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第39夜 参
lll 対峙 lll




 舌戦の先鋒を買って出たのは、傭兵の彼と巫女の彼女。

「わざわざお出迎えとは、恐縮のいたりだな」
「本当よね? てっきり私たちなんか無視して、ファナンに向かうと思っていたのに」

 実際の戦争でも、まず交わされるのはことばのやりとりだ。
 互いの軍が使者を出し、正々堂々と、だのなんだの名乗りをあげて宣言し、それらが自軍へ引き返してのち銅鑼だかなんだかが鳴り、いざ開戦。
 奇襲や強襲ではまずありえないけれど、これも戦場のひとつの儀式。
 ……まあ、ここまであからさまな挑発は、うちのご一行くらいなもんでしょうけど。
 あまりにあからさまに過ぎて、ルヴァイドの方は乗ってみせる気さえないようだ。
「……ぬけぬけと云うものよ」
 鍵となる聖女を目の前にして、我々が黙っているはずがなかろう。
 ため息混じりのそのことばに、アメルがちょっとだけ、笑みを浮かべる。
 なんというか、うまくいったといった感じ、してやったりというような。
「アメル……性格変わった?」
「いいえ」
 それでも、敵方にとっての自らの価値を認識していて、万一のときにはデグレアに拉致される危険性も承知して、アメルはこの場にきたのだろう。
 続けられたことばは、さきほどの笑みと連動して、そう悟らせる。
「ただ……、ちょっとはこういうトコロも、なんていうんでしょう。役に立ちたいな、っていうか……強かになりたい、のかな」
「……納得。そして同感」
 小声で交わす会話。果たして周囲には聞こえているのか。
 まあ聞こえていても、こちらに意識を移すほど余裕が皆にあるわけではないことくらい、判ってる。
 もアメルも、口こそ動かしてはいるが、視線はずっと目の前の黒の旅団に――黒騎士たちに向けていた。
 ちらり、その周囲を見渡す。
 黒の中では目立つはずの、銀色の髪の持ち主はいない。
 そうして、その人の部下である3人の姿も――気配も、おそらくだが、ない。
「……。どう?」
 こそっ、と尋ねるのはトリスだ。
「……レイムさんも……あの人たちもいない」もう一度、見渡したけれど結果は同じ。「……やっぱり、アメルの云うとおり別行動してるのかな」
 こちらからは見えない位置にいる、可能性もあるだろうけれど。
 それでも、一瞥した範囲には確実にいない。
 ……片手の指を越える年数、馴染んだ気配は、ただ目の前にみっつだけ。
 ルヴァイド様。ゼルフィルド。イオス。
 ……おかしいな。どうして視界がぼやけるんだろうか。
 そう思っていると、不意に、目の前が赤いマントで遮られた。暗めの赤。
 の前に立ったのは、ネスティだった。
「ルヴァイド! おまえは、あの森のなかにあったものが何なのか、知っているのか!?」
 知っていて、それを求めるのか。
 知らずに求めるのならば、脅威を説明すればよい。
 忌まわしき過去と、連なる罪と、その代償として世界さえも塗り替えた事実を。
 ――それはもはや、失われていることも含めて。

「無論」、
 しばしの間。そして返る答え。
「知っている」

「……!」


 召喚兵器という名前、その威力。
 黒の旅団が持っている知識はそれだけ。
 それをただの力として扱うのなら、他の何を知ろうが知るまいが、変わらないのだと。
 その前提において、ルヴァイドは頷いたのだ。

 召喚兵器とはデグレア十数年来の宿願。
 聖王国を打ち倒すための強大なる力。
 それさえ知っていれば、それを求める理由は充分に足りる。

 ――まつわる罪と真実を、知らされていなくても。


「逆に尋ねよう」
 ことばをなくした一行に追い打ちをかけるように、ルヴァイドが続けた。
「その問いを発したのは、何故だ?」
 視線はまっすぐ、先に問いを発したネスティに向けられて。
 それとも……その後ろのを。
 そうして、ネスティは答えない。他の誰も答えない。
 けれど、そんな状況下でも導き出せる答えがないわけではない。むしろ確実に、ひとつ、導き出せる。
「……どうやら、一足先におまえたちは、あの中に入ったらしいな」
「まさか……! 我々より先にゲイルを手にしたのか!?」
「違う!」
 イオスの問いに否定を返したのは、マグナの声。姿はネスティのマントに遮られて見えないけれど。
 ちょっとだけ身体をずらした。頭だけ覗かせる。
「ゲイルなんて、召喚兵器なんて、あんなものに手を出そうなんて思っちゃいけないんだ!」
 声を限りに、マグナはルヴァイドに訴えている。
 見てきた者として、それ以上に携わった血の末裔として。

「あの場所も、あの遺跡も……ずっと封じられつづけるべきなんだよっ!」

「そうよ! 第一、もう、召喚兵器は壊しちゃったんだからね!」

 ごふー。
 と、もし茶でも飲んでたら、全員で噴水ぶちかましてたかもしんなかった。

「あああぁぁぁぁあぁぁ――――!!!!」
「っみみみみみミニスぅぅ!?」

 どさどさどさー!

 ビシィ、と指差して高らかに宣言したミニスを、一同で抑えつけたが時すでに遅し。
「(な、何よ!? ホントのコトじゃない!)」
「(ばかー! こんな戦争前でピリピリしてるときにバラしてどうするの! こっちの話聞いてくれるわけないでしょ!!)」
「(信じないどころか意固地に進もうとしかねないでござるぞ!!)」
「(誰だよ、黒騎士たちをふんじばってから落ち着いて話そうってこいつに説明しとかなかったの!!)」
「(……全員同罪じゃないでしょうか)」
『(………………)』
「……もういいか」
 いきなり味方に雪崩れこんだこちら一行に、ちょっとだけ呆気にとられていたらしいルヴァイドが云った。
 一同、あわててミニスの上から退いて再び向き直る。
 爆弾発言かましたミニスは、ちゃっかり数名に捕獲されているけれど。
「破壊した、と云ったな」
「……」
「どうやって?」
「…………」

 誓約者さんたちに力任せに壊してもらいました! てへ! ……とか、

 云えないんだってば! そういう裏事情はッ!!

 地団駄踏みたい気持ちで、が全員に視線を動かしてみると、誰も彼もが戸惑い顔。
 誓約者とかサイジェントとかは絶対に絶対に第一級秘密事項として云い含めておいたから、さっきのミニスみたいに不意打ちったりはないだろうけど。

 ……あああああああああ。声にならない叫びとともに、もちょっと空気が硬くなければ、は頭抱えてしゃがみこみたい気分になった。
 証拠写真でも撮ってくればよかった、本当に、心底、切実にッ!!

 黙りこくった一同をどう思ったか、いや、どう思ったかなんてちょっと考えれば判りすぎるほど判ってるんですけど。
 ともあれ、ふ、とひとつ息を吐き、ルヴァイドは云う。
「……戯言を」
 ほーうら。
 思わず涙する
 その腕を、ぐい、と、誰かが引っ張った。
「え? え?」
のことばでも信じられないか?」
 そう問うた声は、蒼の派閥の兄弟子様だ。
 気づけば、腕を引かれて、背中を押されて前にやられていた。
 うわああ、目の前真正面に黒の旅団が。敵対位置にルヴァイド様とゼルフィルドとイオスが。
 もう何歩か前に出たら、確実に、愛用のあの大剣でズンバラリンの射程内。
 何度かルヴァイドと手合わせ(全戦全敗記録更新中)したから、よけいにそれが判って怖い。……まあ、問答無用で斬りつけられたりは、しない、だろう、……けど。
 そうして。
 ぴくり、と、ルヴァイドたちが動揺するのが視界に入る。
 同時に、つきん、と、胸が痛みを訴えた。
 ごめんなさい。
 けっしてことばにしないけれど、道を違えたコトは今でも申し訳なく思う。思うけど、今の貴方たちと同じ道を進むには、心のどこかが邪魔をする。
 いつか血を。いつか命を。
 ……どちらかが、どちらかを。
 選んだのは、そうなる可能性が最大最高に大きな道。
 だけど。
 あたしが選んだ……そのはずの、道だ。

 いつかバノッサにそうしたように、今、はその人たちに向けて真っ直ぐに立つ。
 それが義務。そして責任。そう、思って。

 だけど、たぶん信じてくれないだろーなあ……こればっかりは。

 そうして予想どおり、ルヴァイドは首を横に振った。
 自分たちのことを、ネスティたちが知っていたことに、驚かなかったわけではないだろうに。そんなものまで、押し込めたまま。
「……だろうが、仮にそこのイオスだろうが……ことば以上に確たる証拠を得られぬ以上、止めるわけにはいかぬ」
 そして、それ以上に。
「そこまでを知ったというなら、もはや鍵の確保だけではすませられん」
 ガシャリ、重厚な足音を立てて、ゼルフィルドが前に出る。
「召喚兵器ノ確保ハ、でぐれあ十数年来ノ宿願……」
「その秘密の一端を知った者を、見逃すわけにはいかない」
 槍を構えるイオス。
 ルヴァイドのことば。そしてそのふたりの行為。
 もうその道を進みつづけることを選んだのが、否応にも明らかになる。
「口封じ……と云うわけか」
 さんさえも――?
「ハッ、正体を現しやがったな!」
 所詮その程度か、黒騎士!
 訓練ではなく。戯れでもなく。
 本気を伴ない、初めて自分に向けられる、彼らの武器。
 思わず硬直したをかばうように、ロッカとリューグが前に出る。
 けれど。
 そのふたりを押さえるように、さらに、前に出る人影が、ひとつ。

「待つんだ、ふたりとも」
 アグラバイン――デグレアの獅子将軍.

 ずっと、少し後ろに下がった場所で静観していた彼が出てきたことに、双子ならずほぼ全員が、怪訝な面持ちを隠せない。
「……お爺さん?」
 不安そうに名を呼ぶ、アメルの頭を優しく撫でて、アグラバインがルヴァイドと相対する。
 おそらく間合いぎりぎりにおいて、先にことばを発したのはアグラバインだった。
「あのレディウスの子と、よもや、こんな形で再会することになるとはな……」
「……レディウス……って」
 こぼれたそのことばに、真っ先に反応したのはだった。
 聞き覚えがある。その名前には。
 しかも最近ではなく、それなりに、以前。
 まだデグレアにいた頃に、今、アグラバインと向かい合っている当人からこぼれた名前。
 そしてルヴァイドは、どこか辛そうに、アグラバインへ応じた。
「あの夜に見たのはやはり、幻などではなかったのだな……獅子将軍――アグラバイン殿」
 そうして、全員の表情が驚愕に染まる。
「おじいさん、黒騎士を知っているんですか!?」
「ああ、よく知っておる。――じかに、手をとって剣を教えたこともあるのだからな」
「!!」
 ロッカの問いに振り返り、アグラバインは衝撃的な事実を告げた。
 それだけでも充分驚いた一行にへ、さらに、追い打ちがかかる。
「ルヴァイドは、わしの親友だった男の息子。デグレアの双将の一人、鷹翼将軍レディウスの血を引く騎士だ」
「なんだと!?」
「おじいさんの……おでしさん……?」
 殆どの人間は、純粋に、そのつながりに驚いたのだけど、
「あの鷹翼将軍の息子だというのか……」
「……道理で、バカみてぇに強いわけだぜ」
 シャムロックとフォルテにとっては、別の因縁もあるらしかった。
 考えてみれば、実際にぶつかったことはなくても、将軍という立場柄、その勇名は響いていたのだろう。
 アグラバインの獅子将軍としての二つ名を、シャムロックが知っていたように。
 彼は云う。
「こうして間近でその顔を見て、ようやく確信することが出来たんじゃ」
「……お爺さんが気にしてたのは、もしかして?」
「ああ、そうじゃ。あの炎の夜からずっとな……」
 昨日の夕方、銀砂の浜でに問いかけようとしたこと。
 今朝方出動前、何やらつぶやいていたこと。
 すべて、このときに得る解にいたる疑問だった。
 再び視線をルヴァイドに動かし、アグラバインは感慨深げにつぶやいた。
「見違えたぞ……若き頃のお前の父とそっくりだ」
「見違えたのは、あなたも同じです。アグラバイン殿」
 そのことばを向けられる、ルヴァイドの表情は変わらない。むしろ、険しさを増した感さえ抱かせる。
「あの遠征で、貴方は亡くなったのだと聞かされていましたが……まさか、あのような卑しき姿に身をやつしておられたとは」
 だけれど、それを受け流して苦笑さえ見せながら、アグラバインは応じた。
「わしにとってはあの姿こそ、本来あるべきものだったと気づいただけだ」

 ――デグレアを捨てたことを、悔いてはおらん。

「おじいさん……」
「……その言葉を……!」

 何か云おうとしたアメルのことばを遮って、ルヴァイドの声が飛んだ。
「その言葉を、処刑された父が聞けばどのように思うことだろうな……アグラバイン!!」
「……処刑!?」
「何故鷹翼将軍程の人物が……!?」
 周りがざわめくなか、だけは、血の気が引くのを感じていた。……思い出していた。
 だからこそ、自分は騎士としての道を違えるわけにはいかないと。
 だからこそ、この道以外は選べぬのだと。
 以前は苦笑して話してくれた、その人の、今の血を吐くようなことばを聞いて。――全身が、凍りつくかとさえ。
 そしてこの驚愕は、アグラバインも同じだったらしい。
「どういうことだ……何故レディウスが!? ……ルヴァイド!」
「帰ってきてくださったのが、貴方なら」
 かつての獅子将軍。彼は、禁忌の森から、一度もデグレアへ戻っていないのだ。そこまでは知らずにいたのも無理はない。
 そうして、アグラバインの問いに答えるルヴァイドの声は、淡々としていた。
 だけど判る。感じてしまう。
 どれほどの痛みを伴なってそれを口にしているか。
 ……伊達に6年、一緒の時間を過ごしたわけじゃない。
 ……傍に。これほど切望したことは、たぶん、ない。
 6年の間、そうしてきたように。
 傍に――
「父が幾度そう繰り返していたことか、貴方には……貴様には判るまい!!」
 嘆く貴方の、傍ら。この身が在れたら手も届くのに。
「ルヴァイド……」
「貴方さえ、戻ってきてくだされば……あんなことには……」
 ぎりぎりと、内臓が締め上げられるほど。悲痛な。それはさえも初めて聞くルヴァイドの声。
 にじみかけていた視界が、完全ににじんだ。
 その声があと一歩遅ければ、涙腺が完全に決壊していたかもしれないけれど――

「おい、お前ら!」

 タバコをくわえたままで、少しくぐもったレナードの声が。
 その、重い空間に割りこんできた。
「云い争いしてる場合じゃねえぞ! あれを見ろ!!」
「大変ですご主人様、あれ見てください!!」
 その腕は真っ直ぐ伸ばされ、その指はある一点を指し示す。
 引っ張られるように、全員が、その示す方向に視線を向けた。

「――なっ……!?」

 そうしてひとり残らず、いや、機械兵士ふたりは表情の変化がないから無理として、それ以外の人間は、目を見開いた。

 黒い海が、再び進行を開始していたのだ。


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