ちゃきっ、と、音が伴ないそうにかっちりした仕草で武器を構え、向かい合う。
「では、行きます!」
「どこからでも!」
ガキィィン!
訓練用に穂先を潰した槍の柄がぶつかり合い、互いを弾く。
手にかすかに伝わる痺れを振り払い、しなりを利用して相手の槍に沿って動かし、大きく薙いだ。
そのまま振り切った腕を返して、第二撃。
けれど、すかさず槍を持ち替え防がれる。
二撃目まで弾かれた時点で、それ以上の連撃は中断、地面を蹴って間合いをとった。
じゃり、と。
着地の際に跳ね上がった砂が、剥き出しの脹脛に軽い痛みをぶつけてきた。
早朝といえども、太陽の光に当てられた砂はそれなりに温まっているのが判る。
「――やはり記憶が戻ると違うんですね」
構えていた槍を下ろし、笑顔で話しかけてきたのはロッカ。
本日早朝特訓のお相手である。ちなみに二番手。
「そうかなー?」
対するは頭に手をやって、槍をくるりとまわしてみせた。
「ええ。でもさん、槍は得意じゃなさそうですけど」
「うん、どっちかていうと、重い武器より軽い武器のほうが好きかも」
槍は部類としては軽い方だと思うけど、リーチが長すぎて扱いにコツが要るし。
「あ、でも、だいたいの武器は使えるよ。仕込まれたから」
「そうですよね、慣れてないといっても素人とは差がありますし」
「……軍人だろーが、ソイツは」
少し離れた岩場に座って、とロッカのやりとりを見ていたバルレルがツッコミを入れてきた。
さっきまで相手にやっていたせいか、ちょっと息があがったまま。そう、一番手は彼だった。
体力が足りないぞ?
でもってはというと、ちょっと休んだあとはロッカとやっていたというわけだ。
たぶんこの後、順当にいけば、ロッカVSバルレルの槍対決が見られると思われる。
「でも黒騎士は大剣に通じているし、イオスは槍使いだろう? さんみたいに多種の武器に精通しているのは珍しいんじゃないか?」
そのあたり、どうなんですか? と目でに問いながら、ロッカがバルレルに云った。
問われたは、ちょっと考えて首を上下させる。
「んー、ルヴァイド様もイオスも、やっぱりそれぞれの武器がいちばん馴染んでると思う」
やっぱり、という顔になったふたりを見つつ、
「そこ行くと、あたしは興味のある武器、なんでもかんでも手を出してたからなあ」
ルヴァイド様の大剣も、イオスの槍も、訓練相手になれるくらいには頑張ったし。
「あと、たぶんレオルドの持ってる銃器系も使える……と思うよ」
「えぇ!?」
「あれを!? 機械兵士用に調整してあるんだぜ!?」
ロッカが目を見開いて、バルレルが叫んだ。
レナードやパッフェルのそれならまだしも、機械兵士用に調整された銃器は、反動が冗談じゃなく大きい。
とうの機械兵士であるレオルドだからこそ耐えられるのであって、普通の人間がぶっ放したらまず間違いなくその場に倒れる。
むしろそれですめばいいほうで、最悪、腕もいかれる。
「コツがあるの、コツが。ゼルフィルドから習ったからねー」
ただし持ち上げるのは不可能。安定した地面に設置のうえ、一発限りのネタとして使いましょう。一機限りの機械兵士さんで前後を挟んだように見せかければ、相手の混乱を誘えます。
「……あ、そうか……そうでしたね。いましたっけ、あっち側にも機械兵士」
今ごろ思い出したのか、そうロッカがつぶやいた。
「……ってか触覚、おまえよく平然と話してんのな」
ワンポイント。
バルレルはロッカを触覚兄、リューグを触覚弟と呼びます。
どちらかひとりが目の前にいると、触覚、と総合して呼びます。
ここは試験に出ますから、よく覚えておきましょうね。
閑話休題。
頬杖ついて、なにやら呆れた様子のバルレルが、不意に云ったのがそのセリフだった。
何がだろうと頭上に疑問符を浮かべたに、ロッカはちらりと視線を移す。彼は、意味をちゃんと理解したらしい。
小さく苦笑してみせて、改めてバルレルに向き直った。
「そんなこと云ってたらきりがないだろう? ――まあ、正直ちょっと悔しいと云うのが本音だけど」
ルヴァイド様、とか。イオス、とか。
前には含まれていなかった感情を込めて、が彼らの名前を呼ぶ。
自分たちの村を焼き討ちにした、憎むべき相手の名前を呼ぶ。
そんなに大切なのだろうかと。考えるまでもなく、出ている答え。
大平原での涙の理由は、そこにあったと、もう知っているから。
……だけど。
「……ロッカ」
横からの呼びかけに振り返れば、が、今にも「ごめん」と謝りそうな表情をしていた。
「はいはい、泣かないでくださいね?」
「……う」
ちょっとだけにじんだ涙をぬぐってやって笑ってみせると、図星だったらしく、複雑な顔になる。
「さんが黒騎士たちを本当に大事に思ってるのは判ってますし、それを否定しようとは思いませんよ」
貴女の気持ちは貴女の気持ち。自然に生まれるそれを、僕たちに申し訳ない、とか考える必要もないんです。
そう続けたら、ますます、の表情は複雑になる。
「でも、黒の旅団が憎いでしょ?」
「……はい」
それだけはどうしても譲れない。
答えるまでに間が空いたのは、やはりを慮っての故だったけれど。
黒の旅団は、レルム村を焼き払った。
だから、リューグと自分は黒の旅団を憎んでる。
それはひどく簡単な図式なのに、そこにが入るとひどく複雑になることに、気づいていないのは本人ばかり。
「……おら、いつまでいじけてんだよテメエも」
「バルレルまで云うかー……」
岩場から歩いてきたバルレルが、べしっとの頭を槍の柄でどついているのを見て、少しだけ笑いながら、ふと。
考えて、みた。
この憎しみも怒りも、あの炎の記憶と同様に、けっして消えることはない。
けれど。
それをただ、『死』というものでもって償わせるということに躍起になっていないか、自分たちは。
は云っていた。
命を奪わせるようなことだけは、絶対にさせたくないと。
それこそ、自分の全身全霊で止めると。
ならば、
「――さん」
「何?」
呼びかけると、仕返しにバルレルのほっぺたを引っ張っていたは、くるりと振り返る。
「もしも、ですけど」
そう前置きして、ロッカは云った。
「さんはどうしても、彼らを殺したくないと云いましたよね」
こくり、間をおかず。
髪を揺らして、は頷く。ちなみにその手は相変わらず、バルレルの頬を引っ張っている。
無言で必死に引き剥がそうとしている悪魔の少年は、とりあえず後で助けてあげようかと思いながら、つづけた。
「それは、彼らのしたことを罪と思っていないからですか? それとも、命を奪う以外の方法でそれを償わせたいと思っているからですか?」
「罪だよ、あれは」
夜色の双眸をすがめて、は即答した。ロッカが予想だにしなかった鋭いまなざしで、
「人を殺すのは罪だよ。……何を殺すのも、本当は、そうだと思う」
それから、脱線しかけた話を引き戻すように、少しだけまなじりを下げて、こう云った。
「でもどうしても、あのことだけが納得いかない。罪にレベルがあるなら、最上に近いって、あたしだって思う。目的のためなら手段を選ばない、って云うけど、それにはそうするだけの理由があるはずだし」
だけど、あの行為にはどうしても理由が見つからない。
そんな必要はなかったはずだ、とは云う。
村人全員を殺す必要も、村を焼き尽くす必要も、本来はなかったのだと。
秘密裏に拉致することだって、村人数人を盾に聖女に自ら進み出るようにすることだって出来た。
あそこまで大きな事件にする必要は、本当に、なかったはずなのだと。
「……」
淡々と、ゆっくりとつむがれていくのことば。
今まで考えもしなかったそれに、いちいち納得している自分がいることに驚いた。
「だから、って云うのも変な話だけど」
少し声を上り調子にして、が問うてくる。
「ロッカ、考えたことある?」
「何をですか?」
「あたしは、死ぬことで償わせる、っていうの、たぶん、いちばん簡単な方法だと思う」
「……ええ」
きっと、そうなんでしょうね。
ロッカが頷いたことに、も少し驚いたようだった。それでも、まだ紡ぎ終えていなかったことばを、そのままつづける。
「うん、死ねば終わりだよね。そんなの、きっとみんな知ってる。だけど殺した当人が死んだところで、一度殺された人が生き返るわけでもない……」
そう考えると、
「殺して償わせるっていうのは、ある意味、『逃がす』ってことにならないかなあ、って思うの。……あたしは、だけど」
「それは……」、
少しだけ迷って、結局ロッカはうなずいた。
「そうかもしれない……けど……」
けれどもだ。
焼かれ、斬られ、苦しんで逝った、大勢の村人。その痛みを、せめて欠片なりとも思い知らせてやりたいと。思っているのもまた本当なのだ。
そう告げようかどうか迷ったとき、が、改めて真っ直ぐにロッカを見てきた。
澄んだ湖のような。それでいて容易に奥を見せないような。
ほんの一瞬、見せた瞳の色に。ロッカはふと、アグラバインを思い出す。
「――痛みを感じるのは身体だけじゃない。ロッカだって知ってるはずだよ」
云われ、反射的に心臓を押さえた。
いや、臓器ではなく、『心』があるといわれる場所を。
身体の傷より心の傷のほうが、はるかに厄介だ。
彼は今も、時折、うなされて目を覚ます。
炎にまかれた村の光景、折り重なって倒れた村人の幻影。
そうして悲鳴を必死で飲み込んで上体を起こすと、びっしょり汗をかいている。
ふと隣を見れば、うなされている双子の弟がいて。起こしたことも、その逆も。
どうすればそれが軽くなるのか。どうすればそれは消えるのか。
黒騎士を殺せば果たせるのか。
だけど。
もしそうしたら、今度はたぶん、目の前のこの人が、今の自分たちと同じような夜を過ごすのかもしれない。
その光景は炎ではなく、倒れるのはレルムの村人ではないとしても。
それだけは。嫌だ。
だって笑っていてほしい。
アメルにそう思うように、この人にもそう思う。
でも、じゃあ。 ――どうすれば、いいのか。
「でえええええいッ、いいかげん放しやがれ――――ッ!!」
べりッ!!
不意に落ちた重すぎる沈黙も、彼にとってはなんのその。
頬を引っ張るの手のひらと格闘を続けていたバルレルが、とうとう勝利した。
実に小気味いい音と一緒に、バルレルが、の手をひっぺがす。
相当長い時間引っ張られっぱなしだった頬は、当然ながら赤くなっていた。
後半ほとんど無意識だったらしいが、今ごろ、はたっと気づいた顔になる。
「あああああ、ごめんごめんごめん」
「テメエら、人そっちのけで自分たちの世界に没頭してんじゃねえよッ!」
両手を合わせて拝みまくるを一瞥して、バルレルは彼女とロッカを交互に指差しビシッと云った。
ロッカでさえ、思わず後ずさる勢いである。
「ぐだぐだぐだぐだぐだぐだ、まだ償うだの殺すだのそんな状態じゃねーだろ! まずはテメエらこの街護るんだろうが!?」
「え、あ、うん」
「だったらそっちに集中しろッ! 殺すの生かすの、そんなもん戦って黒騎士捕まえてから考えろ! 戦闘中の勢いで殺しちまったらそれで復讐達成して結果オーライだろうがよ!!」
「……いや、そんな成り行きで達成しても、それはそれでこっちとしての感情の行き所が」
何か云いたげにしつつも頬伸ばしの後ろめたさからかこくこく頷く、バルレルへの含みは今のところないので、とりあえず反論してみるロッカ。
……が。
バルレルの頬は、まだ赤い。
しかも相当痛かったのか、涙目だったりする。
そんなんで怒鳴られても、怖いというより、むしろ。
「……ぷ」
とっさにが口を押さえるが、こぼれた声は戻らない。
ますます殺気だったバルレルが何か云おうとしたが、それより早く、ロッカの忍耐も切れた。
「……くくっ……」
「やっぱテメエ今のうちに殺ル。」
ギラリ。
足元に落としていた槍をとり、バルレルは、眼光鋭くロッカを睨んだ。同時に足元の砂を蹴散らして、宣言を実行するべく向かっていく。
が、ロッカだって黙ってやられるわけがない。
すかさず槍を持ち直し、バルレルを迎え撃つべく構えをとった。
そうして、はこそっと後ずさる。
巻き込まれてはかなわない。先程までバルレルが座っていた岩場に陣取り、打ち合いを始めているふたりを観戦することにしたのである。
片膝を立てて、それを支えに頬杖をつく。
口の端が弛んでいることに気づいて、わずかだった笑みをもう少し、深めた。
「……そう、だよね」
そして、小さくつぶやいた。
「戦って――その場になってみなくちゃ、まだ、何も判らないよね」
――まずは目の前の、ファナンの危機を回避するべきだ。
それだけでいい。
そのためにあの人たちと戦うことを、もう、自分は決めたんだから。
実際その場になって殺すか殺されるかは――そしてそれを受け入れるかは。
「まだ……いいよね?」
考えてばかりじゃ動けない。悩み惑う時間を終わらせよう。
もう、動き出している。
自分たちも、相手も、
そして未だ見ぬ行く先も。
何を、そのとき思い知るか、まだ知らないまま。
それでも徐々に、動き出していく。