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第44夜 壱
lll 訪れたるはかつての故郷 lll




 ……で、もって。

 やってきました、崖城都市デグレア。
 野を越え山越え道を往き、大絶壁を越えた先は、冷たい雪の降り注ぐ、極寒の大地だった。
 ――にとっては、それなりに馴染んだ気温ではあるのだけれど。

「……っ、くしゅん!」
「……ルウ。あたしは確か、何度か警告したと思うんだけどな」
 ため息混じりにツッコんで、念のためと用意してきておいた外套を彼女に着せる。
「うぅ、ごめんねぇ。まさかここまで寒いなんて思わなかったのよ〜……」
「他のみんなは平気?」
 ルウほど露出の激しい仲間は他にいなかったはずだと思いながら、視線をめぐらせる。
 案の定、ちょっと肌寒そうにしている何人かがいるけれど、ルウほど深刻ではなさそうだ。
「うん、平気」
「だいじょうぶー」
「ああ、だいじょうぶだよ」
「平気ですよ〜」
 ほら、トリスもマグナもモーリンもパッフェルも、元気に手をあげて答えてるし。
 ……って。
 前者ふたりはともかく後者ふたり。
 いやモーリンは鍛えてるからともかくパッフェルさん……相変わらずのケーキ屋ルックでその発言か。さすがである。
 とかなんとか感心していると、一行のなかから、アグラバインが進み出た。
 道案内も兼ねて先頭を歩いていたの隣に並び、遥か崖の下の都市を見下ろして。
「まさか、この目で再び、故郷の街を見る日がくるとはな……」
 禁忌の森からアメルを連れて逃げ出したあの日、もはやこんな日はこないと諦めていたのだろう。
 今だって、半ば背を向けた立場であることに代わりはないのだけど、やはりと云おうか、アグラバインの声には十数年分の感慨が含まれている。
 そうして、その思いはも同じことだった。
 アグラバインには遠く及ばないけれど、たかだか6年そこらだけれど。
 間違いなくこの街は、自分のもうひとつの故郷だから。

 ――けれど、小さく首を振る。
 湧きあがる気持ちを振り払った。
 とりあえず、今は、そんな感慨にふけっている場合じゃない。
「さて。なんとか目の前までくることは出来たわけだが……ここから先は、どうするつもりなんだ?」
 タイミングよく、ネスティがそんな疑問を口にする。
「警備の手薄な場所を探して、そこから中に入り込むつもり。幸い、がいるしね」
「はーい。道案内ならお任せください」
「うぅむ……わしも役に立ちたいが、記憶が十年以上も前のものじゃから、意味がなくてな」
 元気なの返答と、アグラバインの妙に真剣なことばのギャップに、思わず、何人かが笑みをこぼした。
「うーん、さすがに正面の警備はキツそうですねえ」
 目をすがめて正門を見ていたパッフェルが、小さくつぶやく。
 意を同じくしてか、シオンがその傍らで頷いた。
「けれど、いくら警備の手薄なところからとしても、こんな大人数じゃ難しくないですか?」
 ふと一行を見渡して、ロッカが云う。
「たしかに、どこの旅行団体だって感じだしな」
「旗持って案内しようか。デグレア観光ご一行様」
「バカ」
 ぱたぱたとハンカチをひらめかせて云うの頭を、リューグが軽くこづいた。
 どうも最近、彼とはどつきあいの仲になりつつある気がする。
 いや、これはこれで楽しいからいいんだけど。

「ああ、そのことなら――」
 ロッカのような意見が出るのは判っていたのか、マグナがすっと進み出た。
「みんなはココで待っててくれ。ここからは、俺たちが行くから」
「ちょっと待て。俺たちって誰と誰だ」
 すかさずレナードがツッコむ。
 そうしてそのことばに反応して、挙手したのがとトリス。頷いたのがシオン。
 実は、出発の時点で、すでに決定済みだったのである。
 どうも反対されそうで、みんなにはそこまで話さなかったのだ。ごめん。
「……と大将は判る」
 そう云って、フォルテが腕を組んだ。
 だけどよ、と、彼が続けるより先に、ネスティが口を開いた。
「マグナ。トリス。素人の君たちが行って何をする気だ!?」
 いささか荒い語調の問いに、

「え、だって」
「云い出しっぺは俺たちだし」
「ここはやっぱり」
「なあ」

 いたってのんきに顔を見合わせた兄妹の、見事な連携プレーに、思わず頭を抱えた兄弟子ひとり。
 それでも、ここでみすみす云い負けるわけにはいかないと思ったんだろう、再び反論しようとしたけれど。
「ネスティさん。止めても彼らの意志は変わりませんよ」
 と、苦笑してシオンが助け船を出した。
 それに便乗して、兄妹攻撃再び。

「そうそう。伊達に脱走の常習犯やってないし」
「それだけで、城に忍び込めるほどの技術があるわけじゃないだろう」
「でも、ネス。デグレアに来るなんて提案したのあたしたちだから、やっぱりここはあたしたちが行くべきだと思うんだけど」

 ネスいつも云ってるじゃない。
 自分の言葉には、ちゃんと責任を持て、って。

 打って変わって真剣な兄妹の表情とことばに、ネスティもそれ以上何かを云うことは出来なくなってしまったようだ。
 それでもしばらく、逡巡するように視線を落とす。
 時間にしたら、数十秒ほどだろうか。彼の決断を待っていたたちにしてみれば、数分ほど経ったような錯覚さえあったけれど。

「――シオンさん」ネスティは、深々と頭を下げた。「このお調子者たちを、お願いします」
「かしこまりました」

 にこりと笑って、シオンが頷く。
 だが。
「ちょっと待ってネスティ。あたしもお調子者たちに含まれてるんですか」
 今のセリフに納得いかず、身を乗り出したを見て、ネスティは少し目を丸くした。
「……ああ、そうか。そう聞こえたか?」
「聞こえました」
 呼びかけの対象は、シオン。
 で、頼まれたのは『お調子者たち』。
 で、の固有名詞は出てない。
 以上から判断して、一緒くたに被保護者にされたっつーコトではないのでしょうか。
「えー、、俺たちと一緒にお調子者なるの嫌なの?」
 横からマグナが、ちょいと見当違いなコトを云いつつ、まなじり下げて割り込んできた。
「……いや……なんというか……」
 だけどがマグナに何か云うより前に、ネスティが小さく笑う。
 そのまま手を伸ばして、じゃれあっている不肖の弟弟子とその友達の頭を軽くたたいた。
 ……やっぱし、手のかかる妹扱いされてますか。
 と、思ったら。
 にっこり、ネスティはますます笑みを深くして。

「面倒しかかけない奴らですまないが、改めて、よろしく頼むよ。

「うん! どんとこい!」
 もまた、そうして笑顔で応じる傍ら、やっぱりネス俺たち信用してないだろー! と、叫ぶマグナはトリスが取り押さえてた。



 ついていきたい、本当は。
 手助けしてやりたい。だけど、どうしてもあれ以上人数を増やすわけにはいかない。
 いざデグレアにもぐりこむべく歩き出したたちの背を見送る、彼らの心はほぼ同じ。

 どうか、君たちが無事に帰ってくるように。

 背中がずいぶん小さくなるまで、一同はその姿を見送っていた。
「……とりあえず、目立たねえ場所にでも隠れとくか?」
 ふと思い出したようにフォルテが云う。
 そうね、と、ケイナが頷いて、風を凌げるような場所がないかと視線をめぐらせたけれど。
「オレはここにいる」
 常ならば、真っ先に同意して楽な方を選んでいそうなバルレルが、視線を前に固定したまま告げた。
 ハサハとレシィとレオルドが、そのことばに頷く。
「あいつらが心配なのは判るが……ここでじっとしてても、何にもならんだろ?」
 むしろ、こんな開けたところにいつまでもいたら、巡回の見張りに見つかるかもしれんぞ。
 レナードがそう云うけれど、
「――――」
「……じゃあ……みんなは、隠れてて……?」
 と、レシィは黙ったままであり、ハサハの返事もつれない。レオルドは微動だにせず、ただ前を――デグレアの街並みを見つめていた。
 何かを感じているんだろうか。
 主たる彼らと離れることを承知していたように見えても、やはり、思うところがあるのだろうか。

「……オイ、オンナ」

「え? 何?」
 何が苦手なのか知らないが(やはり天使と悪魔だからだろうか)、普段は自分から決して関ろうとしないアメルに、バルレルが話しかけていた。
 これを驚かずして何を驚こう。
 他の皆と同じように目を丸くして振り返った聖女に、バルレルはデグレアを指し示す。

「聞こえねえか、この声。テメエには」

 肉体を奪われ異形と化され、うつろいさまよう、魂たちの嘆く声が。


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