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第29夜 弐
lll 小悪魔(?)VS元魔王(?) lll




 覚悟を決めよう。とりあえず。
 アヤたちが、自分以上の難関絶壁乗り越えてきたことを聞いたせいでか、もとりあえず、肝が据わった。
 いきなり大勢に話すには込み入りすぎてるから、と大多数の人間を追い払った食堂には、アヤとソル、ハヤトにクラレット。バノッサ。それから自分たちしかいない。
 扉の外で聞き耳を立ててるいくつかの気配を感じるが、とりあえず、室内に残ったのはこれだけだった。
「いくつか訊きてェことがある」
 この状態が出来上がって、真っ先にバノッサが口を開いた。
 どうでもいいけどテーブルに足を乗せるのはやめたほうが、とは、ちょっと怖くて云えない。
「この間とちっと前と今日のついさっきだ。でかい魔力と、耳鳴りの正体は手前ェか?」
「魔力と、耳鳴り」
 疑問符さえつけずに復唱し、そういえば、荒野でもそんなことを云っていたような。と、思い出す。
 やはり、この場合のそれは、アレのことだろうか。だとしたらば、魔力の方はともかく、耳鳴りを間近で聞いていた自分たちにはそれがとんでもなく不快なものだった記憶がある。
 アレが聞こえていたのなら、そりゃあ不機嫌にもなるだろう。
 ……ただ、気にかかる。こんな西の端にいても聞こえたということは、アヤやハヤトはともかくとして、バノッサもまた、かなりの魔力の持ち主なんだろうか――?
 視線をめぐらせると、やはり、アヤたちにも聞こえていたらしい。回答を待つ視線が、に集中していた。
「えぇと……」
 とりあえず日付を訊いてみたら、ものの見事に自分たちが夜逃げした日と一致していた。
「最初の魔力は、あたしの仲間が放って暴走しかけたもので」
 ならばこれ以外に原因はあるまい。半ば諦め境地で白状した。
「次の耳鳴り……は」
 ちょっと口篭もる。
 話していいのかどうか迷ったが、どうも、話さない限り納得してくれそうにない。
 耳鳴りの聞こえた日付も、クラレットが覚えていた。――そしてやっぱり、一致していたのだ。
「……禁忌の森という場所が、ありまして」
 ぴく。
 ソルとクラレットが心なし居住まいを正し、表情を改めてこちらを見た。
 アヤとハヤト、それにバノッサは怪訝な顔をしている。どうやら、この地名を知っているのは、今反応したふたりだけらしい。
「そこには結界があったんだけど、ちょっと変な風に反応してパキーンと割れちゃって……そのときに近くを調査にきていたエルジンくんたちと知り合ったの」
「……『パキーン』……って」
 おいおいおい、とツッコミたそうなソルの声。
 さすがに、あの切羽詰った状況の糸口になったコトをその一言で表現するのは間抜けな気がしたのはたしかだ。が、他に適当なことばも浮かばなかった。
 ……ボキャブラリィのない自分がうらめしい。
 たぶん、そのときに起こった変な反応が耳鳴りになったんじゃないかとまとめて、その件も終わり。
「今までのはふたつとも、手前ェじゃねぇって云いてえのか?」
「です」
 全部が全部の仕業だと思ってくれていたらしいバノッサの声が、ちょっと気の抜けたものになっている。
 ……もし全部がやったコトだったら、いったい何されたんだろうか。
 そうして、続きを目で促される。
 いちばん最近の――たちがサイジェントに吹っ飛ぶ羽目になった魔力について。……だが。
 いいんだろうか。話してしまって。本当に。
 もしこれを――さっきバルレルが云っていたごまかしではなく、本当のことを話すなら、それこそ、すべての始まりから話さなければいけない。
 森に向かった理由。アメルが狙われていること、その命令を下したのはデグレアだということ、そうしてがレルム村に赴いた理由、記憶喪失の経緯。
 ――禁忌の真実。
「何、黙ってやがる」
 躊躇しているに、苛々してきたらしいバノッサが、とげを含んだ声をかける。
 だが、それに反応する余裕は少ない。聞こえる声は、どこか他人事。

 どうしよう、どうしよう?

 ネスティがずっと隠してきたこと、蒼の派閥の機密に関ること。
 そうして自分の大好きな人たちの運命に関ることを。今、本人の了承もなしに話してしまっていいんだろうか――

「いいんじゃねーの」
 バルレルがつぶやいた。

 はた、と思考を止めて、この場限りの護衛獣を振り返る。彼は、呆れた顔して、を含めた一行を眺めていた。
「……バルレル?」
「テメェの幼馴染みなんだろ? しかもエルゴの王なんて立派なシゴトやってんだろ? っつかぶっちゃけ、王サマどもはともかく、話さねーと納得しなさそうだぞそこの悪魔なりそこないは」
「……ンだとッ!?」
 最後のひとことが逆鱗に触れたらしいバノッサが、ガタン! という音も大きく、椅子を蹴倒して立ち上がる。
 だけどバルレルは臆した様子もなく平然と、
「ホントのこったろ? ……残り香がプンプンしてやがる。器のなりそこないだろ、テメエ」
「……手前ェッ!」
「きっちり喰われてサプレスに来てりゃ、いっそスッキリ逝けてよかったかもしれねぇけどなァ?」
「ちょっ……バルレルっ!」
「この野郎……たたっ斬られてェか!!」
 の制止の声をかき消すように叫び、バノッサが、傍に携えていた大剣に手を伸ばす。

 ――けれど。
 振り上げられたそれが、振り下ろされることは、なかった。
 とっさにバノッサへとしがみついた、誓約者たちのおかげでもあるけれど、たぶん、いちばんの原因は。


 真っ直ぐに。
 バルレルとかいう悪魔をかばうように、バノッサとの間に立って、その娘は彼を見上げた。
 その目が完全な黒ではなくて、夜の色なのだと初めて気がついた。
 変わったと思う。自分は。
 少なくとも、今誓約者たちと同じ席に着くことが出来るくらいには、自分の心境に変化はあったと思う。
 けれど、あそこまで古傷を抉るようなことを云われてそれを聞き流せるほど、気は長くない自覚はある。
 振り下ろせばいい。
 とりついている誓約者たちを振り切って、目の前の少女ごと、その悪魔を斬って捨ててしまえばいい。
 今までそうしてきた。これからもそうするつもりだ。
 なのにどうして。

 ――手が、動かない。

 真っ直ぐな夜色。それに気圧されたわけではない。
 たかが小娘の視線に、臆す理由はひとつもない。

 だのに何故。

 そうしてゆっくりと、少女の唇が持ち上がる。
「……バルレルを、怒らないでやってください」
「あ?」


 なんか予想外のセリフを聞いたときのように、バノッサの怒気が少し薄荒れた。
「この子も不安なんです、ホントのご主人とはぐれちゃって、帰れるかどうか判らなくて……だから……」
「おいまてこら勝手に人の心境見当外れの予想してんじゃねぇ」
 一生懸命お願いしているというのに、当のバルレルが後ろからつっこむものだから、信憑性皆無。
 何も云わずに足を踏みつけると、小さくうめく声がして、それを見ていたバノッサが、さらに気の抜けた顔になる。
 そしてまるで追い打ちのごとく、
「え? その子、ちゃんの護衛獣じゃなかったんですか?」
 イリアスから受けた説明を鵜呑みしていたアヤの、のほほんとした疑問が降ってきたものだから。
「あ、実はその……」
 それに対して、がわたわたとしだすものだから。
 硬かったその場の空気はそれっきり、あっさりさっぱり霧散した。
「……ケッ!!」
 ガタン、と。
 剣を投げ出し、乱暴にだけれど、再びバノッサが椅子に腰をおろす。
 それを見て、アヤたちも、も胸をなでおろし、ほっと一息ついて席に戻った。
 もう一度、はバルレルを見る。トリスの護衛獣である、サプレスの悪魔の(外見は)少年を。
 踏まれた足が痛いのか、ちょっぴり涙目のバルレルは、それでも気を取り直してくれたらしく、の視線に応えるように小さく頷いてみせた。
 うん、と、も首肯する。

 ――そうだね。話さなきゃいけない。

 アヤたちにもそうだけれど、バルレルにも話さなければいけない。ひいては、まだどこにいるのか判らない、ゼラムで出逢った仲間たちにも。

 デグレアを出発した訳、レルム村で拾われた原因。――そうして、彼らと一緒に歩き始めた理由。
 封印された禁断の森に踏み入った経緯と。
 禁忌として隠されつづけていた真実が、明らかになった瞬間のことを。

「……随分長い話になるけど、いいかな――?」


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