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第40夜 参
lll 人間見た目じゃないとはいうが lll




 当初予定していた人数より大幅に増えた一行は、こっそりとファナンの街を横切って、門を抜けた。
 ルヴァイドやイオスは、まだ直接にはファナンの人々に面が割れてはいないけれど、用心のためだ。
 だから用心と云っても、とどのつまりが、の他の仲間たちに遭遇せねば良いだけの話で。
 だって遭遇したらきっと、誰も彼もが『俺(私)も行く』とか云いだしかねないし。

 実際、云い出したし。

「……何もわざわざ、貴様までこなくても戦力に問題はなかったんだがな」
 レルム村の双子の片割れを見やり、苦い顔でイオスがつぶやく。
 先日の戦いで、目の前からをかっさらわれた嫌な記憶も理由のひとつだが、それはさすがに誰にも判らない。
 それに対するリューグの反応も、やはり険悪極まりない。

「ハッ、テメエらが何しやがるか判ったもんじゃねえ」

 バチバチバチバチ。

 ふたりのまわりだけ、暗雲が立ち込め、雷が鳴り響いている。
 それを困ったように笑って見ているのが、トリスとマグナ。
 先日、ルヴァイドとレルム村で遭遇した経緯があるせいか、ふたりは特にこのメンバーに異議はないらしい。
「うううう、怖いです〜〜」
 その怒気に当てられて、しがみつくレシィを逆になだめているくらい。
 まあレシィとて、アレはただ、ふたりの険悪っぷりに怯えているだけであり、ルヴァイドとイオスの同行には反対してなかった。
 半ば無理矢理くっついてきたルウにしたって、
「……大人げないわねえ」
 と、呆れ顔で特務隊長と(未来の)獅子を継ぐ少年を眺めている始末。
「そうだよ、リューグ。一応今は休戦してるんだしさー」
「それに、召喚兵器がなくなったのがハッキリしたら、もう敵じゃなくなるかもしれないんだし」
 ルウの言葉尻に乗っかって、マグナとトリスが援護攻撃。
 そうしてその横で、はイオスを軽く睨んでみせる。
「だいたい、イオスもイオスよ。ここは年上が譲るもんでしょーが」
 それを自分からケンカふっかけてどうするの。
「……悪かったよ」
 さすがに身内の勝利か。には折れてくれるらしいイオス、申し訳なさそうに頭を下げた。に向けて。
 が、リューグの方にはもはや視線すら向けようとしない。
 ああああああ、この兄ちゃんは。
 と頭を抱えかけたの視界の端に、何故だか呆気にとられているマグナとトリスとレシィ。と、ルウとリューグ。
 なんだなんだと改めて見れば、マグナが震える指でイオスを指した。

「……『年上』?」
「……何が云いたい貴様」

 先ほど以上に顔ひきつらせ、青筋立てたイオスの横で、それまで黙していたルヴァイドが、進行方向を見たままぼそりと云った。

「イオスは二十歳だ」

『うそだぁぁぁぁあぁぁ!!?』

 街道に響き渡った叫び声は、彼らに襲い掛かろうとしていたはぐれ召喚獣を怯えさせ、逃走させたのである。
 叫んだ当人たちはそんなコト知る由もなく、顔を寄せ合ってぎゃいのぎゃいの喚きだしたが。
 曰く、

 アレでネスより年上なんて絶対間違ってる!
 ルウなんて、トリスたちと同い年くらいかと思ってたわよ!?
 二十歳って……二十歳って……
 ……俺らより年上なのか……嘘だろ……
 どうやらあたしたち、あの童顔とあの細腰で惑わされちゃったみたいね!

 ……とりあえず、としてはひとつだけツッコミたかった。
「あのさ、細腰関係ないし」
 と。
 そんな、全然フォローにならぬツッコミを入れてる傍らで、イオスが小刻みに震え出す。
 一応、実年齢より若めに見られるのを気にしている彼にしてみれば、トリスたちの反応は逆鱗とはいかなくても、怒りのツボを叩き割ったに等しい。
 携えた槍を握る手に力が入るのを見てとって、はあわてて間に入った。
「ストップストップスト――ップ! みんな悪気はないんだから、驚いただけなんだから!」
「あからさまに人を馬鹿にしてるだろうアレは!」
「うわああん、ちょっとはそうかなって思わなくもないけどお願いケンカだけはやめてぷりーず」
「……」
「ね? ね?」
 こうなったら恥も外聞もあるか。一度は切れたはずの乙女ゲージを、無理矢理充填。そして両手を胸のあたりで組んで、上目遣いで覗き込むように、笑いかけ。小首傾げて、必殺お願いポーズ。どうだ。
 ただしその背後で、男性ふたりがすごい形相でイオスを睨んでいるコトには、も気づかなかったけれど。
 その男性ふたりの横で、トリスが、「……正面にまわったら見れると思うんだけど」と、つぶやいたのは、誰も気づかなかったけれど。
 とにかく、数秒黙り込んだイオスは、結局、小さく息をついたのである。ちょっぴり頬を赤らめて。
「……君がそう云うなら」
「ありがとイオス!」
 お願い微笑みから転じて、にっこり笑って抱きついた。
 そのとたん背後の殺気がますます濃厚になったことに、はやっぱり気づかない。
 自分の命がかかってないときなんて、こんなもんなんだろーか。そう、トリスは思ったらしい。
 代わりにが思っていたのは、ああ、やっぱりあたしはみんなが大好きだ。ということだった。
 それから、早く、召喚兵器消滅の証拠を見せて、デグレアの侵攻が取りやめになればいいなとも。

 クレスメントの霊の残滓が、あのとき自分に何をさせたか、はまだ知らない。
 きっと、知ることはない。知らぬ喪失なんて、そんなもの。



 そうして、やってきました禁忌の森。
 ルウの家に訪れたときから数えると、通算回数が片手の指を越すほどじゃないだろうか。
 ここまで回数を重ねると、もう慣れたもので、たちはさくさくと奥に進んでいった。
 初めて来るはずのルヴァイドとイオスは、ある程度の情報を持っていたのか、さして驚いた様子もない。
 たまに襲いかかるはぐれ召喚獣は、彼らの力もあってか、殆ど瞬殺。
 召喚師としての、トリスとマグナの技量が上がってきたせいもあるし、リューグの特訓の成果もあるんだろう。
 レシィも、相変わらず怖い怖い云いながらきっちり戦っていた。
 ルウは、家系ゆえか、もとからネスティと張り合うくらい召喚術には長けてるし。

 結論。この一行、向かうところ敵はなし。

 何回目かに襲いかかってきたはぐれ召喚獣を還したあと、リューグがぽつりとつぶやいた。
「……やるじゃねえか」
 大斧を肩にかついで、視線は明後日を泳がせながら。
 それでも、ルヴァイドに向けて発されたそれは、とりあえずだけれど賞賛の意味合いを含んでいる。
 リューグの声が聞こえて、いったいどうしたんだとそちらを振り返ったは、なんとなく、心がほわりとしてしまった。
 復讐を一心としていたリューグの姿を思い出して、今の彼の姿を重ねて。
 倒すべき敵であるはずのルヴァイドを、一時の同盟だからといって、受け入れるコトに多大な苦労をしているだろうに。
 それでもその技量を認めるだけのものを、リューグは持つようになったのだと。


 表情を和ませたをちらりと見て、ルヴァイドもまた、かすかに自嘲をまじえ、それでも、口の端を持ち上げる。

「おまえもな」
「――ケッ」

 とたんにずかずかと先を歩き出した少年の背を見、彼はふと考えた。
 強くなったものだ。そう思う。炎のあの夜、レルム村で刃を交えたときよりも、大平原で兜を弾き飛ばされたときよりも、確実に成長しているコトはよく判った。
 おそらくそれは、自分への復讐心故のはずだ。
 けれど。
 どこが、済み通った何かが、あの少年のわざを、ともすれば力のみ追い求めるコトから止めている。
 一線を引いて、留まらせている。 
「……ルヴァイド様? イオス?」
 置いていかれちゃいますよー?
「ああ、悪いな」
 わざわざ呼びに戻ってきてくれたの頭をくしゃりと撫でて、ルヴァイドは歩き出す。
 自分が動くまで待っているつもりだったのか、数歩後方に立っていたイオスも、足を踏み出した。
「もう。ぼーっとしてたら危ないですよ?」
 ここは結界の外だけど、いつ悪魔が出てくるか判らないんだから。
 彼の腕を引っ張って歩きながら、がくるりと振り返って――笑った。

 ……が笑う。笑っている。
 随分と久々に見る気がする――てらいのない、この子の笑顔。
 ああ、そうか。
 我々がそうであったように、奴もまた――

「……そうだな。心配をかける」

 ルヴァイドがそう答えたとき、
「着いたわよ」
 少し先を行っていたルウが振り返り、そう告げた。


 トリスとマグナ、レシィ、リューグが同じように視線を転じ、彼らの到着を待つ。
「ここが結界の場。この先に、召喚兵器はあったの」
「……何の変哲もない森のようだが……」
「はい、見た目はそうですけれど、ここにたしかに結界はあるんです」
 そうレシィが云い、
「見てて」
 トリスが手を伸ばす。
 腕が伸びきるかどうかの場所で、彼女の指先が小さな火花を出して何かに弾かれた。
 イオスが、目を見開いた。
「……それが結界なのか?」
「そう。一度アメルが壊した。張りなおされたそれを、今度は天使の羽根の力も借りて、解いたの」
「そして、召喚兵器を破壊したのち、張りなおした……か」
 首を上下させ、ルヴァイドが同じように腕を伸ばす。
 ――やはり、トリスと同じ場所で火花を散らせ、それ以上を阻まれた。
「だが、これでは召喚兵器の場所へ向かうことは不可能ではないのか?」
 怪訝な顔のイオス。
 ここには、鍵となるはずの聖女はいない。
 はた、と、の動きが止まった。マグナとトリスもだ。
 その3人を見て、リューグが口元をひきつらせる。
「……おい……まさか結界解かなきゃ先へ進めねえこと忘れてたんじゃねえだろうな……?」
 じわり。
 斧を握る手に力をこめながら迫られて、3人は思わず後ずさった。
 やばい。これはリューグにどつかれるの覚悟で、アメルさん呼びに行かないといけませんか。
 そんなあんまり嬉しくない予想が、彼らの脳裏に浮かび上がる。
 だけど。
「ふふーん、これなーんだ」
 黙ってそれを眺めていたルウが、懐から何かを取り出す仕草。
 そうして、昼日中のくせ薄暗い森のなかだが――白日のもとにさらされた、それは。

「あー!?」

 驚きも露に、トリスがそれを指差した。
「天使の羽根ッ!?」
「なんでアンタがそれを持ってんだよ!?」
 どっちにしてもくってかかるリューグから、ルウはひらりと身を躱す。
「これってサプレスの天使の力をまだ保ってるでしょ? 召喚術の研究に使えるかと思って、アメルから借りてたのよ」
 とりあえず、彼女の向学心に感謝するべし。
 とりあえず、数日何かを奢るべし?


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