どこへ、行ってしまったんだろう。
どうしているんだろう。
自分たちと同じように、護衛獣として彼らの傍にいたあとひとりと、彼らが慕っていたあの人。
「……おにいちゃん、ごはん持って来たよ……?」
控えめに、ハサハが扉を叩く。
その後ろには、両手で盆を持ったレシィと、同じように盆を持つレオルド。
コンコン、と、軽い音。
人も通らず、静まりかえった廊下にただその音だけが響いて――
それきり、無音。
「……」
扉を叩いた音以外、何も聞こえない状態が数分続く。
重苦しい空気が、廊下を覆いつくそうとする。
「ご主人様ぁ……」
レシィがちょっと情けない声で呼ぶけど、いつも『しょうがないなぁ、レシィは』って笑ってくれてた、トリスの声は聞こえない。
「主殿……」
レオルドのいつもの硬質な声も、扉の向こうのマグナには届かない。
3人は顔を見合わせて、小さく息をついた。
ハサハが、細く扉を開ける。
入り口のところには、前回持ってきた食事がほとんど手付かずのままで残っていた。
それでも水だけは減っているのが、救いと云えば云えるかもしれない。
カーテンも閉めきられ、薄暗い部屋に足を踏み入れて、彼らは盆を取り替えた。
ちらり、奥の部屋に続く扉に目を向ける。
寝室になっているあの場所に、彼らの主がいる。
だけど。
彼らは、どうしても扉に近づくことが出来ないでいた。
いつも応えてくれていた声と、笑顔がないから。
手を伸ばしたらいつも握り返してくれていたのに、もう、それは拒絶されてばかり。
彼らの主の姿は、ここからでは当然見えない。
――心も、もう、見えない。
「お食事、おいておきますから……」
レシィが小さくつぶやいたのを最後に、3人は部屋を出た。
どうすれば。ほんとうに。
そう思いながら、思い出すのはあの人のこと。
いつもいつでも『だいじょうぶ』って。云ってくれてた、あの人のこと。
あの人に逢いたい。あの人と逢って欲しい。
そうでなくても。思い出すのはここにいない、もうひとりの護衛獣。
せめて彼がいてくれたら、あの勢いで主を引っ張り出したかもしれないのに。
一度怖気ついた自分たちの心は、これ以上先へ踏み込むことを恐れている。彼ならきっと、そんなの吹き飛ばしてくれただろうに。
どこに、行ったんだろう。彼も、あの人も。
……どこに。