ドライバーをくるくるまわし、最後のネジを締めて、エルジンがぺしっと無線を叩いた。
「これでだいじょうぶなハズだけど……」
「不具合を見せている部品は全部交換したし、これで繋がらないコトはないはずだが……」
それでもまだ不安なのか、眉根を軽くよせてトウヤがつぶやく。
ふたりの作業を横で見守っていたナツミたちは、いまいち無線の仕組みが判らないので、ただ、黙って顔を見合わせただけだったけど。
――ついさっき、のことだ。
大方の事情をネスティから聞いた全員の間で、まず何をすべきかという話が持ち上がったものの、良い案は出なかった。
だもので、とりあえず、無線を直してサイジェントにいる彼らの仲間に連絡をとろうと云うことになったのだ。
いつかの夜、トリスとマグナが暴走させた魔力の件と、おそらくは禁忌の森の結界を壊したことによる耳鳴り、それから今回禁忌の森で起こった出来事。
もともと、トウヤたちは半分そのために来ていたのだともいうし。
そうして作業を眺めながら、一行が居間に待機すること数刻。
気分転換にと出かけていたアメルとリューグとロッカが、すっきりしたのかしないのか、非情に微妙な様子で帰ってきたり、
同じくバイトに出かけていたパッフェルが、ひとりだとはかどりませんねーと云いながら戻ってきたり、
そんなこんなでさっきとほぼ同じように、マグナとトリスを除くほぼ全員が、その場に集合していた。
……それにしても。と。改めて状況を見渡したネスティは、最後に、ギブソンへと視線を動かした。
「先輩」
気になっていたことがあった。
「なんだい?」
「彼らはいったい、何者なんですか?」
サイジェントからやってきたのだという、ギブソンとミモザの知り合い。
自分たちがここに帰る前に訪れたのだという、トウヤ、カシス、ナツミ、キールの後ろ姿を見ながら、小声で問うてみた。
ここからサイジェントまでは馬でも徒歩でもそれなり以上の日数がかかる。
なのに彼らの服装は、どう見ても旅をしてきたようには見えないのだ。
それに加えて、ロレイラルの技術であるはずの無線を、エルジンたちと一緒になって直してのける知識。それはトウヤだけだということだが。
後輩の問いに、ギブソンは、隣にいたミモザと目を見かわした。
「……まあ、それは、彼らの仲間と連絡がとれてから話そうか」
そう告げられると同時に、パチン、と、無線のスイッチの入る音が聞こえた。
ミモザが真っ先に無線に近づき、会話をオープンに――この場にいる全員に聞けるようにする。
マイクを握ったということは、会話の初めは自分がやるという意思表示だろう。らしいというかなんというか。
そうして、
「ごめんなさいー! 誰かいないかしらー!?」
『こちら○○、応答ねがいます』――とか、そういう声かけを想像していた数人は、思わず脱力した。
ばたん!
大きな音を立てて、ハヤトが扉を開いた。
その場に集まっていたフラットの面々が部屋に流れ込むのに飲み込まれるように、もバルレルもバノッサも、一緒になって部屋のなかに転がり込んでしまった。
それを尻目に、ソルが、パチパチパチ、と、室内に置いてあった何かの機械のスイッチを連続して叩く。
そうするうちに、ジッ、ジッ、と聞こえていたかすかなノイズが薄れていった。
どうやらなんぞの調整をしていたらしく、その状態になったところで初めて、マイクの傍にあるスイッチが押される。
っていうか。
一連の状況は目に入っていたものの、の頭までそれが届いて理解まで出来ていたかというと、はっきり云ってこのうえなく怪しかった。
だって。
今の声。
最後に聞いたのは禁忌の森に向かう前だった。だからまだ記憶に新しい。
あの声は。
バルレルを見ると、彼も、目を丸くして、目の前の機械を眺めている。
なんとなく、ガードするような体勢になっているのは、過去のトラウマがあるからなんだろーか。パブロフ云ったら怒るかな。
いやそれはおいといて。
これはやっぱり。あの声は。
他の面々とは別の意味で固唾を飲んで見守るとバルレルの前で、ハヤトが、マイクに向けて声をかけた。
「こちらサイジェントっ! 無線直ったのか、トウヤ!?」
『――直ったからこうして連絡がとれてるんじゃないか』
少し間をおいて、あっさりした返答が返ってくる。
その声の後ろで、ざわざわとしている様子がなんとなく判る。向こうからも同じようなものだろうけど。
そうして。
なにやら、どんっと何かを押しのけるような音がした。
『その声、ハヤトね? お久しぶり、元気だった?』
聞こえた声は。
「ミ」、
やっぱり。
「ミモザさん――――!?」
間違いなく、その人の声。だった。
思わず絶叫したに、一気に、全員の視線が集中する。
やってきたクラレットが、部屋に流れ込んだときに倒れたままだったの身体を起こしてくれた。
アヤがハヤトに何事か云って、それから、を手招きする。
ざわざわざわ。
無線の向こうから、とんでもなくざわめいてるいくつもの声がした。
『ミモザさん――――!?』
ざわっ!!
居間は一気に喧騒状態になった。
最初に無線から聞こえた、ハヤトというらしい人物の声ではなく、どこにいるんだろうとみんなが心配していた子の声が、まったく予想もしなかった場所から響いてきたのだから、それも当然。
「ちょいとっ、なんだいそれ!? なんでの声がするんだい!?」
「なんだいってそれは無線って説明してもらって、いや、ていうか今のの声で……おい、どこにいるんだ!?」
「ミモザさん、これ、どこと会話してるんですか!」
例えて云うなら、ハチの巣をつついたような大騒ぎである。
いや、むしろそれ以上。
おそらくミモザの握るマイクが通話のための道具であろうと察し、それを奪い取ろうとしているつわものもいたりする。
「静かになさいっ! 今から訊くのよそーいうことはっ!!」
マイクを死守しつつの彼女の一喝がなかったら、事態はどこまでも混乱を極めていたかもしれない。
ハヤトにマイクを手渡されたは、しばらくそれを眺めた。
深呼吸数度。それから意を決し、
「あー……こんにちは」
他に何も思いつかなかったのでそう云うと、息を飲んで展開を見守っていた人たちが、どたたっと脱力するのが判った。ついでに無線の向こうでも。
うう、だっていきなりこんなもん使えと云われても何がなんだか……!
おたおたしているの後ろにアヤが立って、ぽんぽんと両肩を叩いてくれた。おかげで、ちょっとだけ緊張が解ける。
『ちゃん? ちゃんなのね?』
「はい」
確認を求めるミモザの声に答えを返すと、また、無線の向こうで大きな喧騒の気配。
ちょっと替われ! という声や、無事なの!? とか、バルレルくんはそっちですか!? とか、今大変なんだからー! という絶叫とか。
当然、いちばん気になったのは最後の『大変なんだから』だった。
「何があったんですか!?」
その声自体はミニスっぽかったが、向こうで会話の主導権を持っているのはミモザらしいので、自然、敬語になる。
すると、しばらくの間をおいて、返事があった。
『……ちゃんは禁忌の森であったことを覚えているかしら?』
「はい、飛ばされる前までのことは全部――っていうか、みんなそこにいるんですか?」
『ええ、いるわよ』
傍でやりとりを聞いていた、バルレルの表情が怪訝なものになる。それはも似たようなものだ。
「禁忌の森から、そんなに早く帰って……?」
『何云ってるの?」
問いの途中で、逆にミモザが怪訝な声でそう云った。
『あなたたちが森で事件にでくわしてから、もう3日くらい経過してるのよ』
…………
な。
「なんですと――――!?」
怒鳴った勢いのまま、ばっ、とバルレルを振り返る。
の視線にこめられた感情を正確に読み取った彼は、即座にマイクを奪い取った。
「おい! どういうコトだ!? オレたちはこっちに飛ばされて目が覚めてからたかだか数時間なんだぞ!!」
『なんですってぇ!?』
今度素っ頓狂な声を張り上げたのは、ミモザだった。
しばらく、また、無線の向こうでざわざわとしていたけれど、待っていると、再び通話再開。
『えぇと……私にもよく判らないんだけど、どうやら時間さえかっとんじゃったみたいねッ?』
みたいねッ(疑問系)じゃない。
「……」
「……」
だがとバルレルは、ツッコミも忘れて顔を見合わせた。
もしそれが本当なら、運良く、あの事件の数日後くらいに落ちたからよかったようなものの、一歩間違えていたらとんでもない時間と場所にすっ飛ばされていたんじゃなかろうか。
今更ながらのそのヤな予感が、の背中を粟立たせる。
バルレルも、ぞっとしない顔で無線を睨んでいる。
そこへ、滑りを悟ったミモザが、ちょっと早口に云った。
『ま、まあ、覚えているなら話は早いわ。とりあえずみんなここに帰ってきてるから。あなたたち以外はね』
「そうですか……よかった……」
とりあえず、みんなの無事だけは確認できて、の声も自然、安心した色になる。
が、問題はまだ山積み。
「って、大変なコトって、あれから何があったんです?」
『とりあえず、あなたたちも見た、アレのコトよ。それから、行方不明のあなたのコト』
「……」
ああ、と、嘆息。
「ご心配おかけしました」
無線のこっち側とあっち側で、姿は見えないと判っていたけれど、思わず頭を下げて謝ってしまう。
無事だったんだからいいのよ、とミモザはそれを受け流し、最後にこう告げた。
『それに、やっぱりうちの後輩どもが落ち込んでるわけよ……』
ズキン、と、頭によぎるのは。
最後に見た、彼らの泣き出しそうな顔だった。
「トリスとマグナ……ネスティとアメルはどうしてます?」
『僕ならここにいる』
『あたしもいますよ』
どうやら、向こうには、今返答のなかったトリスとマグナ以外、ほぼ全員揃っているらしい。
でなければ、そこまでタイミングよく、のことばに応えられるはずもあるまいて。
思っていたより普通の調子に近いふたりの声に、胸をなでおろした。
それでも、一応本人の口から聞きたい気持ちもあって、問いかける。
「あの、ふたりとも……」
それを遮って、アメルが云った。
『あたしの方はだいじょうぶ、心配しないで。……だから、、早く帰ってきてあげて』
「アメル?」
『……僕からも頼む』
「ネスティ?」
哀しげな、アメルとネスティの声に、嫌な予感が生まれた。声を聞いていない、ふたりのコトが。
と、向こう側でまた、マイクの前に別の人が立つ気配。
『さん……っ』
「レシィ?」
『ご主人――ご主人様たちが、お部屋から一歩も出てきてくれないんです……!』
涙混じりの叫びに、もう何度目だろうか、バルレルと顔を見合わせた。
苦々しいバルレルの顔。たぶんこちらは困り果てた顔。
『おねえちゃん……』
そうしているうちに、ハサハの声がレシィにつづいた。
『……マグナおにいちゃんと、トリスおねえちゃんを……助けて……』
痛々しいその口調に、気が逸る。
今すぐ帰りたい。
自分に何が出来るのか判らないけど、今すぐに帰って――だけどどうやって帰ればいい?
『ちゃん』
「あ、はい?」
思わず思考に沈みかけたを、ミモザの声が引き上げる。
『そこにアヤとハヤトがいるわよね? 代わってもらえる?』
云われるままにマイクを渡し、少し後ろに下がった。
ふたりが何やらミモザと話しているのを見ながら、ふぅ、と、小さく息をつく――
「ちょっと待ってください!?」
暇もなく。
「ミモザさん、それは――レヴァティーンを王都の近くにおろしたりなんかしたら、大騒ぎになりませんか!?」
アヤの叫びが、勢いよくの耳を打つ。
なんだなんだと振り返ると、驚きまくってるぽいアヤたちの姿。
『緊急事態ということで』、
聞こえるミモザの声は、機械ごしにでも、しょうがないのだと言外に告げていた。
『総帥には私たちが云っておくわ。とにかく、ちゃんを早々にこっちに送ってほしいのよ。ちゃんもそうしたいでしょ?』
「あ、はい、そうですけど……」
こちらに向けられたことばに、ひょこりとアヤたちの横に並んで答える。
『でしょ? 初対面の人にそこまでお願いするのはちゃん苦手かもしれないけど、そこを頑張って――』
「あ、ミモザ」
さらに、ひょこりとハヤト。
「実は初対面じゃないんだよ、俺たち」
『え?』
「ええ、そうなんです、実は……」
「あ。」
疑問符のミモザのコトバに重なって、は口元を押さえる。
「ちょっと待ってアヤ姉――」
云いかけるより先に。
「……バカ。」
それだけですでにバレバレだっつーの、と、バルレルの冷徹なツッコミがすべて口にされるその前に。
「ちゃんはわたしの幼馴染みなんです、だから初対面じゃありませ――」
そう、アヤが云い終わるより早く。
『ちゃん記憶が戻ってるのッ!!??!』
ミモザの絶叫と共に、今度こそ、無線の向こうの喧騒は最大限にでっかくなった。