「穏やかな昼下がり、テレビの前の皆様いかがお過ごしでしょうか?
あたしは、現在聖王国の首都ゼラムの繁華街を歩いています。
久しぶりに通るこの道ですが、相変わらず賑やかな楽しい場所ですね。
右手に見えますのが、こちら、パッフェルさんの働いてらっしゃる噂のケーキ屋さんで――」
「おーい、、さっきから何遊んでんだよ」
「っていうか『てれび』って何?」
「……離れた場所の映像を映すことが出来る、箱型の機械だよ」
逆手に持ってる剣の柄は、たぶん、マイクのつもりなんだろう。
「ふうん。ねえネス、それもロレイラルの技術?」
「ああ」
「殿ノ世界ハ、相当機械文明ガ進ンデイタヨウデスネ」
「そうだな。……僕たちの世界と同じ轍だけは、踏まないでほしいものだ」
「左手に見えますのが、メイメイさんの占い屋です。まだ開店してないようですねー。っていうかご本人、まだファナンにいるのかなー?」
「……、ノリノリだね」
「こちら、正面に見えてきました莫迦でっかいお屋敷が、今回の目的地となりますギブソンさんとミモザさんの愛のお屋敷で――」
「……」
「どうしたんだよ、バルレル。吐きそうな顔して」
「……気色悪ィ」
「……あー。そっか。悪魔は愛とかダメなんだ?」
「オレの前でそんな単語を口にするんじゃねえぇぇぇ!!」
「おーい、ー」
「バルレルが悶えてるしー」
「ほらほら、もう普通に行こうなー」
「ぶー」
「ぶーじゃないだろ、ぶーじゃ」
「注目集めまくってんだよ、おまえ」
時間は、この緊張感のないやりとりから、少しばかり、遡る。
デグレアからの帰り、ファナンに向かうかゼラムに向かうかの街道の分かれ道でのことだ。
「ファナンも気になるけどさ、一旦ゼラムに帰らないか?」
そう云ったマグナのことばに、さてどうしようかと話していた全員が彼の方を向いた。
少し首をかしげて、まずロッカが口を開く。
「どういうことです?」
「うん、ファナンに戻って侵攻に備えるのも大事だけどさ。それよりまず、あの召喚師たちが何者か知っておく必要があると思って」
「……デグレアの顧問召喚師とその部下だけど」
「いや、そうじゃなく」
「?」
と首を傾げた他数名を余所に、「……なるほど」と、手を打ったのはカイナだった。
「私たちが知っているのは、彼らがデグレアの顧問召喚師という肩書きを持つということだけですね」
「……あ、そっか。そもそも、奴らが派閥に属してるかどうかも、判ってないのよね?」
こくこくとミニスが頷けば、トリスも、やっぱり手を打った。
「そっかー、そうよね。召喚師だもの、もしかしたら、先輩たちが何か知ってるかもしれない」
「うむ、敵を知ることは、勝利を得るための鉄則でござるからな」
「敵を知り己を知れば、百戦危うからず――」
シルターンの諺ですけれど、と、シオンがつぶやいた。
百戦どころか、危うからずどころか、毎回毎回ギリギリのフチで生還してる気がするんですが。
……彼らを掘り下げて知れば、ちょっとは戦いも有利に運べんだろーか。
ふと遠い目になったを不思議に思ったのか、横からハサハが袖を引っ張った。
「さん、どうされたんですか?」
やっぱり同じように不思議そうな表情したレシィが、ハサハの代わりとばかり、問いかける。
ちょっと不安そうな彼らに、だいじょうぶだよ、と、まず笑ってみせた。
「あたし、本当にあの人たちのコト、何も知らないで信用してたんだなあ、って思ってさ」
「…………」
気遣うように、覗き込むケイナ。
その心遣いはありがたいが、逆に、少しあわてて、は手を振った。
「いや、それはいいんです」
だって、しょうがないと思う。そう付け加える。
「あたしが、そもそも、知ろうとしてなかったんだから」
与えられた居場所と、限られた世界。
その外に、どんな思惑があったのか、どんな闇が隠れていたのか。
知らずに過ごしていた、昔の自分。
知ろうとしている、今の自分。
変わったものだ。何がというか、本当にいろいろ。――何がきっかけかって云ったら、やっぱり、最初のあの命令なんだろうけど。
「……」
なんだ。
自分たちであたしが出てくそもそもの一歩をつくったんじゃないか、レイムさんたち。
「……にやにや笑うなテメエ。気持ち悪ィな」
「うるさいやい」
せめて『にこにこ』と云ってくれ。
半眼になったバルレルのツッコミに肘鉄で返すを微笑ましく一瞥し、
「そういえば、遺跡の古文書も、もう解読してるかもしれないわね」
「ああ、そういやぁ、そんなコトも頼んでたねえ」
あんまりいろいろあるもんだから、忘れっぽくなっていけないよ。
ルウのことばに、からからと笑うモーリンであった。あんたまだまだ若いだろうに。
「それに、ゼラムには蒼の派閥もある」ネスティがぽつり。「資料を当たることも出来るから、無駄にはなるまい」
「……でもそれっていいの? マグナもネスティも、今は派閥の命令と違った行動をしてるようなものでしょ?」
「たしかに。見聞の旅ってレベルじゃねーよなこれは」
「ある意味見聞は広がったけどね」
あはははっ、と。ケイナとフォルテのことばに、トリスとマグナは朗らかに笑う。
そうしてるふたりの表情に、禁忌の森に踏み込んで、過去の血に連なる罪業を見せ付けられたときの、あの陰は、もう見られない。
だから、たちもそれに触発されるような形で、顔をほころばせた。
「しかし――資料と云うなら、ギブソン殿たちの御宅のものでもいいのでは?」
わざわざ派閥に顔を出せば、都合のよくないこともあるのではないかと。
年長ゆえの気遣いか、シャムロックが問いかけた。
だが、「まあね」と、蒼の派閥の兄妹とその兄弟子は、顔を見合わせて小さく笑う。それから、「だけど」と補足事項。
ギブソンたちの収集量も大層なものなのだが、派閥の本部には、門外不出の本などもあるため、やはり一個人の蔵書では敵わない部分もある、とのこと。
「それにさ、もともと俺たちの任務には、はっきりした目的ってものはないんだよ。レベルどうこうっていうのもさ」
「そうよ。少なくとも、派閥の召喚師として恥ずかしくない行動してるって自信はあるわよ」
「……毎朝毎朝、叩き起こされねえと出てこない奴が、恥ずかしくないってか……」
「バールーレールー」
いい加減懲りれ、悪魔少年。
と思うものの、半ばそうなるのを判っててちょっかい出しているような気がしないでもない。
バルレルは翼持ちなのだし、飛び上がれば、ほっぺたつねりからは逃げられるのに。
そうしないということは、――まあ、そういうことなんだろう。
むにってるトリスの手にも、さして力は入ってないのは、誰が見ても丸判り。
そんな微笑ましいやりとりをしながらも、休みなく歩いていたおかげで、議案提起からさしたる間もなく、街道の先にゼラムが見えだした。
久しぶりに見るその街を指しながら、みんなでわいわいと歩いてく。
で、その最後尾を歩きながら、はふと、ネスティに声をかけてみた。
「でもネスティ。派閥って結構閉鎖的なんでしょ? こっちは良くても、上から見たら文句つけたくなるようなことって、たしかに、あたしたちしてるよね?」
第一、彼らの見聞の旅っていうのは、3人+護衛獣2人が前提のはずだ。
それがどうだ。いまや同行者が大量に増えまくり、あまつさえ護衛獣も2倍になってる始末。
前回はネスティだけが報告に赴いたから、そういう部分はうまく省いていてくれたのだろう。
でも、改めて、トリスとマグナと護衛獣の子たちが派閥への帰還を告げるとなると、苦い顔する人間もいるんじゃないだろうか。悪くしたら、命令違反とか難癖つけるやつがいないとも限らないし。
と、はなりに心配したのだが、けれど、ネスティは小さく微笑むだけだった。
「……だいじょうぶ」
かすかな声で、確りと、彼は云った。
「彼らへの非難は、僕が絶対にさせないさ」
「ネスティ……」
「……そう、絶対に」
から少し視線を外し、つぶやいている、その表情。
ちょっと突つけば割れてしまいそうな、薄いガラスのような、微笑。
まだ何か、懸念してて隠してることがあるんじゃないの? ――そう訊こうとして。
やめた。
前みたいな自暴自棄じゃない、何かを決意した強い色が、たしかに、ネスティの表情から読み取れたから。
それでも。
その決意のために、おそらく負担を覚えているだろう、彼の心も、なんとなくだけど、判ってしまう。
だもので、
「?」
そっと手を握ってみたら、やっぱり、体温は低かった。
それは、融機人というだけじゃないだろう。かすかに汗ばんだ手のひらは、本人より雄弁にネスティの緊張を告げる。
それが、ほんの少しでも和らいだらいいな、と、思ったのだ。
不思議そうな顔をしたままのネスティの手を、だから、ぎゅっと力を入れて握った。
勿論――ネスティからしてみれば、が何を思ってそうしたかなんて判らない。
判るのはただ、その手のあたたかさと、これが前を行く仲間たちに見つかったら、絶対にまた、なにやらちょっかいかけられるということ。
それは判っている。
騒ぎは自分の得意とするところではないのだから、一言断って手を離せばいいのも判っている。
判っては、いるのだけれど――
そっと握り返したら、は、驚きもせずに笑いかけてきた。それが当然だと云うように。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
そうして当然のように、そんなやりとりをした。
それが当たり前なのだと思う自分に、ネスティは、少しだけ、驚いた。
こんな些細なことさえ、当たり前に、しあわせなのだ。
こんな心地好い居場所だからこそ、壊されたくないのだ。
……壊したく、ないのだ。もう、二度と。