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第44夜 弐
lll かつての日々を思う lll




 数ヶ月離れていたとは云え、まだ城の構造くらいは頭に残っている。
 正門から距離をとって裏にまわりこみ、裏門からさらに死角になっている通用門から、こそこそとたちは城に入り込んだ。
 いや、なんか泥棒やってるみたいでちょっと後ろめたいです。
 ってかそのままなんですが。
「……静かね」
 見張りがいないコトを確認して、雪の積もっていない地面を選んで歩きながら――ふと沈黙を破ったのは、トリスだった。
 見張りどころか、人の気配がまったくしないのだから、少し緊張が弛んだのかもしれない。
 差し迫っての危機はないようだし、別に咎める理由もないし――先頭を歩きながら、は、背後の会話に耳を傾けた。
「うん……軍事国家って云うから、もっとこう、殺伐としたのを想像してたんだけどな」
 殺伐、なんてことばが入り込む隙間も必要も、今のこの城にはなかった。まるで、呼吸することさえ憚られるような静寂に満ちている。
 背後からの襲撃に備えて最後尾を歩いていたシオンが、に声をかけた。

さん、気づいていますか?」

 そこでようやく、は立ち止まる。
 振り返って、視線をシオンに向けた。
 今立っているのは、城内へつづく入り口まであと数歩の位置。
「……静かすぎる、ってコトですよね?」
「ええ。この付近だけではありません。おおよそこの城全体に、まるで、人の気配がしないのです」
 以前からこうだったのかという問いには、首を横に振った。
 覚えている。
 ここは――この広場は、自分が時折剣の稽古と称して、黒の旅団の兵士たち相手に転げまわっていた場所だ。
 比較的広い空間を擁した場所だから、自分たちがいなくても、必ず誰かがいた。
 それは、剣の稽古に砕身する新米兵士だったり、いつかの自分と同じように遊びころげる、城に仕えている人たちの子供だったり。
 ああ、でも。
 来たばかりの頃にはたしかに賑やかだったこの場所は、年を経るうちにだんだんと、そんな光景も減っていっていたような――
 いつから……そうなっていったんだっけ?
 以前にも一度、似たような疑問を抱いた記憶がある。
 いつから、変わっていったんだろう?

 ――からん。

 風に吹かれて、傍の木にぶら下がる形でつくられていた、木製のブランコが音を立てた。それで思考は中断される。
 そうして、それを見たの目に、懐かしむ光があったのに気づいたんだろう。
 マグナが、こちらを気遣うように覗き込んできた。

「遊び道具にね」その視線に応えて、ブランコを指差してみせる。「ルヴァイド様とゼルフィルドが造ってくれたんだ」

「……さんのお話を聞いてしまうと、黒騎士の印象がだんだん変わってしまいますねえ」
 ブランコとを見比べて、苦笑したのはシオンだった。
 そうかな? と、首を傾げたら、トリスとマグナまでシオンと一緒になって頷いてみせる。
「……そうだったら……嬉しいな」
 他の誰もいないからか、ふと、零れた本音。
 ルヴァイドによって村を焼かれた、身内を殺された、アメルやリューグやロッカ、アグラバインがこの場にいないせいだろうか。
 彼らに申し訳ない気持ちはあるけれど、今だけは、気兼ねなしに。

 ――昔を思い出して。微笑んだ。

「……優しい人なんだよ。ルヴァイド様も、イオスも、ゼルフィルドも――」

 培った信頼もお互いへの想いもまだ、この身に心に、息づいているのだから。

 つと空気が揺れた。
「…………」
「やだな、そんなに心配そうな顔しないでよ」
 今にも泣き出しそうなトリスの肩を、ぽんと叩く。
 気負っているつもりはない。
 もう、これ以上迷う気はないのだから。
「あたしなら、だいじょうぶだよ」
 向こうがこちらを殺す気できても、あたしは向こうを殺すつもり、ないから。
 勿論、この国の思惑どおりに機械遺跡を暴かせるつもりもない。

 だから、今は。

「行こう。長居してられる雰囲気じゃないみたい」

 いつかトライドラで感じたものと似通った空気を漂わせる、かつて過ごした場所へ行こう。
 ――このすべての発端となる命を下した、最高機関の意図を求めるために、自分たちはここへ来たのだ。


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