不意にリューグが立ち上がった。
続いてロッカも。
驚いてふたりを見る一同を尻目に、ふたりは先ほどが殴りあけたドアを抜けると、互いに背を向け全然逆のほうへ歩いていく。
「ロッカ、リューグ!?」
あわてて立ち上がるトリスの腕を、アメルがそっとつかんだ。
「……もうだいじょうぶです、トリスさん」
「え?」
「ケンカのあとの仲直りは、いつもそうだったの……ばらばらになって頭を冷やして、それから謝るんです」
ごめん、って。
「最近はケンカしても、ロッカもリューグも意地張っちゃってそこから動かなくて、うやむやになっちゃうこと、多かったけど」
だから、もうだいじょうぶ。
アメルの笑顔に、トリスもようやく顔をほころばせる。
「そっか、よかったなー」
満面の笑顔を見せてマグナが云った。
ようやく終った論争劇に、一同胸をなでおろす。が。
「……つ……」
小さくうめいたのことばに慌てて、揃って彼女の方に向き直った。
そう。
なにやら一気に白熱して忘れていたが、そもそもは、頭痛を起こしていたのである。
今の安堵で、一時は押し隠されていたそれが、またもや一気に噴出した。
「さん! だいじょうぶ!?」
「叫ばないで、頭に響く……」
ぐらぐら、ぐらぐら。
それでもなんとか立ち上がり、寝ていた部屋に戻ろうとして、
「さんっ」
視界がぐるりと一回転。
よろけたを、とっさのところでマグナが支える。
「兄さん、さんを運んであげて?」
「ああ」
「いやあの、へーきですから……」
云う間に軽い振動と、それから浮遊感。マグナの腕に横抱きにされる。
有無を云わせずもといた部屋に運ばれて、そっとベッドに寝かされた。
「私、冷やしたタオル持ってくるね」
「あたし、何か元気の出そうな食べ物つくってきます」
トリスとアメルが相次いで云って、
「「マグナ(兄)さんはさんのことみてて(ください)ね」」
「任せとけって」
「あ、あの、あたし、だいじょうぶですからっ」
世話をかけたくなくて、迷惑かけたくなくて、はそう云ったけれど。
トリスとアメルを笑顔で見送っていたマグナの、自分を見下ろす顔に、それ以上何も云えなくなった。
きりっとしてればそれなりにかっこいいだろうと思える、でも普段は人当たりの良い笑みを浮かべているマグナ。
それが今、眉を下げて、とってもとっても、辛そうだった。
まるで、の感じている痛みを共有しているかのような錯覚さえ、覚えさせる。
「あんまり無理しないほうがいいよ、さん。人質にされてたって聞いた。心が疲れてるんだろ? すっごく顔色が悪い」
「あ――……」
いや、ある意味、偽装人質でしたが。
「そ、そうですか?」
「うん」
短く答えて、マグナは部屋の隅から椅子を持ってくると、腰かけた。
横になって、さっきよりはいくらか安定した彼女の負担にならないように、なるべく小さな声で、でも聞こえるように。
「さん、さ」
「うん?」
もうしゃべるのも億劫なのか、目を閉じたまま、が答える。
「俺たちに、ちょっと遠慮してるでしょ」
「……うん」
そんなことない、って云われるかな、と思っていたけど、素直に返事が返ってきたことに、マグナは少し驚く。
それから、さっきの彼女を思い出した。
「さっきの、さん。すごくかっこよかったよ」
「ん……?」
「ほら、リューグとロッカを止めたとき。もう、なんかこう、どかーんって感じで!」
思わず大きく両手を広げて、身振り付きで。
少し眉をしかめたを見て、知らず大声を出してしまったことに気づき、あわてて縮こまる。
なんでかな。
そんなマグナを見てくすくすと笑う、を眺めながら考える。
この間初めて逢ったばかりの人なのに、なんだか、そんな気がしない。
傍にいると、なんだか自分が小さい子どもになってしまったような感じになって。
ネスに似てる感じだけど、でもちがう。
なんでかな。
「マグナさん?」
黙ってしまったマグナを不思議に思って、が呼びかける。
「あ、ごめん」
「ううん。あたし、少し寝ますね」
「うん、そうしたほうがいいよ」
でもその前に。
座ったまま、椅子を、より、の寝ているベッドに引きずって。
きょとんとしているを見て、にっこり笑う。
「起きたらさ、お互い遠慮とかなしでいこうよ」
なんとなく。さっきの彼女が、本当のなんじゃないかなと思っただけ。
レルム村を出るときの、あの凛とした強さを思い出す。
本当ならあのとき、引きずってでもつれて逃げるべきだったと、人質になっていたことを聞いた瞬間後悔した。
だけど思い出す。あの微笑みを。
記憶がなくって不安だらけだったろうに、助かるかどうかの炎のなか、それでも微笑ったこの人を。
――目を。奪われたんだ。
だから。
寝ぼけてるに聞こえるかどうか判らないけど、今を逃したら、なんだかもう、云えなさそうだから。
「俺はさ」
云ってしまおう。
「さっきの元気いいさん、好き」
うっわー、何云ってるんだろう俺。
自分で云っておきながら、思わず真っ赤になってしまったマグナだったけれど。
でも次の瞬間、破顔した。
「……おやすみ。」
そっとそっとつぶやいて、手を伸ばしての頭をよいこよいこして。また、笑う。
あたたかい気持ち。優しい気分。
派閥にいるときには知らなかった、心地よくてくすぐったい、そんな感覚。
それは、がくれたもの。
戻ってきたトリスとアメルは、なんだか異様ににこにこしたマグナを見て、熱でも出したんじゃないかと心配したそうだ。