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第48夜 四
lll ルヴァイド lll




 いや、前から常々思っていたことだが、改めて一対一でしかも相手の殺気が振り切れ直前の状態でぶつかってみると、数合で、その強さは嫌というほど身に染みた。
 一撃が重い。
 それに、速い。
 加速度的に振り下ろされた最初の一撃を受けようとして、刃が触れた瞬間、あわてて横に流す方に変更した。
 まともに受けていたら、絶対に腕がどうにかなったはずだ。
「――!」
 横から胴体狙いできたそれを、剣の腹でなんとか流す。
 ギャイイイィィン! と、金属のこすれる嫌な音が響いた。
 が、がそれに息をつく間もなく、返す刃で二撃目が襲いかかる。
 なんとか上体ひねって躱したものの、今度は上から振り下ろし!

 ああああああ、小娘相手に本気できますか大人げないですよ総指揮官――!

 大きく横に飛び退ると、振り下ろした剣で地をするようにして、今度は切り上げが襲いかかる。
 一呼吸の間に、いったい何連撃かます気だこの人。
 それも、横に飛んでかわす。
 ただし、ルヴァイドの突っ込んでくる方向とは逆。
「ッ!」
 一瞬の交差。
 それさえも逃さず迫る刃が、の腕を薙いでいた。
 ぱっ、と、まるで花が咲くように飛び散る鮮血。
 けっして浅くはないけれど、命にかかわるような深さでもない。だから気には留めない、速度も落とさない。そのまま、ルヴァイドの後方へと身体を運んだ。
 あれだけの鎧だ、少なくとも方向転換には多少ならずと制限がかかるはず。
 目論見どおり、土煙を立ててルヴァイドが向き直るまで、少々間を要した。
 その間に、飛び回りすぎて危なっかしくなっていたの体勢も、立て直し完了。
 隙を見せないように用心しながら、布を固く巻きつけて応急に止血。

 ……しばし、睨み合い。


 震えている妹の肩を、そっとマグナが抱いた。だが、そうする彼の手も、小刻みに震えている。
 そのマグナにしがみついたハサハ、トリスの裾を握ったままのレシィ。彼らもまた、顔色は蒼白に近い。
 レオルドは微動だにしない。普段なら低く唸る駆動音さえ小さい。傍らのバルレルも、いつになく真摯な表情。
 ネスティも、ただでさえ色白の貌が、さらに色を失っている。
 涙目のアメルの両側には、双子。武器を握る手のひらが真っ白になっていた。
 ……全員が、似たり寄ったりの表情、そして雰囲気。
 一同の近くに佇むイオスと、予備回路が発動したゼルフィルド。パラ・ダリオは、有効時間切れらしい。
 特務隊長の後ろ、三歩ほど離れた位置に、数人の兵士が移動してきた。漆黒の兜はそのままだが、ふと気配を感じて振り返ったらしいイオスは、個々人をきちんと認識したようだ。安堵の混じった苦笑を浮かべて、見ていろ、と、小さな仕草。
「……これで……」
 そんななか、ぽつり、アメルがつぶやいた。
 とルヴァイドが斬りあう音以外には静寂しかない空間に、それは、やけに大きく響く。
「……これで、終わるんですよね……?」
 誰にともなしに問う聖女のことばに、けれど、答えを口に出来る者はいなかった。


 今にも溢れそうな涙を、けれど、アメルは懸命に堪える。
 気を逸らすために視点をさまよわせる。ふとトリスを見ると、彼女も同じような状態なのが判ってしまった。
 視線を戻す。戦いの繰り広げられている、その場所に。
 ……泣けない。泣いちゃだめだ。

 誰より今辛いだろう、あの子が泣いていないのに、傍観者でしかない自分たちが、泣いちゃだめだ……!


 ところがどっこい、が泣きたいのは別の意味でだったりした。
 なんでなんでなんでルヴァイド様ってばこんなに問答無用にバカみたいに強いのよ――――!!
 と、心で叫びつつ、繰り出される攻撃をひたすらに避ける。
 甘く見ていなかったと云えば嘘になるかもしれないが、これは、昔自分の知っていた彼の強さではない。
 そりゃあ、鍛錬さえ欠かさなければ、まだまだ強くなるものなのだろうけれど、それにも増して、もう後のない人間に特有の、自棄っぱちのような気迫まで感じられる。
 ……いや、鬼迫かもしれない。
 それほどに、強い。
 それほどに、怖い。
 さっき見せてくれた感情の色がなければ、とっくに、いつかのリューグみたいな傀儡状態になっているんじゃないかと思うほど、ルヴァイドは、戦いにのみ意識を奪われていた。
 恐らく、自分は勝てないだろう。このままでは――絶対に。
 現に、はルヴァイドの攻撃を回避するだけで手一杯。とても攻撃に転じる余裕はない。
 このまま体力が切れれば、振り下ろされる刃から身を守るすべはないだろう。
 だから、その前に。
 見つける。
 チャンスはたった一度きり。


 勝負は一瞬。と、見ていた誰かがつぶやいた。
 そしてそれは、そのとおりになる。


 ルヴァイドの太刀筋に苛立ちが見え始めたのを、は、冷静に見ていた。
 決着を急く心がそうさせているんだろう。そんな感じにも、判断していた。
 それはあながち外れではない。
 けれど、実のところ、正解でもない。

 ……決着を急くのは、傷口が開くから。

 長く打ち合えば打ち合うほど、目を背けていた傷口が、ばっくりと開いて血を流すから。
 そのときに、躊躇ってしまうから。

 だから早く。
 己が壊れてしまう前に。
 早く。早く。早く――――!

 焦燥。恐慌。そこまでを見通すことは、には出来なかった。

 だけどそれこそ、が待っていた状況。

「おおおおおおおぉぉぉおおぉぉぉ!!」
「―――っ!!」

 最上段に振りかぶり、そして振り下ろされた剣を、身体をずらして躱した。
 ピッ、と、逃げそこねた髪がひと房犠牲になるが、そんなもんどうでもいい。
「くッ!!」
 こぼれる舌打ちも荒々しく、ルヴァイドがそのまま剣を横なぎに動かす。
 膝あたりから上に行く斜めの一撃、避けるには上に跳ぶしかないと思われた。
「っと!」
 そしてそのとおり、なりふりかまってられないとばかりに、とん、と地面を蹴って飛び上がる。

!!」

 誰かの声が聞こえた。いや、叫び?
 上に逃げれば、その分行動が制限される。横に動けるわけでなし、そのまま落下するところに突き上げられたら、きっと無事ではいられまい。
 けれど、それはの狙いでもあったのだ。

 返すために翻された刃の腹が、きらり、と光を反射して輝いた。

  ちから、つかわないの?

 最奥からの声。
 親切なそれに、ちょっと苦笑い。応じる。

 使わない。要らないよ。

 あたし以外の誰にも、これの決着なんてつけさせない。
 あたし以外の力は、この場には必要ない。

 慎重に、これまでのどれより、慎重に。
 別に何か劇的なことじゃなくっても、自分の意識の集中次第で、目の前はスローモーションになるんだと、このとき初めて知った。

 タイミング、合わせて。落下する。
 剣の腹に、着地する。

 あと数センチ。

 あと数ミリ。

 ……あと……


 ……とん……っ、


 軽く、どこまでも軽く。
 まるで羽でも生えたかのように、のつま先は、ルヴァイドの剣の腹を踏み台にし、身体を再び宙に運ぶ。
 それは、ごく小さな跳躍。それで充分。
「――っ!?」
 そんな芸当など予想もしていなかったんだろう、目を見開いたルヴァイドと視線を合わせ、

 にっこり、は笑ってみせた。

 目を見張ったルヴァイドの両肩に、手のひらをおしつける。
 それを支えにして、身体を反転。
「よっ、と」
 こうなると体格の差が有利だった。
 そのまま肩に着地して、は、傷つけぬよう、細心しながら、ルヴァイドの首筋に短剣の刃を添えた。

 おんぶ状態というかなんというか。むしろ暗殺体勢と云ってください。

 ともあれ。そうして、ようやっと――ようやっと、は息を大きく吐き出したのだった。
 同時に、ルヴァイドが大剣を持った腕を、だらりと垂らす。

 それで、戦いは、終了した。


 わっ、と、見ていた仲間たちの歓声を耳に、はルヴァイドを見る。
「……あたしの勝ちですね」
 話、聞いてもらえますね?
 そう告げたと同時。
 ガツッ、と、ルヴァイドは膝をつき、剣を地面に突き立てた。

「……殺せ」
「は?」

「これ以上生き恥をさらしていたくない。俺を……殺せ!」

「な」、

 なんでそうなるんですか――――!!


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