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第29夜 六
lll いざ聖王都へ lll




 とにかく早急にをゼラムまで送り届けるから、と、なにやら大混乱のゼラム側に告げて、ひとまず無線での通話は終わった。もとい、ソルとクラレットがこれ以上は直接逢って話したほうがいい、と、無線を半ば独断でもってぶち切った。それは間違いじゃなかったのだが。
 そんなこんなの立て続けの事態に放心しているを、誰かがちょっと乱暴に立たせる。
「……バノッサさん?」
 名前を呼ぶと、その人は、仏頂面のままこう云った。
「手前ェ、ゼラムに行くんだろうが。とっととこいッ」
「バノッサ!? おまえが送るのか!?」
 驚きまくった顔でソルが云い、バノッサの仏頂面がますますひどくなる。
 横で、何かに思い至ったらしいクラレットが、ぽんと手を打った。
「もしかして、さっきもそのつもりで――」
「そうだよ! 悪ィか!!」
 対するバノッサの返事は、ほとんど自棄っぱちだ。
 いったい何がそんなに不機嫌なんだろうというか、そんな嫌そーな顔するならそこまでしてくれなくてもよいのだけど、と思ったのもまた本音ではある。
 でも。
 とりあえずぱっと見怖そうな人だけど、言動もけっこう怖いけど。
 実はけっこう、いい人なんじゃないかという印象が、生まれ始めていたこともあって、は勢いのまま、がっしと彼の手を握った。
「ではお願いいたしますっ!!」
 かなり必死だろう自覚アリの形相で叫んだら、気を抜かれたらしいバノッサと、視線がぶつかった。

「……変なヤツ」

 えらく小声でのつぶやきでしたけど、しっかり聞こえてますよー!?
 とか涙ながらのの訴えは、心の中だけで発されたため、当然相手には届かなかったけど。
 ……たぶん直接云ってもスルーされるかどつかれるかだったろうな。



 そうして、てんやわんやの末、一同やっとこやってきました。は知らないけれど、数日前に誓約者さんたちがレヴァティーンを喚び出した荒野へ。
 結局ついてきたのは、アヤとハヤト、ソルにクラレット。あーんどフラットの面々。
 それから元々そうするつもりだったらしいバノッサに、これは当然バルレル。
 それから。
 ちらっと視線を動かした先には、にこにこと人当たりよく微笑んでいる、同い年くらいの少年がひとりいた。
 名前はカノン。バノッサの義兄弟だそうだ。信じられないが。
 ちょうど孤児院を出たときに出逢った。なんでも、住みかからいきなり走り出していったバノッサを捜してやってきたらしい。ナイスタイミング。
 その場の流れ的にくっついてきた彼は、何がうれしいのかにこにこと微笑んでいた。
「だってうれしいですよー」
 問うてみれば、やっぱりにこにこと返されることば。
「バノッサさんが自分からっ! 自分から人助けしてるんですよ? これを奇蹟と云わずして嬉しがらずしてどうしますかっ」
「そうだなぁ、おまえさんもそう思うよなぁ」
 語尾にハートマークと音符が乱舞する勢いで主張され、しかもエドスという体格のいい男性に横でうんうんこちらもしごく嬉しそうに頷かれ、その勢いに気圧されたは、必死で首を上下させるしかなかった。
 で、それが勘に触ったらしいバノッサが、
「うるせぇぞ、カノン! エドス!」
 とか云いながら凄んでみせるものの、カノンのにこにこはおさまらない。エドスも以下同文。
 よっぽどうれしいんだろうなぁ……
 他人ごとながら、思わずしみじみとしてしまう。そこでふと、話題転換のネタを思いつき、それを口にした。
「でも、バノッサさんも召喚術が使えるんですね」
「あぁ?」
 ……ちょっと転換は遅かったらしい。
 もう知ったことかとばかりカノンとエドスを放り出し、サプレスのサモナイト石片手に準備をはじめていたらしいバノッサが、動作を中断されて不機嫌な顔で振り返った。
「俺様が使えて何か悪いかよ?」
「いえいえ、全然」
「……じゃあ、その意外そうな物云いは何だ」
「だってほら、バノッサさんて剣士でしょ?」
 腰に携えている二本の剣を示す。
 いつかゼラムでレルム村の3人と話していた仮説を、なんとなく思い出していた。
「剣の腕もすごそうで、なのに召喚術も使えるって、すごいですよね」
 と、そこまで会話した後だった。
 ふと、バノッサが視線を巡らせる。その向こうには、先ほどほったらかされたまま、立っていたカノン。
 きょとんとした表情になったカノンは、すぐに得心のいったふうに、こちらに小走りに近寄ってきた。
 そのカノンの腕をつかんで、バノッサは、の横に彼を並べる。
「……」
 何をされているのかよく判らないとしては、カノンに視線を向けるのだけど、さすがにカノンの方も、義兄が何を考えているのかよく判らないらしい。
 顔を見合わせたふたりを、バノッサはしばらく渋面で凝視していたけれど。
 やがて、でっかいでっかいため息をついた。

「……???」

 そのまま無言で背を向けてしまった色白のお兄さんの背中に、疑問符こめた視線を注いでみたものの、もはや反応すらありはしない。
 いったい何がしたかったんだと再びカノンと目と目を見交わしたところで、答えが出てくるわけもない。
 だけど。
 結構意外なトコロから、答えをくれる人がいた。
「……なるほどな」
 さっき、カノンと一緒になって嬉しそうにしていた巨漢――エドスだ。
「何が、なるほどなんです?」
 視界の端に、何匹空を飛べる召喚獣が必要か話し合いつつ、誰が何を喚ぶか話し合いつつ、なんだかんだとバノッサをからかっているらしい誓約者一行を横目にしながら訊いてみた。
 エドスはやっぱり嬉しそうに、
「いやな、バノッサがおまえさんを見捨てておけん理由がなんとなくな」
「……と仰いますと……?」
「なんとなく似てるんだよ、おまえさんたちは」
「「は??」」
 とカノン、ふたりの合唱になる。
 思わずは手を伸ばして――

 ぺた。

「うああぁぁ、さんいきなり何するんですかー!?」
「何してんだ手前ェはーッ!?」

 カノンの叫びに振り返ったバノッサが、目を見開いて叫ぶ。
 で、元凶のはカノンの胸に真っ直ぐ押し付けていた手をひらひらさせながら、
「……男の子だよね?」
「男ですよー!!」
 たしかに女の子みたいな顔だってよく云われますけど、正真正銘の男ですー!

 いや、そんな半泣きになってまで主張しなくても。

「いやあのな、、わしが云いたかったのはそーいうコトじゃなくてだな?」
 冷や汗かきつつ云うエドス。まぎらわしいぞ。
 それを聞いたバノッサが、『手前ェが元凶か』とでも云いたげなすごい視線でエドスを見ているけれど、見られているほうはなんとも思っていないらしい。
「なあ、バノッサ?」
 振り返って、笑いながら確認する始末。
「ケッ!!」
 そして返ってくる返事がコレだ。
 これでどーやって察しろとゆーんですか。
 とか困惑しまくりのの横にやってきたのは、さっきバノッサに引っ張られたときに正面に立った子だった。たしか、ジンガという名前。
 いや、子って云うほど年は離れていないけど、なんとなく、しゃべり方とか振る舞いとかが、そんな印象。……なんでだろう。いつかどこかの遠い過去、なんかちらりとこんな特徴的な子について、聞いたような気がするようなしないような。
 そんなの気持ちが判るのか、ジンガは、他の面々と比べてなつっこく接してくれてる感じがする。もともとの性格かもしれないけど。
「でもさでもさ、俺っちもなんとなく判るな」
 とカノンを見比べ、そうしてジンガはにっこり笑った。
「ふたりが持ってる雰囲気っていうか気の流れっていうか。いや、全然違うんだけど、えーと、こういうのなんて云うんだっけ?」
 あたしに訊くな。

「……天然同士ってコトじゃねーの?」

 ぼそりとツッコミ入れてくれたのは、云わずとしれたバルレルだった。
「ほー」
 そうつぶやいて、は無表情のまま、スタスタと彼の傍に寄った。
 だけど。
 ほっぺに向かって手を伸ばすより、バルレルが宙に浮かぶほうが早かった。
「ケッ、そう何度もやられてたまるかよっ」
「ああ、ずるい! 男の子なら尋常に勝負なさいっ!」

 なんの勝負だ。

「でもですの、モナティはどちらかというとさんはマスターたちに似てると思いますのー」

 わいわい騒いでいるのところに、ぽてぽてとやってきて微笑んでくれるのは、なんとなくレシィを彷彿とさせる女の子。大きなピンクの帽子と、やわらかちょうちんスカート(?)がかわいい。
 たしか名前はモナティで、メイトルパのレビット族。傍にいるゴムまりみたいな猫みたいな生き物は、ガウム。
「似てるのは当然でしょ? 同じ世界から来てるんだから」
 何を今さら、と口をはさむのは、エルカ。
 同じ世界の出身同士らしいのに、なんだかいじめっ子といじめられっ子のよーだ。どこかの護衛獣コンビを彷彿とさせる。
 あ。モナティ目に涙がにじんでるし。うにゅ〜とか云ってるし。
 見てられなくてなでてやると、とたんにほんわか笑ってくれた。
「ほらほら、やっぱりマスターたちとおんなじですの、お優しいですの」
「いやあの、これっくらいみんなやると思います」
 ねえ?
 同意を求めて振り返って――振り返った先には。

「……うわぁ! レヴァティーン!!」

 たちがじゃれているうちに、アヤたちのほうはとっくに召喚を終えていたらしい。
 霊界サプレスの高次生物レヴァティーン、そしてメイトルパに住まうドラゴン、ゲルニカ。
 存在感もさることながら、その力も一級品の、たぶん普通に暮らしてたら一生お目にかかれないような召喚獣が二匹、目の前に鎮座していた。
 この世界にやってきたばかりの頃、字の勉強になるからと読ませてもらった絵本で見てから、いつか本物に逢いたいなと叶わぬ願いを持っていたけど。
 まさか現実にこうして見れるコトになるなんて、期待してはいなかったけど。
 それが夢でも幻でもない証拠に、レヴァティーンは歓声を張り上げたの方に目を向けて、
「――――」
 鳴いた、のだろうか。わずかに口を開けて閉じ、瞳に優しい色を覗かせ、ゆっくりと首をこちらにもたげてくれた。
「初めまして! あたしはだよー」
 ことばが通じるかどうか判らなかったが、そう云いながら手を伸ばし、寄せられてくる頭を撫でる。大きくて、全然手が行き届かないけれど、それでも撫でてあげると心地好さそうに目を細めてくれるのが、としてもとても嬉しい。
 その隣から、ゲルニカものほうにすりよってきたものだから、これぞ正に両手に花。


 そんなもてもてさんを見て、
「懐かれてるわねえ」
 と、感心したようにもらすのは、先刻フライパンで大騒ぎを止めたリプレ。
 その隣に並ぶガゼルも大きく頷いて、
「ああ、つーかあの懐かれようはハヤトたちレベルじゃねーか?」
 ちらりと目を動かした先には、レヴァティーンとゲルニカとたわむれているを、楽しそうに眺めている誓約者と護界召喚師の姿。と、仏頂面の元魔王――候補。
 強制の力ではなく、友愛の誓約によって異世界の友の力を得る誓約者。
 でもってその彼らと同じほどに、召喚獣に懐かれまくりの
 見ていると、どっちがを背中に乗せるか二匹が取り合いまで始める始末。
「……懐かれすぎね」
「ああ……」
 つぶやくふたりがちょっと遠い目だったのは、まあ、無理からぬことと云えるかもしれない。


 さて、搭乗配分ようやく決定。
 バノッサの喚び出したレヴァティーンには当然彼。と、、アヤ、バルレル。
 ハヤトの喚び出したゲルニカには、当然ハヤト、ソル、クラレット。
 なんでこう納得行きそうで行かなさそうな不可解な組み分けになったかというと、実はレヴァティーンに乗るのが夢だった(短編『季節はずれのバレンタイン』参照)の希望と、それなら幼馴染みとして一緒に行きますと云ったアヤと、(一応)護衛獣だからトーゼンだろがとバルレルである。
「バノッサさん、カノンさんはいいんですか?」
 義弟を置いていっていいのかと、レヴァティーンによじ登るのに手を貸してもらいながら問うと、問いかけた相手ではなく、下から押し上げてくれていた本人から答えが返ってきた。
「僕がついていっても何が出来ると思えませんし」、笑いながら「バノッサさんのいない間は、僕が北スラムのこと任されてますから」
「……やっぱりバノッサさんはその筋の方でしたか」
「どの筋だ」
 妙に納得いった様子のを、しかめっ面のままツッコミ入れたバノッサが引き上げた。
 アヤは乗りなれているのか、赤いスカートをはためかせて自分で登ってくる。見えないんだろうか。いや何がとかでなくね。
 バルレルは羽もちであるため、元々手を貸してもらう必要皆無。それに身も軽いし、器用に飛び上がってきた。
 ふと見れば、ゲルニカの方も全員搭乗完了している。
「気をつけて行ってらっしゃいね!」
 下のほうで見守っていたりプレが、にっこり笑って云ってくれた。
「今度おいでになられたときは、是非是非もうちょっと長くご滞在くださいですのー!」
「キュー!」
「次は絶対! 俺っちと、手合わせしようぜー! 約束なんだぞー!」
「ミニスによろしくねーっ」
「っつーかバノッサ、ゼラムで暴れるんじゃねぇぞー!」
 などなど、実にありがたい(一部を除く)見送りのことばを頂戴し、応じることしばし。
 ますます仏頂面になったバノッサと、最後の一言を聞いて爆笑していたハヤトが、視線を交わした。

 バサ……

 大きく羽ばたくレヴァティーンの羽が、風を巻き起こす。
 続いて飛び立ったゲルニカの身体が、大地に大きな影をつくった。

「うわあ――」

 何時間か前、バルレルの力を借りて飛んだときとは比べ物にならないほどの風と高さ。
 見送ってくれていた人たちは、あっという間に豆粒ほどの大きさになっていた。
 視線を真っ直ぐに戻せば、まるでこちらに向かってくるような錯覚で過ぎ去って行く雲と、時折掠める山の端。
「なに、これっくらいで感激してんだよ」
 すごいすごいとはしゃいでいたらバルレルのツッコミが入ったけど、もうそんなもん、今だけは海より広い心で許せますとも、いやむしろスルー。
ちゃん、良かったですね」
「うん!!」
 微笑んで同意してくれるアヤのことばへ、しっかり笑顔で頷いた。
 すぐ傍、とはいかないけれど、並んで飛んで行くゲルニカのほうに手を振ると、向こうの人たちも振り返してくれる。
 だが楽しいばかりじゃない。
「捕まってねぇと振り落とすぞ」
 実に何気なく降ってきたバノッサのセリフにびくりとして、あわてて彼の腰にしがみついた。
「……」
 イオスに負けてないなこの細腰。
ちゃん?」
「ううん、ちょっと。女としてのプライドが」
「ああ、それは少し判ります」
 このとき、バノッサはなんぞ悪寒を感じたらしい。
 アヤとバルレルが、の両側にしがみついた。ちょっと重い。けど、これもまた旅の楽しみとしてとるなら一興といった感じ。
 そうして笑いながら、それでも、心は遠くゼラムに飛んでいた。

 ――判ってるんだ。

 こんなふうに笑ってる場合じゃないのは、判ってる。
 だけど、これからの重みを考えてしまうと、今をせめて笑って過ごして、気持ちを軽くしておきたい。

 心に浮かぶのは、記憶にこびりついて離れないのは禁忌の森。
 マグナたちの表情。

 それから……

 記憶が戻ったことを、自分の素性を、仲間たちに話す瞬間。
 何度も何度も思ったコトの、結論が出るときはもうすぐそこに、迫ってる。

 差し伸べられる優しい手。
 共に歩く大好きな人たち。
 それを。
 もしそうしなければいけなくなったら、あたしはちゃんと自分から離すことが出来るだろうか。
 それは自問。そして答えはまだ出ない。出せない。


 だけど、それはもう、この向かう先、すぐそこに。


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