「……?」
押さえ込んだまま動こうとしないこちらをいぶかってか、身体の下からネスティの声がする。
応えるように彼へ視線を落とし、その頬に手を添えた。
「……ッ!?」
不意に表情を狼狽したものに変えたネスティが、手を振りほどこうともがく。けど、まあ、仰向けに寝転んでる人よりも、その上に座ってるのほうが有利なのが現実だ。
そのまま、頬を撫でる。
以前、何も考えないで体温が低いから気持ちいいとかのたまったことがあった。
禁忌の森でのあれを見てからは、その理由もなんとなくだけど察しがついてるけど。
――トクン、トクン、と。かすかにだけど感じる鼓動。
それは、やっぱり暖かい。
それは、生きている証。生命の証拠。
「……気味悪くないのか」
じっと見ていると、先に根負けしたネスティが、視線をそらして小さくつぶやいた。
「こんな……人間じゃない身体なのに……」
どうして、君は平然と触れたり出来るんだ。しかもこんな大勢の前で恥ずかしくないのか年頃として。
残念ながら後半は殆ど呼気と化していたため、届くことはなかったが。
だけどもとしては、ンな些細なコトよりも、心に生じた大きな安堵を吐き出すほうが大切だった。
即ち、
「……無事で良かったあ……」
ぱたり、と、頭を押し付けてきたの髪が頬にかかる。
さすがにこの状況はと思って、彼女を押しのけようと手を持ち上げたけれど、
「アメルもネスティも、いっちばん爆発の中心地にいたじゃない」
気のゆるみまくったの声に、手が止まる。
「もー……心配してたんだからね――」
「……それは君もだろう……」
「ってそんなコトより!」
思わず脱力してつぶやいたけど、そんなこと、今のにはそよぐ風くらいでしかないようだ。
その証拠に、押し付けていた頭をがばっと持ち上げて、ずずいっとネスティに迫る。
「さっきの話!」
この体勢を自覚しているのかいないのか、ネスティのほうはかなり鼓動が速くなっているというのに。
……ついでに外野も、さっきから大騒ぎだ。どうにか意識から締め出してはいるが。に至っては、無意識に除外してるに違いない。
そして、彼女はこう云った。
「ネスティが人間じゃなかったら、あたしがネスティの無事を喜ぶのもダメなわけ?」
さきほどのことばをつかまえて、眉根を寄せて睨まれる。
あまりに至近距離なせいで、彼女の眼に自分が映っているのがハッキリと判った。
「誰も、そんなコトは……」
「云ってる」
反論しようとしたけれど、云い切る前に遮られた。
普段ならあまりいい気分がしないのに、どうしてだろうか。無性に……安心している自分がいた。
だから、待つ。
「人間じゃないが何。広義でどうだろうが、あたしの感覚じゃネスティはネスティなの。人間とか融機人とか分類する前に、ネスティなんだから」
……ことばの、つづきを。
「『』が『ネスティ』に無事でいてほしいとか、どうか怪我していませんようにとか、そういうの考えることに、種族の違いが何か問題起こしたりする?」
待っている。
「しない。でしょ?」
……待って、いた……?
いつか。遥かな昔、融機人だと承知して自分たちを受け入れてくれた、調律者の一族。遠い記憶が蘇る。
対等の友人として、向かい合ってくれた、彼らの記憶。
その目的が機械技術であれ、あの時代では唯一、この異形なる身を受け入れてくれた――視線を合わせてくれた一族。
を見て、彼らを思い出したのは……たぶん、そういうことなのだろう。
そりゃあ、だって、驚かなかったと云えばウソになる。
機械と人が融合してるなんてもん、故郷のSF映画で見たくらいで、それにしたって合体とかってレベルだったし、ネスティみたく肉体とも呼べるようなほど深くなかったし。
違う存在なんだなと。思わなかったと云えば、ウソになる。
だけど。
「だけどね」、
そんなもんどうしたと云い切れるくらいには。
「あたしはネスティが好きだよ」
「なっ……!?」
他に適当なことばはないかと捜してみたものの、結局それしか出てこなかった。
だからしてそう発言したのだが、過剰すぎるネスティの反応は――やっぱり、そういうふうにとっちゃったんだろーか。
「ちょっ、おい! 、本気か!?」
「……ちゃんもお年頃になっちゃって……」
「さん、毎日『君はバカか』で暮らしたいんですかッ!?」
「あたいはが幸せならそんなもん個人の自由だと思うけどねー」
まてやあんたら。
硬直したネスティはとりあえずほっといて、ぐるっと背後に向き直る。
「誰も恋人とかそーいう意味で好きって云ったんじゃないやいっ!」
「……(こくこく)」
どうやら唯一の心情を理解してくれていたらしいハサハが、一同の背後で頷いているのが見えた。
見えたけど……出来ればさっきの騒ぎのときにフォローしてほしかったなぁ、なんて。内気なあの子にはちょっと酷か。
「……つまり、大切な仲間だってかい?」
「いえす」
「何語だ」
とっさにどこかからツッコミが入ったものの、首を上下に振ったから、レナードのことばを肯定したのは判ってくれたんだろう。
「……紛らわしいヤツ」
「勘違いしたのはあなたたちでしょ」
ルウが半眼でリューグに云う。
「と、いうわけなんですが。ネスティ」
一同が納得してくれたのを確認して、相変わらず固まっている彼の眼鏡をはぎとって笑う。
説明があったからか、それとも眼鏡をとられたからか、ネスティの目も焦点が合った。
「……返してくれないか」
とりあえずイロイロ云いたいコトはありそうなものの、真っ先に彼から出てきたセリフはそれ。許容量越えると日常に逃げたくなるのは、融機人とやらでも同じらしい。
差し出された手のひらに、眼鏡を――置こうとしてやめた。
掴みかけたネスティの手が、むなしく空を切る。
「……」
あきれた感じのお説教口調。なんだかそれですら懐かしい。それでこそネスティ。
だけど。まだ表情に陰りがあるのはどうしてだろうね。
……とりあえず、今度こそきちんと眼鏡を返して、ついでに身体の上から退いた。
上身を起こして埃を払い、眼鏡をかけたネスティをじっと見る。……やっぱり、まだ、思うトコロがあるようだ。
暴かれた罪の記憶。明らかにせざるを得なかったココロ。
「……ネスティ?」
「なんだ?」
「マグナとトリスに全部ばらしちゃったの……後悔してる?」
「――」
すぐに返事はなかった。
彼からの応答を待つ間、何度かネスティから聞いた話を、は思い出す。
罪の記憶。
肝心なトコロはぼかして聞かされた話の全容を、禁忌の森でつかんだ。
犯した過ち。
そうだね。そんな暗い運命に、大切な子たちを関らせたくなかった気持ち、今なら少し判る。
あたしだって、デグレアにアメルを渡すわけにいかない、召喚兵器を発動させるわけにいかないとか思いながら、それに加えてルヴァイド様たちにあんな物騒なもんに近づいてほしくないっていうのもあるし。
「……たぶん」、
ゆっくりと口を開いたネスティの表情は、穏やかだった。
「していない」
「うん」
「本当はもっと早くに僕が告げられていれば、あのふたりをあそこまで追い込むことはなかったのかもしれない……後悔しているとしたら、きっと、それだけだ」
「……うん」
「さん……」
いつの間に傍にきたのか。傍に立っていたのは護衛獣たち。レシィとハサハとレオルドとバルレル。
「マグナお兄ちゃんと、トリスお姉ちゃん、お部屋に入る前に……云ってたの」
「さんに逢いたいな、って云ってたんです」
「殿、ドウカ主殿タチニ……」
「……だそうだぜ」
熱烈歓迎の理由は、やっぱりそれだった。
やはりふたりのことをずっと気にかけてたらしい仲間たちの、物云いたげな視線までもが一気にへ集中する。
でも、何が出来るものやら。未だに、そんなの判らない。
第一、マグナたちは、がデグレアの軍人であったことは知らない。……ルヴァイドと何らかの関係がありそうな予感はしていたろうけど。
そんなふうに、ビミョーに立ち位置が変わった自覚はしっかりある。
それでも話をしてくれるかどうか。そんなこと判らないけど。
自分が話して何を云えるのやら。そんなこと判らないけど。
「行ってやってくれ、」
ネスティが云った。
「すべてを告げて彼らを追い込んだ僕のことばより、罪悪を覚える彼女より――」
鋼色の眼が向く方向は、遠い昔に彼らに連なる存在によって在り様を歪められた天使の魂。
視線に気がついた聖女は、かすかに微笑う。
ネスティのことばを肯定するように。
「たぶん、君のことばがいちばん届くと思う」
だいじょうぶ。
そう繰り返す彼女に安心を覚えていたのは、きっと自分だけではない。
だいじょうぶ。
気づいていたから、あのふたりもを慕っていたんだろう。
無条件な信頼は彼女を母とも姉とも受け入れていた証。
――だいじょうぶ。
君のことばがあればいい。
今の彼らには。それから、自分たちには。
だけど、やっぱり世の中には、天邪鬼も存在するものである。
ネスティのことばに頷いて、そのまま階段を上ろうとしたの耳に、聞こえよがしに声が届く。
「ケッ、他人に応援してもらわなけりゃ立ち直れねぇようなヤツ、ほっとけばいいだろうがよッ」
棘ありまくりーの、険立ちまくりーの声。誰のものかなんて、『ケ』の時点で丸判り。
「バノッサさん……」
さすがにそれは聞き捨てならなくて、足を止めて振り返った。
どんな顔してそんな寝言をほざいているのかと思ったら、意外にも……いや、なんていうか。
てっきり、人を食ったようなヤな感じの表情してるかと思ったのだけど。
なんていうか。
「って云ったっけ? バノッサは拗ねてるだけなんだヨ、だいじょうぶ、ボクたちでちゃんと面倒みてるからさ!」
何か云おうとするより先に、茶色の肩までの髪がひと房跳ねた、召喚師っぽい少女が笑ってそう云った。
「とりあえず、ちゃんはお友達に無事を知らせてあげてきてください」
援護要員してくれてるのか、アヤもにっこり笑って云う。
「誰が拗ねてんだよッ!」
「君だ」
怒鳴りつけるバノッサの横から至極冷静につっこんでいるのは、髪が外側に跳ねてて白いギザギザのマントをまとってる人。
自己紹介もし合っていないけど、アヤたちのまわりに自然と固まっているということは、彼らもサイジェントからの人たちだろうか。
もっとも、自分の仲間たちとアヤの仲間たち以外の人間がここにくる理由もないんだけど。
ってかそのサイジェント組のバノッサさんは、いったい何故またご機嫌損ねてらっしゃるのでしょう。
訊こうと思ったものの、すでにアヤたちに囲まれて全身ハリネズミ状態のバノッサをこれ以上刺激するのもアレだな、と、は考え直した。
代わりに一度だけ頭を下げて、彼女は再び階段を上りだす。
玄関ホールに取り残された一同のところに、遅まきながら――これは絶対タイミング計ってただろう――ミモザとギブソンがやってきて。
「とりあえず、おかえりなさいといらっしゃい、かしらね」
再び足を踏み入れた者、初めて足を踏み入れた者。
にこにこ笑いながら云われたセリフに、ホールの空気もなんとなく緩和する。
これから二階でどんなやりとりが繰り広げられるのか、不安な気持ちはささやかに残ってはいるけれど。
「……あら?」
とりあえず夜更けのお茶でも、と誘おうとしたミモザが、怪訝な顔になってホールを見渡した。
「護衛獣の子たち、さっきまでいたわよね?」
「え?」
「あ」
数人があたりを見渡して、さっきまでにまとわりついていたはずのちびっこたちとメカの姿がないことに一同気づく。
気づくけど。
「まあ、予想はついてるけど」
「ユエルもたぶんそう思う」
ルウがちらりと二階に目をやって、ユエルが大きく頷いた。