夜が明けた。
たぶんもうカーテンは開けられているんだろう。閉じた瞼の向こうから感じる光は結構強い。
もしかしたら、もう、正午近いのかもしれなかった。
ころん、ひとつ転がる。
ぎゅぅっと抱きしめた枕に、ますます頭を押し付ける。
腰にまといついていた毛布が、そのはずみに身体から離れた。
窓から入り込む風が、無防備にさらされたの身体の上を通り過ぎる。
ぶるっ、と、ひとつ身震いして、再び毛布に包まるべく手で適当に見当をつけた場所をぺしぺしと叩く。勿論、枕は片手に抱いたまま。
――くすくすと、笑い声が聞こえた。
「……う〜?」
我ながら意味不明だと思いながら、謎な発声。
それから、しつこく閉じていた目を開ける。
突っ伏して寝ていたせいで、うすぼんやりした視界に最初に映ったのは、ベッドの真っ白いシーツだった。それから、抱いていた枕。
ころん、もうひとつ転がる。
仰向けになって真っ先に見えたのは、寝ていた部屋の天井。
ひょっこり。
その端から、紫色の髪をした人物がふたり、姿を見せた。
――笑ってる。
寝ぼけた頭でも、それだけは唯一、しっかり把握出来た。そのことが、の口の端を持ち上げさせる。
「、早く起きないとお昼ご飯も抜きになるよ」
「第一声がそれですか」
楽しそうに告げるのは、少年の声。
反射的につっこんだのことばに反応して、さらに笑っているのは少女の声。
目をこすって、視界の霞を取り払う。
ちょっぴり涙がにじんだのは、たぶん少し強くこすったせい。
さっきよりははっきりとした視界で、今度こそ、声の主たちに焦点を合わせた。
「おはよう、」
「おはよう」
ほとんど同じタイミングで告げられる、朝の挨拶。もう昼近いけど。
「おはよ。マグナ、トリス」
にっこり笑って片手をあげて、も同じように挨拶した。
それから、
「寝起きの女の子の部屋に断りもなく入るなんて何事かー!」
ズビシッ、と、そのまま手を振り下ろしてマグナの脳天にチョップかまし、部屋から追い出したけど。
ありがとう、と、マグナとトリスは云った。
「ネスもアメルも許してくれたよ」
着替え終わって改めて部屋に招きいれたあとのふたりは、それは、とても幸せそうに笑ってた。
「ううん、ネスは許すとかじゃなくてね、――対等、だったから、だって」
「対等?」
「うん。ライルの一族とクレスメントの一族は、対等な友人だったんだって……」
なんか、それを聞いたら、ちょっとうれしくなっちゃって。
頬を少し紅く染めてトリスが微笑う。
なんとなく、それを話しているときのネスティの様子が想像出来て、も笑う。
たぶん少し照れたような、でも、やっぱりいつもこのふたりを見ていたような優しい目だったんだろうと。
両者の出逢いはこの世界にとって災厄の始まりだったのかもしれないけれど。
ライルにとって、クレスメントは、本当に最後の希望だったのだ。
アメルも、また、それを微笑んで聞いていたらしい。
――彼女にとってもまた、その身を犠牲にされた始まりは、両者の出逢いであったろうに。
許すも許さないもない、と。
トリスやマグナ、ネスティを責めるコトは筋違いなんだ、と。
微笑って、アメルはそう云ったんだそうだ。
「なんか、それを聞いたら……うん、どうしてもっと早く、ふたりとちゃんと話さなかったんだろうって思って」
「ほんとに、の云ったとおりだったね。確かめてみないと何も判らない」
照れ顔になって頭に手をやるマグナの横で、トリスがに笑みかける。
そうしては、とても懐かしい気持ちでふたりの笑顔を見やっていた。
――本当に。
随分と久しぶりに、このふたりの笑顔を見た気がする。
サイジェントに飛ばされる直前は、禁忌の森であの衝撃的な事実が判明した直後だったし。
帰ってきたらきたで、やっぱり、落ち込みまくってたし。
そんなふうに思わずしんみりした気持ちを振り切って、ついでに気になっていたコトも訊いてみる。
「護衛獣のみんなにもちゃんと謝った?」
「謝った謝った!」
打てば響くは、元気な答え。
「ハサハとレシィとレオルドは結構あっさり謝らせてくれたんだけどさ」
「バルレルがもー……なんであの子はああなんだろ……」
「あははははっ」
なんかもう、トリスとマグナが必死こいて頭下げてる光景があっさり想像出来てしまった。ついでに、すんごいイヂワルな顔してへそ曲げた振りつづけてる悪魔少年の姿も。
が思わず笑うと、マグナとトリスは傷ついた顔をしたけれど。結局すぐに破顔して、3人でしばらく笑いあった。
そうこうしているうちに、トントン、とノックの音。
一応はこの部屋の主であるが、「どうぞ」と云うと、少しの間をおいて扉が開いた。
「――ネスティ! っと、おはよう」
「おはよう、。……何をしてるんだ君たちは」
前半は、後半はマグナとトリスに対してである。
きょとんとしたとは逆に、ばつの悪い顔になるふたり。
なんだなんだと思って訊こうとするより先に、ネスティが口を開いた。
曰く、
「起こしに行くと云ったきり、おりてこないからどうしたんだと思ってきてみれば……」
とのこと。
その兄弟子のおことばに、弟弟子と妹弟子は顔を見合わせて、にへっと笑う。
「だっての寝顔が可愛くってー♪」
「そうそう、起こすのもったいなくなってさ♪」
ぴき。
今、たしかに。
ネスティの額に青筋が立つ音を、の耳は間違いなくとらえていた。
己の保身のため、とっさに両手で耳をふさぐ――その一瞬後。
「君たちは! ――大、――バカかッ!!」
さわやかな空気台無しなネスティの怒鳴り声が、部屋を揺るがしたのだった。
これで午後のふたりの課題が山積みになることは、まぁ、当然の結末というやつで。とりあえず、合掌。
だけどふたりが課題に入る前に、やっておくべきことがある。
話しておくべきことがある。
ゆうべの騒動のなかで、漏れ聞いた者もいるかもしれないけれど。
結構察してる人もいるかもしれないけど。
それは徐々に、何もしなくたって広がるのかもしれないけど。
だけど、そう、決めていたのだ。
だからやっぱり、自分で話をはじめなければならないな、と思うのだ――