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第47夜 四
lll 母として選ぶもの lll




 とある集団が、ふたつ、あるとしよう。
 その双方が対立している場合、出向くときの供は、相手方を刺激しないために、たいてい少数とすることが多い。
 金の派閥の議長、ファミィ・マーンも例にもれずそう考え、そのとおりに実行した。また、数を抑えたとは云え、マーン家当主、ウォーデン家当主に次ぐ実力の持ち主たちを選んだつもりである。
 現に、野盗やはぐれなど、実際、物の数ではなかったのだけれど――

「……この方たちには、それさえもお見通しだったのですねえ……」

 周囲に転がる、金の派閥の召喚師たちを見渡し、対峙している相手を見、ファミィは、どこまでもおっとりと、そう云った。
 整った眉はかすかにひそめられ、彼女がいつになく危機感を抱いていることを示すけれど、反比例するかのような口調に、難を感じた人間がひとり。
「ノンキにしている場合じゃありませんわ、ファミィ・マーン!」
 戦えるのは、もう、私と貴女だけですわよ!?
 血相変えてそう叫ぶのは、是非にと供についてもらった、ウォーデン家の当主だった。
 小さく頷いて、ファミィは一度だけ、ケルマに視線を移す。
 ……だいじょうぶ。
 息はあがっているけれど、まだ魔力は残っているようだ。目立つ外傷もない。
 それだけを確認して、再び視線を戻した。
 眼前に立つ、黒い一団へ。

「……無駄な抵抗はよせ」
 うちのひとり。黒い鎧をまとう騎士が、重い声で告げた。
「これ以上の抵抗をするならば、女といえども容赦なく斬り捨てる」

 そのことばに違わず、騎士は、大剣の切っ先を彼女らに向けている。
 不意打ちのように襲撃を受け、そのまま戦闘に雪崩れこんだため、ファミィは、今初めて、落ち着いて相手を見ることが出来た。
 赤紫の髪、瞳。黒い鎧に包まれる、さぞや鍛えられているのだろう体躯。
 堂々としたその立ち姿――
 けれど、昏い光を宿したその双眸が、ファミィをして怪訝な表情にさせる。
 たしか彼が、黒の旅団の総指揮官でしたわよね……?
 傍に控える機械兵士と、金の髪の槍使いを見て、それは確信に変わった。

 つまりは、ちゃんの――

 そう、思ったときだ。
「なめんな、ですわっ!」
 溜めもなく詠唱もなしに、ケルマが召喚術を発動させた。
 相当な技術を要する手段だが、彼女の力を考えればそれも当然だろう。

 急速に、一点に向かって収束する紫の光。
 霊界サプレスから呼び出された召喚獣は、その攻撃の矛先を、けれど黒騎士には向けなかった。

 ケルマが狙ったのは、騎士ではない。
 その少し後方――奇妙なすべでもって、こちら側の召喚術を殆ど無力化した銀の髪の召喚師こそが、今回の戦いの難敵、そして彼女の狙い……!

 けれど。

「……ほう……なかなかの魔力ですね?」

 ガルマザリアほどではないけれど、それでも、ケルマの放った召喚術は、大地を揺るがすほどの威力だった。それをまともに受けながら、召喚師は悠然と笑んでいる。
 まるで、そよ風が通り過ぎた程度にしか思っていないとでも云うかのように。
 ……そして実際、そのとおりなのだろう。
 やせ我慢などではない。
 彼には、効いていないのだ。
「そんなっ……あれをまともに受けたのに!?」
 逆転を狙っていたらしいケルマが、はっきりと顔色をなくした。
 対する彼は、どこまでもゆっくりとした仕草で、軽く首を傾げる。
「同じ属性、同じ程度の力をぶつけてやれば、相殺することが出来るのですよ。……とても微妙な調整が必要ですけどね」
 尤も、今の召喚術は、あえてそのまま受けさせていただきましたが。
 黒の旅団への攻撃はことごとく防いでおいて、自分に向けられた召喚術は防ぎさえもしない。
 それでいてなお、平然と立つ――誇示されるに相応しい実力。

 ちらり、胸中をよぎる。それは悪寒にも似た予感。

 同時に。
 プライドを刺激されたのか、ケルマが再び、術を放とうとした。
「おのれぇぇぇっ!!」
「――! ケルマちゃん、ダメっ!!」
 はっとして。
 叫んだけれど、時すでに遅し。

「カアアアァァァッ!」
「っ、きゃあああっ!?」

 目には見えぬ、魔力の塊のようなものを叩きつけられて、ケルマがその場に崩れ落ちる。
「キャハハハハッ、バカなオンナ! 二度もおんなじコトしてさぁ?」
 いつの間にまわりこんだのだろう。
 ケルマの髪を引っ張って引き起こしているのは、つい今しがたまで、銀髪の召喚師の横に控えていた、女性の召喚師。
 それからもうひとり、奇妙に丁寧な物云いをする、シルターンの鬼の使い手。
 ケルマの術を妨害した屍人使いは、銀髪の召喚師の傍から、動いてはいないようだった。
「ケルマちゃんっ!!」
「動くな!」
 駆け寄ろうとしたファミィに、けれど、鋭い黒騎士の制止が飛ぶ。
「おとなしく降伏していただけませんか、ファミィ・マーン様?」
 でなければ、この女の命の保証は出来ませんよ?
 すい、と、前に出てきた召喚師が、微笑んだまま告げる。

 はっきりと眉根を寄せたファミィが何か云うよりも先に、意外にも、黒の旅団側が難色を示した。
「レイム! 貴様、黒の旅団の名を辱める気か!?」
 噛み付きかねない勢いでくってかかる、金の髪の槍使い。寄越させた資料には、たしか、イオスという名が記してあった。
「黙らんか、小僧! 貴様らのくだらぬ名誉など知ったことか!!」
 だが、ケルマを退けた屍人使いが、一言の元に彼の怒声を叩き切る。
 鬼使いが、それに付け加えて云った。
「今回の任務は、金の派閥の議長をとらえ、ファナンを無力化すること。もとはと云えば、貴公らの不甲斐なさが招いた事態ですぞ」
「だからといって、人質をとるなどという卑怯なことは――!」
「抑えろ、イオス!」
 鋭い叱責は、黒騎士から飛んだ。
「奴らの云うとおり、我々は今日までファナンを攻め落とすことが出来なかった。……意見をする資格はない」
 なるほど。
 こんなときでも冷静に、ファミィは事態を観察していた。
 あの四人組の召喚師と、黒の旅団自体は、折り合いが悪そうだ。
 召喚師たちはそれぞれが、一流以上の使い手に違いあるまい。……手段と性格は、どうやら誉められたものでないとは云え。
 そうして黒の旅団。
 立場的には、総指揮官と銀髪の召喚師は同等程度だろうか。
 折り合いが悪いのははっきりしているが、目的が同じ――自分の捕獲である以上、揺さぶりをかけても無駄だろう。
 召喚術のプロと、直接戦闘のプロが、自分たちの相手。
 明らかに、こちら側の分が悪い。歴然とした事実。

 ならば、と。ファミィは心を決める。
「私が降伏すれば、ケルマちゃんを解放してくださると云うんですね?」
「ファミィ・マーン!?」
 いいのよ、そう、口には出さずに、ケルマへと視線を向けて、微笑んだ。
 視界の端で、ちらりと、召喚師が笑むのを認めながら。
「これで、無駄な犠牲を出さずにすみましたよ。……貴方たち、黒の旅団の兵士たちを、ね?」
 そのことばに、一抹の不審が浮かぶ。
 けれどファミィは、表だっては何ら表情を動かさず、ただ静かにそこに立つ。
 云われるとおりに、杖もサモナイト石も手放した。
「キャハハハハッ! ねえ、なんなら服も脱がせちゃおっか?」
「……あらあら」
 さすがに、それは――ちょっと恥じらってもいいかしら。爪先、靴越しに当たる、地面に転がった召喚石の感触をたしかめながら、ファミィは戸惑った声を出す。
 が、それは杞憂に終わった。
「ご婦人に失礼ですよ、ビーニャ?」
 それに私は、彼女の誠実さというものを信じていますから。
 などと彼から褒められたところで、あまり嬉しくはないけれど。ファミィは応え、にっこりと微笑んだ。

「信用していただいて嬉しいですわ。……ええと――」
「レイムと申します。ファミィ・マーン殿」
「――レイム……」

 銀の髪。何かを思い出すと思ったら。
 その魔力。何かに似てると思ったら。
 ――そう遠くない以前。
 あの子がつけていた、首飾り。どうして、ここにあるのかしら?

「……レイムさん、ね。……とりあえず、その名でお呼びしますわ」

 多分に含みを持たせてそう云うと、レイムの眉がかすかに持ち上げられる。
「ほう……?」
 負けず劣らず含みまくりの彼の声を、けれど、ケルマがの叫びが遮った。
「どうしてこいつらの云いなりになんてなるんですの、ファミィ・マーン!?」
「ケルマちゃん……」
「私と貴女は、互いに敵対しつづけてきた、ウォーデン家とマーン家の当主ですわよ!?」
 同情なんて、欲しくありませんわよ!!
 精一杯の虚勢。それに、ファミィが答えようとした瞬間。
「黙らんかッ!!」
 彼女の叫びが気に入らなかったらしい屍人使いが、再び力を放っていた。


「うああぁぁっ!?」
「乱暴はやめてっ!!」

 切っ先を突きつけられているにも関わらず、ファミィ・マーンは足を踏み出そうとした。
 それを、そのまま斬り捨てようと思えば、出来たはずだった。
 けれどルヴァイドは、動かず。――動けずに……?
「よしなさい、ガレアノ」
 レイムが、部下を諌めるのを横目で見る。
 それから再び、ファミィ・マーンに視線を戻した。
 彼女は、一瞬歪めた表情を、最初からの変わらぬ微笑に戻し、ケルマと呼ぶ女性に語りかけている。

「同情なんかじゃないのよ、ケルマちゃん。私はね、金の派閥の議長ですもの。派閥の召喚師たちは、みんな大切。貴女だって同じよ?」

 私の大切な子供、可愛い娘の一人だもの。

「……!」

 心臓が。
 傷など覆い尽くしたはずの、深い深い、心の奥が。
 ズキン、と。じくり、と。
 痛みを訴えた。

  ――ルヴァイドさま

 封じ込めたはずの記憶。二度と表には出さぬと誓った思い出。
 ……

     次を最後の決着にしよう。
     次を終わりにしよう。

 あの時、互いにそう告げた。

「娘……私が……?」
 呆然と、ケルマがつぶやく。
 ファミィは、こくりと頷く。
「子供のためだったらね、母親はどんな無茶でも出来ちゃうの」
 だから同情なんかじゃない。
 自分の大切な子供たちを、無事にこの場から助けたい。
 自分が一人、捕えられることでそれが成せるのならば、何に換えられようか。

「……それが、自分の治める街を結果として窮地に追い込むと知っていてもか」
 割り込む形になったその問いは、自覚せぬままに、ルヴァイドの口からこぼれていた。

 不意の問いかけに、ファミィはきょとんとルヴァイドを見る。妙齢の女性のはずだが、まるで、少女のような仕草。
 まるでそれに促されるようなにして、ルヴァイドは続けていた。
「ここで人質を見捨てれば、おまえだけは逃れられるかもしれん。おまえがいれば、その召喚師たちの抜けたファナンも立て直すことは容易だろう」
 ……それを、子供とやらのために、むざと棄てるか。


 あらあら、まあまあ。
 うっすらとファミィは微笑んだ。
 敵に塩を送るような発言はどうかと思うが、彼は純粋に疑問に――いや、切実に悩んでいるのだろうと判ってしまったからこそ。
 公と私。
 混同は出来ない、相反するモノたち。
 どちらを選ぶかと云われて、自分は、私を選んだコトになるのだろう。

 だけどね、黒騎士さん。

「極限も極限で、自分の身ひとつで、自分の行方を決めなければならないときに、身分も立場も、どれほどの意味があるのかしら?」

 それは、ファナンの街で自分たちを信じてくれている民人からすれば、ひどく不遜なことばだった。
 けれど同時に、紛れもなく、ファミィの本心だった。
 金の派閥の議長として、ファナンを治めるファミィ・マーンの。
 子供たちを愛する母親としての。

 最後の最後に残る気持ちは、議長としての自分ではなく、母としての自分。

 ――故に、ファミィは、微笑んだ。
 目に見えるほど、動揺も露に息を飲んだ、黒騎士に向けて。にこりと……にっこりと。
 そこへ、
「待ちなさいな、ファミィ・マーン! それじゃ、貴女の本当の子供は……ミニスはどうなるって云うのよ!?」
 一番大事な子供を、私を助けることで哀しませるつもりですの!?
 ケルマの叫びに、ツキン、と。心に小さな楔が打ち込まれる。
 そんなことはしたくない。したいわけがない。
 この血を分けた、まだ幼い娘。あの子が愛しい。成長していくのを見るのが楽しい。
 だけど。
 それと同じほどにではなくても、目の前の子供たちを、見捨てていくこともまた、出来ないのだ。
「そうね……ケルマちゃんから、『ごめんね』って伝えてちょうだいな?」
 葛藤を微笑の奥に押し込めて、ファミィはゆるやかに、それだけを告げた。
 ケルマが絶句する。
 それから、白い頬に、一粒、二粒、水滴を零して。
「バカよ――貴女……っ、ホントにバカよぉ……っ!!」
 それだけ云って、うなだれた。


 パチ、パチ、パチ。

 ゆっくりとした、手を叩く音。
 静まり返ったその場所に、侮蔑的なまでに大きく響く――それは拍手の音だった。
「あはははは……いや、なかなかの見せ場でしたよ」
 そうして、蔑みの意図も明らかに、レイムが笑う。
 晴れやかに、どす黒く。

「まさに、今生の別れにふさわしいですね」


 自分の双眸が見開かれるのを自覚して、ルヴァイドはレイムに向き直った。
 今、この男はなんと云った?
「どういうことだ、レイム」
 問う声は、特に張り上げようと思わぬのに、その場へ強く響き渡る。
「この女は、このまま捕虜として本国に送る予定ではなかったのか!」
 怒気も露なルヴァイドのことばを、けれど、レイムはそよとも感じていないようだった。「どうせ」と、顧問召喚師は肩をすくめる。
「本国に送ったところで、同じですよ。彼女に待っているのは、死あるのみです。それぐらいなら、今ここで楽にしてさしあげるのが親切というものでしょう?」
「――――!」
「何を勝手な!!」
 絶句したルヴァイドに代わって、イオスが前に出る――けれど。
「ちょっとぉ、邪魔しちゃダメよぉイオスちゃん?」
「レイム様の決定は、元老院議会の決定に等しいんですよ」
 それに逆らうおつもりか?
 にやにやと笑いながら、ビーニャとキュラーが口を出す。
 元老院議会。
 デグレアの最高機関の名。
 それを出されては、正に、道理の方を退かせざるを得ない。それだけの威力が、その名にはある。
 ――たとえ、どんなに納得がいかなくても。
 眼光だけは鋭く、これで人が殺せるものなら、というくらいの気迫を込めたイオスの視線を軽く受け流し、レイムはファミィの前に立つ。
「聞こえますよ……貴女の身体に流れる、素敵な血潮の響きが……」
 ゆるやかな、愉悦の笑みとともにつむがれることばは、ひどく怖気の走るもの。
 けれどファミィはやはり、優しげな微笑でそれを受け止める。
 勝算があるのか。
 それとも覚悟を決めたか。
 ルヴァイドも――イオスも。判らぬまま、彼女を凝視した。
「……そこに満ち溢れる知識は、さぞや私にとって、甘露となることでしょう」
「最後に、教えていただけませんか?」
 その語尾に重ねて、ファミィが云った。

「貴方の本当のお名前、なんて仰るんです?」


 レイムの正面に立っているファミィにしか、彼の表情の変化は判らなかっただろう。
 たたえる笑みもそのままに、にいぃ、と、口の端を持ち上げた、彼の表情は凄絶だった。
「……やはり、お気づきになっていたのですね?」
「――ええ」
 それを受け流すファミィの微笑みは、変わらない。彼女はそうして、たおやかに、その腕を持ち上げた。
「……その、ペンダントも……」
「おやおや……ファミィ・マーン殿。貴女は正に本物です。感服いたしますよ」
 しゃらり。
 涼やかな音を立てて、ファミィの目の前にかざされる、精緻な銀細工のペンダント。――千切れた鎖が、小さく揺れた。
 イオスが、はっと目を丸くした。
 それは彼にとって、聞き覚えのある音だった。
 いつか大平原で、リューグという男を追い詰めたときに、聞いた音。
 あれはのものだとあとで知った。
 それを何故、あの男が持っているのかと。
 思考はことばにならず、結局、イオスのその疑問は、もう少し時間が経った後に解決するのだけれど。
「……貴方が創り手だったのですね」
「ええ」
 答えるレイムの双眸には、まぎれもない賞賛の色。
 ペンダントを手首のあたりに絡ませたまま、銀の髪の召喚師は、ゆっくりと、空いた片手をファミィの首筋に添える。
「……よろしいでしょう。お答えしますよ」


 私はね――

 けれど、その続きが紡がれることはなかった。

「……その手を離せ。レイム」

 レイムの腕を力任せに掴みとり、ルヴァイドがそう告げたために。


「ルヴァイド様!?」
 先ほど、当のルヴァイドによって行動を抑えられたイオスの声が飛ぶ。
 たしかにレイムからの不興を買えば、元老院議会からどのような刑罰が下されるか判らない。
 判らずとも。
 ――自分のなかに、まだ、そんな気持ちが息づいていたことに驚きながらも。
 そうせざるを、得なかった。

 子供のためなら、どんな無茶でも出来る、と。
 そう告げたファミィの、優しげな強さを。羨ましいと思える心があったことに――ただ、驚いた。

 それに、何より。
「この女は予定通り本国へ連行する」
 強い口調でそう告げて、ルヴァイドはレイムを睨めつける。
「貴様のやり方は、虫唾が走る!!」
「……それはどうも……」
 それでも、にこやかにそう返す男を、改めて異常だと思った。
 昔から、こと一人の少女に対しては病的なまでの執着を見せていたし、奇怪な言動も多かった記憶はある。というか、それしかないくらいだ。この男に対する、近年の記憶は。
 だが、それ以外では、嫌味な優男くらいにしか思っていなかった。
 そんな相手を、今。
 改めて、異常なのだと。
 姿は同じでも、どこかが違う存在なのだと。

 ――そう、確信しようとしたときだった。

 一同の立っていた場所が、不意に影になる。
 雲などなかったはずの蒼穹に、いったい何がと思うより前に、

 ドドドドドドドドッ!! ――響く轟音、火球の連撃。

「――ワイバーン!?」


 ゼラムの大通りに騒ぎを引き起こしつつ、知らん顔してかっ飛んで。
 街道の旅人たちに、やはり、アレはなんだと指差されつつ、空を駆けて。
 ――見つけた!
 そう思ったのは、黒色の集団と、そのなかに囲まれている金色ふたつを視界におさめたとき。
 ひとりは自分の母親、そしてもうひとりは――

「お母様っ!! ケルマっ!」


 唐突に現れたワイバーンと、牽制なのだろうが連続して打ち込まれた火球。
 さすがに混乱しかけた現場に降ってきたのは、聞きなれた少女の声。
「チビジャリっ!?」
 そうケルマが振り仰ぐと同時。
 ばさぁ、と、意図的に強風を起こしながら、ワイバーン――シルヴァーナが高度を下げる。
 そのまま、ふたりをすくい上げるつもりか。

 察した屍人使いが、
「そうはさせるか! 叩き落してくれる!!」
 ファミィが、
「ケルマちゃん! 今よっ!」
 ケルマが、
「油断大敵ですわっ!!」

 ――行動は、三者同時。
 勝者、ケルマ・ウォーデン。

 ファミィはたしかにサモナイト石も杖も手放したけれど、ケルマはまだ、手元にそれを有していた。
 そうして、彼女はビーニャの手を力任せに振り払い、召喚術を発動させる!
「なにィィッ!?」
 一瞬の差で競り負けた屍人使いの驚愕の声が、発動の光に飲み込まれる。
 その隙に、ミニスがシルヴァーナをふたりの傍に着地させ、手を伸ばした。
「ふたりとも早く! こっちへ!!」
 そうして、白銀のワイバーンは、増えた荷重をものともせずに、高く高く舞い上がった。


 やられましたねぇ、と、レイムがかすかに苦みの混じった微笑を浮かべた。
 競り負けた部下に対する追及を行うつもりはないようで、恐縮しきりのガレアノに視線さえも向けない。
 ある意味、こちらのほうがよほど、ガレアノには痛かろうが。
 ワイバーンが飛び去った方を見ていた視線は、次に、ルヴァイドに向けられた。
「ですから、あの場で殺すべきだと云ったんですよ。……この始末、どうしていただけるのですかね?」
「逃げられたのは、貴様の部下の不手際だろう!?」
「それは認めますよ。ですが、総指揮官殿が邪魔をしなければ、ファミィ・マーンだけでも確実に始末できていたのはまた、事実でしょう?」
「……っ!」
 弁論でレイムに勝つのは難しい。
 ひとつを突付けば、数倍にして返ってくるからだ。
 そうしてこのときも、レイムのことばにイオスが反論できようはずもなく。
 それを横目に、ルヴァイドは、身を翻す。
「イオス! ゼルフィルド! 俺に続け!」
 ――黒の旅団の名にかけて、奴らをこのまま逃がしてはならん!!


 行動を開始した彼らを、レイムは、悠然と見送った。
「レイム様、一緒に行かないんですかァ?」
 ガントレットで一撃されたのが、さすがにこたえたのだろう。少しひきつれた腕をさすりつつ、ビーニャが問う。
「そうですねえ……」
 向かってもいいのですが、と、レイムは首をかしげた。
「今回は少々働きすぎましたし、後は彼らに任せましょう」
 おもしろい見世物も、見れそうですしね。
 くすくすと笑う主を見て、キュラーとガレアノとビーニャは、顔を見合わせる。
 けれど、至極楽しそうなその様子に、結局異論を唱えることはしなかった。

 黒の旅団が、白銀のワイバーンの軌跡を追う。
 そこに待つのが、金の派閥の召喚師たちだけではないことに、彼らはまだ、気づかない。


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