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第39夜 七
lll 戦い、終えて lll




「……は?」
「部屋で寝てるよ」

 デグレアの軍をなんとか退けられたこともあって、彼らは再び、モーリンの家で戦いの疲れをとることになった。
 なにしろ、帰ってきて確かめてみたら、ケガをしていない人間が、程度の差はあれど、ひとりもいなかったほどだ。
 それほどに厳しい戦いだったのだと、今さらながらに自覚。
 体力のあまりないミニスたちは、食事を終えて湯浴みして、傷の具合を確認して、と、当座必要なコトを終えたあとは、部屋でもう撃沈しているのだろう。
 起きているのは、その戦いを切り抜けてそれでも体力の残っている、ほんの数名だった。

さんは……?」
「部屋」
「もう寝てるはずです」

 それでも、あと1、2時間起きていられれば上等な程度。
 ちなみにまだまだ宵の口、という時間ではあるのだけれど。

「あれ、?」
「……部屋にいる」
「もう寝てますよ」

 起きていられる自信のあった数名が、誰が云うともなしに食事の準備と後片付け、風呂の支度と同じく後始末。
 これは後日、当番の入替ということで話がつくだろう。
 眠りについている人たちを起こしては、と、やはり、湯浴みの済んだ順から自然に道場に集まっていた。
 武器の手入れをする者、仰向けに転がって目をつぶる者。

、いないの?」
「部屋だっつの」
「寝てますよ」

、いる?」
「寝てるっつってんだよっ」
「……何度目かな、これ」

 いいかげんしびれを切らして、それでも語気を強める程度で声は荒げないリューグの横で、さっきからの回数をロッカが指折り数える。
 なんだかんだ云って、妙に息の合う双子だ。と、見ていた人たちは思ったらしい。
 結局道場に集まったのは、最初に来ていた双子のあとにシャムロック。
 それからマグナとトリスの順に来て、最後にシオンとかユエルとかモーリンがわらわらとやってきて――
 最終的に、けっこうな人数がそこに揃っていた。
「そういえばリューグ。昼間のコトだけど」
 そうして人数が集まれば、今日の戦いのコトが話にのぼる。
 いろいろ判った事情などは、明日になって全員が揃ってから整理しようと思うけれど。ここには全員がいるわけじゃないし。
「なんだ?」
 斧を手入れしながら、問いかけたトリスを見もせずに、赤い髪の弟は応える。
をかついで、後ろにほいやったでしょ? あれはどうして? 別に怪我もしてなかったよね?」
「……ほいやった、と云いますか、放り投げていた、と云いますか」
 初耳らしい数人が『何してたんだ!?』という顔になったなか、どうやら見ていたらしいシオンが苦笑しながらつぶやいた。
 ますます疑惑の視線が集中するけれど、リューグは素知らぬ顔で斧に視線を落としたまま、
「戦える状態じゃねーから後ろに下げたんだよ」
「戦える状態じゃ、なかった?」
「――俺は」
 復唱したモーリンのことばは聞こえていたのだろうか、云い終わるかどうかのときに、つづきがつむがれる。
「俺は兄貴とよく実戦稽古するけど、それはあくまで稽古だ」
「……そうだな」
「まあなぁ。俺もシャムロック相手なら真剣で稽古することあるしな」
「ええ」
 フォルテとシャムロックは、やはり、各々の剣を手入れしながら会話に参加していた。
 そも、はっきり云ってしまえば、刃に人の血がついたまま、ずっと放置しておくわけにはいかない。
 油は切れを鈍らせるし、血は錆を生む。
 きれいごとはない。自分たちは人を殺してなどいない、とは、云えない。云わない。
 苦笑して、シオンもまた、刀の手入れの片手間に話を聴く体勢に。
「兄貴が憎たらしくていっそ殺しちまおうかとか思うことはあっても、実際そうしようとかはたぶん思わねえ。たぶんな」
 そんなに「たぶん」を強調せんでも。
 ロッカもそう思ったのか、少し顔を引きつらせて、けれど頷いた。

「けど」、
 リューグは少し、まぶたを伏せた。
は、家族同然に思ってたあいつらに、今日初めて剣を向けて、向けられた。初めてその戦いの場に出たんだ」

 きょとん、と、首を傾げたのはマグナだった。
「でも、これまでも黒の旅団とは――」
「兄さん」
 くいくい、と、横からトリスが袖を引っ張る。
が記憶取り戻してからは、初めてだよ」
 そういうことでしょ?
 それに肯定の頷きを返したのは、リューグとロッカ、同時。
 やっぱり同時に顔を見合わせ、双子はふいっとそっぽを向く。……仲がいいのか悪いのか。
「……そうですねえ……そうですよねえ」
 カチャカチャ、と、銃を分解しながらパッフェル。
 その慣れた手つきに、レナードが無言で拍手している横からのつぶやきだった。
「一度だけですが、私はデグレアにいた頃のさんにお逢いしたことがありまして……」
 まさか、夜の闇に紛れて剣を交えたなどとは云えないけれど。
「その少し前」、夜の侵入を決行する前、昼間の下見の折だった。「――遠目に、さんと件のルヴァイド氏のお姿を拝見しているんですよ」
 ……本当の家族なのだと、そう思えるほどに、仲の良かったおふたりを。

 辛いのでしょうね。どうしても。
 まるで親友のように身内のように、いたましく切なく。そんなパッフェルのことばを耳に、マグナとトリスは顔を見合わせる。
 互いに武器を向けるところを想像して、ちょっと身体を震わせた。
 ロッカとリューグはちらりと互いを見る。
 本気で殺しあう? そう考えて悪寒が走った。
 誰もが誰かを見る。
 今や誰が欠けてもダメだろう、ともに旅をしている仲間たち。

 その彼らに、本気で剣を向けることを想像してみた。

「……」

 光景を、想像することすら出来ない、
 考えるだけで身の毛がよだつ、
 浮かぶ感情は、そんなものばかり。

 ……ああ。
 ため息をついたのは、誰だっただろう。もしかしたら、皆だったのかもしれない。

 怖い。
 ……怖いね。

「覚悟を決めたつもりでも、選んだはずでも、やはり……か」

 道場の扉――その向こうの母屋に視線を巡らせて、アグラバインがつぶやいた。
「なんとか、が喪わずに済む道……、……ないかな」
 膝を抱いたトリスが、ぽつりと小さな声で云う。
 それは、黒の旅団との戦いを回避する意味合いと、レルムの村の敵討ちを遠ざける意味合いと。
 ふたつの意味を汲み取った視線が、直後、双子に集中する。
 即座に反対すると思われたふたりは、けれど、疑問符を浮かべて一同を見返すのみだった。
「……なんだよ?」
「なんですか?」
 その反応に呆気にとられたのは、云ったトリスは当然として、それ以外のほぼ全員も。
「……いや、てっきり、黒騎士は自分たちが討つ! とか反対するかと思ったんだけど」
 目を丸くしたまま、マグナがそう答えた。
 それを聞いた双子は顔を見合わせて、そんな行動の同期が嫌だったらしく、お互い微妙な顔になる。
「別に……」
 そっぽ向いて、頭がしがしかきまわしつつリューグが苦い口調で云えば、
「それよりも。本当なんですか?」
 話をそらそうというつもりなのか、逆にロッカがマグナとトリスに問いかけた。
 「?」と首を傾げたふたりに、まだ釈然としない表情で、
「黒騎士が、レルム村の――墓前にきていたというのは」
 罪を、悔いていたというのは。
「ハッ……ただの自己満足じゃねぇのか」
「リューグ」
 不機嫌全開のリューグのことばに、静かなアグラバインの声が飛ぶ。
「自分が惨殺した者たちの墓の前に立ち、何の満足が得られようか?」
 殺人狂だの、人斬りに愉悦を覚えるだの、そんな異常な性癖の持ち主でない限り。

「ルヴァイドは――自分を責めてた」

「責めてた?」
「うん……」
 おうむ返しにつぶやいた、モーリンのことばに頷いて、トリスは、膝を抱く腕の力を強める。
 そうしてよみがえる、あの日聞いたルヴァイドのことば。

 ――恨むがいい。呪い続けるがいい。それだけのことを、俺はした。
 ――俺は逃げぬ。自分のしたことからは、絶対に。

 あのことばは嘘じゃない。
 そのときは、目にした光景があまりに意外で、思わず責めてしまったけれど――深い悔恨、強い自責の念は、たしかにそこにあったのだ。
 思い返すたびに確信している。あれには、あの宣言には、一片の嘘も含まれていなかったことを。
 彼は本当に、レルム村の人たちの恨みというものが残ってて、形をとって襲ってくるなら、それをひとりで受け止めきるつもりなのだ。

 思い返すたびに判るような気がした。
 ……がどれだけ、あの黒騎士を慕っていたか。

 マグナとトリスの語ったその場の話に、しばらく沈黙が訪れる。
 レルム村のあの惨状を見た者、現実にそれを体験した者、誰もが信じがたい顔で。
 だけど。同時に生まれる問い。

 後悔するくらいなら、何故、あんな手段を選んだ?

「……まあ、なんだ」

 だんだんと沈黙が重くなりだした頃、フォルテが、手を軽く叩いて一同を思考の海から呼び戻した。
「とりあえず、黒騎士の旦那の事情は旦那当人じゃないと判らんさ」
「そうですね……まあ、またそのうち嫌でも相対することになるでしょう」
 淡々とした、いかにも当然といったシオンの口調。
 それにつられて頷きかけたユエルが、はっとして首を横に振る。
「だっ、だけど! 次に逢ったら今度こそ、本気を出してくるかもしれないよ!?」
 そうしたら、事情を訊くどころじゃないし、万が一間違えば――
「……それは……」
「いえいえ、心配はいりません」
 思わず口ごもったケイナのことばをさえぎって、蕎麦屋の大将は云った。
 そのあまりに確信深い口調に、一同、思わず黙り込んだ。
 そして。どこまでもにこやかに、ユエルの頭をなでて落ち着かせてやりながらシオンは答えたのである。

「その本気をねじふせてしまえば、こちらの勝利ですよ」

 きっぱりはっきり云いきられたそのことばに、今度こそ、一同頷いてしまったのだった。


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