夢を見る。
蒼白い、月の光に照らされて。
夢を見る。
それは遠い、遠い記憶。
誰の干渉のもとでもない、ようやく取り戻した昔の記憶。
小さい頃の自分がいた。
両親と一緒に笑っていた。あちこちに遊びに行った。
あれは海で初めて泳いだときの、あれは初めてカブトムシを自分でつかまえたときの――
闇のなか、くるくると、記憶の欠片が走馬灯のように横切って行く。
オバケ屋敷で泣いたこともあった。小学校の入学式、ぴかぴかの真っ赤なランドセルがとても誇らしかった。
授業参観で母親が見ている前でなんとかいいトコ見せたくて、がんばったコトもあった。
夏休みにはキャンプ、冬にはクリスマス、お正月。秋には落ち葉を集めてたき火をした。
――お父さん、お母さん。
何度も何度もそう呼びかけて、小さい頃の自分が笑う。
まるでビデオの早送りを見ているように、だんだんと成長しながら。
――お父さん、お母さん。
大好きな友達ふたりがケンカして、どっちの味方をしていいか判らなくて、両親に泣いてすがったことがあった。
ああ、そうか。
『、どうしても迷ったときは、自分が一番したいと思ったとおりに行動するんだよ』
そのとき自分は、早くふたりに仲直りしてほしかった。ケンカの理由はごく他愛もないことで、そんなケンカをいつまでも続けるなんてバカみたいだと思っていた。
だけど、そしたら今度はあたしがふたりとケンカするかもしれない、と、反論した。
そうしたら、お父さんの大きな手が、頭を撫でてくれて。
お母さんがにっこり笑って云ってくれた。
『でもね、ここでがずっと泣いていても、お友達が仲直りしてくれることはないでしょう?』
『だったら、後で振り返ったときにああこうすればよかったと思うよりは、今頑張っておいたほうがいいと思わないか?』
両親のことばは、まだそのときの自分には難しかった。
それでも。
そのとおりに頑張ったら、友達は仲直りして、また3人でいられてたのだ。
そんなふうに。
両親から貰った幾つものことばは今も、こうして自分の中に息づいている。
――お父さん。お母さん。
過ぎ去った過去の日々を垣間見て、そうして最後に目の前に浮かび上がったのは。
……泣いている、両親の姿。
記憶のなかのふたりとは違う、ずいぶんと年をとったように見える。
胸が、痛んだ。
だけど、一度はそうして覚悟した。帰れないのだと。
もう、あの場所には帰れない。
ことばを交わすことはない。抱きしめてもらえることはない。
自分で望んでこの場所にきたわけはないけれど、一度はたしかに、それを受け入れた。
もう。
泣いてるふたりのところには、戻れない。
いつかそうしてくれたように、手を伸べて、触れて慰めてやることも出来ない。
薄情な娘でごめんね。
呼びかけが届くのかどうか、果たしてこれは夢のはずなんだけど。
貴方たちの娘は、元気でやってます。
暮らす世界は変わってしまったけど、生きています。
貴方たちと同じように息をして、笑ったり、怒ったり、泣いたり――ケガしたりも、するけれど。頑張って。
生きています。
元気です。
だから泣かないで。あたしは元気だから。
手を触れ合えない場所にいるけど、この声だけはどうか届いてほしい。
もうこれが最後だって云うのなら、貴方たちの笑顔を覚えておきたい。
あたしはこの世界で笑っていられる。貴方たちも――どうか笑っていて。
……どうか。