いざ館の前までやってくると、その佇まいに、思わず足が止まった。
手入れもされずに風化するままになっている壁には、蔦が所狭しと這いまわり、庭だったろう地面も雑草だらけ。
立派な廃墟である。
「……なんだか、見るからに不気味な館ですね……」
「……いやなかんじがする……」
レシィとハサハが、眉根を寄せて不快感を露にした。
まったくだわ、と、ミモザも腕組みして同意。
「もともと、貴族が別荘として使ってた建物らしいんだけど、放置されてからもうずいぶんと経ってるって話なのよ」
「本当にこんなところ、人が住んでるのかなあ……」
「俺だったら絶対ヤだけど……」
片付けの得意でない兄妹さえたじろぐ有り様。そうして、トリスがちょんっと壁をつつくと、とたんにそこがぼろぼろと崩れた。
「そう思うからこそさ、隠れ家にはうってつけなんだよ」
僕だって絶対住みたくないけどね、とエルジン。
他の面々も、口にするまでもなく同感だろう。
館への感想はそのへんにするとして、ネスティが一歩進み出る。
「……いずれにせよ、用心はしておいたほうがいいな」
「サテ……ドウヤッテ調査スル? ぎぶそん殿」
「あまり大人数で中に入るのはよそう。そうだな……私と、マグナとトリス、ネスティで行こうと思うが」
他の人たちは、建物の周囲を調べてみてくれ。
と云ったところで、ギブソンは視線を落とした。
身長差があるせいで、そうしなければ、袖を引っ張った犯人――護衛獣の姿が見えないのだ。
そうして、彼が傾げた以上の角度で顔を持ち上げ、無言で見上げてくるふたりを見て、ギブソンは苦笑にもとれる微笑を浮かべ、
「君たちも、中についてきてくれるね?」
「はいっ!」
「……うん……!」
提案に、レシィとハサハは、気合い十分、待ってましたとうなずいた。
眼前に出現したのは白い糸。粘着性のあるそれは、漂う埃をべたべたくっつけマグナを襲った。
「わっ、ぷ!」
「兄さん何してるの?」
「……おにいちゃん……」
屋敷に一歩踏み入れた瞬間、顔をしかめて後ろに下がったマグナを見て、トリスとハサハが怪訝な顔になる。
「……何をしてるんだ、マグナ」
その彼の後ろにいたネスティが、呆れも露に問いかけた。
ところがマグナは答えてる余裕などないらしく、両手で顔をぱたぱたはたく。
それでも足りずに袖口で拭い、ようやっと一息ついたらしい。
「だって、クモの巣が顔にかかって……」
「クモの巣?」
ギブソンも、怪訝な顔でマグナの方にやってくる。
「……」
「先輩?」
難しい顔で自分を眺めるギブソンを見て、マグナも首を傾げた。
けれどギブソンはそんな後輩の視線には気づかないのか、つと。ゆったりした袖を持ち上げて、足元を見る。
つられて一行も床を見――
「うえぇ、何これ?」
昨日今日積もったものではない、おそらくセンチメートル単位で計れそうな埃が溜まっているのを見て、トリスが嫌な顔になった。
が、ネスティとギブソンだけは、そんな動揺とは無縁のまま。ふたりは顔を見合わせると、何事か納得しあうように頷いた後、
「これは、人の出入りが絶えて久しいとしか思えないな……」
「そうですね。……これでは、の手がかりも……」
交わす声音は重く、表情も苦い。
「すまない……これは、戻って調べなおすしかないかもしれない」
「ちょっと待てよ!? ろくに調べてないのに、どうしてそんなことが判るんだよ!?」
やりとりの半ば。ネスティのセリフの後半部分に反応してか、ギブソンの発言の途中で、マグナがふたりに食ってかかった。
が、兄弟子は実に冷静に、まだ彼の髪にひっかかっていたクモの巣を指差し、
「人が出入りしているというのなら、こんな入り口にクモの巣がかかったりするか?」
「……あ……」
「それに、この埃」
ギブソンが示したのは、さっきトリスに嫌な顔をさせた埃の山。
「私たちが歩いた後にそって、くっきり足跡が残っている……が、他の場所にはそういった痕跡がないだろう?」
「……ほんとだ……」
振り返り、確認しているトリスに、ネスティの追い打ち。
「つまり、僕たち以前にこの館に入った者はいないということだ」
「ええっ、じゃあさんはどこにつれていかれたんですか?」
手がかりが途切れたことを知ったレシィが、必死にすがって問いかける。
が、
「判らない。――無駄足になってしまったな」
詮無く首を横に振るギブソンのことばに、緑色の双眸は、傍目にもはっきりと涙を浮かべかける。
そのときだ。
くい、
足跡から視線を転じ、落ち着かない様子で室内を見渡していたトリスが、マグナの袖を引っ張った。
「トリス?」
どうしたんだ、と、マグナが訊くより先に、彼女の指が、部屋の一点を指し示す。
ちょうど入り口からだと光の届かない、ある意味死角になった一角。
「あそこ、何か積み重なってない?」
「……ん……? あ、本当だ。なんだろ」
「廃棄された家具の類じゃないのか?」
すたすたと歩き出した弟弟子に、ネスティがそう告げる。だがその語尾に被せて、
「……いや、それにしては……形が妙に不自然のような……」
同じようにそちらをすかし見ていたギブソンが、つと足を踏み出していた。
「……おにいちゃん……なにがあるの……?」
そうしてハサハも、そちらに向かおうとした。
けれど。
「――――!!」
彼女の向かおうとした方向――マグナが、息を飲む気配。そして、
「ハサハとレシィは来ちゃだめだ!」
抑えた、けれど鋭い声に、ぴたりと護衛獣たちの足が止まる。
「どうした……!?」
制止されなかったギブソンとネスティが、代わりとでもいうように、足を速めて兄妹のいる場所まで移動した。
――そうして、ほぼ同時に絶句する。
「これは――」
「……ひからびた死体の山……!?」
「え、ええっ!?」
「……ッ!?」
足止めされたハサハとレシィが、ぎゅっ、とお互い身を寄せ合った。
それを横目に、ギブソンとネスティが死体の検分にとりかかる。
あまり気持ちのいい話ではないが、干からびているおかげで死体に特有の腐敗がないことだけはありがたい。
触れるふたりの指先には、まるで枯れ枝のような感触があるばかり。
「……どれもこれも、完全にミイラ化しているな。しかも、この服装や持ち物……」
死体たちの衣服や、その合間合間に積み上げられた、杖や召喚に使う媒体。
それらが語る事実はひとつ。
ネスティのことばを、「ああ」とギブソンが肯定した。
「彼らは、みな、召喚師だった者たちの亡骸に違いあるまい」
「行方不明じゃなくて、殺されてたってこと……?」
さすがにふたりのように直に触れる勇気はないらしく、間近までは行ったものの、トリスは立ち尽くしたままだ。
そのようだ、と、ギブソンが頷いて。
「蒼の派閥以外の者たちも含めて、これほどの召喚師が犠牲になっていたとは……」
派閥から報告のあった人数とは明らかに違う、多すぎる死体たち。
けれど、――けれどもだ。
こんなものが、この場にあるということは、
「やっぱり、ここが事件に関係あるのは間違いないってことですよね?」
「……ああ、そうなるな」
そうして再び、彼らは死体を見下ろした。
水分の一滴もなく、干からびた死体の山を。
「しかし……どうやれば、こんな無残な殺し方が出来るというんだ……」
そう、ネスティがつぶやいたとき。
甲高い、けれど確かに人の声……断末魔とわかる悲鳴が、一同の耳を打ったのである。
「!?」
「いまの……なに……!?」
「アメルさんたちでしょうか……?」
「いや、違う」
咄嗟に外に走り出そうとしたレシィの足を、その一言でギブソンは止める。
「今の悲鳴は、足元から響いてきたようだ――」
ただそれだけで、全員、すぐさま答えを導き出した。
「……地下室!?」