うわああああああああ。
ミニスを追いかけ、ゼラムを突っ切って突き抜けて、街道を全力疾走していた一行のもとに、向こうから見つけてくれたらしい当のミニスが、シルヴァーナに乗って舞い下りてきた。
遮るもののない陽光を受けて輝く、銀色のワイバーン。その背中には、しっかり、乗員が二名増えている。
「ミニス!!」
呼びかける誰かの声は、喜色が大きい。
「みんなっ!? きてくれたの!?」
「当たり前でしょ!」
ゆっくりと着地したシルヴァーナの周りに、一同、急いで集まった。
……は、その場に固まったままだけれど。
頭を抱えて苦悩したくなっているのだが、麻痺した手足がそれを許してくれない。パラ・ダリオなんて誰もかけてないのに。
理由はひとつだった。
シルヴァーナのきた方向、遥か後方からこちら目掛けて疾駆する一団を、目にしてしまったがため。
視力の良い数人も、同じように固まっていたりする。あからさまにすぎる反応を示したのは、だけだったが。
その目の前で、無事と再会をよろこびあう声が行き来していた。
無事だった、とか。
間一髪だった、とか。
「ありがとう、ミニス」
「おかあさま……」
そんな、やっと一息つけた、微笑ましい母娘の抱擁もあったのだけれど――
……うわあい。なんか、そんな感動がぐぅるりとマーブルに。
ぱん、
そこへ。大きな手のひらが、の背を叩いて硬直を解かせた。
「……行くぜ、嬢ちゃん?」
にやりと不敵な笑みをくれるのは、自分と同じ故郷の人。
「あ――は、はい!」
小さく強く。頷いて、その後に続いた。
うん。そうだ。好機と思え。
デグレアの歪められた真実を伝えて、今度こそ。今度こそ、こんなふざけた道から外れるチャンスだと思え。
それがどれほどの絶望をもたらすものか……それでも、あなたたちなら受け止めてくれるだろうから。
最後にしよう。こんな血みどろの道。
まだ、黒の旅団の接近に気づいていはいない、一同の横をすり抜けた。
通り過ぎざま、ケイナが、騒ぎに混じっていたフォルテの背中をどつく。
文句を云いかけて、フォルテは表情を改めた。
それがきっかけになったのか、全員が、振り返る。
たちが向いている方向。
シルヴァーナの飛んできた方向。
――黒の旅団が、やってくる方向を。
戦いの陣形の基本っていうのは、接近戦主体の人間を前に置いて、遠距離主体や体力のない召喚師を後ろに下がらせるというものだ。
故に、フォルテやシャムロックみたいな【固い】人たちを前線に、ネスティやルウみたいな専門召喚師は、後方に。
それではどの辺りかと云うと、普段は陣営の真ん中あたりにいる。
身の軽さには自信があるし、戦法も接近戦主体だけれど、一撃で敵を屠るほどの力はないからだ。
だいたいがとこ、敵の目をひきつけるためとか、召喚師たちに流れ攻撃が行かないようにするとか、そんな役割がメイン。
だけど。
今日ばっかりは、は、前線も前線、ど真ん前で、黒の旅団が到着するのを待っていた。
声の届く位置、姿の見える位置までやってきた黒の旅団――その先頭。
ルヴァイド。
イオス。
彼らが、一瞬、固い表情になるのが判った。
……次で終わりにしよう。
あのとき、お互いに、そう告げたね。
そのとおり。終わりにしよう?
――こんなくだらない戦い、互いに血を流さなければならない運命、誰かに操られて歩いてきた道。
……終わりにしようよ。
だけど。そう思って見つめるを、ルヴァイドの双眸は、決して映そうとしなかった。
「……貴様らか……」
そう云う間にも、全員を見渡すように動いてはいる――けれど。
のところだけ、頭上スルー。おいおいおい。
「ルヴァイド! 俺たちの話を聞いてくれ!!」
思わず半眼になったの横、ずいっとマグナが進み出た。
「デグレアは――」
瞬間。
大気が揺れた。音はなかった。
ただ、無造作に。
目でその軌跡を確認する間さえ与えられず、大剣の切っ先が突きつけられた。
。
目を合わすことさえ怖れる今の俺を、おまえは、どう思っているのだろうか。
……結局おまえは、そこに立つのだな。
それを俺は、たしかに一度、良しとした。
おまえにはおまえの望む道を歩いてほしいと云った――自分がそうではないからこそ。
……認めよう。
俺は、悔いている。
この道が、本心からの望みの先にあるものではないと、知っていて、歩みを進めたことを。
俺は、おまえを恨もうとしている。
何が、誰が、立ちふさがっても。結局、そこに立とうとすることを。
甘い考えだったのだろうか。
いつかは戻ってくるだろうと? そうするには、知り得たことが多すぎるというのに。
呪われた召喚兵器に手を伸ばすことを、あの子は、きっぱり拒絶した。
――そこですでに、道は別れたのではなかったのか。
それでもなお、俺たちに手を伸ばすのか。
おまえの道へと歩めと云うか。
そのために、国を棄てろと。
そのために、汚名に甘んじろと。
傲慢だと判っているのだろう、おまえは愚かではないのだから。
それでもなお譲らないのなら。
そうしてもなお、壊れないものがあるのなら。
たしかに、それは真実なのだろう――
……諦めずに。強く。
「ルヴァイド様! あたしたち――」
「くどい!!」
声を聞きたいと。
願ったその心と正反対に。
ルヴァイドは、の呼びかけを、怒声でもって遮った。
だが。俺にはもう、選択肢など残っていない――!
刀身が、陽光を反射して輝いた。
それに一瞬目を細めたと同時、ルヴァイドの声がたちを射抜く。
「云ったはずだ。次で終わりにする、と!」
今がそのときだ!
「ルヴァイド様!」
「!!」
なおも前に出ようとしたを、マグナが引っ張って下がらせる。
刹那の間さえなく、切っ先が、今までのいた場所を薙いでいた。
以前のような、下がらせるのが目的の振り抜きではなかった。一呼吸分さえ遅れていたら、きっと、ズンバラリンされてたに違いない。
「落ち着くのだ、ルヴァイド!!」
その大剣を受け止めて、アグラバインが吠える。
だが、獅子の咆哮も、黒騎士には届いていないかのようだ。
そして、その横手から――
「イオス!!」
槍を構えて突っ込んできた金髪の青年は、一度だけ、の叫びに身体を震わせた。
けれどそれだけだった。
――ギィン!!
ルヴァイドとの力比べで動けないアグラバインの代わりに、ロッカとバルレルが彼を守った。ふたりがかりでそれを弾く。
その動きの止まった一瞬を狙って、レナードの銃弾が飛んだ。
「レナードさんっ!?」
「嬢ちゃん、おまえ、一度は覚悟を決めたんだろう?」
非難のこもったの声に、けれど、レナードは淡々と応じる。
「今は何を云っても無駄でござる。アグラバイン殿、殿」
抜き身の刀身を正眼に構え、カザミネが前に出た。
「あの者は今、自分で自分を止められなくなっておる」
選ぶことさえ出来ずに。と、彼はつづけた。
「戦いにすがりつくことによってしか、自分を保てなくなっているのでござる……!」
そのことばの合間、ゼルフィルドが雨と降らす銃弾も、カザミネにかかれば本当にただの雨のよう。
風車のようにまわされる刀が、それこそ雨粒のように銃弾を弾く。
……戦い。
木の葉みたいにくるくると、その単語がに根付くまで、数秒の時間を要した。
ここは戦いの場。そしてあたしはここにいる。
――戦うのか?
――戦うんだ。
この間みたいに、どちらかが死ぬかもしれない。
それが戦い。命の奪い合い。
――戦うんだ……
彼らと、あたし。
あたしは、
……戦え!
腰の短剣を抜き放つ。
まとった紫紺の上着が、風に揺れた。
「!?」
すでに、黒の旅団兵は次々とこちらに向かってきていた。
まず指揮官をを助けようというのか、ルヴァイドと切り結ぶアグラバインへ横手からかかる兵たちは、フォルテらが引き受けている。
戦いは、始まっていた。
「どうしてっ!? どうしてが、あの人たちと戦わなくちゃいけないのよ!!」
繰り出される攻撃を弾きながら、トリスが叫ぶ。
「――今の彼と語るには、ことばではなく、剣をもって戦うしかありません」
「多少の荒療治も、仕方がないでしょうね」
ルヴァイドの心境を悟ったのか、シャムロックとシオンは、意志を決めたらしかった。
「だけど! それじゃが!」
「アメル、そのが決めたんだぜ」
「……リューグ……」
すでに瞳を潤ませた、アメルの前に出て。リューグが、向かってくる黒の旅団兵を、斧の柄で突き飛ばす。
少し離れた後方で、ワイバーンが舞い上がった。
ネスティがミニスに、ファミィとケルマをゼラムまで連れて行くようにと告げたためだ。
それらの光景を、をちらりと見やったあと。
不安も明らかにこちらを見る人たちに、笑ってみせた。
そうして、黒の旅団に向き直る。
「……最後にしよう」
つぶやきが聞こえたのは、の隣に立ったマグナとトリス。
そのマグナにかばわれるように立っていたハサハが、小さく頷いた。
イオスと対峙しているバルレルが、ぎゅ、と、槍の握りを強くする。
聞こえるはずの位置にはいないレオルドとレシィもまた、ちらりと此方の方を見た。――護衛獣の子たちって、やっぱり聴覚イイのかな。
「……終わらせようね」
両隣と、それぞれの場所で頷いてくれる気配を感じて、はつぶやく。
殺すためじゃない。
殺されるためじゃない。
こんなふざけた舞台を、一刻でも早く叩き壊すために。
――戦え……!