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第32夜 壱
lll 帰ったら放り投げられた lll




 屋敷の扉を開くと同時だった。

「おかえりーっ!!」
「うわーッ!?」

 どさどさどさどさどさ。

 まるで待ち構えていたように(実際待ち構えていたんだろうけど)のしかかってきたのは、仲間のなかのちびっこ軍団。
 ハサハにレシィ、ユエルとミニス、ちびっこではないけどアメルまで。
 さすがに重みに耐え兼ねて、せっかく一歩を踏み入れた玄関から身体が出てしまい、は扉の前にへたり込む羽目になってしまった。
 後ろにいたはずのバルレルは先んじて難を察したか、さっさと立ち位置を移動して巻き添えにならない場所にいるし。ちくしょう。
さんさんさんっ、ご無事でよかったです! 怪我とかしてませんか!?」
「……おねえちゃん……っ!」
 特に護衛獣たちの歓迎っぷりは何故だかすごかった。
 レシィは何か云おうとしたユエルを押しのけて(!)迫ってくるし、ハサハは力いっぱいしがみついてくるし。
 がちょん、と歩いてきてを起こしてくれたのはレオルドだし。
ちゃんって人気者なんですね」
 幼馴染みとして、鼻が高いです。
 アヤの、そんな純粋なお褒めのコトバが、ちょっぴり耳に痛い。
「……ありゃぁ動物に懐かれてるだけだろ……」
 うんざりした顔でツッコむバノッサ。
 でも、カノンさんに懐かれてた彼とそんなに大差ないように思うんですけど。てか、小動物に弱そうなんですけどバノッサさん。
 云ったら怒りますか。……怒るね。

「やっぱり、ふたりとものところに行ってたのね」

 まだしがみついたまま、ちろっと双子を見上げてアメルがつぶやいた。
 そうして視線を向けられたリューグとロッカは、ふたりそろって目がお魚になる。
 前にアメルにひっぱたかれたあげく、ひとりで動くなら先に云えと云われてたリューグなぞ、後ろめたさもあってか目の泳ぎっぷりもなかなか盛大だった。
 だけどアメルは、それ以上双子を追及するつもりなどないらしく、にっこり、へと向き直る。
「おかえりなさい、
「ただいま。……だいじょうぶ?」
 対し、は応答もそこそこに問いかけた。
 元気よく走ってたし、怪我はしてないようだけど――
 心配していたのは、爆発に巻き込まれたことによる怪我のほかにもうひとつ。むしろそっちがメイン。
 そして、彼女の屈託のない笑顔が、よけいに、禁忌の森での出来事を思い出させてしまってる。
 だが、そんな問いかけにも、アメルの表情は揺らぐことはない。
 少し陰があるのは、もしかして? そうは思うが、危ういものは感じられなかった。
「……うん」
 ややあって、彼女は小さく頷いた。だが、「あのね」と続けられるそれは、アメル自身のことではない。無線越しだった会話はやはり、自然体でのことだったようだ。
「マグナさんとトリスさんが、まだお部屋にこもったままなの……」
 理由は、護衛獣たちの熱烈歓迎と同じ場所にあるもの。
 じっとこちらを見上げてくる、レシィとハサハ。見下ろしてくるレオルド。
 ――正直。自分がいったい彼らに何をしてやれるのか判ってるわけじゃない。期待しすぎだよ、と云いたくもなる。
 だけど思い出すのは笑顔の合間に時折見せた、泣き出しそうな彼らの表情。
 あんな顔、ずっとさせておくのは嫌だと思う。それだけは確か。
 何より、ちゃんと、逢いたかった。
「……とりあえず元気なのかな? 怪我とかは?」
「それは大丈夫です。身体より心が……気持ちが、ずっと暗い陰に捕われてるの」
 でも、とアメルが小さく笑う。
「もうきっと平気。が帰ってきてくれたから」
 笑顔も、口調も、本当にそうなのだと教えてくれる。
 本当にこの人は強くなってる、ふとそう思う。
 強くなりたいって泣いていたのも、祖母の家がなくて打ちひしがれていたのも、は見てきた。
 それが、あんな酷い過去を受け容れられるくらい――いつの間にか。
 そうして、まるでそれが自分のコトみたいに誇らしくなってしまって、何か云う代わりに、ぎゅぅっと彼女を抱きしめた。
「それにしても……」
 玄関での騒動を聞きつけて、奥から出てきたケイナがぽつり。
「えらくかっこよくなっちゃったわね」
「……服がかっこいいんです」
 しげしげと紫基調の正装を見下ろされて、はさめざめと返す。
 自分自身はどうひっくり返っても、かっこいいとかきまってるとかそーいうコトバとは無縁だと思っているから余計にだ。
 ってか、デグレアの制服だって予想出来ないわけでもないだろうに(なんたってイオスと殆ど御揃いだ)、真っ先に出てくる感想がそれですか。

「別に、服装で自身が何か変わるわけじゃないでしょ?」

 問えば、いともあっさり返されるお答え。
「…………」
 ……なんていうか。何も云えない。
 参りました。
 完敗。
 いや、イロイロ考えてたんですよ? どう切り出そうか、デグレアの内部まで話しちゃっていいのか、それだと裏切りも極まれりじゃないかとか。
 だけど――『自身』。
 ちょっとだけ、そのことばは心にある琴線を不安定にかき鳴らす。
 記憶をなくしていた間と同じくらい、もしくはそれ以上に、今の自分が立つべき場所が判らなくなりそうな感覚と、実は戦っている。
 今は、ここにいる。それは確信してる。揺るがない。
 ……でも。
 あの人たちと同じ場所に立ちたいという願いも、まだ、眠らせられないでいる。
「そーかそーか、やっぱし軍人だったんだなぁ……」
 ケイナの隣に立ってそうごち、見下ろしてくるのはフォルテ。顎に手を当てて、なんだかひどく楽しそうにしている。
「……やっぱり、とは?」
「なんだシャムロック、気がついてなかったのか?」
 そりゃー、おまえはこいつとはまだ付き合いが浅いからしょーがないかもなー?
 思いっきり威張りまくりで勝ち誇ったフォルテのことばに、さしものシャムロックもむっときたらしい。緩やかなカーブを描く眉が、少しつりあがった。少しだけ。
 だけどそこをぐっと我慢の子になって、
「思慮至らぬ若輩の身ではありますがどうぞこの非才なる私にご享受いただけませれば恐悦至極と存じ上げます」
「……よくまあ、舌をかまずに喋りきれるものでござるな」
 カザミネさん、人のコト云えるんですかアナタ。ござる言葉のサムライさん。
「ふっふっふ」
 そして怪しげな笑い声。
「ちょいとそこのちびっこども、を借りるぞ」
 シャムロックとカザミネの掛け合いを他所に、フォルテがに手を伸ばした。
 もそもそとちびっこたちが退くより早く、の身体が宙に浮く。
 勢いつけてを抱え上げたフォルテは、いったい何をするつもりなんだと好奇心と警戒の入り混じった視線をさらりと受け流し――
 ニヤリ、と、笑った。

「そぉーれぃっ!」

 すぽーんっ!

「わあッ!?」

 いきなり宙に投げ出されたは、やっぱり色気のない悲鳴をあげたのだった。
「何しやがるテメエはーッ!?」
「あででッ! ま、まあ見てろよ」
さんっ!」
 フォルテを殴る者、を受け止めようと走る者、あっけにとられて傍観する者。
 その直後、全員が呆気にとられるコトになったのだけど。

 ――身体をひねって、慣性のままだったらそのまま進んで行くだろう方向から少しそれる。
 目の前に迫った壁に手のひらを押し当てて、身体の接近に合わせて肘を曲げる。
 身体と壁がギリギリまで密着したところで、手を放して足で壁を蹴る。
 そのままだと背中から落ちるから、蹴ったときの反動を利用して空中で回転。

 ……すたんっ、と、見事に両足から着地するまで、投げられてから数秒あったかどうか。

「見事ですねぇ」
 私の弟子にとりたいくらいですよ、と、笑顔でシオンが誉めてくれた。
 それは嬉しいんだけど。でも。

 ふぅ、とひとつ息をつき、はぎろっとフォルテを睨む。
「フォ〜ル〜テ〜〜〜!?」
「はっはっはっはっは、云ったとおりだろ」
さんを放り投げておいて何が云ったとおりなんですか!!」
 フォルテには普段丁寧に接しているシャムロックでさえ、血相変えて彼に迫った。
「いや、だからほら。その、今の動きなんだよ。それに、ちっとも動揺しないで対処したろ」
「……は?」
 唐突に指差され、あっけにとられるの横で、ぽん、とパッフェルが手を叩いた。
「なるほど〜。フォルテさんは、記憶喪失中とは云えどもさんの動きが訓練されたものであると見破っておられたのですね」
「うむ! まさにそのとーりなんだなこれがっ!」
 意を汲んでくれる者が現れたのが嬉しかったのか、フォルテはますます胸を反らす。
「……そ、そうだったんですか?」
「そうだぜ? おまえだってが戦ってるトコロ見てただろ〜?」
「……うっ……」
 暗に『気づかなかったなんてニブチンだよな〜』と云いたげなフォルテの表情に、シャムロックはショックを隠せないようだ。
「あ、あの、だったらどうして」
 そーいう動きが出来る理由を追求しなかったの?
 と、が思わず訊いたのは、まあ無理もないことだった。
 しかし、それに対しての返答は、まず笑み。それから、わしわしと頭を撫でる手のひらの感触。
「記憶喪失のおまえさんにアレコレ追及したって無駄だったろ?」
「う……うん」
 デグレアの軍人だったことも、実際ルヴァイドたちと親しい間柄だったことも、記憶を取り戻してからハッキリしたのだから。
 感じていた思慕同様、訊かれても、困って答えられなかっただろう。きっと。

 ……慮っていてくれたのだ。フォルテは、ずっと。

「……フォルテって、もしかしてすごく良い人だったんですね……」
「そりゃどーいう意味だヨ」

 だが、余計な一言を云ったのが運の尽き。
 頭を撫でていたフォルテの手のひらがげんこつになって、ぐりぐりとの頭をこねだしたところに、

 ――トントントン、と。

 響いたそれは、二階からの階段を下りてくる足音。
 はすぐさまこの場にいる全員の顔を見て、それから、目を転じた。
 ここにいないのは3人。
 足跡は一人分。
 もろもろの状況から考えて、出した予想は見事に的中していた。

「……おかえり」
「ネスティ!」

 どこか気恥ずかしそうな笑み。無表情つくろうとしてるけど、しきれてない。
 そんな表情で出迎えにきてくれた彼の姿を認めてすぐ、身体が動いた。
 フォルテの手をどかして、そのまま人垣をかきわけて階段にダッシュする。

「……うわっ!?」

 ――どさり。

 見事に奇襲は成功し、はネスティを押し倒すのに成功したのだった。
 ……別に押し倒してどうこう、なんてコトは、全然考えてないですから、後ろの人たち騒がないでくださいぷりーず。


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