狭いわけではないが、広いという形容詞も使えない地下室での戦いは、大きな威力を持つ召喚術は使えない。
それはマグナたちにとっても当然ながら、レイムたちにとっても摂理。
「――あーもォうっとーしわねちょこまかとォッ!!」
ビーニャやキュラー、ガレアノの手駒である、魔獣やら屍人やら鬼人やらも、あまり数を呼べない。
なまじ、そんなものを大量に持ってきて己が移動出来る範囲を狭めてしまうのは、愚の骨頂。
ブチ切れかけているビーニャが、怒声とともにダークブリンガーをかますけれど、その逆属性の術は、ルウの得意技である。その軌跡を読むことは、けして難しいことではない。
すべてはさすがに不可能だが、その大半を、標的とされた面々は回避した。
それに、だ。
どうやら相手は、傷の回復を促す召喚術を習得してはいないようだった。
対して、こちらにはアメルを始めとして、多少の怪我ならばその場で癒せる。――傷の痛みが長引いて、集中が鈍ることはない。
「やああああああッ!!」
「――ッく!?」
召喚術を放った直後の隙をつき、マグナが、剣を構えてビーニャに迫る。
彼女はそれをとっさに杖で弾くが、魔力はともかく体力の比較では、明らかにマグナに分があった。
「っ、キャアアアアアッ!!」
斬撃は避けられても、衝撃は流せない。
どむッ、と鈍い音を立てて、ビーニャの身体は弾き飛ばされ、壁に激突する。
「をどこへやったの!」
「――さて。知りたくば我々を退けてみることですな!」
鋭いトリスの詰問を、嫌味満点に退けているのはキュラー。
その少し後方では、ガレアノが屍人を盾代わりにエルジンとエスガルドの射撃を防ぎ、召喚術を放とうとしている。
が、
「ペン太くん、ゴー!」
詠唱時間の長短の勝利。ミモザが一瞬速かった。
ひゅうううううぅぅぅぅぅぅ―――――
どこからともなく現れた、ペンギン型の爆弾が、ガレアノの頭上に落下する。
――――ちゅどーん!!
首尾よく爆発したそれを見て、けれどミモザは一瞬顔をしかめ、すぐに次の詠唱を始める。
もうもうと立ち上がった煙が晴れたそこには、屍人二体が倒れているだけだった。
「おねえさん上!」
ガガガガガガッ!
「ありがと!」
いったい、どういう移動手段を用いたのか。
ミモザの頭上――天井から奇襲をかけようとしていたシノビらしい鬼人が、エルジンの銃撃に倒れた。
――戦いは続く。
あああああああ、もう、だれか気づけ――――――っ!!
聞こえてくる爆音や鍔迫り合いの音に、もはやいてもたってもいられなくなったは、磔から自由になろうと必死に身体を動かしていた。
ぎち、と、また壁の欠片が顔の横を掠める。
が、こんな調子じゃ自力脱出なんて夢のまた夢かもしれない。
「んー……ッ!!」
動けないこの身体がじれったくて、繋がれていない足をじたばたしてみるものの、それは無為に、壁や床を蹴るばかり。
だけど。
「……おねえちゃん!」
「むー!?(ハサハ!?)」
のいる周囲を囲うように配置された、水晶の柱の向こう。
紫の光に照らされて、柱の間をすり抜けてきた人影があった。
「――ハサハ! レシィ!!」
レシィがハサハを肩車し、妖狐の少女の小さな手にようやっと猿轡を外してもらったは、真っ先に、そのふたりの名前を呼んだのである。
が、水も飲んでない食事もしていない、そんな身体で唐突に叫んだコトが、喉に負担を強いた。
「……っ、げほ……ッ」
咳き込んだ。その目の前に、すかさず差し出される水袋。
「さん、これ飲んでください!」
「……おねえちゃん……これ……!」
ぱちくり。その用意のよさに目をしばたいたは、だが、今、知る由もない。
レシィの持ってきた緑茶と、ハサハの差し出した、竹の葉に包まれたいなり寿司。
――それは唯一、いや、唯二。あの夜その場にいなくて事情を察したパッフェルとシオンが、ふたりにこっそりと持たせたものだったり、することを。
とにかく、据え膳喰わぬは軍人の恥! 意味が大幅に違うけど。
口の前に差し出された寿司をぱっくりと含み、ある程度噛んでから嚥下する。つづいて、茶を一気飲み。そうして、ようやく人心地。
「……ふう」
「さん、動かないでくださいねっ」
――ぼこッ。
と、息をついたの両腕の枷を、レシィが外した。
いや、外したというよりは、傍の壁を力任せに殴りつけて、手械ごと引っぺがしたと云った方がいいか。
ばらばらと、手械にこびりついている壁を減らせるだけ減らす。
枷自体がまだ残ってはいるものの、それでもようやっと自由になった両腕を振り回して具合をみていると、腰のあたりにちょっとした重み。
「さん、ご無事ですか? 痛いところとかありませんか?」
「……おねえちゃん、呼んでくれたから、ハサハにもわかった……ありがと……」
必死にすがりついてくるふたりを、だいじょうぶだからと抱き返す。疲労を覚えていた心に、この小さなぬくもりふたつは、とても心地好い――
「ってのんきに和んでる場合かッ!!」
と、立ち上がったとき。
気がつけば、戦いの喧騒はすでにおさまっていた。
壁に寄りかかったビーニャ、膝をつくキュラーとガレアノ。
唯一、戦いを静観していたレイムだけが、部下が倒されたというのに、悠然とその場を眺めている。
そこに、エルジンが銃口をつきつけた。
「――どうやら、ボクたちの勝ちみたいだね」
「魔力の強さは認めるけれど、戦いをこなした場数は、私たちが上ってことかしら?」
「の居所、教えてもらおうか」
宣告と、要求。
それを受け――ククッ、と、小さな笑い声は、けれど敗者とされた方からあがる。
ビーニャが肩を小刻みに震わせて、こらえきれないというように笑っていた。
「ねェ……あんなコト云ってるよ、アイツら……」
そう云うと同時、彼女はゆっくりと起き上がった。
動作こそ多少の緩慢さが残るが、ダメージなど蓄積していないとでも云いたげに。
続いて、キュラーもガレアノもまた同じく。
「……!?」
優勢だったはずのマグナたちが、何かに気圧されるように後ずさった。
「クククク……かわいいものですね」
我々が遊んでいたことにも、気づかずにおられたとは。
「ナンダト……」
「レイム様」
エスガルドのことばにかぶせて、ガレアノが振り返る――自分たちの主を。
そうして視線を向けられたレイムは、浮かべていた微笑を深くした。おそらくは、次につむがれることばを知ってのものだったのだろう。
「そろそろこやつらに、我々の正体を見せてやりたいと思うのですが……?」
「――いいでしょう」
逡巡もなく、彼は頷いた。
「あなたたちもそろそろ、手加減には飽きたことでしょうし」
ニィィ、と、深く深く――その表情に刻まれる笑み。
「私が許可します。さあ、本来の姿を見せてあげなさい!」
召喚師たちが、嗤う。
「では、おことばに甘えて……」
どろり、
場を満たしていた黒い赤い魔力の密度が、一気に増加した。
「ククククククク……」
「キャハハハハハッ!」
「カーッカッカッカ!」
耳障りな、みっつの笑い声が響く。
ぐにゃり――目の前の空間が歪んだような気がした。
けれどそれは、空間ではなく。
歪んでいるのは。
嗤いつづける、三人の周囲の空間。三人の肉体そのもの。
「なんだあれ……」
「あいつらの身体、歪んでく……っ!?」
戸惑いと驚愕に占められたトリスとマグナのうめきは、その場の全員の思いを代表して――いや。
ただひとり、ギブソンだけが違った。
最初こそ目を見開いたものの、すぐに、ぎゅ、と唇を噛み締める。押し寄せる圧力に抗しながら、
「やはり――」
「ギブソン?」
彼は、叫んだ。
「みんな気をつけろ! こいつらは人間じゃないっ!!」
黒と赤が混じる。
形容も出来ない、淀んだ色の。暴力的なまでの魔力の発現。
嗤い声と、魔力だけが、空間の支配者と化していた。
「カーッカッカッカ! 今ごろ気づいても無駄だ!!」
「キャハハハッ、コ・レ・が、アタシたちの本来の姿――」
「ニンゲンたちよ、貴方たちが悪魔と恐れるモノの姿だ!!」
そうして異形が顕現する。
「あ……ああ……っ!?」
天使であったために、一番影響を受けてしまいやすいのだろうか。
アメルが蒼白になり、大きく身体を震わせた。
ぎゅううぅ、と、強く強く服の裾をつかむ護衛獣の子たちの肩を、軽く叩いてやる。
そうするの目の前には、赤と黒とが入り混じる闇の顕現。
恐ろしいまでの重圧感。
初めて目にする、それは、禍々しい姿。
だけど。
「……なんでだろうね……」
小さく、ただ、つぶやいた。
知っている気がするの。
懐かしい気がするの。
人として接していた、彼らより遥かに、彼らが彼らなんだと。心のどこかがに告げる。
怖がらないで。あれが彼らの真実だから。
恐れないで。わたしはあれを知っているから。
だいじょうぶ
「……だいじょうぶだよ」
「さん……」
「おねえちゃん……」
これも、不幸中の幸いというのか。レイムたちは、戦いのどさくさに紛れてが自由にされたことに気づいていないようだった。
身動きなど出来ぬ身体と安心しているためか、彼らにとっては背中側に位置するこちらを、確認しようともしない。
「だいじょうぶ」
そうして、はもう一度つぶやいた。
うん だいじょうぶ
――覚悟は決めた。