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第4夜 四
lll ぴかぴかお姉さんは年増らしい? lll



 ミニスより色素の薄い金の髪に、真っ赤な口紅を塗った唇。異常に胸を開けごてごてとした衣装。
 けれど何より目を引くのは、その美貌――とかだったら、それなりに良い話なのだろうが。
 いかんせん、その両手に装着されたでっかいガントレットへの違和感が大きい。
「誰だっ!?」
 突然現れた相手に警戒してか、マグナが誰何する。
「ほほほほ、下賎な平民風情に名乗る名など……ん?」
 高笑いモードに入ったその女性は、ふとマグナとトリスに目を映す。
 正確には、ふたりの傍に控える護衛獣たちに。
「そこのアナタ達、ひょっとして召喚師なのかしら?」
「「だったらどうしたっていうんだ(のよ)?」」
「ほーっほっほっほ、無知とは罪なものですわねぇ。召喚師でありながら、この私の名を知らないなんて」
 マグナとトリスの返答に、気を良くしたらしい彼女の高笑いが、いっそう高まって。

「何カッコつけてるのよ、この自意識過剰の年増っ!」
 
 ぴし。

「年増って言うな〜〜〜〜っっ!!」

 ……そういう年なのですか。おねえさま。
 外見、若々しく見えるけど。なるほど。

 高笑いを遮るようにつっこんだミニスのことばに、それは聞くに耐えないケンカが始まった。
 やれ体型がどうだ、歳がどうだ。
 どう考えてもミニスはともかく、それなりに年を重ねた女性がやることじゃないだろう。

「珍しいわね、バルレルが人間をからかわないなんて」
 傍に立っていたトリスが、バルレルを茶化す。
 と、サプレスの悪魔くんは顔をしかめてひとこと、
「あぁいうタイプには関りたくねえんだよ……」
 そしてマグナの裾を握っていたハサハが、
「ねぇ、マグナお兄ちゃん……」
「ん、どうした、ハサハ?」
 くいくいっと、お決まりに袖を引っ張って、

「……としま、ってなに? ぴかぴかのひと……としま、なの?」

 かきーん。

 空気が凍った。
 小さなハサハの声が何故かばっちり聞こえたらしく、ミニスと怒鳴りあっていた女性も硬直している。
 それだけならまだ良かったが、いや良くないが、ここにはもうひとり、年増の意味が判らない人間がいた。
 ――そう。
 現在記憶喪失中、絶対無敵の世間知らず。その名は
 同じように、マグナの反対側の袖を引っ張りながら、

「ねえ。年増って、あーいう、年甲斐もなしにど派手なカッコして腕にでっかい機械みたいの付けた高笑いしまくる女の人のこと?」

 ぴきぱきこきーーーん。
 すべてが凍った。

「うわあああぁぁぁっ、、それはハサハよりきついってー!!」
 思わず絶叫するマグナ。
 実は判ってて云ってるんじゃないかと訊かれたマグナは思ったが、ぽけらっと見上げてくるの目にそんなものは見られなかった。
 当然ハサハも、マグナの答えを待って、じぃっと彼を見上げている。

 神様……俺はこの子たちに、どう答えてあげればいいんですか……

 救いを求めてトリスを見るが、彼女も困りきった顔。
 バルレルに至っては、にやにや笑って見つめてくる始末。

、ハサハ。年増っていうのは女性に対しては悪口なんだ。だから、もう云っちゃだめだぞ……?」
「そうなの? 判った」
「……(こくん)」

 当り障りのない答えを選んだマグナ、君は正しい。たぶん。
 だが、時はすでに遅し。

「きいぃぃっ、このケルマ・ウォーデンを侮辱するとは! いい度胸ですわねそこの護衛獣と小娘――っっ!!」

「……あ、怒った?」
「あそこまで云われれば怒るって……」

 がくりと項垂れたマグナの横、
「って、ウォーデン? ……まさか……」
「ほほほほ、やっと気づきましたわねぇ」
 何か思い出したらしいトリスのことばに、あっという間に高笑いモードに戻る女性。
「金の派閥の召喚師の中でも名門中の名門、ウォーデン家のケルマとは、私のことですわ! そこの召喚師ふたり! 三流のマーン家の小娘なんかに義理立てしてもしょうがなくってよ!」
 云いながら、ケルマはミニスを指し示す。
 ぎょっとして、マグナとトリスはミニスを振り返った。
「じゃあ、君も……」
「金の派閥の召喚師!?」
 さっきおさまったと思ったミニスの涙が、またじわりとにじむ。
「ごっ……ごめんなさい! だましたんじゃないの、云い出せなかっただけなの……っ!!」
「チビジャリの事情などどうでもよろしいですわ! さぁ、ペンダントをお渡し!!」

 ……へ?

 今度は空気ではなく、人間――こちら側の面々が、凍りつく。
 だが、それも一瞬。
「ま、待ってください! この子、今ペンダントを持っていないんです!!」
 慌ててアメルが間に入るが、興奮しきったケルマには届かない。
「騙されるものですか!」
 と一刀両断。
「ワイバーンを召喚するサモナイト石のペンダント! 力ずくでも、この手に取り返させていただきますわよ〜!!」
 ケルマがそう云って、指をパチンと弾く。
 すると、そこらの木の陰や物陰から、金色の鎧を着込んだ兵士やら、召喚獣やらがわらわらと。

 今までそこに隠れてたんですか、あんたたちは。

「お行きなさい!!」
 号令で、いっせいに襲いかかる兵士たち。
「へへへっ、そうこなくっちゃなぁ!!」
「バルレルっ! もう……でもしょうがない、みんな行くわよっ!」
「「「「おうっ!」」」」

「あ、は安全な場所に下がっててね」

 ずずっ、と、は後ろに押しやられた。
「なんで?」
「武器とか持ってないし、危険だから」
 ……反論できません。
 おとなしく後ろに引き下がり、戦いを眺めることにする。だが。

 ヒュン!

「っ!?」
 いきなり矢が飛んできて、驚いて避ける。見れば、二人ほど弓矢を構えた兵がいた。
 弓の射程は長い=この周辺に安全な場所はない。
 方程式証明完了。
「うわうわうわうわー!!?」

 弱いものから狙うべしという戦闘の鉄則を忠実に実行する弓兵たちの攻撃を、必死になって回避。
 ひょいひょい避けるに対してムキになったか、彼女だけを狙う弓兵。
「非戦闘員を狙うな莫迦――――っ!!」
 半泣きながらも、は避けつづける。
 専守防衛が功を奏したか、振ってくる矢の一本も、傷をつけるまでには至らない。
 それを見てさらに、攻撃を集中させる弓兵。
 当然、それをマグナたちが見逃すはずはない。
 やっかいな遠距離攻撃者はさっさと横から袋叩きにされ、召喚獣は倒されて強制送還。
 残ったケルマも集中攻撃であっという間に無力化された。

 約一名が魅了の術にかかりはしたが。


「きぃぃっ、なんたる屈辱!! お、覚えてなさい!!!」
 捨て台詞をはいて、ケルマは去った。
 彼女の向かう先に、真っ赤な夕陽が見える。今昼だけど。
「ごめん無理。記憶ないから」
「関係ないだろ、それ」
 あっさり返すに、つっこむバルレル。
 すぐ傍で、魅了にかかり実の妹をどついてしまったマグナが、トリスのご機嫌伺いに四苦八苦している。それを応援するアメル。眺めるハサハ。
 今回の戦闘にそこはかとなく一抹のむなしさを感じている彼らの横から、小さな声がかかった。
「黙っててごめんなさい……」
「ミニスちゃん、平気?」
「うん。あの……金の派閥と蒼の派閥は仲が良くないから。私が金の派閥だって知ったら、嫌われると思ったの……だから、だから私っ……」
「だいじょうぶ、嫌ったりなんかしないって!」
 やっとトリスにご機嫌をなおしてもらったマグナが、わしゃわしゃっとミニスの頭をなでて。
「蒼の派閥とか金の派閥とかっていうより、俺たちとミニスは友達だろ?」
「それとも、ミニスは、蒼の派閥の友達なんて要らない?」
 横からにっこり笑いながら、トリス。
 兄妹息の合った質問に、ミニスは一瞬きょとんとして。
 それから、首を大きく横に振った。
「そっ、そんなことないっ!!」
「じゃあ、問題ないですよね?」
 アメルの問いに、ようやく、ミニスの表情に笑顔が戻る。

「……うん!!」


 ペンダントは、また今度ゆっくり捜そうということになった。
 ほんとうに日も暮れてきたのも手伝って、たちはギブソン邸に帰還する。
 いったいギブソンとミモザ、どちらが正式な屋敷の所有者なのだろうか、と、約一名はのんきなことを考えつつ。

 その邸宅の一室。
「メイトルパの召喚術の、ペンダントか……」
「そのペンダントのなかのワイバーンさんは、ミニスちゃんの大切なお友達なんです」
 協力を要請されると同時に事実を知らされ、考え込むギブソンに、アメルが告げた。
「金の派閥のマーン家とウォーデン家の対立は知ってたけど、そういう因縁があったとはねぇ」

「元気出して。私たちも出来るだけ協力するわ」
「そうとも! このかっこよくたくましく頼れるお兄さんにまかせなさ……ごふっ!!」
「調子に乗らないの!!」
 相変わらずの漫才調子ながら、ケイナとフォルテは協力してくれる意思満々である。
 ギブソンとミモザも、特に異論はないようだった。
「リューグとロッカは?」
 が問えば、
「道を歩くときには注意して見てみますよ」
「ガキが泣いてるのはうっとうしいしな。まぁ気にはしとく」
 と、なんとも涙が出るほどありがたいおことばで。

 ――さて。ここまでとんとん拍子に進んだというのに、何故かマグナとトリスの表情は暗い。
「頑張って云いくるめようね、兄さん……!」
「ああトリス。ふたりでかかれば怖くないさ!」
 まるで合戦場に赴くように悲痛な顔だ。
 何をそんなに緊迫しているのか、と訊いたところ、
「ネスが問題なのよ……」
「一番の問題はネスなんだ」
 実に簡潔明瞭なおことばが返ってくる。

 そうこうしているうちに、玄関の扉が開く音がして、それから足早に廊下を歩いてくる音が聞こえた。
「きた……!」
 そこまで緊張する必要があるのかと云いたくなるほど切羽詰った顔で、マグナがつぶやく。
 そして、先日のほどではないものの、それなりに大きな音を立てて居間の扉が開き。
「トリス! マグナ! どういうつもりだ!!!」

「「ごめんなさい!!」」

「……は?」

 続けてさらに怒鳴りつけようとしていたネスティだったが、いきなり頭を下げたふたりに面食らって、ことばが続かない。

「金の派閥に関るなってネスのことばを無視したのは、ほんとうに悪かったと思ってるの」
「だけど、あんなに必死なミニスをほっとくなんてこと、俺たち出来なかった」
「どれだけネスに叱られてもしょうがないけど」
「でも俺たちは――」

 ふう、と。
 これみよがしに大きなため息。
 一気にまくしたてていたマグナとトリスが、それだけでぴたりと口をつむぐ。
 兄弟子の威厳ってすばらしいものなのかもしれない、と思わず尊敬しかける

「金の派閥の問題に、巻き込まれるのを承知で」
「うん」
「先輩たちに頼み込んでまでも」
「うん」
「彼女のペンダントを捜すのを、手伝うと云うんだな?」
「……うん!」

 ふと見れば、マグナとトリス、ミニスのみならず。やアメル、ハサハまでもが真剣な顔でネスティを見つめていた。
 他に何を云えと云うんだ? そんな視線の集中砲火を浴びるネスティは、そう思う。
 必死な目で、懇願するように見つめられて。
 これでそれ以外のことばを云えるわけないだろう。

 特にの視線が、いちばん強かった。
 彼女も記憶をなくしている分、何かを探そうとしている人には強い共感を覚えるのかもしれない。
 ケイナも記憶はないが、そうなってから随分経っているせいだろう、あまり執着していないように見えるときがあるが、は違う。
 手探りで、闇のなかを彷徨う不安を、抱えながら。
 それは自分の人生にも似ているかもしれないと、埒もないことをネスティは考える。

 ――ふぅ、と。もう一度ため息。

「マグナ、トリス」
「はっ、はい!」

「僕たちには僕たちで、やらなくてはならない任務があるんだ。それだけは絶対に忘れるな」

 えらく婉曲な云い方だが、その示すところはひとつ。

 ぱあっ、と。
 全員の表情が、一気に明るくなった。

「「ネス、ありがとう!」」

 マグナとトリスが同時に云って、同時にネスティに飛びついた。


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