まだ街を案内してくれると云うトリスたちの誘いを断って、はてくてくと道を歩いていた。
立て続けに見知らぬ人たちと関って疲れたし、ちょっとひとりで気ままに動いてみたかったのだ。
あたし、単独行動が好きなんだろうか?
自分でも判らない自分の性格付けなどしつつ歩いていると、なにやら工事中らしい場所にさしかかる。
「再開発区……?」
開発と云うからには、大勢の人が働いていて良さそうなものなのだけど。
休憩なのかなんなのか、そこにはあまり人はいなくて。
何をつくってるのかな、と、遠巻きに覗いていると、なにやら聞き覚えのある声。
「おらああぁぁぁぁぁっ!!」
「やあぁぁっ!!」
ガキン! キィン! ザシュッ!!
鳴り響く剣戟の音。
ぎりぎりまで近づいては離れるふたりの身体。
稽古だとはいえ、真剣な、手合いの空気がそこにあった。
かすかに殺気を感じるのは気のせいですか?
誰にともなく心で問う。
声をかけるのもためらわれ、その場に立ったまま、はふたりを眺めていたけれど。
「――あ、さん」
ロッカが気づいて、声をかけてきた。
「散歩ですか?」
「あ、はい」
にこにこと話しかけてくるロッカにつられて、もいきおい、笑顔になる。
と、リューグがむっつりと割り込んだ。
「何ひとりでフラフラしてんだよ」
どうせこのへん判らないんだから、おとなしくあの屋敷にいればいいじゃねーか。
「えー……」
「『えー』ってなんだよ」
いやまぁ、心配してくれてるんだろうことはわかるんですが。
だけどそう、つっけんどんに云わなくたっていいでしょーに。
むぅ、と口を尖らせるを見て、ロッカは笑顔を貼り付けたまま、リューグの方に向き直る。
「心配なら心配なんだって、素直に云ったらどうだ?」
「だっ……誰が心配なんか!!」
「してないのか?」
「……してないなんて云ってねえだろ!」
「つまり心配なんだな?」
「――っ、ああもう、うるせぇ!!」
「まあまあまあまあまあまあ。」
両手を伸ばして双子の間に分け入って、まさにつかみかかろうとしていたリューグからロッカを引き離す。
「どーして、あなたたちはそう仲が悪いかなー」
兄弟ってもっと、仲が良いものなんじゃないの?
それともあたしが勝手にそう思ってるだけ?
いや、マグナとトリスは仲が良いけど、それは異性の兄妹だからですか?
「他はどうか知らねえが、俺たちはずっとこんな調子だ。だいたい兄貴が……」
「それを云うならリューグも」
「だからもうそれはいいって!!」
また険悪になりかける双子の間に立ったは、盛大にため息をついた。
「あ、そうだ」
会話をそらそうと、あることを思いついて口にする。
「あたしも、稽古つけてもらいたいんだけど――」
「え?」
「はぁ?」
「だって、昨日、あたし何の役にも立たなかったし。だからせめて、今度戦いになったら自分の身は自分で守れるくらいになりたいなって」
のことばを聞き終えたリューグが、ぽり、と、後ろ頭に手をやった。
「おまえなら、あのこぶしで充分じゃねえのか?」
「……実は根に持ってるんですか、あんた」
思わずどす黒い声で詰め寄ったに、この場合、非はないはずだ。
なにはともあれ、一所懸命に頼み込むに双子が根負けするまでに、そう時間はかからなかった。
さすがに今日は諦めろ、ふたりの手合いを見学するだけにしろとは云われたけれど。
そうしてギブソンとミモザの屋敷に3人で戻ると、またぞなにやら問題が起こっていたらしい。
出かけていたはずのフォルテ、話し込んでいたミモザとケイナ、調べ物があるからと部屋にこもっていたギブソンまでもが居間に集まっていたけれど、唯一、ネスティはいなかった。
問うと、朝にが見かけてから、まだ一度も戻っていないそうだ。
そして居間の中心に、の初めて見る少女がいる。
ちょっとくせのある金の髪を肩のあたりで切りそろえ、紫のケープを着た女の子。
名前はミニス。
蒼の派閥の入り口を通りかかったマグナたちが、門兵ともめている彼女を保護してきたらしい。
となると当然、何故蒼の派閥に入ろうとしていたのかという話に及び。
「探し物?」
そのあたりの事情も、あらかじめマグナたちは聞いていたようだった。
それを話そうとしたときに、たちが帰ってきたというわけである。ぐったいみ。
「緑色の石の付いた、ペンダント……」
「気づいたら鎖がちぎれてて……それからずっと探してるんだけど……」
説明するミニスの顔は、今にも泣きそうに歪んで。
本当に心配しているのが、よく判る。
「そういうわけだから、あたしたちこれから、ミニスの探し物を手伝ってこようと思って」
「あ、あたしも行きます。人手は多いほうが良いですよね」
ミニスと手短に自己紹介を交わして、さっき一緒だったメンバーとともに、今度はペンダントを捜すため。
再び、は街へくりだしたのだった。
――で。
何の成果も上がらないまま、1時間と半ほどが経過した。
「……疲れた……」
導きの庭園から捜し始めて、ぐるりとゼラムを廻ったものの、結局手がかりのかけらも見つからなかった。
「まいったな、これだけ探しても見つからないなんて……」
「マグナ!」
「マグナさんっ!!」
不用意なマグナのつぶやきを聞きとがめ、ミニスに聞こえる前にたちは遮ろうとしたが、時すでに遅し。
じわり、ミニスの目にまた、大粒の涙が浮かび始める。
「あ、あーっとと……ほら、今日がダメでも明日があるし!」
わたわたと云うマグナに、「フォローになってない!!」と厳しいつっこみを入れる妹・トリス。
他一同、トリスに激しく同意。
「いいの……」
ぽつりとミニスがつぶやいた。
「傍にいるのが当たり前すぎて、私、忘れてたの……」
「ミニスちゃん……」
「だから……だから、あの子はもう戻ってこないの!」
不安をことばにすることで、それまで我慢していたものがこぼれだしてしまったのだろう。
ぐすぐすと、嗚咽までこぼしはじめる。
「きっと怒ってどっか行っちゃったんだぁ!!」
叫ぶと、ミニスはとうとう大声で泣き始めてしまった。
どうしたらいいのか判らずにおろおろしだした一同の横から、アメルが、一歩前に出た。
「大丈夫、ミニスちゃん。きっと見つかる。そのためにがんばってきたんじゃない?」
「ひくっ……でもっ……」
「ミニスちゃんは、自分が悪かったって思ってるんでしょう?」
「……うん……」
「だったら、ちゃんとペンダントさんを見つけて、謝ろう? ペンダントさんも許してくれるよ」
「……許して……くれるかな……」
「うん、きっと!」
アメルの励ましに落ち着いてきたのか、ミニスの涙が止まる。
「…………」
その光景を眺めながら、が見ていたのは、別のものだった。
――見ていたというよりは、脳裏に慌しく点滅する……これは、いつかの自分の記憶なのだろうか?
――やだっ! お父さんにもお母さんにも、アヤ姉ちゃんにももう逢えないなんて、嘘!!
――なんで、あたし、ここにいるの!? いたくない!! 家に帰りたいっ!!
――だって、違うもん……何もないんだもん、家族も友達もここにいない……
――……? なに? 今、なんて、云ったの?
「『喪失を嘆いてばかりでは、そこから動けまい。だが目の前にある事実を否定せず、ありのままに受け止めれば、前に進む道が見えるはずだ』」
不意につぶやいたに、全員の目が集まる。
「え……?」
不思議そうな顔をしたミニスに、は云う。
自分がどうしてこんなことばを口にしたのか、判らないまま。
「よく、判らないんだけど……たぶん、誰かから聞いたことば、だと思うんだけど」
――どうするのかは、おまえが選べ。ただ嘆いて一生を泣き暮らすか、ここで新たに生きていくことを始めるか。
「なくしたことを、悔やんでも、それは起きちゃったことだから、しょうがない……ってことだと思う」
起きたことは過ぎたこと。
取り返すなんて出来ない過去。
「それよりも、この先どうするか――ミニスちゃんは、ペンダントさんを見つけて謝りたいし、許してもらいたいんでしょ?」
「う、うん」
――おまえがそれを選ぶなら、俺はいくらでも、そのために手を貸そう。
「だったら、あたしはミニスちゃんを手伝うよ。皆だってそう。だからミニスちゃんが諦めちゃ駄目だよ。きっと可能性はあるんだから」
あきらめたら、なにもかも終わってしまう。
でも、可能性がゼロじゃないなら。たとえそれが、ほんの小さな希望でも。
ゼロと、ゼロじゃないことの違いは小さいようでいて、とてもとても大きい差。
そう、誰かが、昔教えてくれた気がする。
今は白い霞にけぶる、遠い近い過去の記憶。
「――、うんっ……!」
ぐい、と、頬に残った涙の残滓をぬぐいとって、ミニスは顔を上げた。
まだ瞳は濡れていたけど、もう彼女はだいじょうぶだろう。
「さ、もうひとがんばりしようか」
トリスがそう云って、皆が立ち上がった瞬間。
「ついに追い詰めましたわよっ、このチビジャリっっ!!」
妙に上品そうな声音で、妙に下々のことばを使う、妙にけばけばしい女性がその場に乱入してきた。