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第45夜 弐
lll 機械兵士は大人気? lll




 ギブソンとミモザの屋敷に戻った一同が何をしたかといえば、話し合いでも訓練でもなく、まず解散。
 デグレアへの往復中、休みなしの強行軍だったし、デグレア本国での騒ぎの衝撃も大きかったし。
 心にまだ引っかかることは多々あれど、人間、休息はやはり必要である。
 解読の結果を聞いておこうとする数人が残り、他の仲間は、各々、好きな場所へ出かけたようだった。

「とりあえずだが、なんとか古文書の解読は終わったよ。資料が少ないから、直訳だけになっているけれどね」

 そう云って、客間で待つたちの前に、ギブソンが紙の束を抱えてやってきた。それが全部解読結果なのかと一瞬驚いたが、なんのことはない、解読に要した資料なのだとのこと。
 一番上の一枚をギブソンがテーブルに広げるのを待ち、一同、いっせいに覗き込んだ。
 そして、一斉に顔をしかめた。
 反応を見たミモザが、気遣うように告げる。
「かなりきつい批判がこもってる文章だから、見てて辛いと思うけど……」
「……さすがに、改めて文章として突きつけられると、罪の重さっていうのを考えずにいられないね」
 指でなぞりながら文章に目をとおし、トリスがため息まじりにつぶやいた。
「そうね。でも、肝心なのはここの部分なのよ」
 軽くトリスの頭を撫でて、マグナの後頭部を叩き、ミモザがつと、示した部分。
 ――聞き覚えのある、その名前。
「これ、ルウが読めなかったところの……」
 アフラーンの少女の独白に、ギブソンが頷いてみせた。
「……メルギトス……、なにかの名前みたいですけど……」
「レシィ?」
 ふっと気づけば、メトラルの少年が小さく身震いしていた。
 ハサハは、ぎゅっとマグナにしがみついている。
「なんだか、そのなまえ……こわい……」
「……」
「バルレル?」
「なんでもねぇ」
 どことなく表情を硬くした少年悪魔。彼は何か訊かれる前に、先回りして答えていた。
 レオルドは何も云わないけれど――やはり、どこか。
 周囲にいるたちにさえ、護衛獣の子たちの寒気が、伝わってくるようだった。そんな空気の重圧。
 どうしたんだろう?
 顎に指を添えて、じっとその部分を見ていたアメルが、首を傾げつつつぶやいた。そのやわらかい仕草に、少しだけ雰囲気が緩和する。
「なんだろう……? どこかで聞いたような気がします……」
「それって――」
「遠い……感じ。きっと、あたしじゃないときに……」
 判じ物のようなことばだけれど、ここにいる人々は彼女の魂を知っている。
 【アメル】になる前、【天使アルミネ】が在ったことを知っている。
 ふと全員がアメルを見て、その後、ギブソンがその名前の刻まれた隣を指差した。
「ほら……ここにアルミネの名前があるだろう? このことから、私は、これは人間の名前ではないと思うんだ」
 アルミネと同じ天使か、それとも
「アルミネと一騎打ちをしたという、大悪魔の名前かもしれないな」
「……そうね」
「ネス、覚えてるのか?」
「いいや」、
 大悪魔かもしれない、という予想をたてたネスティに、マグナが問うた。ただし、返ってきたのは否定。
 軽く肩をすくめて、兄弟子は付け加えた。
「記憶に基づいているわけじゃない。ただの当てずっぽうだよ」
「ネスティでも、当てずっぽうで物云うコトあるんだ……」
「……。君とは一度、じっくり話し合う必要があるな?」
「ごめんなさいでしたッ」
 ネスティの半眼からすかさず視線を逸らし、、即行謝罪。
 見事にを撃沈したことになんら感慨も表さず、「ただ」と、ネスティは続ける。
「その名前には、僕もアメルと同じように、妙な引っかかりを感じるんだ……」
 ――それは、融機人としての血の記憶。
 天使、融機人。そして護衛獣たちの反応。
 ここまで符合が揃うとなると、判らないからと見過ごせるものでもない。
「……判った」
 と、ギブソンがうなずいた。
「ギブソン先輩?」
「そのメルギトスの名が、大悪魔のものかどうか、改めて調べておこう」
「ついでに、例の3人の召喚師についてもね?」
 こっちはちゃんにとって、痛い結果になるかもしれないけど、と、ミモザが付け加える。
「いえ、あたしも知りたいですから」
 手を顔の横に持ってきて、小さく振りながら答えるの横で、マグナがぺこりと頭を下げた。
「本当にすいません。先輩たちにも任務があるのに、余計な手間ばかりかけさせて……」
 任務ってなんだっけ――
 思わず隣のトリスに訊きかけて、その寸前思い出した。
 たしか、召喚師たちが次々と行方不明になるとか、そういう事件だったはず。
 でもってエルジンたちの方の、悪魔発生事件と同一人物らしい召喚師の姿があって。
 ……危ない危ない。また、話の腰を折るところでした。
 とかが心中で汗をぬぐっているなどつゆ知らず、ミモザが軽くウインクして口を開く。
「いいのよ。そっちは、そろそろケリがつきそうだし」
『え!?』
 思いもしなかった進展ぶりに、一同思わず合唱。
「本当ですか!?」
「共同調査ガ効ヲ奏シテ、問題ノ人物ノ居所ガ判明シタノダ」
 と、エスガルドが頷いて、告げる。
 おお、と、ぱちぱち拍手をする。と、マグナとトリス。つられてレシィとハサハ。
 それに気を良くしたのか、エルジンがちょっと胸を張って云った。なんとなく微笑ましい。
「僕とギブソンさんが文献調査を担当してね、ミモザお姉さんとエスガルドが、情報を集めてきてくれたんだ」
「お互いの長所を生かした、連携の勝利ってトコね」
「そうですね、ミモザさんは行動的ですから」
「カーイーナーちゃーん。それってば含みあったりする?」
「そんな、ありませんありませんっ」
 どうせ私はおしとやかとは縁遠いですよー、と、いぢけた振りする幻獣界の女王様。霊界の賢者殿は、そんなパートナーをしょうがないなと眺めてる。
 ミモザさん、別におしとやかじゃなくても、理解者が隣にいるんだからいいじゃないですか。
 と、いったい何人が思ったろうか。口に出したが最後、照れ隠しで何が飛んでくるか判ったものじゃないから、しばし、場には微妙な沈黙が漂った。
「でも……」
 ちらり、と、レオルドに目をやって、マグナが云った。
「俺が云うのもなんだけど、聞き込みとかしたんですよね? 機械兵士って目立ちませんか?」
「特にエスガルド、ボディカラーも鮮やかだし」
「ああ、そのことなら問題なしよ」
 意外や意外、すっぱり立ち直ったらしいミモザが、笑ってぱたぱた手を振った。
 だが、エスガルド自身は遠い目になっている。
 何があった、機界大戦の最終兵器。
 そして暴露される事実。

「結構大人より子供のほうが、そういう怪しげな場所に探検しに行くじゃない? そこで、子供を対象に絞って聞き込みしてた時期があってね」

 エスガルドってば、街のお子様たちに大人気だったのよー♪

 おいおいおい。

 機械兵士の使途について、誰かが突っ込むよりも早く、
「あー!?」
 ガタン! とエルジンが立ち上がる。
 何か思い当たるコトがあるのか、丸っこい目に驚愕を残したままミモザを振り返り、
「もしかしてこの間、エスガルドのボディにらくがきがあったのって――!」
 花丸とかおひさまとかへのへのもへじとか!
「ごめんねー☆ 私も一生懸命に止めたんだけどね☆」
 ☆のせいで誠意が感じられないのは、観客だけの感想だろーか。
 いや、エルジンも同感らしい。両腕を天に突き上げて、年の差放り出してミモザを怒鳴る。
「もっとちゃんと止めてよー! あれ落とすの、すっごく大変だったんだから!!」

 ……おいおいおいおい、おーい。

 大人気ない(片方は子供だが)云い争いをはじめてしまったミモザとエルジンを横目に、ギブソンが苦笑混じりにまとめに入ってくれた。あっちは止めても無駄だということか。
「まあ、そういうわけでね。近いうちに調査に向かうつもりだったというわけさ」
 だからこちらの任務の件については、あまり気にしないで構わないからね。

 むしろ、目の前のミモザVSエルジンの舌戦が気になってた一行は、ちょっぴり気もそぞろのまま、うなずいた。



 ……とは云え、やはり自分たちのことだけで手を煩わせてしまうという、罪悪感は残るものである。
 こちらの件は後回しにしてもらっても良いから、と、ひたすらに念を押してきたが、終始笑って頷いていたギブソンの性格を考えるに、
「……逆に、僕たちの頼みを優先するに決まってるだろうな」
「だよねえ……」
 はあ。
 マグナとトリスの部屋に集まった一同は、顔を見合わせてため息をついた。
 そりゃ、正直、手を貸してもらえるのは嬉しい。
 自分たちではどうしようもない分野の話だから、そうしてもらうこと自体は、本当に助かるし、ありがたいと思う。
 だけど、そのせいで、彼らが持ってる本来の任務を妨げてしまうというのは、……やっぱり、ね。
「考えてみたら、王都に転がり込んだ日からお世話になりっぱなしだよね」
 あれとかこれとかそれとか。
 指折り数えつつが云い、それを云うなら、と、トリスが続ける。
「あたしも兄さんも、派閥にいた頃から迷惑かけまくってるんだよね。それも考えると、一生頭が上がんないかも……」
「君たちのそれは、自業自得だろうが」
 確実に迷惑かけまくられた側で名前が挙がるだろう兄弟子様が、疲れた顔してつぶやいた。
「なあ、ネス。トリス」
 その傍ら。俯いて、なにやら考えこんでいたらしいマグナが、ここにきて顔を持ち上げる。

「同じ派閥の任務なんだから、俺たちも先輩たちの方を手伝うこと、出来ないかな?」

 弟弟子の発案に、兄弟子は目を丸くした。
 それを見たマグナが、またなにやら云われるかと、小さく首をすくめる。
 が、彼の予想は外れる。
「……そうだな。僕も同じことを考えていたよ」
 そう同意したネスティが、どれほど役に立てるか判らないが、と続けたところに、トリスの声がかぶさった。
「でも今までお世話になったんだから、せめてそれくらいは協力するべきよね!?」
「ああ」
「それじゃ、あたしもお手伝いします!」

 ……

 意気込んで告げたアメルへ、一斉に視線が集中した。
 どう返していいものか、とっさには出てこないらしい蒼の派閥組を慮り、は、ちょちょいとアメルの肩をつっつく。
「……あのさ、アメル。それはちょっと……」
「どうして? もお世話になったんだから……」
「うん、それは判る。それはそうなんだけどね?」
 ああ聖女様、慈愛の心は大事なんだけど、もっとこう、組織内に組み込まれている人間の立場ってモノを。
 とアメル。ふたりは、どちらも蒼の派閥にとっては部外者だが、決定的に違う部分はこういうトコロではないだろうか。
 少なくともは、【組織】というモノを多少は知っているつもりだ。
 内部での上下関係の絶対性や、組織の枠から外れた者を排除しがちなその性質。
 そのあたり、いったいどう説得したものかと、脳みそフル回転させる前に、幸い、立ち直った助っ人が登場してくれた。
「えっと、アメル。あのね、気持ちはすごく嬉しいんだけど……」
「先輩たちの任務は、いわば、派閥の失態を処理するものなんだ。あまり部外者が関ると、かえってふたりの立場を悪くしかねない」
「だからさ、今回は俺たちだけで行くよ。他のみんなにも、遠慮してもらうつもりだし」
 蒼の派閥・三連コンボ。
 そうして傍らには、一生懸命に拝んでいる

「……むー……」

 挟まれた形になったアメルが、口ごもる。
 あああ、そんな不機嫌そうに頬を膨らまさないでくださいー。なむなむ祈りつつ、はもう一度、「ね?」と、押してみた。
「ね? アメル、今回はマグナたちに任そうよ」
 むー。
 と、云いたそうだったアメルは、だが、かくり、と頭を前に落とし、
「はあい……」
 まだちょっぴり不満そうに、それでも頷いてくれた。
 緊張していたマグナたちが、ほっとした顔になる。
 もまた、よっしゃ陥落。と、胸をなでおろしたのだった。

 かと思いきや。


 マグナとトリス、ネスティが連れ立って、ギブソンたちに同行の許可をとるために部屋を出た、その後。
 部屋の主がいないのに居座るのもなんなので、アメルともまた、彼らと共に扉をくぐったその直後だった。

「ちょっと来て」
「え? え?」

 普段の様子からは考えられない力強さで、アメルがの腕を引っ張った。
 そうして、廊下や、そこらの部屋からちょっと死角になっている場所へ、まるで隠れるように移動させられた。
 ……ヤバイ。警鐘。
 首筋に、つう、と一筋冷たいものを感じたを壁に押し付けて、アメルは、じぃっとこちらを見上げる。
 ちょっと待って聖女さん。
 内心冷や汗たらたらのの気持ちなど知らぬげに、彼女はにっこり微笑んだ。……なんつーかこう、その、凄みのある笑顔で。
「ねえ、。お願いがあるんですけど……」
 聞いてくれますよね?
 そう問いかけてくる表情、声。背中にちらつく白い羽。
 ……これに勝てる人間がいるなら、あたしは、心底、その人を尊敬します。
 耳をふさぐことも、逃げ出すことも出来ず、は、がちょがちょと首を動かしたのだった。――もちろん、上下に。


 お願いの内容は、もちろん、ギブソンたちに同行するマグナたちに、さらに同行しましょうというお誘いだった。つまり、決行当日に、そのための手引きをしろとゆーことだ。
 ……最近の聖女は、意外とたくましいものなのかもしれない。

 そう思うの目は、虚空をすっ飛ばしてさらに遠くを見つめていた。


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