逢いたい。
あの子に逢いたい。
――に、逢いたい。
暗く、暗く、目の前の世界は灰色。
この部屋にはもっと明るい壁紙があって、カーテンもきれいな色だった……ような気がする。
けれどそんなもの、自分たちは忘れてしまった。
たまに、小さな、声が聞こえる。
扉の向こうから、自分たちを呼ぶ、声が聞こえる。
誰の声だった? 知っている気がするけど判らない。
それを、自分たちは忘れてしまった。
感じているのは奇妙な既視感。
思い出すのは派閥に連れてこられたばかりのあの日、兄妹、ただ抱き合って震えていた日。
同じ。あのときと。
あのときも、世界は色をなくしていた。恐怖に満ちていた。
――少し違うのは。
今抱いている恐怖は、外界に対してのものじゃなくて、自分たちの中に根付いていたそれに対してのものだということ。
だからいくら目を閉ざしても、だからいくら感覚を殺しても、それは音もなくひたひたと、自分たちを苛んだ。
目を閉じた。
真っ暗な世界に浮かび上がるのは、数日前に見せ付けられた自分に流れる血の示す、罪。
召喚兵器。ゲイル。
在るべき姿の召喚獣を歪め、異界の友を造り変えた、その結果がただ命令を遂行するだけの生きた機械。
調律者。クレスメント。
それを生み出したのは、自分たちの遠い祖先。
この身に流れる血に潜んでいた、許されない罪の欠片。
そこまで考えて、知らず、口元が笑みをつくった。
――ああ。おかしいったらない。
みなし子だった自分たちが、そんなご大層な家の人間だったのだ。
何も知らずに暮らしてきていた自分たちは、世界に対して、大勢の人たちに対して、何よりネスティやアメルに対して。
けして許されない罪を、背負っていたのだ。
何よりも憎まれるべき、存在だったのだ。
ずっと以前から感じていた、派閥の召喚師たちの排他的な雰囲気でさえ、全部、自分たちの血を知っていた故ではないかとさえ思い始めてる。
自分たちは。
世界に対して罪を犯した一族のこども。
「……冗談じゃない……っ!」
「兄さん?」
うめくようなマグナのことばに、しがみついていたトリスが反応する。
身体の水分がなくなるくらいまで泣きじゃくった彼女の目からは、それでもまだ、涙が滲み出していた。
「調律者? クレスメント? ……突然そんなものおしつけられても、いったいどうすりゃいいんだよっ……!」
兄からこぼれる単語を耳にしたくなくて、妹は耳を両手でふさぐ。
だけど、心のなかから響く罪の意識は消えはしない。
すべてが灰色に染め上げられた世界、記憶。
ただそのなかで唯一――そう、唯一。
鮮やかに思い出せるそれだけが、ふたりの正気を保っていた。
だけどそれは、徐々に、ゆっくりと、他と同じように灰色に侵蝕されていく。
それだけは。嫌なのに。
止められない。自分の心なのに。
逢いたい。逢えない。
どんな顔して前に出ればいいのか判らない。
――逢いたいのに。 ――逢いたくないのに。
堂々巡りを続ける思考の螺旋の奥で、着実に、世界の色は失われていく。
ただひとつの心の寄る辺さえ。