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第36夜 弐
lll 電柱と天誅 lll




 ……その罪のない旅人がその街道を通ったのは偶然だった。
 だが、その偶然が、旅人に大きな衝撃を与えることになる。
「……」
 もはや声もなく、あんぐりと口を開け、旅人はその光景を目の前にして固まっていた。
 自分も何度か利用したことのある街道沿いの休憩所。
 そしてその周りにそびえたつ、灰色の、大人の腕で抱え込めそうな太さの、高い柱のような幾つかの物体を。
 何かの装置だろうか、根元には黄色と黒の縞模様。柱のてっぺん付近には突起が数本あって、なにやら線が何本か垂れ下がっていた。
 その線の長いものが一本、旅人の足元にまで垂れており、千切れたその先からは時折、召喚獣の攻撃にも似た火花がパチパチと飛び散っている。
 呆然と眺めているうちに、旅人はふと、その柱に何か紙が貼り付けられていることに気がついた。
 近くまで行って見てみるが、どうやら異国の文字らしく、とんと読めない。
「……関わらない方が懸命だろうな」
 いったい何のオブジェだろうとは不思議に思ったが、この怪しげな物体にそれ以上関ることは遠慮したかった。
 早急に忘れて、普段の自分の日常に戻ろう。そう決意して、旅人はその不思議な柱の群れに背を向ける。
 ――もし、ゆうべこの場で寝泊りした一行がいれば、なかの一人がその紙の文字を訳してくれたかもしれないけれど。

 『日本の明日を守るため、(自主規制)に清き一票を!』

 ……とってもとってもこのうえなく、知らなくていい内容であることに、変わりはないが。



 そうしてこちらは、足早に街道を南に下るご一行様。
 中のひとりが、一生懸命に他の仲間に謝っていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「謝るな」
「あああああああ、怒ってる?」
「いや、怒っているというわけではないが……」
 あの光景にどう反応していいか判らないというか。
 仏頂面で「ごめんなさい」の連射を打ち切ったネスティとは対照的に、マグナがくすくす笑っている。
 トリスなんか、出発してから小一時間くらい経つのに、まだおなか押さえて笑いをこらえてるし。
 そのトリスが目じりに涙を浮かべて、に問いかけてきた。
「で、あれ、何なの? あたし初めて見たんだけど……」
「……電柱です」
「でんちゅう?」
 きょとんと見上げてきたハサハに、が説明しようとする前に、苦々しい表情のままのネスティが答えた。
「電気を通す電線というものを張り巡らせるために、あちこちに立ててある柱だ」
「うわ、ネスティよく知ってるね」
「当然だ。ロレイラルにも、あったらしいからな」
「タシカニ。形状コソ違エド、ソノ機能ノ物体ナラバ私モ見タコトガアリマス」
 ロレイラル出身者ふたりの解説に、判ったような判らないような顔になる、以外の一同。
 最終的には、別に知らなくても問題はないことだ、というネスティのセリフでその件はお開きになった。
 それに、電柱は電線が繋がっててやっと役に立つものだ。リィンバウムには発電所もなかろうし。たぶん、しばらくは街道を通る旅人に、ちょっとした驚きを提供出来る程度だろうし。
 とりあえず思い出すたびにしばらく笑いの発作を起こしそうな人間が、召喚した張本人含めて数名いるけれど。

「……天誅と電柱を引っ掛けた、とか云ったら、今の僕は何を召喚するか判らんぞ」
「云わない云わない云わない! だいたい何喚びだすかあたしだって判らなかったんだからー!」

 蛇足ながら、はしばらくの間、冗談抜きで召喚術禁止令を出されるコトになる。
 当然の処置だと、禁止令を出した当人は云っていた。


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