気が急いて、気が急いて。ひたすらに――心は焦って。
予定そのままだったら、和気あいあいと進んでいただろう道を、今の一行は、話をする間も惜しいとばかりに無言で進む。
先頭はギブソンとミモザ。なかには後輩たちと護衛獣。後ろを守るのはエルジンとエスガルド。
彼らのなかには、当初は予定に入っていなかったアメルの姿もあった。
――今朝の件で、少なくとも悪魔が関わるであろうことは、容易に想像が出来たためだ。
申し出たのはアメルだが、それを、全員一致で受け入れた。
気になっていた派閥の機密に関することは、総帥からの勅命であることと、この件に関してはギブソンたちの判断が優先されることが明らかになったためである。
無言で、彼らは道を進む。
けれど、人間、焦る気持ちとは別にしても、いつまでも沈黙に耐えられない人だっているものだ。
「ねえ、ネス……」
「なんだ?」
口篭もりがちに話しかけてきた妹弟子を視線だけで振り返り、ネスティは応じる。
歩き出してからこっち、初めて発されたことばに、一行の意識が自然と集中。そしてつむがれた問いもまた、それに相応しいものだった。
「……どうして、が攫われるんだと思う?」
「それは、あのときの魔力が――」
応じるネスティ自身、はっきりと確信しているわけではない。そこを突くように、トリスは云った。
「でも、は召喚術を使えないんだよ? 犯人が必要なのは、召喚師なんでしょ?」
「……そう云われれば、そうだな。けれど、他に理由は思いつかないのも事実だし……」
先頭にいたギブソンがそう云いながら、少し速度を落としてネスティとトリスの横に並んだ。
「えっと――たしか、ちゃん、召喚術を発動させることは出来たんだっけ?」
こちらは道案内の必要もあるため、変わらず先頭を歩いたままでミモザが振り返る。
ええ、と、ネスティは頷きでもって肯定の意を示した。
「だけど見当はずれなのばっかり喚んじゃうんです。テテと契約してるハズなのに、武器とか出したり」
横手から、マグナが、ちょっと身振りも交えて口添え。
「武器?」
「そうです。槍とか、銃とか」云ううちに、思い出したのだろう。アメルの口調が少しだけ、楽しそうにほころんだ。「……そういえば、そういう、が出した武器って、たいていあとでお店に売ってたんですよね。、もしかしてお店のを喚び出しちゃってたんじゃないだろうかって嘆いてたんですけど……」
それでも、旅の資金の節約になるのだから、と重宝されていたのは事実。何が出るか判らない、ギャンブル的側面もあったけれど。
そうして思い出すうち、いつかが電柱を自分の世界から喚び出したことにも話が及ぶ。
そこで、ミモザがその事実に気づいた。
「……じゃあ、ちゃんって、今まで一度も生きているものを喚び出すコトは出来てないんだ」
「え? ――あ、ええ。そう云われてみれば、無機物ばかりだった気もします」
「しかもこの世界内か、元々彼女のいた世界から、か……」
そう考えると、と云いながら、ギブソンは、指を折り曲げた。
「ロレイラル、サプレス、シルターン、メイトルパ……これら、他の4つのどの世界にも、干渉さえしていないんだな」
唯一の例外は、レシィをこの世界に引き込んだときだ。
だけどあのときだって、すでに召喚されたレシィの混乱と、規定外の魔力を注がれたサモナイト石との過剰な反応が、あんな暴走を引き起こしててのこと。
つまりはやっぱり、この世界内での干渉に留まっている。
「サイジェントの彼らがああなコトを考えると、生まれた世界がどうこうって違いのわけじゃあないのよね」
そう云うミモザのことばに、
「魔力は、結局使う者の意志次第でどのようにでもなる、という前提において考えると――」
と、ギブソンがさらに補足した。
とりあえずだが、仮の結論くらいは出しておこうとでも云うように。
「……彼女は、どこか無意識に、――奥深い部分で、召喚術というものを肯定していないんじゃないかな」
それはきっと、遠い昔。
召喚術などというものを使わずとも、世界と世界の門は開かれていた、そんな時代の人々が、今の世界を見ればそう思うのと同様にかもしれない。
その意見に、ふっと一同押し黙る。
マグナとトリスの表情が一瞬暗くなるけれど、気づいたギブソンが慌ててフォローしようとするより前に、
「そりゃあ、今は召喚術に頼らないと他の世界と友達にはなれないけどさ」
「いつか、召喚術を使わないで、4つの世界と友達になれたらいいってことよね」
だったら、のためにもがんばらなくちゃね。
そう云って、兄妹は笑い合った。
過去に自分たちの犯した罪と、今自分たちが在る意味と。そうして、その先にある未来を見る。それは、クレスメント最後の末裔。
――――
「ミモザ。世界は本当に変わりだしたんだと、私は最近つくづく思うようになったよ」
「まあねえ。伝説が一気にふたつも再現されるくらいだもの。……もっともっと、変わるのかもね」
――それがすべてにとって、優しい未来であることを祈ろう。
そんな先輩たちの会話は、このときもつれあってたなにもかもが解け、終わったあとに紡がれる、ひとつの未来でのささやかなひととき。
そうして、なおも足を進める一行のなか、
「……見えてきたよ!」
エルジンが、前方を指差した。
その先には、岬の上に建つ、遠目にも年代物だと判る館。
「あそこですか?」
表情をひきしめて、マグナがギブソンに問うた。
「ああ、そうだ」
そうしてギブソンが頷き、一同を振り返る。
……真摯な視線が、一斉に、屋敷を注視していた。
どうしてが攫われたのか判らない。だけど、絶対に取り返す。――決意は皆、同じ。
「急ごう!」
強く。決意こめて響いた声に、また足を踏み出す音が、重なった。