……その場しのぎだったらしい。
とりあえず解散の運びになり、部屋に戻ろうと廊下に出た途端だった。
周りに人がいないことを確かめ、リューグはすぐさま身をひるがえす。
「リューグ?」
「俺が勝手に動くだけだ。兄貴はアメルの傍にいてやれよ」
問いかけるロッカのことばにはそれだけを返し、目指すは真っ直ぐ玄関方向。
「……なんで着いてくる」
「おまえが僕の前を歩いてるだけだろ」
顔色の悪くなっていたアメルは、シオンの薬湯を飲ませてもらって早々に、寝室へ引っ込んだ。
寝ると云っていたけれど、たぶん、それは半分嘘。
だって知っている。
知ってしまっている。
の方はロッカしか見ていないけど、少なくとも、イオスの方は、リューグもしっかりこの目で見たのだから。
「最悪のタイミングだな」
立てかけてあった斧を肩にかついで、リューグが一人ごちる。
「仕方ないさ、イオスがまだ王都にいたのが偶然なら、さんがそのときに王都に着いたのも偶然だったんだから」
愛用の槍を片手に、ロッカが応じた。
それから双子はなんとなく視線を合わせて、口の端だけで笑ってみせた。
普段は全然似てないとの感想を受けることが多いふたりだけれど、今このときを見る人がいたら、やはりよく似ていると云ったかもしれない。
双子はそうして扉を開ける。
いつの間にかすっかり日は落ちて、夜の闇があたりを包んでいた。
「――!?」
扉の外に立っていた人物とぶつかりかけたロッカが、慌てて身体をのけぞらせて回避する。
「誰だ?」
ロッカと同じように、すんでのところで衝突を回避した相手の風体を見て、リューグの怪訝な声が飛ぶ。
初めて見る相手だった。
夜の暗闇に浮かび上がる銀色の髪と、貧血なんじゃないかというくらい色白の肌。
しかもいかにも悪役ですと云いたげなフォルムの肩当てとかマントとか肩にくっついてるふさふさとか。最後のは手触りよさそうだ。
だけどリューグがなんとなく癪に障ったのは、をかっさらった金髪槍使いを思い出させる、その赤い瞳。
「――手前ェらこそなんだ?」
しかも、ケンカ売ってんのかと問い質したくなるくらい、荒い口調ときたもんだ。
くってかかろうとしたリューグを抑え、ロッカが前に出る。
「この家の主の知人だが」
「知人……? まァいい、手前ェら――」
何か云いかけた男が、口を閉ざす。
ロッカとリューグの肩越しに彼らの背後を見やり、にやりと笑ってみせた。
「よお」
「……ごくろーさん、バノッサ」
その笑みに対してのものにしては、あまりにも明るい調子の返事。
振り返ったリューグとロッカの目に映ったのは、
「ソルさん……ハヤトさん?」
どうしてこの人たちがここにいるんだとか、全然気配を感じなかったとか、そういう動揺詰め込みまくりのロッカのつぶやきに、ハヤトが決まり悪そうに頭をかいてみせた。
「いやあははは、目の前で連れて行かれただろ。だから俺、けっこうキてたんだ」
笑ってそういうコトを云うものだから、よけいに怖い。
ちょっぴり慄いた双子を通り越し、バノッサが一声。
「オイ」
その表情を改めて、ハヤトはバノッサを見た。
視線を受けて、バノッサは不敵な笑みをさらに深くする。だが、かもし出す気配はすでに険ありまくりのトゲトゲハリネズミ。
「人を使いっ走りにしといて、云うことはそれだけか?」
かなりムッとくるそのことばに、けれど、平然と応対するソル。
「そう云うってことは、それなりの収穫はあったんだろうな?」
チッ、と舌打ちひとつして、バノッサは軽く頷いた。
「とりあえずあの悪魔のガキの居場所はハッキリしてるぜ。そこにアイツがいるかまでは判らねぇけどよ」
「いや、充分だよ。サンキュ。さすが、サプレス関係の気配探知はバノッサに限るよな」
「……。手前ェとはそのうちサシで勝負つけてやる」
「とりあえずそれは、を連れて帰ってこれてから考えようぜ」
「と……まあ、そういうことだ」
呆けてやりとりをみていた双子に向き直ったソルが、苦笑して云った。
「だが、アンタ、さっき――」
待ってろと云った当の本人であるソルの矛盾を指摘しようとしたリューグだけれど、それより早く、
「俺が待つとは云ってない」
どう聞いても屁理屈にしか思えない返事が返ってきた。
脱力したリューグとロッカに、それに、と続きが降ってくる。
「経緯はざっと聞いただけだが、禁忌の森で相当やられたんだろう? 君たちは、自分たちの回復を優先させた方がいいと思う」
そう云いながら姿を現したのが、ひとり。その後ろからひいふう……数えるのもバカらしくなるくらいの人数。
いずれも、サイジェントからやってきたという少年少女だった。
年齢は皆同じくらい。格好も性格もそれぞれバラバラそうだけれど、共通点をひとつ挙げるとするならば、頼りがいのある、とでも云いたくなるような雰囲気。
「そうそう。今は自分の体調のことを考えておいたほうがいいよ?」
「そのとおり! そのって子が帰ってきたときに、みんなへろへろだったら悲しむって!」
たしかカシスとナツミという、同じような茶色の髪のボーイッシュな少女ふたりが、並んでそう告げた。
だが、双子は首を横に振る。
「冗談じゃねぇ」
「まったくです」
リューグはの面倒を見ると父母の墓前で語ったし、ロッカはロッカで思うところはきっちりあるし。
何より、心配されるほど体力が落ちてるわけじゃない。
禁忌の森から脱出して数日、たしかにあれほど疲れた戦いはなかったけれど、普段よりたしかに鈍ってる感じはするけれど、支障を感じるほどじゃない。
なにより身体が動きたがっている。の無事を――今後を、たしかめたくてしょうがない、と。
「しょうがないですね」
ふう、と、ため息をついたのはアヤと名乗っていた、の幼馴染みだと云う黒髪の少女。
「……私とソルは行きますから、これで4人になりますよね?」
「幼馴染みのお兄さん特権で俺もな」
「私は遠慮します。ハヤト、頑張ってくださいね」
「夜とはいえ一軍の駐屯地だし、限度はそれくらいだろうな……」
「そうだな。僕たちは留守番していようか」
眼前のやりとりに、ロッカとリューグは目を見張る。
てっきり反対されるものと思っていたのだけれど、今の彼女たちのことばは、休息を促していたさきほどのものとはまるで逆だった。
切り替えが早いというのか、止めても無駄だと早々悟ってくれたのか。
そして、それを見ていたバノッサが、
「そこまで面倒見てやる義理はねぇよ、あとは手前ェらで勝手にやりな」
くるりと身をひるがえそうとしたところへ、けれど、ナツミとカシスが飛びかかる。
「何しやがるッ!」
「まーまー、せっかく協力してくれたんだからお茶でも飲んで行きなさいって!」
「そうだよ! 久々に兄弟姉妹水入らずで仲良くやろうじゃない!」
「そっちはともかくはぐれと兄弟になった覚えはねぇぞ!!」
「はいはい、あんたたちうるさいわよー」
そこへ、お風呂上りらしいミモザまでもがやってきて、玄関にペン太くんを打ち込んだ。
それにますます逆上したバノッサが食ってかかっていくのを呆然と見ていた双子の背中を押す人が3人。
「さ、今のうちに」
「で、ですけどいいんですか?」
なんか召喚戦争に発展しようとしていません?
ロッカのことばは、まさに、その場――ミモザとバノッサらの状況を、的確に表していた。
だが、自分たちと年はそう替わらないはずなのに、この神経の違いはどこからくるのかと云いたくなるような笑顔でハヤトが云う。
「いいからいいから。を連れ戻しに行くんだろ? 早く行こうぜ。バノッサも」
「あぁ!? なんで俺が!」
「ミモザに捕まってお茶するよりは案内ついでにこっちについてきて黒の旅団とやらを相手に鬱憤晴らした方がいいと思うが、俺は」
実に物騒極まりないソルの発言に、これまたバノッサが物騒な笑みを浮かべる。
「……それなら行ってやろうじゃねぇか。出来なかったら今度こそ手前ェらと勝負つけるぞ」
「はいはいはいはい」
かなり迫力のあるバノッサの脅しさえもあっさり流したハヤトたちとともに、彼らは夜のゼラムを抜け、一路黒の旅団の駐屯地を目指す。
道中ひどくめんどくさげなバノッサの道案内にくってかかったリューグが、一触即発で戦闘になるところだったり、やっぱりバノッサが夜道を往く旅人に因縁付けに行くのを必死で止めたり、色々あることはあるのだけれど、とりあえずそれは別の話。
目指すは黒の旅団の駐屯地。
そうしてあの子と向かい合うため。
それは、自分たちの抱いている不安を払拭したい身勝手かもしれないけれど。
それでもただ、この身を動かす理由は。
逢いたい。
確かめたい。
確かめてどうするかなんてその時決める。
まずは、――本当に、イオスのことばがそうなのか。ロッカの見た涙と笑顔の理由がそうなのか。
確かめて。
どうするかなんて、聞いたあと決める。
たぶん、それだけがいちばん大きな気持ち。
それに――もしものときには。自分たちだけの方が、覚悟は決め易いのだから。
そして、付随する覚悟のほうは、もう決めている。