は彼らを知っている。
訓練相手になったこともある、何より生活をずっと共にしていたのだから。
癖や、習慣や、――そういうのを、きっと、第三差の視点から、いちばんよく知っている。対処だって、少しは判る。
「ケイナさん、ゼルフィルドの関節狙って、肩あたり! 動かなくなったら身体全部まわさないと狙いつけられないはずだから!!」
「ロッカ! バルレル! 囲む一辺倒じゃなくて、前後から左右バラバラに行ったほうがいい!!」
「おじーさんとリューグとシャムロックさんは、根性出して力比べして!!」
最後のだけアドバイスになってないが。
要するに、それだけ、本気のルヴァイドは手強い相手なのである。
でも。それでもだ。
はっきり申し上げさせていただければ、たちだって、ここにくるまで何度も死に物狂いで戦って、そうして生き延びてきたのだ。
ルヴァイドやイオスやゼルフィルドには数人がかってやっとだけれど、一般兵士にゃ1対1で充分です。
とか云ったら、怒られますか?
ただ、極一部だけ、いた。
イオスと同等くらいの、兵士が。が、あの人たちを除けば、いちばん多く訓練をともにした、人たちがいた。
だけど。
その人は今、前線へは出てきていないようだ。
あのとき負った傷は、相当深手だったんだろうか。命は取り留めたはずだけれど――そう思いながら、視線をざっと走らせる。
「……」
そして見つけた。
その人――ゼスファと。いつもつるんでた仲良しさん。シルヴァ、そしてウィルの姿。
頭部まで覆う兜なんか被ってても、今は判る。手に持った武器、そして、些細な仕草。そうして、その二人から後方……万が一には投入されるだろう戦力としての位置に、彼はいた。
よかった。
今こんなこと、思う視覚はないんだろうけど。……良かった。
……生きていて、くれた。
ごめんね。
今こんなこと思っても、届きはしないけれど。……ごめんね。
あたしはきっと、あなたたちが望むような形では、黒の旅団に戻らない。
でも。でもね、その代わり。
ルヴァイド様も、イオスも、ゼルフィルドも。ゼスファもシルヴァもウィルも――みんな、みんな。
一緒に笑いあってたあの頃に。きっと還ってみせるから。
彼らはを知っている。
性別と年齢の関係上、補えぬ体力の差はあれど、ルヴァイドたちに訓練をつけてもらっていたを知っている。
その実力を、知っている。
笑いあった日々を、覚えている。
だから、正面切って突っ込んでくる少女に向ける攻撃は、及び腰だった。
けれどは容赦せず、短剣の鞘や柄でもって、次々と兵たちの急所を落としていく。
殺すためじゃない。
そうつぶやいたそれが、本心であったことを証明するかのように。命は奪わず、戦闘力だけを奪っていった。
引き気味に剣を突き出す兵士の横を通り過ぎざま、強い一撃を加えて剣を叩き落す。
落ちた剣はすぐさま蹴り飛ばし、それ以上は構わずに進――もうとした、その先に新手。
「邪魔! 下がって!!」
「!」
烈しい口調に、その兵士の動きが止まった。
「レシィ!」
「はいっ!」
ちょうど、近くで兵士をひとり気絶させていたレシィが、の声に応えてこちらにやってくる。
呼びかけの意図と、接近する気配に気づいた兵士が振り返ったときには、すでに遅し。
レシィが両手を握って大きく頭上で振りかぶり――
ごいん。
兜の上から加えられた実にいい一撃で、兵士はそのまま昏倒した。
ひゅう、と。横手から口笛。
「今回のMVPは、おまえさんで決定か?」
「いえいえまだまだ」
腹はくくったみたいだな。
そう云って笑うレナードに、にこりと笑い返してみせた。休みなく動かしていた足を一度止め、ざっと戦況を見渡す。
殆どの兵士たちは、他の皆が無力化してくれているようだ。
やはり、手強いのは例の3人……ルヴァイドにイオス、ゼルフィルド。
軍を率いる立場なのだから、それは当然。
だが同時に、彼らを押さえれば全体の弱体化が図れるということもまた、困難ではあるが揺るがぬ事実。
「援護いたしましょうか、さん」
「私も、お供しますよ」
少し離れた場所にいたはずの、シオンとパッフェルがやってきた。
たしかにこのふたり、表立って戦うよりは裏方サポートの方が向いている。
なんたってシノビと元暗殺者だし。遠距離攻撃できるし。
――うん、じゃあ。
「マグナ、トリス、ネスティ! 魔力まだ残ってる!?」
振り返って叫べば、後方で、みっつのこぶしが上がる。
「ルウたちもだいじょうぶよ!?」
「ルウさん、あたしたちは、回復の方に集中しないと――ほら!」
「っと……おいでリプシー!!」
小さな傷でさえ、今の戦いでは命取りになるかもしれない。
特に、あの3人を相手にしている人たちは。
イオスの槍に肩を斬られたバルレルの傷に、リプシーが治癒の光を降り注がせていた。
そして視点を変えてみれば、黒の旅団は相変わらず、こういった回復系召喚術の使い手を確保してはいないようだった。……まあそもそも、召喚師を軍属として確保するほうが難しいし、顧問であるレイムたちの性格を見ても、ちんたら回復して長期戦より攻撃で押して撃破するほうを選びそうだし。
――まあいいや。
多少ずるっこい気がしないでもないが、この際、望みの決着を得るためならなんだってしてやろう。
そして、身体の向きを変える。
トン、
と。地面を蹴って、は走り出した。
真っ直ぐに向かう先には、漆黒の機械兵士が待っている。
「――!」
向かってくるに気づいて、銃弾が降り注ぐ。
耳をつんざくようなマシンガンの音は、近づくにつれてだんだんと大きくなる。
けれど、弾の一発もには当たらない。それどころか、かすりもしない。
は真っ直ぐにゼルフィルドへ向かっているのだから、いつかよりは狙いを定めやすい状況だろうに――ね。
「シオンさんパッフェルさんっ!」
「はいっ!」
「承知!」
後方にいたふたりが、左右に展開する。
は変わらず、真っ直ぐに走った。
狙いを絞り損ねたか、ゼルフィルドが、一瞬硬直する。
――トスッ!
「ナ……!?」
それまで、幾度となく彼の関節部位を狙いつづけたケイナの矢が、一本、ゼルフィルドの右肩を貫通する。
黒い機械兵士は、すぐに己の不利を悟った。だらりと垂れ下がった右肩を少し引き、左腕の銃を――
に。一瞬向け、けれど、弾は発射されなかった。
刹那。
――ガカカカカカッ!
左右から、シオンの手裏剣とパッフェルの投げナイフが、ゼルフィルドに向かって雨あられと降り注ぐ。
そのうちの何本かは、狙っていたのだろう、右の肘、左の肩をそれぞれ貫いた。
そうして、走りながら。
腰の後ろに仕込んでおいた、シオンから借りている苦無を抜き放つ。
はゼルフィルドを知っている。
駆動中枢が、首の後ろあたりにあることも、ちゃんと。
そこを破壊すれば、予備が起動するまで、一時的に行動不能になることも――彼自身が教えてくれていた。
「ゼルフィルドっ!!」
「…………!」
地を蹴って、飛び上がった。
どうしてだろう。
銃を放とうと思えば放てたはずだ。彼の左腕は、正面を向いたままで止まっていたのだから。
だけど。
銃撃はこなかった。
代わりに、に届いたのは。
声。
ゼルフィルドの。
「将ヲ……」
苦無を首筋に突き立てる瞬間、機能停止するその直前、ゼルフィルドは、たしかに、そう云った。
ギイィン……、ガシュウゥゥ……
が地面に着地するのと同時、ゼルフィルドの動きが止まる。その場に立ち尽くしたまま、蒸気の噴き出すような音と、金属の軋む音を立てて。
予備回路に切り替わるまでにかかる時間は、おそらく数分。
「トリスっ! パラ・ダリオよろしく!!」
「うんっ!!」
このときのために、ギブソンから密かに借り受けてきた(もとい無断借用したとも云う)サモナイト石を取り出し、トリスが呪を唱え始めた。
それを確認して、身体を反転。
視線の先には金髪の槍使い。
走り出す前に、ちらりと別方向を見た。
赤紫の髪をした、黒の旅団の総指揮官――ルヴァイド。その彼を前線で押し留めている仲間たちに、いい加減疲労が見え出している。
ルウやアメルの回復が絶え間なく飛ぶけれど、彼らはそれさえ追いつかないほど傷を負っているのが見えた。
それを援護しようというのか、兵士たちを片付けて手の空いた人たちが、そちらに向かおうとしているのも。
「! こっちはだいじょうぶだからイオスのほう行ってくれ!」
ロッカとバルレルだけじゃ、いい加減辛くなってる!
剣を構えて向こうへ突っ込みながら、マグナがにそう云った。
「だいじょうぶなの!?」
「ああ! これで最後にするんだろ!?」
にこりと。
こんな戦いのときなのに、いつもみたいにマグナが笑う。
「だいじょうぶ! の分はとっとくからさ!」
まるで、好物料理でお預けくらった相手に云うかのような。そんな彼のことばに、も、自然と破顔していた。
「……うん!」