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第47夜 壱
lll 獅子将軍の証言 lll




 王都がさざめきだした。
 たちが、某貴族の館でレイムたちと遭遇した翌日のことだ。

 正式に、聖王国の名において、戦争についての布告がなされたのである。

 それはすなわち、これまで表には出なかった旧王国対聖王国の戦争という構図が、明らかになったことを指す。
 同時に、マグナたちの今までの行動も、蒼の派閥に報告された。
 同行者が増えた経緯については、どうやらというかやはりというか、いい顔はされなかったらしいが、これも人生経験だということになったようだ。
 ただ。報告された行動のなかには当然、禁忌の森に向かったことも含まれている。
 デグレアの目的を説明するためにも、仕方のないことではあったけれど。
 それに加えて、の立場。
 デグレアの軍人さんが紛れ込んでいる、ということは、最初内緒にしておこうかという案も、あったはあったらしい。
 だけど自身がそれも報告しておくべきだと云ったこともあり、そうして、何もかもが蒼の派閥上層部の知るトコロとなったのである。
 が。
 現在のところ、その何もかもについて、上層部からの追及はないようだった。
 派閥へ報告してから一日待ち、それからさらに一日経った時点で、ギブソンとミモザはそう判断し、それを伝えた。
 派閥の件に関しては、ふたりの勅命と重なる部分もあるため、何か罰を受けることはないだろう、とも。


 それから、彼らはトリスとマグナ、それにを部屋に呼びだした。
 レイムと名乗る吟遊詩人、兼、デグレアの顧問召喚師、兼、悪魔たちの親玉について。
 かの獅子将軍から、話しておかねばならないことがある、と。 

 トリスとマグナはともかくも、どうしてあたしまで――と、これは、後でみんなには事情はしょって説明するから、とか云われて、それでいいのかと思ったのセリフだったりする。

ちゃんには知る権利も義務もあるわよ」
 ミモザはそう云って、答えに代えた。

 たしかに、と、は苦笑い。
 彼らの正体も知らずにいいように使われていたのだから、知る権利がある。
 彼らが自分を狙うのなら、対策を立てるために、その正体を知る義務がある。

 なるほど、実に正論である。
 そうしては、現在、トリスとマグナの横に座って、アグラバインの話に耳を傾けているのだった。

「デグレアが、召喚兵器の存在を知るに至った経緯は、前に話しただろう」
 腕を組み、ことばを選びつつ、アグラバインは比較的ゆっくりと話しだした。
 じらしているわけではないのだろう。本人も、どう形にすれば一番はっきりと伝わるのか、迷っているような節があった。
 そうしてやっと告げられた第一声に、たちはこくりと頷く。
「たしか、アメルの持ってる天使の羽根を持参してきた召喚師から、聞いたんだろ?」
「……そういえば、ルウ、アレで何か喚びだせたのかな?」
 いつぞや、召喚術研究のために彼女が持っていたおかげで、大変助かったことを思い出したらしい、トリスが一人ごちた。
 うむ、と、アグラバインは頷いて――
「……」
 それから再び、沈黙した。
 いつもだったら、会話進行の手助けをしてくれるはずの、ギブソンとミモザも難しい顔だ。
 彼らは、一足先にアグラバインから話を聞いたらしく、最初からずっとそんな表情。

「……それが、あの男なのだ」

 ……え? と。
 ややあって告げられたアグラバインのことばの意を掴み損ねた3人は、形にならない疑問を、同時に視線に乗せていた。
 その視線を受け、アグラバインは、こう続けた。

「おまえたちがレイムと呼ぶあの男は――かつて、わしと共に、禁忌の森に向かった召喚師なのだ……!」

『……え?』

 今度は、声が出た。驚きと疑問と、一緒くたの声が。
 顔を見合わせる。
 お互い、きっと同じコトを考えている。確信。

 だって。だってさ、ちょっと待て。
 禁忌の森に向かったのって、アグラおじいさんが現役の頃の話でしょ?
「それって、アメルを見つけた頃のことでしょ?」
「ああ」
「だったら変だよ! その人だって、歳をとるはずじゃないの!?」
 数年なら判る。
 肉体の成長はだいたい、20歳前後で止まるというから。
 衰えていくにしても、数年ならば外見が多少変わっても気づきにくいということもあるだろう。
 だけど、十数年だ。
 赤ん坊が、年頃にまで育つくらいの年数を重ねてそれでなお、当時のままの姿なんていうことが、果たしてありえるのだろうか。

 考え込んでしまった空気を浮上させるべくか、マグナが、ぽむ、と手を打った。
「――と、とんでもない若作りとか……」
 どもりがちのそれは、彼自身、信憑性なんて認めてないのは明らかだったが。

「いや、それはない」

 が、アグラバインの方は、どこまでも真剣な顔でそう告げる。

「何故なら、その召喚師は――わしの目の前で、悪魔に殺されておるのだ」

 …………

 ……ちょっと、じゃない。かなり。待て。
 それじゃあ、今まで自分たちが接してきたのは。
 混乱しかけたたちの前で、初めて、ギブソンが口を開く。
「悪魔が寄り代とするのは、何も、生きている人間だけに限ったものじゃない」
「――――」
 今、なんか、不吉な一文を聞いた気がした。
「獣や草花、武器や鎧……ありとあらゆるものに、悪魔は取り憑くのよ」

 たとえそれが、死体であっても。

「――――!」

 うわああああ。
 ミモザのセリフを聞いた瞬間、は無意識に自分の身体に腕をまわしていた。
 今日は陽気が気持ちいいから、五分袖の服を着ていたのだけれど、衣服も陽気も突っ切って、鳥肌が立っているのが判る。
 トリスも、マグナも、青ざめた顔で、自分の腕をさすっていた。
 この部屋だけにまるで、極寒の息吹が吹き込んできたような。そんな感覚。
「ルヴァイドは、云っておった」
 だけど。
 耳に馴染んだその名前に、はいち早く硬直から脱出する。
 視線で先を促すと、アグラバインも小さく頷いて。

「帰ってきたのがわしであれば、良かった……と」

 そう。
 あのとき。
 あの禁忌の森で。
 仲間を一人残らず殺され、たった一人生き延びたアグラバインは、アメルを拾ってレルム村へと身を寄せた。
 そう。アグラバインは見ている。目の前で、すべての仲間が殺されるのを。
 ――同行した召喚師が、絶命するのを。

 だが、その召喚師は、デグレアに帰還したという。
 たった一人の生き残りとして。
 目的を達せられずとも、その情報はまだ生きている。
 聖王国に対抗するための切り札をもたらした彼を、議会はおそらく、そのときに顧問召喚師として取り立てたのだろう。

 まさか自分たちが、殺され、傀儡とされるなど、予想だにせずに――

 ギブソンは云う。
「デグレアに帰還したという、その人物が悪魔にとり憑かれていたのなら……すべてのつじつまが合ってくる」
 そう。何もかも。
 バラバラだった、これまでに遭遇した事件のピースが。
 まるで急に解の見つかったジグソーパズルのように、次々にひとつの形を成そうとする。

 そうして、
「……たしかにあの人……歳とってないかも」
 記憶掘り出し考え込んで、不意につぶやいたに、ばっと一同の視線が集まった。
 なんかみんな殆ど忘れかけているような気がしないでもないが、は数年間デグレアにいたのである。
 数年間、ルヴァイドたちやレイムとともにいたのである。
 云い方は悪いが、ある意味生き証人だ。
「……大人ってそんなもんかな、って思ってたし、ただでさえあの人たち、年齢がはっきりしないし……」
 記憶をさらにひっくり返しつつ、告げる、ことば。
「だけどあの人、髪の長さ変わったりしなかったし……こまめに切ってるんだと思ったけど……」

「でも鼻血は出してたよな」
 ぽつりとマグナが云った。
 鼻血? と、虚を突かれて怪訝な表情になった先輩たちを余所に、トリスが、がくりと肩を落とす。
「……出すたびに増血剤打ってたんじゃないの?」
 ほら、死体乗っ取ったんなら、自己生産できないんだし。

 この会話を、いつかのファナンの住民が聞いていたら、さぞや全力で頷いたに違いない。
 同時に、自分たちが話していたのがそういう存在だと知ったら、泣いちゃうかもしんないけど。
 だって悪魔ですよ悪魔。
「……レイムさんが悪魔……」
 その単語は、一度は和やかになりかけた空気を、一瞬にして冷やしてのけた。
 キュラーやらをいいように使っているのだから、並の存在じゃないとは思っていたが。

 まさか、彼までもがそうだったとは――

 つくづく節穴だった自分の目に猛省しながら、は、すっかり冷めてしまったお茶に手を伸ばした。
 舞い下りた沈黙のなか、カチャリと陶器の触れ合う音だけが、響く。
 誰もがことばを探した次の瞬間、沈黙は、意外な形で打ち砕かれた。


「ネスティ! ネスティ・ライルはどこだっ!?」

 ドンドンドン!

 と、素晴らしい勢いで玄関のドアを叩く音。
 いや、これはすでに爆音でしょう。
 続いて響く、どうやら少なくとも中年の域には達しているだろう、男の声。

「出て来い、ネスティ・ライル!!」

 ――ぶふっ、と、お茶を噴きだすのを、はやっとの思いで押し留めた。

「な……何!?」
 すわ借金取りか地上げ屋か。
 だが、あわてたのはだけだった。
「……ああ、そうか。はあの方を知らないんだな」
「へ?」
 渋い顔になってつぶやいたギブソンに目を向けると、その隣のミモザも眉をしかめていて。
 アグラバインはやはり怪訝な顔だけれど、慌ててはいない。そうして、マグナとトリスは倣ったように、先輩たちと同じ顔。
「……フリップ様って云ってね、一応、蒼の派閥の師範なのよ」
 そうしてそれを聞いた瞬間、もやっぱり顔をしかめたのだった。
 いや、だってさ。
 なまじラウル師範を知っているから、そう思うのかもしれないけど。
 普通、他人さまのおうちに、あそこまでご近所迷惑まがいなコトしつつ、乗り込んでくるものなのか、お偉いさんって。

 ……お偉いさん?

 はたり。
 顔を見合わせる。誰と? ――トリスとマグナと。
 今、あのお偉いさん、なんて云って乗り込んできた?
 ラウル師範と同じ立場なら、彼の養子となっているネスティのコトも当然知っているはずで――
 で、今、その人が叫んでたのは……

「……『ライル』ぅ!?」

 異口同音に叫ぶと同時。
 ガタン! と席を立って、とマグナとトリスは、玄関ポーチに突っ走った。
 止めようとしたギブソンとミモザが出遅れて、空振った手を空しくひらひらさせていたことなど気づかずに。


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