「――で、なんでオレが残されなきゃならねーんだよ」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。ぶつくさぶつくさ――
ぶーたれているのはバルレルだ。
実は今回めずらしく、よっぽどついていきたそうだった彼は、だが、この不機嫌が示しているように、嘘付き居残り組に強制加入させられているのだった。
「はさは殿モ、れしぃ殿モ、嘘ヲツクトスグニ顔ニ出ルタメ、残シテイクノハ危険ダッタト――」
応じるレオルドも、同じように留守番組である。
そんな居残り護衛獣たちの会話を、ミニスとモーリンはぎこちない笑顔を浮かべて聞いていた。
で、バルレルが、目ざとくそれを睨みつけ、
「ぅをらッ! ぎくしゃくしてんじゃねえッ!!」
そんなんじゃあからさまに怪しまれるだろうがッ!!
「だっ、だだだだって〜〜!」
「無茶云わないでおくれよ、あたいは嘘つくのなんて慣れてないんだから……」
「だあああああああっ、なんでこんなヤツらのお守りしなきゃなんねーんだよッ!」
なんか最近お守りづいてねーか、オレ!?
とかなんとか、頭を抱えて叫んでいたバルレルだったけれど。
「――ばるれる殿」
足音がひとつ、近づいてくるのを察したレオルドの声に、ぴたりと苦悩するのを止めた。
今彼らがいるのは、ギブソン邸の庭である。
シチュエーションとしては、天気が良いので日光浴をしているレオルドと、それにちょっかいを出しにきたバルレル。
モーリンは修行がてらで、ミニスは日向ぼっこ場所を捜して合流した。
……と、ミモザが提案したそれは、一応理にかなっているようだが、そもそもこの4人が一緒にいるということ自体が不自然なんじゃなかろーか。本邦初だぞ、こんな光景。
と、そんな指摘に対して、提案者であるミモザは、
「だってモーリンもミニスも、嘘、苦手でしょ?」
だったらバルレルから離れないで、対応は全部彼に任せちゃった方がお徳よ? ――そう、しれっと云ってのけた。
お徳かどうかの問題でもない気がするんだけど。なんて声は封殺された結果が、今のこの状態である。
そうして、ぱたぱた、と、軽い足音をたててやってきたのは、ユエルだった。
ぴき、と、ミニスの表情がひきつる。
仲のいい友達だけれど、こんなときに出逢うのは、ちょっと勘弁してほしかった。
が、ユエルは通りすがりというわけではないらしく、真っ直ぐ、ミニスに向かってやってきた。
「あっ、ミニスこんなトコロにいたんだ〜!」
「ど、どうしたの?」
自然に自然に……そう思えば思うほど、ミニスの声はうわずるし、仕草だってぎこちなくなる。
だがユエルはそんなこと気づかず、
「うん、知らない?」
あっけらかんと、メガトン級の攻撃を繰り出した。
ビキッ。
音さえ立てそうな勢いで、盛大に硬直したミニスにはやっぱり気づかないまま、ユエルはまなじりを下げて、
「今日ね、ユエル、と遊ぼうって思ってたんだけど……」
あわわわわわわ。
ユエルのことばの途中で、もはや冷や汗だらだらのミニス。
はらはらと成り行きを見守っているモーリン。
……はあ、と、聞こえないようにため息をついて、バルレルがずいっと前に出た。
「オイ」
「な、何だよ?」
なんとなく苦手意識があるのか、ユエルが少しだけ後ろに退いた。
「アイツだったら、メガネ女たちと一緒に、なんか調査に行ってるぜ」
「え? そうなの?」
「ああ」
「ハイ。最低一日ハカカルダロウトノコトデス」
仏頂面も、不機嫌な声も、なんかバルレルがやるといつもどおりだという印象しかない。
一緒になって答えたレオルドの声も、もともとが合成なので、感情が現れるコトはないし。
……そう考えると、ミモザの人選と提案は実に正しかったのだろう。そうして、その緩和剤の選択も。
「ふーん、そっか」
思惑通り、ユエルも素直に騙されてくれる。
はたで見ているミニスとモーリンからしてみれば、どうしても罪悪感は避けられないが、ふたりはとりあえずその反応に安心して、こくこくと頭を上下させた。
が。
「じゃあミニス、一緒に遊ぼ?」
え。
「――あいたッ!」
悲鳴。再び動きが固まりかけたミニスの背中を、バルレルが思いっきり引っぱたいたせいである。
「なっ、何するのよっ!?」
「蚊だ」
「嘘云ってんじゃないわよアンタッ!!」
「こらぁ! ミニスをいじめるなっ!!」
その前に、リィンバウムに蚊はいるんだろうか。
背中をさすりつつ涙目のミニス。彼女だけにぎりぎり聞こえるくらいの、小さな声が降ってくる。
「まァ行ってこいや。せいぜいボロ出すんじゃねーぞ」
「えっ……」
「テメエのお得意のワイバーンでも喚びだして、遊んでろ」
ガキなんだから、気さえ紛らわしゃ一日ぐらい誤魔化しとけるだろ、テメエも含めて。
「――う……うんっ」
怒鳴ったおかげで、すっかりほぐれてしまった自身の表情を自覚しつつ、ミニスは気合を入れてうなずいた。
だからそれが不自然だっつーの、という、バルレルの心中の嘆きなど知らず。
いささか不安を残しつつも、お子様ふたりが立ち去ったのを見届けて、バルレルは再び事情全開不機嫌顔に逆戻り。
同じ不機嫌顔でも、微妙に違いがあるもんだと、変なところに感心してしまうモーリン。
で、彼女は訓練もどきを再開しようかと思ったけれど、集中できる精神状態でもないので、どさりとレオルドの横に寝転んだ。
「――なんていうか、慣れないねえ、こういうのは」
捜しに行きたい気持ちを抑えこんで、あまつさえ、他の人間に嘘をつきとおすなんていうのはさ。
「……テメエらみたいなニンゲンてのは、そんなもんだろ」
ぽつり、バルレルがつぶやいた。
「キット、殿ヲ助ケテ戻ッテコラレマス。我々ハ我々ノ最善ヲ尽クシマショウ」
そうして、同じようにレオルドが告げる。
なんだかこいつらも、随分と人間臭くなったねえ、と、モーリンは別の意味で苦笑したのだった。