちょっかい出してはルヴァイドに切り刻まれておったわけだし)
(表立って本性明らかにして、彼奴らの反応を見るのが楽しみなのでは……)
そんなアイ・コンタクトis会話をしたのち、彼らは再びレイムを見、その片手にしっかり装備されている隠し録画用カメラを確認すると、
……はあ、と、ため息をついたのだった。
肝心なトコロで、結局何かがズレていやしないかと、ちょっぴり思いつつ。