そうしては、サイジェントにいた。
当初の予定通りサイジェントにやってきたたちは、結局イリアスの計らいで調書とりを中止にしてもらい、そのままアヤたちが住んでいるという南スラムにあるフラットという孤児院に到着たのである。
「ただいま帰りました」
玄関のドアを押し開けて、アヤが明るい声をかけると、奥からぱたぱたと走ってくる足音。
ひょっこり顔を覗かせたのは、赤い髪をみつあみに編みこんでピンクのエプロンをつけた、年の頃はたちと変わらなさそうな少女だった。
「おかえりなさい! ……って」
こちらを見るなり絶句した彼女の後ろから、ひょい、と、鉄色の髪をした少年が身を乗り出してきた。
「どこ行ってたんだよ? ……ってオイ」
やっぱり、同じように絶句している。
「……ンだよ」
視線を向けられているバノッサが、それは苦々しい顔でつぶやいた。
いったいどうしたんだろうとおたおたしているの横で、アヤだけはどこまでもにっこりにっこり笑顔を見せて、
「リプレさん、ガゼルさん。紹介しますね。わたしの幼馴染みのちゃんです」
――とか、前後の説明まったく抜きにして云うものだから、
「「はあ?」」
リプレとガゼル。そう呼ばれたふたりの大合唱とともに、それまでバノッサに注がれていた視線が、一気にに向けられる羽目になる。
「ちょっと待ってよ。アヤたちって名もなき世界から召喚されたんでしょ? 幼馴染みって――」
「そいつも召喚されてきたのか?」
「え、いや、あの、その……」
しどもどしているところに、奥の部屋からわらわらと、出てくる出てくる。大量に。
「おお、バノッサ! ここにくるなんてめずらしいじゃないか、どういう風の吹き回しだ?」
「っせぇよ! こいつらに連れてこられたんだよ!!」
「あれ? アヤ、ソル、その人だれ?」
「あ、この人は――」
「アヤのアネゴの知り合いなのか? だったら強いよな?? あとで俺っちと手合わせしようぜ!」
「だめですのー! ジンガくん、マスターのお知り合いの方にご迷惑かけちゃいけませんのーっ」
「キュー!」
「あ! おまえもしかして……! なあ、俺のこと覚えてるか? ひとつ上だった新堂だけど」
わらわら、わらわら、大騒ぎ。
「新堂?」
かろうじて、その一端を掴もうとしただったが、
「あら?」
間が悪いというか良いというか。
そうした騒ぎの真っ最中に、一度閉じられた玄関を、再び開ける一行がいた。
「この騒ぎは、いったいどうしたの?」
「リプレさん、お邪魔しますよ。ご依頼されていた、先日の新作料理レシピをお持ちしました」
「あ、ありがとうございますペルゴさん! えぇっとちょっと待って下さいね……」
……大・混・乱。
余波がくるのを嫌ってか、の隣で黙って成り行きを見ていたバルレルが、ぼそりとつぶやいた。
「……うちのトコロより大所帯じゃねーか? コイツら……」
とりあえず、もはやすっかり話に入れなくなったとしては、彼のことばに頷くしかなかったのだった。
一応、入るだけの人間を食堂に詰め込んで。椅子が足りない人たちには立ってもらい、各々改めて、自己紹介を済ませた。
ついでに、どうして異世界にいるはずのアヤの幼馴染み――つまり、がこの世界にいるのかという理由も、大雑把に説明した。
そうして、がこちらで世話になっていた国の名前に反応を示したのは、やはり騎士職についているイリアスと、それからココで初めて出逢ったレイドとラムダ。
「じゃあ、君はデグレアで6年間育てられたのかい……?」
「はい」
「しかも育てたのが、あの名高いルヴァイドとは……」
どうやら、数度刃を交えたこともあるらしい。
戦場での彼の姿からは、とても子育てしている様子など想像できないと、ラムダが苦悩している。
「あはは、ルヴァイド様ってあたしたちと一緒のときと戦場では、結構違ってましたから」
手をパタパタ振って笑いながら、とりあえずフォローにならないフォローをしてみたり。
一度記憶のフタが開けられてからというもの、出てくるわ出てくるわそれまでの思い出やら経験やら。
とりあえず、笑って話せるものだけを出して、その他考え出すと止まらなさげな厄介なものは押し込めた。
……だって、それはとても話していいこととは思えなかったし、せっかく再会できた幼馴染みに心配かけたりはしたくなかったし。
「つまり……」
人差し指を顎に当てて、の正面に座っていたアヤが考え考え、口を開いた。
「あの時わたしと別れたちゃんは、そのままリィンバウムに召喚されて、デグレアのルヴァイドさんと仰る方に拾われて、一応軍人として育てられていたんですね?」
「うん」
軍人だなんて、と、アヤは少し苦い顔。
気づいたは、彼女が何か云うより先に、あわててかぶりを振った。
「――あ。あたしが、自分から頼んだの。その、どうしても、って」
「だからって、軍人だなんて……」
あ。やっぱり云われてしまった。
「そのころは、他に役に立てそうなことないって思ってたから……」
我ながらもう少し女の子らしい発想を出せばよかったのかもしれないが、今となってはそれも昔。呆れと照れが入り混じったの笑みに、アヤも何かを感じてくれたらしく、
「もう。ちゃんってば本当にたくましくなっちゃって」
……いささか、その、年頃の女の子に云うセリフなのかそれ、的発言で、その問題については置いてくれたらしい。
ちょっぴりやさぐれつつ、は小さく息をつく。
デグレアに落っこちてからの6年間は、殆ど正直に話した。
勝負はここからだ。
フタに押し込めたもの、押し込めなかったもの、それぞれをどう折り合いつけつつ組み立てようか考えながら、アヤの次のことばを待った。
「でも、そのちゃんがどうして、記憶喪失になってサイジェントの荒野に落っこちてたんですか?」
落っこちてた。て。
拾ったイリアスさんに一割ですか?
しょうもないツッコミは、脳裏をよぎらせるままにした。
「――それは――」
さてどうしようかと思いつつ、けれど黙っているわけにもいかず、が口を開いたときだった。
隣に座っていたハヤトが、ぽんぽんとの頭をたたく。
「え?」
……そうして視線を転じ。ふと、懐かしい感覚にとらわれた。
思い出すのは小学校の運動会。にとっては、最後の運動会の記憶だ。
学年対抗リレー。せっかく1位でバトンをもらったのに転んで、次の人にバトンタッチしたときには3位に転落していたとき。
悔しくて半泣きだったの頭を、そのとき体育委員だったハヤトが叩いて笑ってくれた。
そういえば、それから仲良くなったような気がする。
……半年も経たないうちにこちらに喚ばれたものだから、実は殆ど忘れかけていたけれど。いや、実際記憶喪失で忘れてたけど。
「あんまりにばっかり話させるのも、なんだろ。今度は俺たちの事情の説明しないか?」
「まったくだぜ」
賛同したのは、の反対隣に陣取って座っていたバルレルだった。
腕を組んでテーブルに上体を押し付けるという、実に失礼な態度でそれまでの話を聞いていた彼は、やっぱりその姿勢のままでアヤとハヤトを交互に見ている。
「……気になってたんだがよ、いったい、おまえら『何』なんだ?」
「何こいつ、失礼なヤツっ」
「っせぇよ、獣人」
彼の態度にむっときたらしい、メイトルパのメトラル族の少女のことばを、ざっくり切ってのけるバルレル。
それにますます気分を害したメトラルの少女――エルカという名前らしい――が、声を張り上げ、
「獣人だなんて一絡げにしないでよ! だいたいエルカはね、メトラルの族長の」
それが最後までつむがれるより早く、はむんずと手を伸ばしてた。
「バールーレールー」
むにむにむにー。
「いへへへへへへっ」
そんな護衛獣と召喚主(だと彼らはまだ思ってるんだろう)のやりとりを微笑ましく眺めていたソルが、ついていた頬杖を放して姿勢を改めた。
隣のクラレットと目を見交わし、それから、周囲の一同を見て。
「話せば随分と長くなるんだが――」
「とりあえず、かいつまんでお話しますね」
ソルとアヤのことばに、はこっくり頷いて、聞き体勢に入った。
そうして語られるのは、季節ひとめぐり分を遡り、この街で起きた事件のこと。
魔王召喚の儀式を試みた一派と、召喚された学生たち。
明らかになる力。繰り広げられる戦いと、いざこざと。
やがて訪れた試練と運命。
――誓約者。エルゴの王。
リィンバウムにおいてすでに神格化している存在が目の前にいるということ。
しかも、うちの一人は、にとって幼馴染みのお姉さんだということ。
「……」「……」
呆気にとられたとバルレルを、面白そうに眺めているアヤ、ハヤト。それから周りの人たち。
勘のいいバルレルも、さすがに目の前の少年少女がエルゴの王2代目だとは思わなかったらしい。愛嬌があるなぁ、なんてがのんきに考えてしまうくらい、目を丸くしていた。
っていうか。
ちょっと待て。
はっきり云ってしまえば、バルレルの驚きは誓約者が目の前にいるからだけでないのは、だって判ってるのだ。
ただ、その――あまりといえばあまりにも、タイミングがよすぎるというか。
「……エルゴの王って云ったよね」
「ええ」「ああ」
おそるおそる確認すると、アヤもハヤトもにっこり笑ってうなずいた。
記憶を取り戻した代償に、なくしていた間の記憶まで失うようなことにならなくて、本当によかった。そう思いながら、ことばを続ける。
「もしかして、エルゴの守護者さんとかギブソンさんとかミモザさんとかとお知り合いだったり……?」
脳裏によぎるのは、これまで何度か聞いた、ギブソンやミモザやエルジンやエスガルドの『知り合い』の話。
―色々スゴイことが出来る人たちだから―
たしかにそうでしょ。そりゃすごいでしょ。なんたってエルゴの王なんだから。
―その子たちって、貴女と同じ国の出身かもしれないのよね―
それはそうです幼馴染みなんですから。
きょとん。
食堂にたむろっていた全員が、数度またたきした。
次の瞬間。
「ギブソンさんとミモザさんと知り合いなんですか!?」
「デグレアにいたんだろ……なんでゼラムの知り合いがいるんだ!?」
「エルゴの守護者っていうと、カイナさんとかエルジンくんとも逢ってるんですの?」
「ミモザさん元気だった?」
「ギブソンさんってやっぱり尻にしかれてるわけ?」
にわかに嵐のような質問が、返事する間もなく次々と、たちに向かって浴びせられる。
答えようとしても、すぐに次の質問が飛んできて、それを聞こうとすると前の答えを迫られる。
まるで祭りのような大騒ぎになってしまった食堂に、けれど、次の瞬間。
がいーん。
「「「……」」」
一斉に静まり返った一行が、音のした方へと、おそるおそる振り返った。
そこにいたのは、おたまとフライパンを持って笑顔で立っているリプレママ。
「話し合いは。静かに。やりなさい。ね?」
……何か云える者はいなかったらしい。
母、強し。