ぽろん……
冷たいほどに張り詰めた竪琴の音は、風にのって遠くまで届くことはなく、発されたその場で夜に溶ける。
「……」
銀色の髪の詩人は、寄りかかっていた天幕の中から聞こえる盛大な少女の泣き声と、それをなだめようと一生懸命な約3名の喧騒から離れるように歩き出した。
右手には竪琴、左手にはついさっき録画停止ボタンを押したばかりのハンドビデオ。
腰に下げている皮製の袋には、すでに使い切ったフィルムがざっと2桁とカメラ本体。
「あぁ……」
切なくため息をつくレイムは、まぁ、何も知らない人が見たらうっとりするかもしれないけれど。
「……さん……あいらびゅーん……」
これを聞いてしまっては、5億年の恋も瞬時に冷めると思われる。
しかし、猪のごとく突貫するかと。部下たちがいたならそう予想したかもしれないが、その実、物陰から事態を眺めるだけに終始していただけなのだから、もしかしたらちょっとは自制心とかわいてきたのかもしれない。
が。
ある地点までさしかかったとたん、レイムは、がばっと傍の茂みを振り返った。
「記憶のないさんもそれは無邪気で可愛らしかったですがやはり天然そのままのさんがいちばんですねっていうかやはり記憶が戻ったばかりで混乱してもしかしたら好物も少し変わっていたりあまつさえ私の知らない癖が出来てたりするかもしれませんしやはり早めにビデオテープ゚を用意しておいて正解でしたアルバム用の写真もここぞとばかりに激写しましたしねふふふふははははははあはははっははははっはぁ!」
「……レイム様、一応隠れとる輩に向かって親しく話しかけられるのはいかがなものかと……」
あと笑い声少し抑えてください気づかれます。
「しかしさきほどまで必死に抑えていた私の欲望を吐き出すにはこれくらいではまだまだまだまだまだまだまだまだまだ」
頭を抱えて現れたガレアノに、超絶にっこり幸せそうに微笑んでみせるレイムは、何も知らない人が見たら――もういいや、以下省略。
いっそその欲望のままに突き進んでしまえばと思うが、それだと突き進まれる的になる少女があまりにも哀れで、それだけは口には出来ないガレアノだった。この場にいない残り二名も、似たようなことを云うだろう。
代わりに主の気をそらすべく、
「ともあれ、レイム様。我々は、しばらくデグレアにて議会どもの屍体の調整をしようかと思いますが……」
「ええどうぞ勝手になさい私はしばらくファナンで待機していずれ訪れるであろうさんに今度こそこの気持ちを受け止めてもらいに行きますからッ」
「……せめて、句読点を入れて喋ってください」
涙ながらのガレアノのことばは、ビデオカメラにほお擦りしているレイムにきれいさっぱり黙殺された。
舞台の陰で役者たちを思うように操っている銀糸のひとつの欠片が、もうすぐ表に出ようとしている。
変態いやいやいや、人の良い吟遊詩人としてではなく、かつてはと同じ場所にいたもの、現在のルヴァイドたちと同じ位置に立つものとしての、それが。
――――否
「おや」
ふっ、と。
これまでの狂態消し去ったレイムが、ある方向を一瞥し、首を傾げた。
「……お客さまのようですね」
「そのようですな」
どうなさいます?
同じ方向を見、そうして問いかける忠実な部下のことばに、レイムは口の端だけで笑う。
「……さんの涙に免じて、ここは観客に甘んじるとしましょうか」
それは、氷のような微笑みだった。