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第29夜 四
lll 事情説明会の後 lll




 事情説明は、やっぱり長々とかかった。

 とりあえず、デグレアを出てリューグに出逢うまでの経緯は、がひとりで話した。
 レルム村でトリスたちと出逢ってからのことは、バルレルが横から補足してくれた。もっとも、炎の夜のあと、デグレアの陣営に連れて行かれてのやりとりは、だけで話したけど。
 初めのうちはアヤたちからも質問が飛んで、バノッサ以外はそれなりに、和気藹々とやっていた。
 けれど話が進むにつれ――
 デグレアの求めるものや、禁忌の森に封印された過去の罪のことが語られていくうちに、だんだんと、皆の表情が改まる。

「……それで、機械魔が自爆しかけたときに、止めようとしたみんなの魔力とかが変な風にぶつかったんだと思う」
「その衝撃で、コイツと、傍にいたオレがこんなトコロまで飛ばされたわけだ」

 がしめたところに、バルレルの注釈が入り、ようやく、彼らの物語は終わった。
 話し始めてから、ゆうに2時間ほど経過しているが、誰も気にする様子はない。
「……そんなコトがあったんですか……」
 幼馴染みの激動の人生に、アヤもさすがに驚きを隠せないでいた。
 ハヤトも似たり寄ったりの表情。
 自分たちも似たようなものだという自覚があるんだろーかこの人たち。
 片肘をついて明後日向いてる仏頂面のバノッサも、耳だけはこちらに傾けているらしいのがなんとなく判る。
 ソルやクラレットは、もう少し何かが気になるらしくて、物問いたげな目でこちらを見ていたけれど、やがて、意を決したように、質問を投げかけてきた。
「禁忌の森……って云ったよな?」
 そこにあるのはやっぱり――
「そう。召喚兵器」
 さっきも話したことだから、うなずくのに抵抗は感じなかった。
 それを聞いたソルが、再び、何か考えるような仕草を見せる。
「……それでね」、
 これまでばたばたしまくりで、頭の片隅に押し込めていたものを、引っ張り出しながら、は口を開いた。

 思い出すのはあの瞬間。
 泣き出しそうだったアメルとネスティ、トリス、マグナ。
 途方もなく重い真実を突きつけられた彼らから、離れてしまっていることがとても気になる。
 記憶が戻ったコトを話すための心の準備はしたかったけれど、それより何より。
 ――だいじょうぶだろうかと。
 壊れてしまいそうだった、あの人たちは。
 今、どうしているんだろうと。
 いや、無事でいてほしいと。身体もそうだけど、心も、どうか。

「急いでゼラムに帰りたいの。なるべく早く。……どうすればいい?」

 の問いに、アヤとソル、ハヤトとクラレットが顔を見合わせる。
 しばらく目と目で会話していた彼らは、やがて、ひどく云いにくそうにしながらこちらを振り返った。
「……は、この世界で何年か過ごしてたから判るな?」
 交通手段と云えば、徒歩か馬。
 もしくは、一部の地域でしか実装されていない召喚獣を用いた列車。
 ソルのことばにうなずいたに、ハヤトの追い打ちがかかる。本人そんなつもりはないんだろうけど。

「ここって、聖王国の西の端だからさ……王都に行くには、馬でも何日か、かかるらしいんだ」
「……え"……っ!?」

 ごーん。

 久々に、でっかい金ダライが頭上に落ちる音を聞いた。
 そりゃあ今日中に帰れるなんて期待はしていなかったけど、何日もかかるんじゃ遅すぎる。
 しかもハヤトの口ぶりからするに、2〜3日なんて範囲じゃなさそうだし。

 だけど、それじゃ間に合わない。
 だけど、他に手段はない。

 だけど、それじゃ致命的に、何かへ遅れをとる嫌な予感――


 どうしようどうしようとつぶやいて、両手で顔を包み込んだを、他の人たちは途方にくれた顔で眺めた。
 どうにかしてやりたい。
 実際どうにか出来る。
 伊達に、誓約者とか護界召喚師とか、やってないから。
 だけど。
「……どうしよう、バルレル……」
 泣き出しそうな顔で、隣にいる友達の護衛獣を見てる
 自分たちが解決の手段を持っていると知らない少女は、今にも涙がこぼれそう。
 それがあまりに痛々しくて、どう口をはさんでいいのか判らなくて、全員が押し黙ったときだった。

「いちいち泣いてんじゃねぇよ、鬱陶しい」

 ぼそり。
 相変わらず仏頂面で、相変わらずふてぶてしい態度で。そうつぶやいたのは、バノッサだった。
「バノッサさん――」
 アヤが、それはないでしょうと云いかけた傍らで、だが、
「……」
 とうのは、「まだ泣いてない」と、下がっていたまなじりを、どうにかつりあげてみせた。少しだけぐしぐし云いながらにじんだ涙をぬぐい、バノッサを見る。いや、睨みつけた。
 たしかに初対面の人間にうじうじされるっつーのは、そこはかとなく不快なのかもしれないけど。
 けど。
 そんなどきっぱり云わなくたっていいじゃないか、と。せめてこれくらいは、反論しようと思ったら、
「要するにとっととゼラムに戻りてぇんだろうが?」
 ようやくの方を見て、小娘の睨みなんかものともせず、バノッサがそう続けた。
 もしかしたら。と、思わされる。
 その声は。
 もしかしたらこの人は、何かの手段をくれようとしているんじゃないかと思わされた。
「はい」
 だから、うなずいた。
 それを見て、バノッサは乱暴に自分の頭をかきむしると、立ち上がった。

「なら、こい」
「えっ!?」

 びっくりした隙に、つかまれる腕。
 引っ張られる身体。
「お、おい!?」
 バルレルも、これにはびっくりした様子。あわてて席を立って、引きずられるを追いかけてくる。
「待てよバノッサ!?」
「何をするんですか!?」
 先を越される形になってしまったアヤたちもまた、ばたばたと、バノッサを追いかけてくる。
 そうしてバノッサは扉の前に群がっていた野次馬を蹴り飛ばし、ずかずかと孤児院のなかを出口に向かって突っ切って行った。


 それは、イライラするというのとは少し違う、微妙な感情だった。
 コンパスの違いのせいか、危なっかしいけれど転ばないように一生懸命ついてくる、腕を握ったままの小娘を振り返る。
 かなり焦った様子だけど、目が合うと、その女はちょっとだけ、表情をほころばせた。
「……!」
 愛想笑いなのは判ってる。
 判ってるのに、目を奪われる。
 どこか遠い、記憶を刺激する。懐かしいというのだろうか、それも少し違う。どこか、不快ではない腹立ちを思い出す。
 本当に笑うのはどんなかと考えて、そう考える自分にうんざりしたものを覚えた。
 知らない感情。
 知らない。
 なんでこの女が笑っただけで、こんなに安心するのか知らない。どうせなら、もっと不敵に大胆にしてればいいと。何故そう、懐かしむように思うのか。未満のものを見るような、見守るような気になるのか。
 ただ、泣いているのが鬱陶しいだけで、ならそんなもん見なくてすむ状況にしたいだけなのに。
 ――判らない。判ってたまるか。
「おいバノッサ! アネゴたちの知り合いに何してんだよっ!!」
 フラットの中を突っ切っていくと、バノッサ思うところの腕力自慢ガキが、目の前に立ちふさがった。
「何もしてねェだろうが」
「引っ張ってんじゃねぇかーっ!」
 しれっと返すと、絶叫で返事がくる。ビシッ、と。引きずられてぜーぜー云ってる少女を指差して。
 ついてくるのがキツイなら、一言云えば良いだろうにと思ったものの、さすがにそこまでことばにするほど、自分が正直な自覚はない。
 そうして立ち止まった彼らに、さきほど散々人の神経逆撫でしてくれた少年悪魔が追いついてきた。
「っのヤロッ! ソイツを離せっ!」
 渾身の力をこめて、握っていた腕を引き離された。
 もともと、つかんでいる手のひら自体には、そう力を入れていなかったから、全力でかかられるとあっさり外れる。
 ただでさえバランスが悪かったところに、いきなり支えを失ったものだから、少女は体勢を崩して、そのままへたりと座りこんだ。
 そこにばたばたと、ようやく追いついてきた他の面々。
「あのなっ! おまえなっ! いきなり引っ張って何処行くつもりなんだよっ!!」
 ぎゃあぎゃあ噛みついてくる誓約者のひとりの叫びは、眼光一閃で応じる。
 それを真正面から受けて立ったハヤトが、さらに声を張り上げようとしたとき。

 ピ――――――

 廊下の右手、彼らのすぐ傍のドアから、何やら機械の鳴り響く音がした。
 そうして、聞こえてくる声。

『ごめんなさいー! 誰かいないかしらー!?』


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