実際の日数はそれなりに経過しているのだけど、前回飛ばされたときに時間まですっ飛んだらしい(と、バルレル)にとっては、感覚的にほとんど間をおかずしての再訪になる。
もっとも、この場合、期間はさして問題ではなかった。
いつ来ても変わらない、この森ののしかかるような圧迫感。
それに加えて、秘められた真実を知ってしまった今となっては、過去からの重責までもが自分たちに襲いかかるような錯覚もプラス。
うんざり……というか、どうしても表情の暗くなってしまう一行のなか、意外にも、機嫌のよさげな人がふたりもいた。
片方は人じゃないけど。
「バルレル、バノッサさん……元気だね」
の視線の先には、満ち溢れるサプレスの霊気のせいでか妙に元気なバルレルと、これはどうしてだろうかにやにやしているバノッサの姿。
「バルレルは判るんだけど、なんでバノッサまで……」
一応年上のはずだが、どうしても『さん』をつけて呼べないらしいマグナのつぶやきに、答えを返すのはキール。
「まあ、彼もいろいろあってね」
答えになってないが。
そんな一同の困惑もそっちのけで、上機嫌なバルレルがバノッサに話しかけている。
「おう、テメエももしかしてこういうのイケるクチか?」
「ほう? ガキの割にはいい趣味してるな手前ェ」
あんたらだけだろう……
妙に意気投合しているトリスの護衛獣とサイジェント北スラムのお頭。not鯛。いや他意。
でも、改めて考えてみたら、柄の悪い口調とか、性格とか微妙に似ているトコロもあるような気もする。
「なんか兄弟みたい……」
「あながち外れてないかも」
あははは、とナツミが笑う。
と、キールとトウヤとともに森の少し先の様子を見に行っていたネスティが戻ってきた。
「和んでる場合じゃないだろう?」
何があったか知らないが、と、少し呆れた顔で云う。
「――急がないと。あの羽で結界が解かれたままなんだ。デグレアがそれに気づいたら――」
「……そうですね」
それまで一同と一緒にほのぼのしていたアメルが、表情を引き締めた。
彼女の身体を覆うようにして微かな燐光が見えるのは、この場では、やはりアルミネとしての本来の力に訴えるものがあるからだろうか。
バルレルとバノッサがそうであるように、彼女もまたサプレスの影響を大きく受ける存在であることに、たぶん変わりはないのだから。
いや、なんでバノッサがそうなのか知ってるのは、このなかで数人のみだけど。
「悪魔はいたか?」
ソルが、偵察組に問いかける。
事前情報では、軍勢単位の数の悪魔が、ここには封じられているはずである。
そういえば、結界一度は吹っ飛んだわりに別に街のほうではぐれ悪魔が大量出現したとか、そういう話も聞かなかったなと思い出す。あのときは、カイナが張りなおしてくれたんだけど。
そうして案の定、というか、トウヤが首を横に振った。
「いいや……それどころか生物の気配があまりしないんだ。元からこうだったのか?」
会話を振られたマグナが、首を傾げる。
「うーん……生き物自体はあまりいなかったと思う……でも、全然悪魔がいないっていうのは……」
「……いない、わけではないと思います」
耳の後ろに手を当てて、聞こえない声を聞き取ろうとするかのように、アメル。
倣ってみるけれど、には何も聞こえない。
「何かに怯えているような……森自体が、その存在を刺激するまいとしているような、息を潜めているような……そんな、感じです」
「……」
水晶を抱いたままのハサハが、こくり、小さく頷いた。
透き通ったその球体は、今は、蒼くか細い光を宿している。見ているうちに不安な子供を連想させられてしまうような。
だけど、何に?
その疑問は、一同共通のものだった。
顔を見合わせて、ふと視線を転じた先には、今しがたネスティが戻ってきた森の奥。
うっそうと茂る木と下草に遮られ、ほとんど先の見えないその向こうに待つモノを思い浮かべる。
そう、
機械遺跡と召喚兵器――
これでひとつの因縁を終わらせることが出来る、と、そのとき全員が信じていた。
そのとき自分たちの目の前に立ちはだかることになるモノの予想など、ましてや仕掛けられた糸一筋に気づくことなど、――誰にも、出来ようはずがなく。
そうして森を抜けた先には、いつかも見た、そこだけぽっかりと開けた空間があった。
草や苔に覆われた、旧い時代の呪われた遺跡が、目の前に鎮座ましましている。
あの日倒した機械魔たちは、どうなったのだろう。
激闘の後など影も形も残していない空間を見て、最初に思ったことはそれだった。
「……ネスティ」
「ああ、僕も同じだ」
もともと、起動できなくなった素体は塵芥となるような仕掛けでもしてあったのか、はたまた――
第三者が、手を加えたか。
だが後者はありえない。こんなところまで目的もなしに入り込むような旅人はいないはずだし、デグレア軍がきたのなら、とうに遺跡は荒らされているはずだ。
では前者か、というと、これも疑問。
前回自爆した機械魔の例もあるし、残りも全部爆破するようになってたのかと想像してみたものの、それはそれで無理がある。
「それだったら、こんなきれいな空間のままで残ってるわけないですよねぇ……」
傍に生えていた樹に手を添えて、会話を察したらしいレシィが疑問符を頭の上にどっさり浮かべてつぶやいた。
「一帯ノ区域ニ損傷ナシ……数日前ニ爆発ノ起コッタ形跡ガ、10めーとるホド東ニアリ……」
スキャンを終えたらしいレオルドの報告。
「ポンコツの調査なんぞアテになんのかよ?」
こぶしでげしっとレオルドの肩をどついて、バノッサが云った。
さすがに自分の護衛獣にそういうことをされては見逃すわけにいかなくて、マグナが食ってかかる。
「俺の大事な友達に、そういうことはしないでくれ!」
「友達ィ? このポンコツがか?」
「そうだよっ! バカにしたらいくらの紹介だからって許さないからな!」
「ハッ、ケンカ売るってんなら買ってやるぜ?」
バチバチバチッ!!
バノッサとマグナの間の空間に火花が飛び散る。
「まてまてまてまてまてまて。」
唱和されるツッコミのなか、ネスティがマグナを羽交い絞めにし、ハヤトがバノッサを引きずって行った。
「何すんだよ、ネス」
「……こんなところまできて揉め事を起こすな」
ぶーたれるマグナをため息ついて見下ろしながら、ネスティが告げた。
「だけど、あいつ、レオルドをバカにしたんだぞ?」
「主殿、私ノコトナラ気ニナサラナイデクダサイ」
「――と、本人が云っているが? 第一、君が彼に勝てると思うか?」
「……う゛ッ……」
図星を突かれ、ちろり、と視線を動かせば、渋い顔してハヤトたちの小言を聞き流しているバノッサの姿。
……敵わないのなんて、判ってる。
を王都に連れてきたレヴァティーンは、彼が喚んだものだって聞いた。
携えている二本の剣も、ただの飾りなわけがない。
自分はまだまだ召喚師としては未熟で――ついでに云うなら、剣だって、自分の身を守れるくらいがやっとなんだ。日々の訓練は続けているけれど、彼らと同じ、いや、近い位置にまでたどり着くのに、あとどれくらいかかるのか。
そう考えているうちにマグナの身体から力が抜けたのを感じてか、ネスティが腕を弛めてくれたおかげで、やっと開放された。
「あーあ……強くなりたいなぁ」
もう一度向けた視線の先には、誓約者たちの姿。
バノッサとハヤトのがなりあい(説得じゃなかったのか)を、遠巻きに眺めている一団。
その中のひとり、幼馴染みだという少女と歓談しているの姿。
ちょっと。いや、かなり、実は悔しかったりして。
そりゃ、あの人たちはのこと、ずっとずっと前から知ってたのかもしれないけど、今の世界のを知ってるのは俺たちのほうが多いのに。
――ちなみに、この時点において、マグナの思考からデグレア勢は故意に除外されていた。
力が欲しいな。マグナは思う。
以前は守れなかった。
ここで見せ付けられた、忌まわしい過去に心を捕われて、それ以外見えなかった自分の弱さ。
強くなりたい。
守れるくらい。
せめて、自分のまわりの大好きな人を守れるくらいには、強くなりたい。
「……焦るな」
「ネス?」
思っていたら、ぽん、と、軽く頭を叩かれた。
「急激に突発に身につく力なんてたかが知れている。――ゆっくりでもいい、着実に努力しつづけた者だけが、本当の実力を手にするんだ」
彼もまた、そうして今の力を手に入れたはずだと、僕は思う。
「……判ってるよ。判ってるけどさ――」
それでも。
「兄さん、ネス! いつまで話してるの?」
「ふたりとも、はーやーくー!」
紡ぎかけたことばは、その呼びかけで立ち消えた。
マグナとネスティは、そろって視線を動かす。その場に佇んでいる彼らにしびれをきらしたか、トリスが大声でふたりを呼んでいた。
彼女の横で、とアメルが笑いながら手招いていた。
それを見て、ネスティが苦笑をもらし、歩き始める。
……大好きな人たち。大好きなあの子。
自分のこの手で守ってあげれる力が欲しいと。思ってしまって。
たぶんその気持ちは、蒼の派閥に責められつづける妹を守ってやれなかったときからずっと、自分の中に息づいていて。
――ずっと。凝ってる。凝ってく。
「今行くよ!」
笑って歩き出すマグナを、一歩遅れて追いかけるハサハが、ふと、怪訝な表情になった。
うええ、と、感嘆とも呻きともつかぬ声が、数人からこぼれた。
「……近くで見るとなおさらでっけー……」
手でひさしをつくって見上げながらのハヤトのことばに、周りにいた一同、大きく頷いた。
「これが、父上の求めた召喚兵器か……」
「父上?」
ぽつりと漏らしたソルに、全員の視線が集中する。
ただし、キールとクラレットとカシスは少々複雑そうな顔でいさめるように、その他は純粋に疑問のみを抱いていた。
どうやら完全に失言だったらしく、はっとして口を押さえたソルだけど、ときすでに遅し。
クラレットの苦笑に、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……俺たちの死んだ父上が……まあ、そういう人でな」
どういう人だ。
と、云いたげな人が数名。
声なき問いに答えようとしたのかは判らないが、カシスが、ソルと似たり寄ったりの苦笑を浮かべて付け加えた。
「つまり、この遺跡を捜してたの。世界を破壊するための力としてね」
「……すごい、お父さん、なんだね」
奇妙な沈黙が落ちて、それを破るようにトリスが云った。
すごい、というか、なんというか。
死んだらしいが、むしろそのほうが世のためだったんじゃないか、とかなんとかそんなのは、さすがに当の子供たちの目の前で云えるもんでもないけれど。
「皮肉なものだな、あの人がさんざん探してた頃には見つからずに――」
「こうして、すべてが終わったあとに私たちの目の前にあるなんて」
何を思い出しているのか、目を細めて告げるキールとクラレット。
ふと、ネスティが眉根を寄せる。
「……君たち自身は、これに対して執着はないのか?」
聞きようによってはかなり失礼なその疑問に、けれど彼らは気分を害したふうもなく、かぶりを振った。
「ないね。俺たちは今の世界が好きなんだ」
ほとんど間をおかず、代表してソルが答える。
肩をすくめて、手のひらを上にあげて――少し茶化しているようだけど、表情は真剣。
「……ええ、あたしたちもです」
にっこり笑って、アメルが云う。
「そうだな。失礼なことを聞いた」
軽く謝罪して、ネスティが、改めて機械遺跡を見上げる。
「少なくともそのために、僕らはここに来たんだからな……」
気の遠くなるような過去から、連綿とつづいてきた呪縛の鎖を。
今このときをもって、断ち切るために。