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第34夜 弐
lll 美白兄さん捜索隊 lll




 見つけたらすぐギブソンかミモザ、もしくは誓約者か護界召喚師軍団に報告すること。
 そう厳重に云い含められて、駆け抜けるはゼラムの街。
 『あいつを野放しにしてたら、何やらかすか判らないんだよ』
 遠い目をしてそう云ったハヤトのことばに、果たしてそこまで警戒する必要があるのかと疑問に思いながら、は走る。
 そう長く滞在していたわけではないから、知っている場所しかまわらないつもりだった。それでも、思い出し思い出し走る距離は、もう結構なものになっている。

 ってかぶっちゃけ、もう『何かやらかして』るんじゃないだろーか。

 だって出て行ってからすでに数時間経過してるみたいだし。
 いや、それ以前にもうサイジェントに帰ってるかもしれないし。
 を送ってくれたのはかなり気まぐれの産物ぽかったし、その後のことはあまり興味なさそうだったし。
 それならそれで、サイジェントでやっぱり『何かやらかして』るんだろうか。
 あっちの人なら慣れてるから、だいじょうぶだったりするんだろうか。

 などと、実にどうでもいいことを考えながら、ただ足を前後に目を周囲に。動かしながら走りつづける。
 手はずとしては、しばらく探してみて結果がなければ屋敷に戻ってこいとのことなのだが――
 ふと、通りすがった導きの庭園にあるでっかい時計に目をやれば、もう四半刻ほどでタイムリミット。

 うーん、と。
 速度をゆるめたついでに、ふと思う。
 記憶がなかった頃は、たしか、これくらいを走っただけで息切れ起こしてたはずだ。
 ミニスのペンダントを探すときに延々と歩きまわって疲れきってた覚えがある――あのときは探し物で神経使ってた部分もあるけど。
 でも。うーん。
 フォルテに放り投げられたとき自然に身体が動いたように、今も、なんだか意識せずに手足が動く。
 かなりの勢いで走ってるのに、疾走してるという実感がない――実に奇妙な身体感覚。もっと速く。まだまだ平気。そう、云ってるような。
 勿論それは自分の感覚で、記憶喪失になる前も持っていたものだというのは思い出しているのだけど。
 やはり、唐突な変化には、イロイロな部分がイロイロな意味で、ついてこれないでいるらしい。

 うーん。

 とか、なんとか。
 まだ考えつづけながら走っていたのが、そもそもの間違いだったのだろう。

 ――がしゃーん!
「ひわっ!?」
 唐突に聞こえてきた、ガラスの割れる音に驚いて、今度こそは立ち止まる。
 立ち止まって――

 どこだここは。

 愕然とした。
 いや、ゼラムなのに間違いはない。外に出る門をくぐった覚えはない。
 でも知らない場所だ。
 妙にごみごみして、あちこちに酒ビンは転がってるし、『準備中』の店が多いし、その店の看板にはいかにも夜に光りまくりそうな加工が施してあるし。

 繁華街の裏手あたりだろうか。来たことないけど。

 がっしゃーん! がたがたがたっ!

 なんて観察してるうちに、またも響くでかい音。
 二度目だからか、今度はもさして驚かず、音のしたほうへ身体の向きを変えた。

 どかっ! どごぉっ!!

 とうとう殴り合いの音まで聞こえてくる。
 撲撃音に混じって、途切れ途切れに何やら罵り合っているらしい声もかすかに聞こえる。
 昼間から酔っ払いのケンカになんか巻き込まれたくないなあ、と一瞬考え――
 はた、と、それに気がついた。
「……この声って」
 背中に一筋流れた冷や汗と、感じた嫌な予感。
 やっぱりこういうときにばかり、予感っていうのは的中するものだ。

「何やってんですかバノッサさん―――――――!!!」

 角を曲がった先、繰り広げられている光景を目にした瞬間叫んだの声は、とりあえずケンカを一時中断させるくらいには充分な声量ではあった。


 異常に白い肌と、透けるような銀の髪。
 人間射殺せそうなほど鋭い目。
 初めて逢ったときの記憶そのままの姿、でも今は絡んできた男とひとしきりやりあってたせいでか、あちこちに傷。
「手前ェか。何してんだ」
「それはこっちのセリフです」
 つーかあたしが先に訊いたんですが。
 の反論も何処吹く風、バノッサはとりあえず、持ち上げていた男をどさりと地面に放り出した。
 かなり手荒い扱いだが、すでに気を失っているので文句は出ない。
 たぶん意識があったところで、文句なんか云えなかったろうと思うけれど。
 男が投げだされた弾みで、積んであった酒瓶やら樽やらが倒れまくるが、バノッサ、そのへんの迷惑はちっとも考えていないらしい。
 血を拭い、埃を払いながら、彼はを振り返る。
「朝酒かっくらってたら、向こうから因縁つけてきやがったんだよ」
 そして親切にも、経緯を教えてくれた。
 くれたはいいのだが、どう反応しろというのだ、そんなデンジャラスストーリー。
「……そうですか」
「……信じてねえだろ」
「ていうか朝っぱらからお酒飲まない方が良いと思い……」
 ぽんぽんと、会話の流れでそう云いかけて、その先がデンジャラスゾーンであることに気づき、あわてて両手で口をふさぐ。
 下手なコト云って、今度は自分が因縁つけられたらまず勝てない。絶対に勝てない。
 性格はともかく、剣の腕はそれなり以上で召喚術も使える成人男性に勝てるような自信なんぞ、まず、にはない。というか、記憶喪失中のと混じって、今の自分が実力どれくらいなのか判らない今、まずその辺からはかりなおさなければいけないんじゃなかろうか。
 だが、バノッサ相手に力試しは、絶対に命がけである。冗談じゃない。
「云いやがるな、手前ェ」
 案の定不機嫌な顔になって、バノッサがじろりとを睨んだ。
 ――が。

 がしっ。わしゃわしゃわしゃ。

 大きな手のひらは、をひっぱたいたりどついたりはしなかった。頭の上に乱暴に置かれたそれは、やっぱり乱暴に髪をかき乱すだけ。
「何するんですかー!」
 だって一応、女の子だ。
 ぐしゃぐしゃになった髪を手で直しながらブーイング。でもやっぱり返事らしい返事はこない。
「行くぞ」
「へ?」
 それどころか、腕を掴んででとっとと歩き出される始末。
「バノッサさん?」
「手前ェみてえなぼけっとした奴が、こんなトコロにくるんじゃねえよ。何してんたんだ、ったく」
「何って、あたし、バノッサさんを探してたんですが」
「あ?」
 すたすたと路地裏を抜けて出た先は、やっぱり繁華街(表)だった。
 かなり中天に近くなった太陽の光に目を細めながら、バノッサが振り返る。
「俺様に何の用だってんだ?」

 あなたを野放しにしておくと何が起こるか判らないから引き取りにきたんです。

 と、素直に云ったら絶対ぶちのめされそうである。
「いやそれはその――いろいろありまして」
「あぁ? 何がだよ!?」
 目を泳がせつつ答えると、やっぱりそれでは納得行かないらしい、バノッサの語気が荒くなる。
 とりあえず話の方向を変えようと、思考ぐるぐる大回転。
 ぽんっ、と、ひとつ手を打って。
「ああ! そういえば訊きたいコトが!」
 えらい白々しい話題転換だったが、
「今度は何だ!」
 声量にノってくれたのか、バノッサはすんなりとついてきてくれた。
「どうして、わざわざ手間かけて、あたしをゼラムまでつれてきてくれたんですか?」
 問うと。
 おや。
 バノッサはそれまでの勢いをなくして、何かに詰まったような顔になると、そのままふいっとそっぽを向いた。
「別に理由なんざねぇよ」
 その態度がすでに、理由ありまくりだと云ってるよーなもんなんですが。
 黙ってじぃっと見上げると、明後日の方向を向いたままのバノッサ。
 自慢じゃないが、がまんくらべには自信がある。対してバノッサはなんか気が短そうだし。てか短いし。

 そうしてやっぱり、先に根負けしたのはバノッサだった。
 ひどい仏頂面をつくって、色白のお兄さんはを見下ろしてくる。
「手前ェ、ンなこと訊いてどうする気だ」
「どうもしませんよ。ただ、ほら、バノッサさんって自分が関りたくないコトって徹底的に無視しそうだから。こんなめんどくさいことどうしてかなって」
 何気にアレな発言だが、幸いバノッサは気にしなかったらしい。
「ただの気まぐれだよ。文句あっか」
「ないです」
「……」
 てっきり反論がくると予想していたらしいバノッサが、の答えに気の抜けた顔になる。
「で、その件です。ありがとうございました」
「あ?」
「ここについたとたんあたし連れて行かれたし、お礼まともに云ってないような気がしてたから」
 もともと、さっきの『ぽん』はそれを思い出したからである。続いたことばは、命の危険を感じてたせいでかなり白々しかったけど。
 ともあれそういうことなのだ。思い出したらバノッサがどうしてに親切にしてくれたのか疑問までわいてきて、先にそれを訊く形になってしまったのが事実。
 そうして、えらくタイミングずらして云われたお礼に、気の抜けた顔が面食らった顔に変わった。
 怒った顔しかしないと思っていたけど、けっこう表情豊かだこの人。
 ていうか、普段とのギャップが妙に可愛いなーと思ってしまうのは、変でしょうか。
「……手前ェが変だ」
 尋ねてみたら、お返事はそれだった。
 可愛いという単語は、たぶん故意に聞き流された模様である。
「で、なんで俺様を捜してた?」
「あ、それはですねー」

 野放しにしておくと(以下略)。

 と、素直に云うだけの度胸はなく、余談の間に頭フル回転させて用意しておいた答えを持ってくる。
「あたしたち、これから禁忌の森ってトコに行くんです。機械遺跡壊しに。バノッサさんはどうします?」
「俺様もひとつ訊くが」
「はい」
 どうして仏頂面に戻ったんだろう、と思いながら、にっこり笑顔でお返事する。先刻に引き続き、笑顔が白々しい自覚はあった。
 そんなに、バノッサは云った。
 いつの間にやらの両手にとられている自分の左手を指差しながら。

「その、いかにも『ついてこい』と云いたげな行動は何のマネだ」

 だから野放(以下省略)。

 いや、でも、実はついてきてほしいのも本音。
 だって、これでけっこう実力者なのだ、バノッサは。
 1年前までは召喚術は使えなかったと云うけれど、こないだレヴァティーンに乗せてもらったときの、大空を往く感覚は忘れられない。
 てかレヴァティーンはサプレスの高次生物。いわば高等召喚術。
 誓約者や護界召喚師たちといった人たちほどではないかもしれないけど、ついてきてくれれば頼りになるんじゃないかと。
 心労もすごそうだが。
 でもそれは、サイジェント組が抑えるだろうし、向かうのは禁忌の森だから旅人に出逢うコトもまずないだろうし。
 と、別にそこまで打算を働かせたわけじゃなかったけれど。

「一緒に行きませんか?」

 バノッサ探し出して云いたかったのは、たぶんこれだけのことだった。

「……」

 呆れたようにため息をつくバノッサの仕草が、実は否定じゃないのが判ったのも、たぶん、なんとなく。ただそれだけのこと。

 余談だが、バノッサを連れて戻ったを見たサイジェント組は、『とうとうバノッサまで手懐けたか……』と遠い目をしたとかしなかったとか。


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