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第39夜 伍
lll 選んだ道を、思い知る lll




 弱みをつくつもりではなかったけれど、自然、その人と刃を交えるコトになったのはもう必然だったのかもしれない。
 時折繰り出される召喚術に巻き込まれないように注意しながら、まずは召喚師を接近戦に持ち込んで叩く。
 ある程度召喚師を無力化したら、次いでは兵士たち。
 ……と云っても、なんか、向かう先向かう先逃げられてる気がするんですけど。
「うーん……やっぱり戦いづらいかぁ」
 こないだは向かって来たはずの、シルヴァもゼスファも、今は遠い。そんななか、ひとりで苦笑していたけれど、それでも向かってくる気配を感じて、
 振り返る前に、身体の位置をずらした。
 ヒュ、と。
 空を切り裂く勢いで突き出されたのは、よく手入れされた槍。――いやというほど見覚えのある、それ。
「……当たり前だろ」
 独り言、聞いていたらしい。少しだけ、笑っているような。でも前面にあるのはあくまでも、哀しみや辛さや。
 そんな声で、呼びかけはなされた。

「……やっぱし、イオスか」
 見覚えのある槍だと思った。
 なんとかつくれた微笑み浮かべて、繰り出された槍から身を躱す。
 ――軽々と。
「……ねえ、イオス。手加減してる?」
 槍の間合いぎりぎりに距離をとって、着地。
 飛んで避けた相手にはそのまま追い打ちをかけて体勢を崩し、一気に攻めるのが常套のはずなのだが、それはなかった。
 怪訝な感情を隠しもせずに問いかけながら、着地点確認のために落としていた目を彼に戻す。
「しているつもりはない」
 そこに第二撃。
「……そう?」
 応じる声は、少しつっけんどん。
 それさえも判らないほどだと侮られているのか。
 何年一緒にいたと思ってる?
 傍で戦ったこともある、背中合わせで危機を乗り切ったこともある。
 あなたの本気ぐらい、自分は把握しているつもりだけれど?
 少し混じった棘に気づいたか、イオスはかすかに顔をしかめて――第三撃。
「君と同じだ」
 そして云った。
「覚悟を決めたはずだった、少なくともそうしなければならないはずなんだ、僕たちは」
 
 君さえも、この手にかける覚悟を。
「……でも」
 第四撃。
「力が、入らない」
 鞘におさめたままの短剣で、突き出された槍を横に払う。
 いつか特訓したときは、の力だけで払えるほど、易しい突き出しではなかったはずなのに。
「……どうしてだろうね?」
 易々と払われた槍を引き戻しつつ、イオスは云った。
 問いの形をとってはいても、答えが返る期待など、していない声で。
「――どうして、だろうね」
 もまた、同じことを云った。
 どうして、こんなことに、なったんだろうね?
 笑って一緒にいられると、信じていたあの頃が、もうずいぶん遠い昔のような。
 あの日旅立ちを決めたときも、まだ、手を放したつもりはなかった。また、戻れるつもりだった。

 戦いの最中だというのに、心が想い出の方に沈みかける。
 それではいけないと首を振って、五撃めの足払いは跳んで後退。
「っとと……」
 さすがにバランスを崩しかけはしたが、どうにか、う足をまく地につけたときだった。

「退けえええぇぇぇぇぇッ!!」

「……ッ!!」
「わ――!?」

 ガィン、ギィン、ガガガガガガガッ!!

 イオスとが相対している、まさにそのど真ん中。
 及び腰の兵士に素晴らしい気迫で追撃かけながら、やってきたのはリューグだった。そして、追撃をかけられている兵士の名は――
 斧が振り上げられる。
「あ……っ」
 待って、と、そうつむぐより先に。
 手を伸ばすよりも先に。
 肩から胸部にかけて一撃をくらった兵士は、黒い鎧に赤の模様を描きながらのけぞる。倒れていく。
 頑丈な鎧が助けになったか、深手ではあるが致命傷ではないだろう。そうであってほしい。そうであれ。お願い。お願いだから、ゼスファ、こんなところで死なないで……!

 そして、彼が倒れる刹那。
 目があった。
 その目は、苦痛に満ちて、それ以外何も映してはいなかったはずだけれど――

 一瞬だけ。たしかに。

『何故、戻ってこない』

 いつかのことばが蘇って。鳥肌がたった。

 この道を。選んだんだ。

 これは戦い。これは戦争。これは命の奪い合い。
 誰と。
 黒の旅団と。
 誰の。
 あたしたちの。

 これは命の奪い合い。

 目の当たりにするまで確たる自覚がなかった。なんて間抜け。なんて楽天的。
 脳裏に描くイメージなど、目の前にした現実にいかほどの役に立とうか。
 身の深くまで達したらしい傷口から、鮮血がほとばしる。
 それは目の前に赤い雨を降らす。
 赤い雨の向こうに、槍を構えたイオスが映る。

 構えられた槍の穂先は、と、今そこに来たリューグに向けて。

 ……戦うために。
 いのちを、うばうために?

 あたしは、そんな道を。選ぶと云い切ったんだ。
 あんな苦痛を、あの人たちにも与えることになりかねない道を。
 戦いを、選んだんだ。

 その事実を思い知った心が、次に生み出したのは恐怖だった。
「…………ッ」
?」
 槍の間合いを警戒して、を押しやりつつ自分も後退していたリューグが、零した吐息に反応し、ちらりと視線を向けてきて、
「……チッ……」
 小さく舌打ちした。
 そうして。不意に、の身体を浮遊感が襲う。
「え……!?」
「貴様、何を――!」
 を肩にかつぎあげるという、唐突なリューグの行動。
 それに呆気にとられたのも一瞬、すぐに我を取り戻したイオスが、槍を突き出してくる。
 その直前。
 離れた場所からこちら目掛けて響き渡る、ルウの声。
「――ダークブリンガー!!」
 濃い紫の煙と同時に出現した、大量の剣が、とリューグ、イオスの間に降り注ぐ。
 剣が突き刺さった大地は土煙を巻き起こし、それに紫の煙が混じって視界が、一瞬、完全にさえぎられた。
「……っ、!」
 名前を呼ぶイオスの声が聞こえた。
 けれど、応えるより先に、リューグがくるりと身をひるがえし、離脱しようとする。
 それでも呼びかけようと思えば、出来たはずだ。

 ……それをなすことは。出来なかったのか、しなかったのか。判らなかった。自分でも。


 少し離れた場所で戦端を開いていた一団目指して、リューグは走る。
 あのあたりは黒の旅団の攻撃が薄い――何故かって、その少し先に聖女ことアメルがいるからだ。
 大技召喚術かまして彼女まで巻き込んでは話にならないと、命令でも出ているんだろうか。予想はおそらく正解だ。そしてそれがありがたい。
 そのなかのひとりに、リューグは呼びかけた。
「兄貴!」
「リューグ!? どうしたん――」
「受け取れ!!」
 リューグ選手大きく振りかぶって――

 第一球……投げたああああぁぁぁぁッ!!

 ただし、投げたのはボールでもましてや斧でもなく、
「ぅきゃあああああああああああああ!?!?」
 たった今まで自分の肩にかついでいた、だったのだが。


「なっ……!? さん!!」

 目を見開いたロッカが、槍を放り出して着地地点とおぼしき場所に移動する。
 両手を広げて、落ちてくる様子を見て位置調整。
 ――ぼすッ!
 とりあえず、ナイスキャッチ。
「リューグ、おまえ何考えて……!」
 自身の体重に加えて高地からの落下速度の合計という、過度の衝撃をくらってなお、一瞬顔をしかめただけですんだロッカが、弟に向き直って怒鳴る。
 が、
「そいつは下げとけ!! ――絶対に、戦わせるなッ!!」
「……え?」
 たったそれだけ云い放ち、リューグは再び黒の旅団に向けて突貫していく。
 あっけにとられたロッカが、何があったんだと疑問顔して、こちらに視線を戻し――眉根を寄せた。
 ぎゅ、と。
 抱えられている腕に、力が入るのが判った。
「……じっとしていてくださいね!」
 を抱えたまま、ロッカは足元に放り出していた槍を拾う。
 近づいてきていた敵を、牽制の意味もこめて一閃。
 そうして、それにさえ震えるの身体。
 さらにロッカの腕に力が入り、は、アメルたちがいる後衛の場所まで運ばれた。
「……!? どうしたの!?」
 癒しの力を発動させていたアメルが、目を丸くして駆け寄ってくる。
「アメル。さんを頼んだよ」
「え、ええ……でも、いったい何が……」
「話はあとだ。――さん」
「……」
 覗き込んでくるロッカに、何か云わなければと口を開いたけれど、こぼれるのは声でなく、ただ、呼吸の音だけだった。
 そうして、目の前が暗くなる。比喩ではなくて、それは、ロッカの腕のなかに包まれたからなのだけど。
 肩のあたりに押し当てられた、心地好い重み。
 囁くほどに小さな声が、そして耳に届く。
「……だいじょうぶです」
 と。
 貴女を哀しませるようなことは、しません。そんなコト、みんな、望んでいません。
「きっと……だいじょうぶですから」
 どうかそんなに怯えないで。
 喪う予感に心を蝕まれないで。

 怒りも憎しみも凌駕する、その気持ちをなんと云うのか知らなくても。今はそれに従うから。


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