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第38夜 壱
lll 作戦会議 lll




 デグレアの戦力について話すのは、必然的に詳しい立場であると、それから今回以前にも何度か刃を交えていたシャムロックが、主になった。
 夕食後、モーリンの家の道場で一同輪になってのことである。
 相手について得られる限りの情報を得るのは、兵法の常套だ。

 一行が見守る中、シャムロックが切り出した。
「現時点で判明しているデグレアの戦力は、大きく3つに分けて考えられる――そうですね、さん」
「うん」
 指を1本立てて、は頷く。
「まずひとつめ。ルヴァイド様が率いる特務部隊黒の旅団。……あたしがいたトコロね」
 ついでに云うなら、イオスやゼルフィルドも含まれてます。
、そのルヴァイド『さま』、ってのはどーにかならない……?」
 ちょっとイヤそーな顔でそう云うのはミニスだ。
 幾分申し訳なさそうなのは、夕食のときに改めて、とルヴァイドたちの関係を説明したせいもあるんだろうし、今この場では少し場違いな印象も否めないせいもあるだろう。
 だが、同じように困った顔になって、は首を横に振った。
「ごめん、ミニス。こればっかりは譲れない。だって今でも大事に思ってるコトに変わりないんだもん」
「……敵と味方でも、ですか?」
「違う道を歩いていても、です」
 シオンの問いには、あえて別のことばを使って答えた。
 もちろん、だからといって実際黒の旅団とぶつかったときに手加減する気はない――つもりだ。
 だけど命を奪わせるつもりも、ない。
 リューグとロッカの復讐心には反することになるけれど、そこまで受け容れるつもりにはなれなかった。
 ――ちなみに、そういうことも含めてすべて、先に告白済み。
 食事時には黙ってそれを聞いてくれていた双子だけれど、たぶん、云いたいことはあるんだろう。今もちらちらとこちらを見ている割に、が視線を向けるとそらしている。
 ネスティが苦笑して、間に入ってくれた。
「まあ、は僕たちと一緒に戦うと云っているんだ。今、それ以上に何かを求めるのは酷というものだろう?」
「……うーん……うん、そうね。は約束したコトは守るものね」
「そうだよ! は嘘つきじゃないもん!」
 力いっぱいフォローしてくれるユエル。
 が、
「自覚しねえで約束破ったりはするけどな……」
 いつぞやスルゼン砦でのことを思い出したか、リューグが遠い目をしてツッコんだ。
 が無言でその後頭部をどついたのは云うまでもない。

 さて閑話休題。
「えー……では」
 ちょっぴり疲れた声で、シャムロックが続ける。
「次にトライドラ三国、そしてふたつの砦の陥落に関与した3人の召喚師たちがいます」
「ガレアノにビーニャにキュラーか……」
 どいつもこいつも、けったいな笑い声たてやがる奴らだよなあ……
 と、なんだか見当違いなつぶやきと一緒に、レナードが紫煙を吐き出した。
 だが誰も何も云わず、それどころか相対したことのある全員がうんうん頷く始末。
 強大な魔力よりちょっとイッちゃった感じの性格より、何よりこちらの人間に印象強かったのはその笑い声だと知ったら、召喚師軍団はなんと云うだろーか。少なくともビーニャはキレそうだ。
「金の派閥でも蒼の派閥でもない召喚師、よね……」
 ミニスの小さなつぶやきに、ネスティが頷きでもって応えていた。
 そして、
「聖王都侵攻が最大最後の目的なら」、
 は最後に指を3本立てた。
「今の2つに加えて、デグレアの本隊が、大絶壁を越えて進軍を開始してるはず。――もうこそこそとやる期間は終わったと考えていいと思う」
 レイムが、ファナンでの工作の現場をこちらに押さえられても動じなかったというのが、理由のひとつ。
 それに、ファナンは流通の要でありながら、金の派閥の召喚師たちを多く擁している。軍事都市とはいかないまでも、これまでのように黒の旅団だけではいかんともし難いだろう。
 となれば必然的に、戦力の増強を図るはず。

「こそこそ……って、結構派手にやってなかったっけ、黒の旅団って」
「そうだよね。ギブソン先輩ん家の強襲は、目立ってたと思うなあ」
 マグナとトリスの会話を耳に挟み、は、ふ、と生ぬるい笑みを浮かべてみせた。
「あれはイオスが勝手にやっただけだと思うな。見た目冷静っぽいけど、あれで煮詰まると暴走しがちだし」
 フロト湿原での一件は、実にそのいい例である。
 人がどんだけ仰天したと思ってんだか、ちゃんと判ってたのかな、あのあと。
「……ってけっこうキビシイ?」
「身内ゆえにです」

 あはは、と笑いあう。
 そんな軽口を叩けるくらい、トリスたちはを受け入れてくれている。
 わけ判らない魔力を持っていても、デグレアの軍人でも。
 そして、未だそれを断ち切れないだけの気持ちを抱えていると、知っていても。
 それにひどく安堵している。甘えているのは自覚してるけど、その道を歩こうと決意した心が、そのおかげで強くなれると判ってる。
 とりとめもなくそんなことを考えながら、は、立てっぱなしだった指を下ろしてシャムロックに視線を移した。
 それを受けて、シャムロックも頷く。話が脱線することに慣れたのか、落ち着いたまま。
「……おそらく、ファナン攻略の際には、これら3つの勢力がまとめて襲ってくるとみていいでしょう」
 黒の旅団だけでも、召喚師軍だけでも、陥落は難しいと判断が下れば。
 或いは、最初から全力を持ってことに当たろうとする意志がすでに相手にあるならば。
 どちらにしても、そうなる可能性は非常に高い。
「あうー……景気のいいのも、考え物ですよねー……」
「パッフェルさんとしてはやっぱり、闇討ちでさっくりのほうが?」
「ええそれはもう。ちょちょいと細工して標的がおひとりのときに……って何云わせるんですかー、もう暗殺者は廃業しております!」
「……アメル、あんまり物騒なことは云わないほうがいいよ」
「それはさておき……いよいよ、本格的な戦になるわけでござるな」
 パッフェルとアメルの漫才(+ロッカのツッコミ)をさておいたカザミネが、眼光も鋭くつぶやいた。
 モーリンが勇ましくこぶしを打ち合わせる。
「どれだけ来ようが、ファナンには絶対に近づけさせないよッ!」
「……と、意気込みはともかくとしても、よ」
「具体的に俺たちはどうするんだ?」
 どうどうとなだめながらケイナが云って、フォルテが後を続けた。
 そうしてリューグがちょっと不機嫌そうに、
「云っとくが、軍隊に加わるってのはゴメンだからな」
「そりゃそうだよ、リューグ」
 云われたマグナの方は、しごく当然そうに笑って答えた。
「それに俺たちが参加したりしたら、かえって軍隊の指揮を混乱させるかもしれないしね」
「そうそう。あたしたち規律とは無縁だもんね」
「偉そうに云うなマグナ。トリスも自慢するんじゃない」
 というわけで、と。
 兄弟子のツッコミを受け流す実力を身につけた弟弟子は、改めて一同を見渡した。
 それを受けて居住まいを正す者、全然態度の変わらない者、反応はそれぞれ。
 だけど誰もが、その口から語られることばを待つ。

「俺たちは、俺たちにしか出来ない方法で戦うのがいちばん良いと思うんだ」

 というと?
 全員の無言の問いを受けて、頷いたのはトリス。

「ここは少数の利を生かして、こっそり黒の旅団に接近。でもって全軍の指揮をしているルヴァイドを狙うのがあたしたちとネス、それにシャムロックとの案なの」

「……も?」

 ルヴァイドを真っ先に狙うという策に賛成したのが不思議なのだろうか、数人がを振り返る。
 こちらとしては予想していたことだから、ちょっと笑って頷いた。
「別にあたし、命を狙うつもりはないから」
「……」
 何か云いたそうなリューグとロッカはあえて視界に入れまいと努力しつつ、つづける。
「ルヴァイド様はたしかに騎士としても指揮官としても優秀だけど、裏を返せばあの人を押さえられてしまったら、軍全体への混乱は避けられないものになると思う」
「それだけでも、ファナン軍への援護になるはずです」
「……なるほど……理に適った策ではありますね」
 もともと細い目をさらに細めて、シオンが頷いた。
 特に反対する人も出ず、ならばこれで進めようと場の空気が変じたときだ。
「……あの、シャムロックさん」
 ぽつりとつぶやかれたカイナのことばが、一度はまとまりかけた雰囲気に一石を投じる。

「今のお話では、レイムの存在について触れていなかったように思われるのですが……よろしいのですか?」
 彼の存在は安易に見過ごせるものではない、と思うのですが。

 もともと控えめなカイナだけれど、おさえるべき場所云うべきことは心得ている。
 それを示すように数名が頷き、
「そうね。ルウもちょっと気になってた」
 ルウのつぶやきが、それを代表していた。
 シャムロックとは顔を見合わせる。
 それから、トリスとマグナ、ネスティに視線を移し、無言で会話権を譲渡する。
 ネスティが苦笑して、カイナたちに向き直った。
「その疑問はもっともだと思う。しかし、これまでまったくその動きを悟らせなかったことと云い、彼は間違いなく裏方に徹して活動していた人間だ」
 裏方、というか、裏工作、と云うか。
 人畜無害(除く)な吟遊詩人のふりをして、こちらから情報を引き出していた件が何よりそのことばを裏付ける。
「だから、表立った今回のような戦いには介入しないと、僕は判断しているんだ」
「そう上手く、コトが運べばいいけどなァ?」
 道場の隅っこで興味なさげに寝転がっていたバルレルが、こういうときだけ茶々を入れる。
 と云っても、しっかりこっちの会話は耳に入っていたってことでもあるし。そもそも、ちゃんとこの場にいるし。
 なんだかんだ云っても、やる気なさげでも、つまりはそういうことなのだ。
 だから。
 はバルレルを振り返って、ビシッと人差し指を立ててみせる。
 思わず目を見開いた悪魔の少年に、笑いながら、強い口調で云った。

「上手くいけばいいな、じゃないの。上手くいかせるの。おっけー?」

 あまりに楽天的に見えたか、バルレルは半眼になってごろりと寝返りをうった。
 必然的にに背中を向ける形になる。
 失礼と云えばけっこう失礼な部類に入るその態度に、だけどは思わず笑みを深くしていた。
 実は、バルレルがさりげなしに、肩越しに手をひらひらしてみせてくれてたからだったりする。
 それを見ていたシャムロックが、こちらも笑いながら、
「仮に参戦していたとしても、彼は黒の旅団に属する顧問召喚師です。黒騎士たちの陣、或いは他の召喚師たちと行動を共にしていると思われます」
 ……まあ、それはそれで厄介なんだが。
 これまでの黒の旅団との戦いは、相手が召喚術を殆ど使ってこなかったからこその勝利が少なくない。
 ガレアノらの召喚師たちにしたって、際立った強さを持つのがひとりずつだったからこそ勝ててこれた感がなくもない。
 だから最善は、やっぱり今回も裏方に徹しておいてくれることなのだけど。
 思わず遠い目をして考えたの視界に、ふと、何か考えこんでいるアメルが映る。
 どうしたんだろうと思った矢先、視線に気づいたアメルが顔を上げてこちらを見た。
 首を傾げるその仕草は、考えていたことを発言するかどうかちょっと迷ってるんだろう。小さく頷いてみせると、アメルはこくりと頷き返して、全員の方に向き直った。
「そのことなんですけど……」
 自然とアメルに視線が集中する。
 無言で促される先を、アメルはとつとつと話した。
「あたし、思うんです。黒騎士たちとあの人は、本当に行動を共にしているんでしょうか?」
「……アメル、それはどういうことだい?」
 真っ先に反応したのはロッカだった。
 それからほとんど間をおかず、リューグが表情を改める。
 そのふたりに向かって、アメルは口を開いた。
「ローウェン砦でのことを思い出して? あのとき、ビーニャが命令を無視して魔獣を暴れさせた時……それを止めようとしたあたしたちに、黒騎士は一切攻撃をしてこなかった」
 それどころか、味方であるはずの彼女に、自分の軍勢で制止をかけさえもした。
 それは、あの場にいた全員が見た事実である。
「ハッ! ただ単に体面をつくろうためにやったことだろ!」
 当時アグラバインを捜していて、ローウェン砦には同行していなかったリューグが、そんなことを云う。
 さすがにちょっとむっとしたが口を開くより早く、アメルが反論した。
「でも、リューグ。あのときだけじゃないわ。フロト湿原のときだってそうだった」
 まだ数ヶ月もないくらいなのに、今となると、それはずいぶんと昔に思える。
 レルムの村を焼け出されてから、数日後くらいだっただろうか。
 は当然まだ記憶喪失で、黒騎士に感じる恐怖と、それを凌ぐほどの懐かしさに困惑していた覚えがある。
 だけど、それは個人の問題。
 今、アメルがリューグに告げようとしているのは、もっと、大事なことだ。
「あのままあたしを攫っていくことも出来たのに、彼は黙って見逃してくれた」
 ……少し間を置いて、彼女は己をたしかめるように、こう云った。
「黒騎士は、これまで、自分が口にしたことは一度も破っていないと思うの」
 ルヴァイド様はそういう人だから――
 さすがにそこまで黒の旅団寄りの発言をするのはためらわれ、それでも賛成の意だけは示したくて、はただ黙ってうんうん頷いた。
 その横から、つまり、と口を開いたのはケイナだ。
「そんな黒騎士が、街の人々を混乱させるような策をとるのは考えられない、そう云いたいのね?」
「はい」
 確り頷くアメルに、今度はハサハとレシィもが、こくこく首を上下させている。
 うーん、と口元に手を当てて考えながらマグナがうなった。
「アメルの云いたいことは、判る気がする……」
「兄さん?」
「うん――トリス、たしかにルヴァイドには、騎士としての信念みたいなものがあるって、そんな気がしないか?」
「……」
 何事か考える素振りをし、「うん」、とトリスもうなずいた。
「そういえばあのときも……」
 そして、マグナとトリスの視線がに向いたのは、フロト湿原へ遠足に行こうとしてレルム村に行ってしまった『ピクニック』の折の件を思い出したからか。
 そうだ、あのときも。
 ろくに戦力などない自分たちを人質として利用すれば、ルヴァイドはアメルを拉致出来たかもしれないのに。
 それをしなかったのは……
 がいたせいもあるんだろうけれど、何より。
「あのとき?」
 たちはフロト湿原へ行ったとばかり思っているはずのモーリンが、ひょこりとそう聞いてきた。
「あっ、ううん、なんでもないよっ!?」
 両手をぶんぶん振り回して否定――するのはともかく、それじゃますます怪しんでくれと云っているようなもんだぞトリス。
 けれど、どうフォローしようかと考えるより先に、
「待てよおまえら! じゃあ、俺たちの村を焼き討ちにしたのはどうなるんだよ!?」
 全然まったく完膚なきまでにフォロー出来ない一件が、リューグの口から飛び出した。

 ――――

 しん、と場が静まり返る。
 ファナンに来てから知り合った人たちにも、一応の経緯は話していた。
 けれど、実際にあれを味わったたち。
 それ以上に、その焼き討ちされた村に住んでいたアメル、リューグ、ロッカ、アグラバイン。

 ――炎の記憶は、未だこの胸に焼きついている。

「……それは……」

 途方に暮れたアメルが、つぶやいた。
 それを落ち着かせるように、ロッカが軽く彼女の背を叩いて。
「アメル。たしかに黒騎士はひとりの騎士として、礼節を知る者かも知れない」
 だがそれは、デグレアの騎士としてのことだ。
 いつものようにゆっくりと話すロッカのことばの端々に、鋭いものが潜んでいる。
「あのとき――無抵抗の女子供や病人までを犠牲にした時点で、彼にはその美徳を誇る権利はないんだよ」
「……」
 アメルは黙り込む。
 云うべきことばも思いつかずに、もその場で俯いた。
 本当に、どうして。
 黒の旅団の行動のなかで、唯一、それだけが納得の行かないものだった。
 いみじくも、がレルム村を焼け出された後、連れて行かれた陣営で叫んだように、殺すという手段をとる必要はなかったはずだ。
 確かにレルム村には大勢の人がいた。中には旅慣れしている、戦い慣れしている人間もいたかもしれない。
 混乱を引き起こすために、村に火を放ったのも、頷けないほどじゃない。
 だけど。
 殺す必要は、本当に、なかったはずなのだ。
 訊いておけば良かったと思う。それはもう叶わないかもしれないけど。

 重苦しい沈黙に覆われた一同だったけれど、ふと、レナードが「ふぅ」と、わざと声を上げて紫煙を吐き出す。
 金縛りが解けたようにぱっとが顔を上げると、他の人たちも同じように我に返って、音の源であるレナードに反射的に目を向けていた。
「あー……話がどうも横道にそれちまってるようだが」
 つまり――
 タバコを持ったままの手で、示されたのは胸を押さえて俯いていたアメル。
 顔を上げた彼女の手のひらは、それでもまだ胸元を握り締めていた。
「嬢ちゃんは、レイムが黒騎士の指揮下にない、って可能性を心配してんだな?」
 もしそれが現実であれば、それこそいつどこでわいて出てくるか判らない。黒騎士の意に反し、どんな行動をとるか判らない。――そういうことだ。
「……はい」
 こくりと首を上下させるアメルに、けれど怪訝な顔をしたのはネスティである。
「とは云っても、今の僕たちでは、それを確かめる方法もないのが現実だ」
「……警戒を怠らないようにすることでしか、対策は立てられないってことね?」
 トリスの問いに、ネスティだけでなく数人が頷いた。も。
 ただ、デグレアにいた頃、がどこにいても神出鬼没に出現していたあの人を、どう警戒すれば対策が立てられるのやら――
 そう思っていたとしても、この場合、云わぬが花であった。
 まあ戦場でお逢いしようとか云ってたんだから、戦場までは出てこないだろう。
 楽天的だが。
「では、他に質問がなければこの計画に基づいて行動することにしましょう」
 ぼーっと過去のレイムの様々な奇行を思い出しているを尻目に、シャムロックがそう云い、その一声で会議は終結したのだった。


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