いったいその細身の身体のどこから、を抱えて全力疾走して馬に飛び乗って休みもとらずにゼラムから結構離れている黒の旅団の駐屯地に駆け抜けるほどの力が出たんだろう。
火事場のバカ力とかいうやつでしょうか。
そんな些細な疑問を投げる暇も与えられず連れてこられた、現在自分の立っている場所を眺めて、はため息をついていた。
見慣れた天幕がそこかしこにある風景、懐かしい風景。
だけど今の自分が当然のようにココに存在するということに、そこはかとない違和感を覚えてしまう。
しかもさっきから注がれている、物問いたげな視線の数々……
ルヴァイドの養い子である自分が旅団を離れ、彼らの前に敵対して現れたときの他の兵士たちの驚きはたぶん小さくなかっただろう。もはや予想じゃなくて事実だろう。
なにせ予定ではひたすら逃げ回り、彼らと刃を交えるつもりなんか、これっぽちもなかったのだから。
だから指揮官であり育ての親でもあるルヴァイドと、比較的よく一緒に行動していたイオスとゼルフィルドだけ、知っていていればいいと思っていたのだ。
だが、現実はこれだ。
――予定は未定。誰が最初に用いたか知らないが、よく云ったものである。
つくづく、そう思わずにはいられなかった。
ふと。気にかかっていたことを思い出して、きょろきょろと辺りを見渡してみる。
……いた。
ついこの間、ファナンからレルム村に向かう途中でイオスたちとぶつかったとき、と一対一になり、カイナの鬼神斬をくらっていた、彼。
彼のことばを思い出す。
何故、戻ってこないのかと。
そして彼の名を。思い出している。とうに。
「――ゼスファ」
じっと見ていると、視線に気づいた彼が、こちらを見てきた。傍らに立つふたりの兵士――シルヴァとウィルも、また。同年代に入ってきた3人組は、まだ部隊のなかでは年若いほうだ。
たしかに、ルヴァイドやイオス、ゼルフィルドを除けば、旅団内の人のなかでは結構一緒にいた。年が近かったせいもあってか、訓練などになると、たいてい彼らと組んでたし。
彼らは、まだを記憶喪失だと思っているのか、声をかけるのをためらっているようだ。
だから、声をかけてみようかと。あの後、元気にしてるかどうかと。
そう、思ったのだけど、
「」
背後に人の立つ気配。これ以上ないほど馴染んだそれらのひとつ。
振り仰げば、をここまでつれてきた張本人の姿。
「……こっちだ」
の反応も待たず、イオスはこちらの腕をつかむと、そのまますたすたと歩き出した。
つれていかれる先がどこなのか、実は見当はついている。
それなりに広い面積を使ってしつらえられている駐屯地の間を縫うように歩き、辿り着いた先は、予想どおり。
本人があまりそういうのに頓着しないせいか、よく見ないと判らないけれど、他の天幕よりもちょっとだけ立派なつくりのそれは、この軍の総指揮官――ルヴァイドのもの。
知らず、生唾を飲み込んで、イオスを振り返った。
――前なら、そのまま天幕の中に駆け込んで、ここの主に飛びついていただろうに。
思わず躊躇してしまうくらい、今の自分の立っている場所が前と違ってしまっているという、自覚が今さらながらに浮かんでる。強く、足を縛っていた。
だけど。
「……だいじょうぶだよ」
前みたいに、変わらずに、優しく笑ってイオスがの背を叩く。
どうしてか、それを懐かしむより先に、哀しい気持ちを強く覚えて受け止めた。