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第28夜 弐
lll 心さえも見えない lll




 どこへ、行ってしまったんだろう。
 どうしているんだろう。
 自分たちと同じように、護衛獣として彼らの傍にいたあとひとりと、彼らが慕っていたあの人。
「……おにいちゃん、ごはん持って来たよ……?」
 控えめに、ハサハが扉を叩く。
 その後ろには、両手で盆を持ったレシィと、同じように盆を持つレオルド。
 コンコン、と、軽い音。
 人も通らず、静まりかえった廊下にただその音だけが響いて――

 それきり、無音。

「……」

 扉を叩いた音以外、何も聞こえない状態が数分続く。
 重苦しい空気が、廊下を覆いつくそうとする。
「ご主人様ぁ……」
 レシィがちょっと情けない声で呼ぶけど、いつも『しょうがないなぁ、レシィは』って笑ってくれてた、トリスの声は聞こえない。
「主殿……」
 レオルドのいつもの硬質な声も、扉の向こうのマグナには届かない。

 3人は顔を見合わせて、小さく息をついた。
 ハサハが、細く扉を開ける。
 入り口のところには、前回持ってきた食事がほとんど手付かずのままで残っていた。
 それでも水だけは減っているのが、救いと云えば云えるかもしれない。
 カーテンも閉めきられ、薄暗い部屋に足を踏み入れて、彼らは盆を取り替えた。

 ちらり、奥の部屋に続く扉に目を向ける。
 寝室になっているあの場所に、彼らの主がいる。

 だけど。
 彼らは、どうしても扉に近づくことが出来ないでいた。
 いつも応えてくれていた声と、笑顔がないから。
 手を伸ばしたらいつも握り返してくれていたのに、もう、それは拒絶されてばかり。
 彼らの主の姿は、ここからでは当然見えない。

 ――心も、もう、見えない。

「お食事、おいておきますから……」

 レシィが小さくつぶやいたのを最後に、3人は部屋を出た。

 どうすれば。ほんとうに。
 そう思いながら、思い出すのはあの人のこと。
 いつもいつでも『だいじょうぶ』って。云ってくれてた、あの人のこと。

 あの人に逢いたい。あの人と逢って欲しい。

 そうでなくても。思い出すのはここにいない、もうひとりの護衛獣。
 せめて彼がいてくれたら、あの勢いで主を引っ張り出したかもしれないのに。
 一度怖気ついた自分たちの心は、これ以上先へ踏み込むことを恐れている。彼ならきっと、そんなの吹き飛ばしてくれただろうに。


 どこに、行ったんだろう。彼も、あの人も。

 ……どこに。


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