――ところがどっこい。
場面はいまだ、ファナンの街。
「あのー、あたしたちこーいうコトしてるヒマあるんでしょーかー?」
両腕を左右に伸ばして、アメルが当ててくれてる服ちょっと小さいなとか思いながら、遠い目をしては訊いた。
誰にって、目の前。うきうきと、次は何を着せようかと相談しているトリスたちにだ。
戦争間近に控えて服の買い換えとは、ネスティあたりが見れば「何をのんきな」とか云われそうだ。
実際云われたらしいが。
「何云ってるの! いざ戦争が始まったら、次いつ買い物にこれるか判らないじゃない!」
フリフリかつヒラヒラのフレアスカートとブラウスを手にしたトリスが云う。
あんたそれで人を戦争に連れて行く気か。
「そうですよ、。だから今のうちにちゃんとお洋服そろえておかないと」
ハサハのものに良く似た、シルターンの着物をに当てたまま、アメルが云う。
これはこれで好きだけど、あたしは接近戦主体だから、これだと足引っ掛けて転びます。いやそもそも、それは洋服でなく和服というもので。屁理屈か。
「そうよ! だいたいは着るものに頓着しなさすぎなんだから! あれは破いたこれはボロボロそれは血がこびりついた、結局それ一張羅って聞いたときには耳を疑ったわよ私!」
ビシィ、と、現在着ている一張羅を指差して、とどめとばかりにミニスが云った。
蛇足だが、彼女ら、ネスティもこの勢いで看破してきたらしい。
女の子、三人揃えばかしましい――よく云ったもんである。
ちなみにミニスの指の先、現在が着ている服は相も変わらずデグレア謹製。
洗えるときには洗ってるから、清潔の面では問題ないと思うのだけど。
が、
「そうじゃなくてー! はせっかく女の子なんだから、イロイロ可愛い格好しなくちゃだめなんだぞっ!」
連れて行かれそうになって、そう云ったら、マグナがのしかかってわめいてくれたのだ。
妹たるトリスはいいのかと訊いたら、兄妹お揃いだからこれでいいんだと云われて絶句したコトは記憶に新しい。
つか、ついさっきだしな。
そのまま犬と化した彼に押されるように、トリスたちに身柄を引き渡され……現在に至る、というわけだった。
「でも、あたしの服買ってる余裕があるなら、その分武器調達とかにまわした方がいいと思うんだけどなー……」
ちらりと視線を動かして、この服屋と通りを挟んで向かいに立っている武具店を見る。
戦争が迫っているせいか、以前訪れたときよりも遥かに高性能、実用的なものが豊富に揃えられていた。
もちろん、その分お値段もランクアップしている。
故に一応分けてあるとはいえ、全員分を用意するとなると、絶対に予算オーバーするだろう、と、レオルドが計算してはじき出していたのである。
ところが、
「だーめ。もう決めたんだからっ」
「はい、。次はこれなんかどう?」
「ねえねえ、こっちのもかわいいよっ!」
のセリフなど聞こえていないのか、女性陣(もその部類なのだが)は、にこやかに次の衣装の選択に入っていた。
それを見て、このまま素直に楽しむべきかやっぱり武器を買おうよと云い張るべきか、一瞬真剣に悩み出しかける。
っつかいよいよ本腰据えて黒の旅団、ひいてはデグレア軍と戦おうというのに、服とかお洒落とかにこだわってていいんだろーか。
そう思ったとき、柱の陰から人影ひとつ。
こちらに向かって歩いてきたのは、
「〜〜〜」
「……ユ、ユエル……だいじょうぶ……?」
……もうひとりの被害者だった。
冷や汗流して問いかけると、と同じように着せ替え人形にされていたらしいユエルは、ぱったりと、に向かって倒れこむ。
それを追って、ルウがこちらにやってきた。
「あれ、ユエルどうしちゃったの?」
「どうしちゃったの? じゃないよ〜。ユエル、もう疲れたよ〜〜」
「……ルウ、いったい何回着替えさせたの?」
「え? たった6着だけよ? ルウも自分で着てみたりしてたから」
「……」
6着も着せ替えされれば十分だ、と、ことばをなくしてルウを見上げるユエルの目が語っていた。
「……」
は限りない同情を覚えて、この場で唯一自分と同じ境遇であるユエルの頭をぽんぽんとなでてやったのだった。
だがその横から、新たな服が差し出される。
「はい。、これなんかどう?」
「ユエルちゃんには、これはどうかしら?」
「……あぅ……!?」
「……ユエル、ココに逃げてきたのちょっと後悔したでしょ」
さっきまで入っていた試着室に再び連れ込まれ、それまで試着していた服を引っぺがされながらオルフルの少女にそう訊くと、予想に違わず、ユエルは大きく頷いた。
何せ、さっきまでユエルにかまっていたのはルウひとり。
対して、にかまっていたのはトリスにアメルにミニスの3人。
それがひとところに集まれば、&ユエルに対して迫ってくるのがトリスにアメルにミニスにルウ。
――囲まれ度、当社比1.5倍。
「ユエル、もう、いいってばー!」
そう叫んでいるユエルと対照的に、は、諦めきった表情で服を脱ぐ。
逆らうだけ無駄なんてコト、とっくに判りきっているせいだった。
結局ユエルが選んだ(選ばされた)のは、前と同じ横ボーダーのシャツ。
他の衣服にはさして目立つ汚れもなかったし、彼女が頑強に今の服がいいからと抵抗したせいもあるのだけど。
はというと、一見中華服のような(と感想を述べたが誰も判ってくれなかった)前で合わせるようになっているハイネックの五部袖の白い上着。裾や袖に入っている刺繍がワンポイント。
その刺繍と同色の、これはキュロットにも見えるズボン。その下には黒タイツ。
挙句に靴まで買い換えて、上から下まで新し物づくし。
しかも両手に持った紙袋には、着替えだからとこれまた服一式。
片方には、脱いでしまったデグレア服が入っている。
「もっとかわいいのもあったのにー」
そう残念そうにトリスが云うが、これでも目一杯譲歩してるのである。
にしてみれば、おしゃれより実用性のある服のほうがありがたい。
召喚師ならばあまり動き回るのに適した服でなくても良かろうが――たとえばギブソン、彼なんかその筆頭だ。なにせずるずるローブだし――、くどいようだが、接近戦主体で戦う以上、動きやすさが第一だ。
それから丈夫な生地であり、なおかつ手足の動きを妨げるのも難だから、装飾品の類は極力ご遠慮。
その結果がコレである。
まだ渋っているトリスとミニスを、早々と納得してくれたアメルとルウが、ふたりがかりで宥めにかかっている。
それを眺めながら、ふと視線を下ろした先には、と同じくらいぐったりとしているユエルの姿。
「……」
お疲れ様。
「……」
疲れたよぉ……
ふたりは無言のまま、目と目で会話して、とりあえず4人が静まるのを待つコトにしたのだった。
そんなこんなで一行は、やっと服屋を後にした。
朝食が終わると同時に引っ張り出されたはずなのに、店を出たらすでにお日様は頭上で燦々と輝いている。
早く戻らないとまずいんじゃないかと思ったら、遅くなることはすでに話してあるという。
確信犯か。間違った用法の方で。
ま、何にせよ、用事は済んだ。
昼ご飯は外で食べようと云うお誘いを反対する理由もなく、自然に足が向いたのは、本日営業中のはずのシオンの蕎麦屋。
――ファナンかゼラムに留まっている限りは、なるべく店は開けていますよ、せっかく固定客さんも増えてきたところですからね。
たしか、そう云っていた。
その楽しげな様子に、シノビやってるより天職なんじゃないかと思わず考えたのは、きっとみんなのヒミツ。
「……あら? あれは……」
そろそろ屋台が見えるだろう場所に差しかかったとき、アメルが手のひらを額にかざしてつぶやいた。
「あ、ケイナさんだ」
「あの人も来てたのね」
トリスとルウが同じように、そちらを見やって同じようにつぶやく。
なるほど、ちょうどシオンに見送られる形で蕎麦屋の前にいるのは、シルターン服が良く似合う、鬼のような強さを誇る(約一名に対して)弓姫ことケイナ。
珍しくフォルテとも、カイナとも、一緒ではないらしかった。
どうしたんだろうと顔を見合わせ近づいて行くと、向こうもこちらに気づいたらしく、笑顔で手を振ってくる。
「こんにちは、大将。ケイナさん、もうお昼は――」
まずトリスがご挨拶。それからケイナに水を向けると、彼女はこっくり頷いた。
「ええ、貴方たちが来るって知ってたら、待ってたのにね」
「や、さすがにそれは無理かと」
笑って云うケイナに、も笑って返す。
「でも、珍しいですね。おひとりで出かけられるなんて」
「いやね、そうそう相棒や妹とべったりなわけじゃないわよ、私」
アメルがそう云うと、ケイナはますます笑みを深くしてそう答えた。
それから、ふと。視線を向けられたのは、。
「……?」
「それに――というか。ちょっと、相談に乗ってもらってたの。私の記憶のことで」
「一応私も、シルターンに関りのある人間ですからね」
そうシオンが云ったのだけど、それはまるで霧の向こう。
は、はっとして口を押さえた。
「……あ」
「ほら、そういう顔しないの」
すると思ったけど。そう云って、ぺしっと額をつつかれた。
どんな顔になったのか自覚はないけれど、ケイナが苦笑しているところをみると、なんとなく想像はつく。
一瞬襲ってきた罪悪感の残滓が、ひしりとそれを確信させる。
「だって、あたしだけ記憶が戻って……」
だから思わずそうつぶやくと。
ぺしっ、と、また一撃。
「そういう問題じゃないでしょ? 私とは別の人間なんだから、が記憶戻ったからといって私が戻るわけでもないのよ?」
「でも」
自分の記憶が戻ったことばっかり考えてて、ケイナのコトを全然考えていなかった。
胸中に生まれるのは、抜け駆けしたような感覚だ。
「まあまあ、さん、そんなに沈み込まないでください」
見かねたのか、シオンまでもが助け船を出してくる。
さらに話をそらそうというのか、それともただ単にこちらは純粋に疑問を抱いただけなのか、ユエルがひょっこり顔を出して。
「で、ケイナの記憶はどうなるの?」
「なにか進展はあった?」
「そうねえ……」
重ねて問うたミニスのことばに、ケイナはゆっくり首を傾げた。
ちょっとだけ、悪戯っぽい笑みを浮かべてことばを紡ぐ。
「記憶が戻らなくてもいいかなあ、って思えるようになったのが進展かな?」
『え!?』
シオンとケイナ以外の、全員の合唱になった。
それくらい、そのことばは予想外だった。
完全に呆気にとられた一行を見たケイナとシオンは、顔を見合わせてくすくす笑う。
「それじゃ大将、私はこれで。お蕎麦、ごちそうさまでした」
「毎度あり。今度は妹さんと一緒にきてくださいね」
「ええ、そうします。じゃあみんな、お先に」
ぽん、と、通り過ぎざま、手近にいたトリスの肩を叩いて。ぽかんとしたままの一行の横を抜けて、ケイナは、足取りも軽やかに歩き去る。
数人が、慌てて振り返った。もだ。遠ざかる彼女に声をかけようとしたのだけれど――やめた。
やせ我慢や、無理といった、そんなものがまったく感じられない後ろ姿だったから。
同じようにケイナを見送っていたルウが、シオンに向き直って問いかけた。
「大将、ケイナにどんなこと話したの?」
「別に大したことは云っていませんよ」
「……ホントに?」
「ええ。ただ、ありのままにすべてを受け入れるのもひとつの在り方だ、と云って差し上げただけですから」
「……ありのままに……」
ぽつりとつぶやいたのことばに気づいてか、シオンの視線がこちらに動く。
「そうです。さんが今のさんを受け入れているように、ケイナさんも今のケイナさんを受け入れただけなんですよ」
笑みをかすかに深くして、シオンはそう付け加えた。
トリスさんとマグナさんが、クレスメントの血を受け入れたように。
アメルさんが、豊饒の天使の過去と、『アメル』として育んだものを受け入れたように。
今そこに立つ自分を、認めて、受け入れてあげただけなんですよ。
――そう、淡々と。優しい声で。
「記憶がなくても、あっても?」
「それを経験したからこそ、今の自分がいるのだと思えるのなら」
それこそ、大したことではないと思えませんか?
どんな痛みも苦しみも、悲しみさえも。
それがあったから、今の自分が在るのだと、知っているなら。
「…………」
「さて!」
押し黙ってしまったたちを、シオンはしばらく笑みをたたえたまま見守っていたけれど、それもしばし。
ひとつ大きく手を叩き、ぐるりと一同を見渡した。
「いつまでも立ち話もなんですね。皆さん、お昼は当店で?」
「え――あ、はい! よろしくお願いします、大将!」
「はいはい。ではお入りになってください、ご注文をお願いしますよ」
にこやかに先導するシオンについて、わらわらと席へ着く。
それぞれの口から出てくるのは、もう、他愛のない会話ばかり。
一番の話題は、今日のお買い物劇でのとユエルのおもちゃにされっぷりだった。
わいわいと話されるそれを、聞き手にまわったシオンはにこにこと聞いている。
「……シオンさんて、聞き上手ですよね」
思わずそうつぶやいたら、
「まあ、年の功というやつですよ」
と、どう考えても20台前半の外見でさらりと躱されてしまったのである。
……相変わらず年齢不詳な、蕎麦屋の大将さんだった。