数ヶ月離れていたとは云え、まだ城の構造くらいは頭に残っている。
正門から距離をとって裏にまわりこみ、裏門からさらに死角になっている通用門から、こそこそとたちは城に入り込んだ。
いや、なんか泥棒やってるみたいでちょっと後ろめたいです。
ってかそのままなんですが。
「……静かね」
見張りがいないコトを確認して、雪の積もっていない地面を選んで歩きながら――ふと沈黙を破ったのは、トリスだった。
見張りどころか、人の気配がまったくしないのだから、少し緊張が弛んだのかもしれない。
差し迫っての危機はないようだし、別に咎める理由もないし――先頭を歩きながら、は、背後の会話に耳を傾けた。
「うん……軍事国家って云うから、もっとこう、殺伐としたのを想像してたんだけどな」
殺伐、なんてことばが入り込む隙間も必要も、今のこの城にはなかった。まるで、呼吸することさえ憚られるような静寂に満ちている。
背後からの襲撃に備えて最後尾を歩いていたシオンが、に声をかけた。
「さん、気づいていますか?」
そこでようやく、は立ち止まる。
振り返って、視線をシオンに向けた。
今立っているのは、城内へつづく入り口まであと数歩の位置。
「……静かすぎる、ってコトですよね?」
「ええ。この付近だけではありません。おおよそこの城全体に、まるで、人の気配がしないのです」
以前からこうだったのかという問いには、首を横に振った。
覚えている。
ここは――この広場は、自分が時折剣の稽古と称して、黒の旅団の兵士たち相手に転げまわっていた場所だ。
比較的広い空間を擁した場所だから、自分たちがいなくても、必ず誰かがいた。
それは、剣の稽古に砕身する新米兵士だったり、いつかの自分と同じように遊びころげる、城に仕えている人たちの子供だったり。
ああ、でも。
来たばかりの頃にはたしかに賑やかだったこの場所は、年を経るうちにだんだんと、そんな光景も減っていっていたような――
いつから……そうなっていったんだっけ?
以前にも一度、似たような疑問を抱いた記憶がある。
いつから、変わっていったんだろう?
――からん。
風に吹かれて、傍の木にぶら下がる形でつくられていた、木製のブランコが音を立てた。それで思考は中断される。
そうして、それを見たの目に、懐かしむ光があったのに気づいたんだろう。
マグナが、こちらを気遣うように覗き込んできた。
「遊び道具にね」その視線に応えて、ブランコを指差してみせる。「ルヴァイド様とゼルフィルドが造ってくれたんだ」
「……さんのお話を聞いてしまうと、黒騎士の印象がだんだん変わってしまいますねえ」
ブランコとを見比べて、苦笑したのはシオンだった。
そうかな? と、首を傾げたら、トリスとマグナまでシオンと一緒になって頷いてみせる。
「……そうだったら……嬉しいな」
他の誰もいないからか、ふと、零れた本音。
ルヴァイドによって村を焼かれた、身内を殺された、アメルやリューグやロッカ、アグラバインがこの場にいないせいだろうか。
彼らに申し訳ない気持ちはあるけれど、今だけは、気兼ねなしに。
――昔を思い出して。微笑んだ。
「……優しい人なんだよ。ルヴァイド様も、イオスも、ゼルフィルドも――」
培った信頼もお互いへの想いもまだ、この身に心に、息づいているのだから。
つと空気が揺れた。
「…………」
「やだな、そんなに心配そうな顔しないでよ」
今にも泣き出しそうなトリスの肩を、ぽんと叩く。
気負っているつもりはない。
もう、これ以上迷う気はないのだから。
「あたしなら、だいじょうぶだよ」
向こうがこちらを殺す気できても、あたしは向こうを殺すつもり、ないから。
勿論、この国の思惑どおりに機械遺跡を暴かせるつもりもない。
だから、今は。
「行こう。長居してられる雰囲気じゃないみたい」
いつかトライドラで感じたものと似通った空気を漂わせる、かつて過ごした場所へ行こう。
――このすべての発端となる命を下した、最高機関の意図を求めるために、自分たちはここへ来たのだ。