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第47夜 伍
lll …戦え! lll




 うわああああああああ。

 ミニスを追いかけ、ゼラムを突っ切って突き抜けて、街道を全力疾走していた一行のもとに、向こうから見つけてくれたらしい当のミニスが、シルヴァーナに乗って舞い下りてきた。
 遮るもののない陽光を受けて輝く、銀色のワイバーン。その背中には、しっかり、乗員が二名増えている。
「ミニス!!」
 呼びかける誰かの声は、喜色が大きい。
「みんなっ!? きてくれたの!?」
「当たり前でしょ!」
 ゆっくりと着地したシルヴァーナの周りに、一同、急いで集まった。

 ……は、その場に固まったままだけれど。

 頭を抱えて苦悩したくなっているのだが、麻痺した手足がそれを許してくれない。パラ・ダリオなんて誰もかけてないのに。
 理由はひとつだった。
 シルヴァーナのきた方向、遥か後方からこちら目掛けて疾駆する一団を、目にしてしまったがため。
 視力の良い数人も、同じように固まっていたりする。あからさまにすぎる反応を示したのは、だけだったが。
 その目の前で、無事と再会をよろこびあう声が行き来していた。
 無事だった、とか。
 間一髪だった、とか。
「ありがとう、ミニス」
「おかあさま……」
 そんな、やっと一息つけた、微笑ましい母娘の抱擁もあったのだけれど――

 ……うわあい。なんか、そんな感動がぐぅるりとマーブルに。

 ぱん、

 そこへ。大きな手のひらが、の背を叩いて硬直を解かせた。
「……行くぜ、嬢ちゃん?」
 にやりと不敵な笑みをくれるのは、自分と同じ故郷の人。
「あ――は、はい!」
 小さく強く。頷いて、その後に続いた。

 うん。そうだ。好機と思え。
 デグレアの歪められた真実を伝えて、今度こそ。今度こそ、こんなふざけた道から外れるチャンスだと思え。
 それがどれほどの絶望をもたらすものか……それでも、あなたたちなら受け止めてくれるだろうから。

 最後にしよう。こんな血みどろの道。

 まだ、黒の旅団の接近に気づいていはいない、一同の横をすり抜けた。
 通り過ぎざま、ケイナが、騒ぎに混じっていたフォルテの背中をどつく。
 文句を云いかけて、フォルテは表情を改めた。
 それがきっかけになったのか、全員が、振り返る。
 たちが向いている方向。
 シルヴァーナの飛んできた方向。

 ――黒の旅団が、やってくる方向を。



 戦いの陣形の基本っていうのは、接近戦主体の人間を前に置いて、遠距離主体や体力のない召喚師を後ろに下がらせるというものだ。
 故に、フォルテやシャムロックみたいな【固い】人たちを前線に、ネスティやルウみたいな専門召喚師は、後方に。
 それではどの辺りかと云うと、普段は陣営の真ん中あたりにいる。
 身の軽さには自信があるし、戦法も接近戦主体だけれど、一撃で敵を屠るほどの力はないからだ。
 だいたいがとこ、敵の目をひきつけるためとか、召喚師たちに流れ攻撃が行かないようにするとか、そんな役割がメイン。
 だけど。
 今日ばっかりは、は、前線も前線、ど真ん前で、黒の旅団が到着するのを待っていた。

 声の届く位置、姿の見える位置までやってきた黒の旅団――その先頭。
 ルヴァイド。
 イオス。
 彼らが、一瞬、固い表情になるのが判った。

 ……次で終わりにしよう。
 あのとき、お互いに、そう告げたね。

 そのとおり。終わりにしよう?
 ――こんなくだらない戦い、互いに血を流さなければならない運命、誰かに操られて歩いてきた道。

 ……終わりにしようよ。

 だけど。そう思って見つめるを、ルヴァイドの双眸は、決して映そうとしなかった。
「……貴様らか……」
 そう云う間にも、全員を見渡すように動いてはいる――けれど。
 のところだけ、頭上スルー。おいおいおい。
「ルヴァイド! 俺たちの話を聞いてくれ!!」
 思わず半眼になったの横、ずいっとマグナが進み出た。

「デグレアは――」

 瞬間。
 大気が揺れた。音はなかった。
 ただ、無造作に。
 目でその軌跡を確認する間さえ与えられず、大剣の切っ先が突きつけられた。


 
 目を合わすことさえ怖れる今の俺を、おまえは、どう思っているのだろうか。
 ……結局おまえは、そこに立つのだな。
 それを俺は、たしかに一度、良しとした。
 おまえにはおまえの望む道を歩いてほしいと云った――自分がそうではないからこそ。
 ……認めよう。
 俺は、悔いている。
 この道が、本心からの望みの先にあるものではないと、知っていて、歩みを進めたことを。
 俺は、おまえを恨もうとしている。
 何が、誰が、立ちふさがっても。結局、そこに立とうとすることを。
 甘い考えだったのだろうか。
 いつかは戻ってくるだろうと? そうするには、知り得たことが多すぎるというのに。
 呪われた召喚兵器に手を伸ばすことを、あの子は、きっぱり拒絶した。

 ――そこですでに、道は別れたのではなかったのか。
 それでもなお、俺たちに手を伸ばすのか。
 おまえの道へと歩めと云うか。

 そのために、国を棄てろと。
 そのために、汚名に甘んじろと。

 傲慢だと判っているのだろう、おまえは愚かではないのだから。
 それでもなお譲らないのなら。
 そうしてもなお、壊れないものがあるのなら。
 たしかに、それは真実なのだろう――

 ……諦めずに。強く。
「ルヴァイド様! あたしたち――」
「くどい!!」
 声を聞きたいと。
 願ったその心と正反対に。
 ルヴァイドは、の呼びかけを、怒声でもって遮った。


 だが。俺にはもう、選択肢など残っていない――!


 刀身が、陽光を反射して輝いた。
 それに一瞬目を細めたと同時、ルヴァイドの声がたちを射抜く。
「云ったはずだ。次で終わりにする、と!」
 今がそのときだ!
「ルヴァイド様!」
!!」
 なおも前に出ようとしたを、マグナが引っ張って下がらせる。
 刹那の間さえなく、切っ先が、今までのいた場所を薙いでいた。
 以前のような、下がらせるのが目的の振り抜きではなかった。一呼吸分さえ遅れていたら、きっと、ズンバラリンされてたに違いない。
「落ち着くのだ、ルヴァイド!!」
 その大剣を受け止めて、アグラバインが吠える。
 だが、獅子の咆哮も、黒騎士には届いていないかのようだ。
 そして、その横手から――
「イオス!!」
 槍を構えて突っ込んできた金髪の青年は、一度だけ、の叫びに身体を震わせた。
 けれどそれだけだった。

 ――ギィン!!

 ルヴァイドとの力比べで動けないアグラバインの代わりに、ロッカとバルレルが彼を守った。ふたりがかりでそれを弾く。
 その動きの止まった一瞬を狙って、レナードの銃弾が飛んだ。
「レナードさんっ!?」
「嬢ちゃん、おまえ、一度は覚悟を決めたんだろう?」
 非難のこもったの声に、けれど、レナードは淡々と応じる。
「今は何を云っても無駄でござる。アグラバイン殿、殿」
 抜き身の刀身を正眼に構え、カザミネが前に出た。
「あの者は今、自分で自分を止められなくなっておる」
 選ぶことさえ出来ずに。と、彼はつづけた。
「戦いにすがりつくことによってしか、自分を保てなくなっているのでござる……!」
 そのことばの合間、ゼルフィルドが雨と降らす銃弾も、カザミネにかかれば本当にただの雨のよう。
 風車のようにまわされる刀が、それこそ雨粒のように銃弾を弾く。
 ……戦い。
 木の葉みたいにくるくると、その単語がに根付くまで、数秒の時間を要した。

 ここは戦いの場。そしてあたしはここにいる。

 ――戦うのか?
 ――戦うんだ。

 この間みたいに、どちらかが死ぬかもしれない。
 それが戦い。命の奪い合い。

 ――戦うんだ……

 彼らと、あたし。
 あたしは、

 ……戦え!

 腰の短剣を抜き放つ。
 まとった紫紺の上着が、風に揺れた。
!?」
 すでに、黒の旅団兵は次々とこちらに向かってきていた。
 まず指揮官をを助けようというのか、ルヴァイドと切り結ぶアグラバインへ横手からかかる兵たちは、フォルテらが引き受けている。
 戦いは、始まっていた。
「どうしてっ!? どうしてが、あの人たちと戦わなくちゃいけないのよ!!」
 繰り出される攻撃を弾きながら、トリスが叫ぶ。
「――今の彼と語るには、ことばではなく、剣をもって戦うしかありません」
「多少の荒療治も、仕方がないでしょうね」
 ルヴァイドの心境を悟ったのか、シャムロックとシオンは、意志を決めたらしかった。
「だけど! それじゃが!」
「アメル、そのが決めたんだぜ」
「……リューグ……」
 すでに瞳を潤ませた、アメルの前に出て。リューグが、向かってくる黒の旅団兵を、斧の柄で突き飛ばす。
 少し離れた後方で、ワイバーンが舞い上がった。
 ネスティがミニスに、ファミィとケルマをゼラムまで連れて行くようにと告げたためだ。

 それらの光景を、をちらりと見やったあと。
 不安も明らかにこちらを見る人たちに、笑ってみせた。
 そうして、黒の旅団に向き直る。
「……最後にしよう」
 つぶやきが聞こえたのは、の隣に立ったマグナとトリス。
 そのマグナにかばわれるように立っていたハサハが、小さく頷いた。
 イオスと対峙しているバルレルが、ぎゅ、と、槍の握りを強くする。
 聞こえるはずの位置にはいないレオルドとレシィもまた、ちらりと此方の方を見た。――護衛獣の子たちって、やっぱり聴覚イイのかな。
「……終わらせようね」
 両隣と、それぞれの場所で頷いてくれる気配を感じて、はつぶやく。

 殺すためじゃない。
 殺されるためじゃない。

 こんなふざけた舞台を、一刻でも早く叩き壊すために。

 ――戦え……!



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