歩きつづけることしばらく。
太陽が中天にかなり近づいた頃になって、ようやく目指すファナンの門が見えてきた。
「わーい、着いた着いたー!」
諸手を上げて喜ぶたちとは裏腹に、ネスティの表情は厳しい。
今朝の電柱騒ぎをひきずってるわけではないんだろうけど、それなら何故?
と、いぶかしんだのも束の間。
ファナンに近づくにつれ、その理由ははっきりした。
「何あれ……門兵?」
以前きたときには解放されていた門の前に、武装した人間が立ち並んでいた。
いつぞや見た金色の鎧でないということは、街の人たちがつくった自警団かなにかだろうか――
そう考えてふと、どこぞの触覚双子を思い出したのはだけじゃないはずだ。うん。
いや、それよりも、と思考を戻す。
あのあからさまな物々しさには、たしかにいぶかしいものを感じざるを得ない。
首を傾げながらも近づいて行った一行だったが、
ジャキン!
目の前で、門の両脇にいたふたりが、手にした槍を交差させた。
「何者だ!」
「何の目的でこの街を訪れた!?」
警戒心も露すぎることばに、ネスティがわずかに顔をしかめる。
その口調に不快なものを感じたのかもしれないが、たぶん、本当の理由はもう少し別のところだろう。
たとえばも首をかしげたが、それは、今の仕草がいかにも、戦い慣れしていない素人のものだったせいだ。
金の派閥が宣言を出したのなら、門の警備にあたるのは当然、そういうことに慣れている派閥の兵士の方が適任である。それをさしおいて、街の人間がことにあたっている理由は何だというのだろう。
ことばでどうにかなるか危ぶみつつ、ネスティ通行の許可を求めた。
「僕たちは蒼の派閥の召喚師だ。こちらはその連れ。見聞の旅の途中で、この街の知り合いに逢いに来た。通してくれないか」
「証拠はあるのか?」
「……金の派閥の議長、ファミィ・マーン様に問い合わせてもらえれば」
「――」
おや。
金の派閥の議長といえば、ファナン随一の実力者だ。すぐにでも動いてくれるかと思ったのに、門兵は動かず、顔を見合わせた。
それから、その表情をかすかにしかめる。
「議長殿はお忙しい。――急ぎでないなら後日また訪ねてくれまいか」
「……何故そこまで警戒しているんだ? この街で何があった?」
「余所者に話す義務はない」
「これ以上、怪しげな人間を街に入れるわけにはいかんのだ!!」
――これ以上?
となると。
門を開け放っていたおかげで、この人たちの云うところの怪しげな人間が出入りした、ということになるのだろうか。
一種異常に感じられるその剣幕に、たちが、どうしようかと顔を見合わせたときだ。
「アンタたち! 今きたのかい!?」
「……モーリン!」
買い物の途中だろうか、両手に大きな袋を抱えたモーリンが、わずかに開いた門からこちらを見て声を張り上げていた。
そのやりとりに、門兵たちの目が丸くなる。
険のあった態度が、ほんの少し、和らいだ。片方が、気安げにモーリンへと向き直る。
「なんだ、おまえさんの知り合いなのかい?」
「そうだよ。通してやっとくれ、こいつらの身元はあたいが保証するからさ」
「……モーリンがそう云うなら大丈夫だろう。すまなかったな、旅の人。どうぞ入ってくれ」
キン、と。
かすかに金属の触れ合う音と一緒に、交差されていた槍が退かされる。
なんとなく身を堅くして、たちは、立ち並ぶ門兵の間を通り抜けた。
そうしてやっと、息をつく。
荷物を抱えなおしたモーリンが、門から少し離れた場所に一同をつれていった。
「すまないね、みんな気が立ってんのさ」
「……何があったの?」
「どうして、金の派閥じゃなくて街の人が門の警護してるんだ?」
トリスとマグナの立て続けの質問は、今回の核心に迫るなりするものだったんだろうか。
モーリンの表情が険しくなる。
「今朝方のことなんだけどね」
声もまた、険しい。
「金の派閥が正式に布告する前に、デグレアがファナンを狙ってるって噂を流した挙句、せせこましい策略練った人でなしがいたんだよ……!」
思わず、顔を見合わせる。
モーリンの剣幕に驚いたのもそうだけれど、だからあんなにぎすぎすしていたのかと納得もあって。
そして気がついたのは。
「……いた、ってことは、その人は」
「ああ、もうファナンにゃいないはずだよ。どっかでくたばってりゃいいんだけどね」
どうやら怒り心頭に達しているらしいモーリンのことばに、たちはまたも顔を見合わせた。
代表して、ネスティが問いかける。
「何者なんだ? その噂を流していた人間というのは」
すぐに答えが返ってくると思っていたら、モーリンは口を開きかけて、ふと云いよどんだ。
視線を少しだけ彷徨わせて、
「……アンタたちには、ちょいとショックなことかもしれないけどね」
そうして告げられる名前、
「レイムって奴さ」
――それは、銀の髪の吟遊詩人。
ファナンを満たしている不安に、辿り着いたモーリンたちは、すぐ気づいたという。
噂の出所を突き止めるべく、シオンとレナードに調査を依頼して、それが判明したのが今朝のこと。
そうして、出所であるところの人間はいったい何を考えているのかと憤りとともに向かった先に、その男がいたという。
銀の髪を潮風にさらし、時折竪琴を鳴らしながら、とうとうと語る吟遊詩人の姿があったのだと。
「あいつは――親切めかして、街の連中にトライドラの陥落を流して……いや、なにもかもを承知の上で、みんなの不安を煽ってたんだよ!」
叩きつけるように叫ぶモーリン。
マグナとトリス、それにアメルは信じられないといった表情でお互いを見る。
だって、あんなに優しく微笑ってた。
真実の歌をいつか見つけたいのだと、そんなふうに夢も語ってくれた。
……偽りだったのかと。
見せてくれたあの人の姿は全部、虚像だったのかと。
けれど、そうしている3人より。
「……おねえちゃん……?」
青ざめて、口元を手で覆っているの方が、よほど大きなショックを受けているのに気づいたらしいハサハが、心配そうに袖を引いていた。
しまった、と。思ったのがまず最初。
いくらバタバタしてたとは云え、いくら記憶が戻ってそう間がないとは云え――どうして、こんな大事なことを頭の隅から引き出そうとしなかったのかと。
話していたら、今の状態は避けられたのかもしれないと、襲いくる後悔は膨大だった。
「……ごめんっ」
まず口からこぼれたのは、謝罪。
「話さなきゃいけなかったのに、あたし、全然気づかなかった……思いつきもしなかった。ありえることだったのに、あたし――」
不思議そうな顔になるマグナたちと対照的に、モーリンが複雑な表情になる。それを見て、ああ、もう知っているんだ、と思った。
銀の髪の、吟遊詩人。
その人が持つ、本来の身分。その肩書きを。
もう、ファナンに先にきていた人たちは、知っているんだと判ってしまった。
「やっぱり、も知ってたんだね?」
「……ごめんなさい、モーリン」
「いや、たぶんあたいたちがそれを知ってても同じ結末だったさ」
「――え?」
正視できなくなって、うつむいたの頭に乗せられる、モーリンの手。
怒っているかと思ったのに、その手のひらはいつもどおり、優しかった。
「あんたたちが最初にファナンを訪れるよりずっと前から、アイツの部下はここで活動してたらしいからね……噂だって、あたいたちが戻る前から流布してたんだ」
「……部下、とは?」
モーリンのことばのなかに気になる単語を見つけたネスティが、それを問う。
ふとなでてくれる手が止まり、それをきっかけには顔を上げた。
怒りをたたえた――それは決してに向けられたものではないけれど、一瞬背筋が総毛立つほどの――モーリンの目もこちらを見ていて、ちょうど視線がぶつかる。
どう云おう。
一瞬、迷ったよりも先にモーリンが告げた。
「黒の旅団の兵士たちさ」
「……え!?」
「旅団の兵士たちが……部下!? じゃあ――」
すぐにその考えに行き着いたらしい。全員が目を見張る。
真っ直ぐにこちらを見る彼らの視線を受けて、はうなずいた。
「……レイムさ……」付けかけた呼称を途絶えさせ、「レイムは、デグレアの――」
「黒の旅団の顧問召喚師、です。もとい思い出していただけて光栄ですさん!」
がばちょっ!
聞いた覚えのある声は、の背中側からだった。いや、思いっきり背中の上からだった。
ずっしりかかる重みは、たぶん成人男性ひとり分。よりちょっと軽いかも。肩に頭を乗せられているせいか、耳に吐息がかかってくすぐったい、っていうか息が熱くてちょっと、いやかなり気持ち悪い。
さらりと、銀の髪が頬を撫でたのですら、ぞわっと総毛だってしまった。
「何してんだいキサマァァッ!!」
べりっ、どかばきっ、ごげすめきょおおぉぉぉッ!
硬直してしまったに覆い被さっていたその人を、モーリンがとっさに引っぺがした。
空に放り投げて、落ちてくるところに連続で拳を叩き込む。
フィニッシュに真空飛び膝蹴りを食らわせて、コンボ完成。
骨の逝くイヤな音がしたが、誰もツッコまない処を見ると黙殺するというか当然と思っているのか。
またたく間に壁に吹っ飛ばされ、背中から激突した吟遊詩人は口元を血で汚しながらも起き上がる。
状況が状況でなければ、ナイスファイトと拍手を送りたい。
「何をするんです! 私はどうせやられるならさんの可愛らしい拳に!!!!!」
前言撤回。
『アホか――――――!!』
全員の合唱になった。