そして翌日。
「ピクニック!?」
「ミモザ先輩、こんなときに何を考えているんです!」
予想通りというか、なんというか。
『朝9時に、玄関前に全員集合ねッ』
語尾にお星様がついた彼女のことばに、ぞろぞろと集まってみれば、その玄関前には、でっかいリュックサックがいくつも並んでいた。
これはなんだとミモザに問えば、今からピクニックにいきまーす♪ とのたまってくれたのである。
で、何が予想通りかと云うと。
「アメルが狙われてるのに出かける気かよ!」
「黒騎士たちがいつ襲ってくるか判らないんですよ!?」
いきなりの提案に戸惑いつつも、ほぼ全員が首を縦に振ったというのに、反対者が約2名。リューグとネスティ。
だが、その他の面々は。
「……♪(にこにこ)」
「たまにはいいかもねぇ」
「絶好の行楽日和だな!」
「ピクニック♪ ピクニック♪」
「楽しいなったら楽しいな♪」
「こんなふうに出かけるのも、気晴らしになりますよね」
「けっ、この程度ではしゃいでんじゃねーよ」
以上、誰が何を云ってるのか判らないが、とにかく盛り上がりまくっている。
ここまでくれば、ミモザの作戦はほとんど成功だろう。あとはどうやって反対者のふたりをオトスかだったが――
「アメルちゃんだって、腕によりをかけてお弁当つくってくれたのよね〜♪」
「わ、わざわざ云わなくてもいいじゃないですか、ミモザさん〜」
「う……」
ひとりめ陥落。
「ミモザ先輩、僕は……」
「ネスティ、これは先輩命令なのよ」
「……」
ふたりめ陥落。
鮮やかなミモザの手口に、拍手を送る者がいたとかいなかったとか、まあそれは別の話。
「ふーん。それでケイナさん、ずっとあの人と一緒に旅してたんだ?」
「なんだか素敵ですよね。そういう巡り合わせ」
「素敵なものですか。おかげでこっちは、苦労しっぱなしよ……」
「とか言っちゃって、しっかりよりそってるあたりが」
うりうりうりー。
それはやめてくれないかしら、ミモザさん……
街道を歩きながら、盛り上がっているのは女性陣。
特にこういう話題がネタだと、妙にお互い親近感がわくらしく、すでに数年つきあってきた友達のような感覚になっている。
は会話に参加こそ積極的にしなかったが、ケイナの話は興味深く聞いていた。
ケイナはかなり、自分と似通った体験もしているらしく、ずいぶんと共感を覚えてしまう。
ところが。
何がどこでどう間違ったのか、話はいつの間にか『初恋暴露話』になっていた。
「もうその先輩ってのがすっごく好みのタイプだったのよねーっ!」
「そうなんだ? ミモザさんってもっと知的な人が好みかと思ってた」
「それどういう意味かしらー?」
「ミニスちゃんの云うことわかるかも。ほら、ギブソンさ……きゃーっ、ミモザさんくすぐらないでくださいー!!」
街道で何やってんですか。
まぁそこまでは、も笑って見ていられたのだけれど。
「は、どうなの?」
「へ? あたしですか?」
記憶のない人間に何を訊く気だ、と思ったのもつかの間。
「だからー、たとえばあのなかに、良いなって思ってる人とかいないわけ?」
ちょっと離れた後ろをついてくる男性陣を指差して、ミモザ。
思わず振り返ると、見られていることに気づいた何人かが『なんだなんだ』という顔でこちらを見返してくる。
視線が自分に向けられているのを感じて、はすぐに前方に向き直った。
「ねね、どうなのよー」
「ミニスちゃんまで……別にあたしはそーいうのは」
「興味ない、なんて云わないわよね? 年頃の女の子なんだから」
にっこにこ笑うミモザの笑顔が、なんだかコワイ。
「なあなあっ!」
と、なにやらさきほどまでネスティやフォルテと話していたマグナが、先頭を歩くたちに追いついてきた。
「トリス、みんな、何の話してるんだ?」
俺もまぜて! と、顔に書いたマグナに対してトリスはひとこと、
「女の子の秘密のお話っ。兄さんにはヒミツー」
そう云うと、「ね、!」と云いつつ腕にしがみついてくる。
うなずくべきか否かが迷った瞬間、
「えー!? ひどいぞトリス! 兄ちゃんを仲間はずれにするのかー!?」
ーっ、トリスが俺を嫌いになったーっっ!
飼い主に邪険にされた犬を思わせる表情で、トリスのくっついた反対隣からマグナがしがみついてくる。
しかし、それよりもとしては新米召喚師兄妹に両側からしがみつかれているので、歩きづらいことこの上ない。
右にふらふら、左にふらふら。
それでも、まるでを取り合うように腕を放そうとしないマグナとトリス。
火花が散っているように見えるのは気のせいか?
「だいじょぶ、マグナ」
内心の困惑は見事に押し隠してにっこり笑うと、はなんとか腕を動かし、マグナの頭をなでてやる。
「あたしはマグナのコト好きだから。安心してっ」
「ほんとっ? 、ほんとに俺のこと好きっ!?」
ぱあああぁぁぁ、と、ちょっとオーバーなんじゃないかと思えるくらい、マグナの表情が明るくなって、ますますにしがみついてきた。
……逆効果だったかこんにゃろう。
でも、目の前のマグナの表情を見ていると。
尻尾ばたばた振って、なついてくる、わんこなマグナを見ていると。
「うん、好きだよー!」
これ以外に何も云えなくなってしまった。
だって、気づいてしまったんだ。見えてしまったんだよ。
元気に笑う、彼の瞳のずっと奥、愛情に飢えた寂しい子供の色がある。
「兄さんばっかりずるいー! 、、あたしは!?」
ふとトリスを見る。
「トリスも好きっ!」
そしてやっぱり、気がついてしまった。
「わぁいっ! ほら兄さん、はあたしも好きだって!」
「でも俺のほうが先に云われたんだぞっ」
「そんなの関係ないもんー!」
ふてくされてマグナとやりあっていて、一見元気なトリスの眼も。注意して見れば、ほら、やっぱり。
さみしい色を抱いた、無邪気な兄妹。
ねえ、どうして? どうしてそんなに哀しい色を持ってるの。知ってるの?
「いつまでもしがみついてんじゃねえ! が歩けねぇだろうがっ!!」
べりっ
3人でわいのわいのやっているところにリューグが追いすがり、マグナとトリスからを引き剥がす。
「そういいながら、おまえも何さんをそのまま連れて行こうとしてるんだ?」
ちょっと遅れて追いついてきたロッカが、なにやら恐ろしい笑顔を浮かべてリューグに呼びかけた。
「誰が連行してんだ! 俺はただこいつが歩きにくそうだから……ッ!」
「ちょっとリューグ! ロッカ! ふたりしてさりげなく持ったまま行かないでよっ!」
「そうだぞっ! は俺たちと一緒に行くんだからっ」
「だああっ、あたしは物じゃないー!!」
そう叫ぶの意見は、ものの見事に黙殺された。
「ちゃんってば、モテモテねぇ……」
「あれをモテモテって云うなら、そうなんだろうなぁ……チッ、片方がマグナじゃなかったら俺が代わってやりたいぜ」
「行ってきたらどうだ、フォルテ。骨は拾ってやる」
「つーか、オンナってぇのはどこの世界でも変わらねぇのな……」
「……?(きょとん)」
その会話が届かなかったのは、ある意味幸いだったのやら、なんなのやら。
目的地であるフロト湿原に辿り着いたとたん、なにやら珍しい生き物を求めてミモザは走っていってしまった。
残された一同は呆れたり笑ったり、反応は様々だったが、ケイナの
「ここからは自由行動にしましょうか」
という一声に同意、それぞれが気ままな午後を過ごすことになったのである。
もちろん、だってそれは例外ではなかった。
「うわー、緑だらけだ自然まみれだ、きれいー」
自然まみれってなんだろう。
ともあれ、記憶があろうとなかろうと、目が覚めるような鮮やかな緑いっぱいの場所に包まれて、悪い気はしない。むしろ楽しい。
アメルお手製の、お芋さん弁当を食べ終わって、はぶらぶらとそのへんを散歩していた。
こんな風景、初めて見る気がする。
空は高く蒼く澄み渡り、肌をなでていく風が心地良い。
ここにいると、心の中のもやもやしていたものが晴れていくように思えた。
たまにはのんびりすればいいのに、と思いながら、手合いを始めようとしている双子の横を通り過ぎ、
またはたかれてるよ、と考えながら、ケイナのツッコミを食らっているフォルテを指差して笑って首をしめられかけ、
そうして、時間的にはそう長いものではなかったが、けっこうな間歩いていたらしい。
「……ここはどこでしょうか」
つぶやいても返事はない。
「……あたしは誰でしょうか」
返事があるわけがない。
「ああああぁぁぁ〜〜〜〜……」
頭を抱えて、は苦悩してみた。
やはり、突っ込んでくれそうな人はいない。声も気配もない。
どうやら、同じような緑が続くから、距離感惑わされたらしい。
他のみんなもそれぞれのことに夢中で、がどんどん離れていくことに気づかなかったのか。
青い空も緑の平原も相変わらずそこにあったけれど、見渡す限り、自分以外の生き物の気配は皆無。
「ととと、とにかく、歩いてきたのはこっちなんだから……」
ぐるりと振り返る。
だが。
四方八方緑、緑、緑。ちなみに上は澄み渡った蒼穹。
一度方向転換したが最後、今まで自分がどの方向を向いていたのかも判らなくなってしまう。
「うわああぁぁぁぁんっ、ここ何処よ――――――!!」
再び頭を抱えて絶叫しても、すぐに応える者はいなかった。
……ちょっと間をおいて応える者ならいたが。
「…………何をしている」
「へ?」