トントントン、トントントン。
朝陽のなか、のんびりとした包丁の音が台所に響く。
そろいのエプロンをつけて立っているのは、とアメル。
着物が汚れないように、割烹着なるシルターンの服を着せてもらい、ちょこまかと手伝いをしているハサハ。
「いやぁ、それにしてもよかったよかった!」
一晩寝てすっきり爽快、昨日の不機嫌はどこへやら。
今日のあたしは、生まれて初めて太陽を見る、輝かしい未来に溢れた赤ん坊のように爽やかです。
などとわけの判らんことを顔に書いて、楽しさ全開では云った。
横でアメルが芋の皮をむきながら、くすくすと笑う。
「そうですね、のおかげかも」
「あはは、あたしは何もしてないですよー……っとと」
「こら、?」
包丁持って微笑まないでくださいアメルさん(乾笑
他意はないとわかっててもこわいデス。
「他人行儀なことはしないって、マグナさんと約束したんでしょう? ロッカとリューグとも?」
「はーい」
ぺろっと舌を出す。
あのあと。
マグナの見ている前で眠ってしまったが目を覚ましたのは、結局、夕暮れ間近だった。
目を覚まして、まず驚いた。
マグナはどこかに行ってしまい、代わりにベッドの脇にリューグとロッカが並んで座っていたのだから。
つーかあの人たち、どれくらい前からいたんだろう……
女の子の寝顔をタダで見るなんて、なんてことしやがりますか。
――料金払ったら見せるのか?
ふわり、と、アメルが微笑む。
「でもあたし、うれしいんです。のおかげで、ふたりが残るって云ってくれたから」
あのままだったら、どっちかが飛び出していってたかもしれないから。
そう――リューグとロッカはふたりしてに頭を下げるとまず、たたき起こしてしまったことをわびて。
それから、やっぱり、ふたりで云った。
ここに、残ると。
黒騎士たちと戦うため、同時にアメルを守るため。
兄弟たちが別れ別れにならないですんだことを喜ぶアメルを見て、もほんのり、心があたたかくなる。
炎に巻かれたり混乱したりロボットに遭遇したり人質になったりケンカに割り込んだり、
記憶をなくして気づいてからというもの、ほんっっっ(中略)っとうにいろいろあったけれど。
今目の前にあるのは、至極平和な朝の光景。
このまま日々が平和に流れるように、願わずにはいられなかった。
――ありえないことだと、なんとなく、判ってはいたけれど。
朝食後、自由時間。
いつあの黒い兵士たちが襲ってくるかという不安は消えていなかったけれど、さすがに昨日の今日ではくることもないだろうというギブソンのことばに、とりあえず一同納得して。
さてどうしようかな、と、とりあえず自室に向かっていたの横手から誰かが出てきた。
「ネスティさん」
「ああ、君か……」
なんだか妙に緊張した顔をして、出てきた人――ネスティが答える。
どこかに行くのだろうか、きっちり服を着込んでいる(この人はいつも服を着崩したりなんかしなさそうだけど)。
問えば、
「ちょっと、用事が出来てね」
とのおことば。
あまり楽しい用事ではないようだった。
そんなに嫌な用件なら、行かなくたっていいのになぁ、と思うけれど。
行かざるを得ない理由があるのだろう。
何かを決心したようなその目の色に、何故か、先日別れたばかりのルヴァイドたちを思い出した。
「何もないなら、僕はもう行くが……?」
黙ったまま立っているに、怪訝な目を向けながら、ネスティが云った。
「あ、はい、いってらっしゃい」
ぱっと顔を上げて、ぱたぱたと手を振って――
「がんばって、ね?」
「――!?」
驚いた。
何をしに、何処へ行くのか、見透かされたのではないかと思った。
立ち尽くしたネスティを見て、が『しまった』というような顔をする。
「あ、いや、あのね、違うよっ、あの、なんだか大変そうな用事みたいだから、だからそのっ……!!」
必死になって弁解する少女を見て、思わず、口の端が緩む。
どんなに気乗りしなくても、大変でも、待っているのが罵倒と暴力だと判っていても、自分は行かなければいけない。
そうしなければ生きていけない――
死んだほうがましだろうかと思っても、結局生にしがみつく自分の醜さが、たまに無性に憎くなるけれど。
何故だか今日は、違っていた。
一生懸命に弁解にかかるを見ているうちに、何故かそんなものが、どこかへ行ってしまった。
いきなり、くすくす笑い出したネスティを見て、は自分が失言したとでも思ったのか、ますます切羽詰った顔になる。
それがおかしくて、ネスティはまた、笑う。
ぽす。 ――なでなでなで。
「へ……?」
いきなり笑われたと思ったら、今度はいきなり頭をなでられる。
きょとんと見上げると、ネスティは、柔らかな表情でを見ていて。
「ありがとう」
「は?」
なにやら判らないうちにお礼を云われ、あっけにとられているうちに、ネスティはさっさと歩いていってしまった。
な……なんだったんだろう?
考えてみても、当然答えが出るわけはない。
「まぁ、いっか」
首をひねりながらも、は早々にネスティに対する疑問をきれいさっぱり捨てるとまた、歩き出した。
何をしようかな、と、のんきなことを考えながら。
そうして向こうからやってきたトリスたちに誘われて、街の案内をしてもらうことになって。
――最初に向かうは劇場前通り商店街。
そこでまた、新たな出逢い――いや、懐かしき再会が待っていることを、はまだ知らずにいる。
街の案内ついでにいろいろ買い物などしながら、たちは商店街を見て歩く。
主に、トリスとアメルとが寄る店寄る店で盛り上がり、ハサハも交えて女の子同士で和気藹々。
マグナとバルレルは、彼女たちの買った荷物を両手に持って、疲れた顔であとをついて歩いている。
ちなみにトリスはケイナやミモザも誘ったそうなのだが、彼女の記憶について話をしたいから、とのことで。
フォルテにいたってはなにやら男のロマンを求めに出かけたらしい。(ケイナが半眼で語っていたとの情報アリ)
また、ケイナさんの素晴らしいツッコミが見れるかなぁ……
そんな妙な期待はさておき、
「…………あら?」
ぴたり、とアメルが足を止めた。
つられるように、他のみんなも歩くのをやめる。
「何の音だろ?」
どこからともなく流れてくる、竪琴の音色。思わず足を止めて聴き入ってしまう、そんな音。
何だろう。
聴いているうちに、は自分の奥の何かがじんわりとするのを感じていた。
知ってるのかな、あたしは?
この竪琴の音色を――どこかで聴いたことが、あるのかな……?
「どうしたの? おねえちゃん」
ハサハが、ぼうっとしているの袖をくいくいと引っ張って、問う。
「んん、なんでもない」
そうだよね。似たような竪琴の音色なんて、きっといっぱいあるんだろうし。
思って、もう一度、ハサハを安心させるように笑う。
そうしているうちに、アメルが竪琴の奏者を発見したらしい。
「ほら、あそこに」
彼女は指差す。道の一角に腰を下ろし、優雅に竪琴を奏でる男性を。
長い銀の髪、線の細い身体。
ここからだと少し離れていて、その表情は見えなかった。