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第3夜 弐
lll 道は分かたれた lll



さんっ!!」

 泣きそうな顔での名前を呼ぶのは、トリス。
 心配してくれてるんだ。たった一晩、いっしょにいただけなのに。
 他の人たちも似たような表情なのを見て、は少しだけ、微笑った。
 優しさが判る。心から心配してくれているのが伝わる。だから――
 こんなときだというのに、心があたたかくなって。哀しくなる。

「卑怯者もいいとこだな、おい」
「なんとでも。我々にとって優先すべきは聖女の捕獲だ」
 フォルテの非難も何処吹く風といったそぶりでイオスが応じる。
「――この女の命が惜しければ、聖女を渡してもらおうか?」
 なるほど、そういうわけですか、イオスさん。ナイスな有言実行ぶりです。利用できるものはとことん利用しちゃうんですね。
 ああこんなことなら、つれてきてもらう途中でイオス蹴っ飛ばしてひとりで行けばよかった――などと、物騒なことを考えているだったが、ふと、違和感に気づく。

 あの子がいない。

 トリスの傍にいた、羽と尻尾を持った悪魔の少年――バルレルがいなかった。
 たしかに先ほどの戦闘では、戦っていたはずなのだけど。

 もしかして逃げ出した?

「んなわけあるかー!!」
「どわああぁぁっ!??」

 ひゅうううぅぅぅぅ―――――― …… だんッ!!!

「ばっ、ばばばばばば、バルレルくんっ!!??」
 空から悪魔が降ってきた――!?
 いや、ていうか!
「なんで君、あたしの心の声が聞こえたわけっ!?」
「今の顔はそういうことを考えてる顔だ!」
「な。」

 きっぱりはっきり少年悪魔に云いきられ、は思わず絶句した。
 ――むちゃくちゃな。

「おら、こい、ニンゲン!!!」
 頭上からの襲撃と、現状からは考えられぬ阿呆なやりとりで、イオスが一瞬あっけにとられた隙をつき、バルレルがの身体を横合いから奪い取った。
 そのまま腕をつかむと、勢いのままイオスたちの一団から離脱する。
「やっちまえ、メガネと長髪!!」

 ……メガネ。イコール、ネスティ。

 ……長髪。イコール、穏健そうに見えて実は物騒なローブの人。

 該当するふたりの召喚師は一瞬固まったが、すぐに自分の役割を思い出した。
 手にした召喚石に意識を集中させ、口早に呪文を詠唱する。
 間をおかず、淡い紫の光と鉄色の光があたりに満ちる。
「ギヤ・ブルース!!」
「エビルスパイク!!」
 回転ノコギリと悪魔の放った槍が、イオスのいるあたりを中心にして降りそそいだ。
 身の軽い者はイオスを筆頭に避けているが、ほとんどの兵士たちはそれに凪がれて倒れてしまう。
 あっという間に――戦力逆転。
 イオスは傷を負いつつもなんとか立っている数名を退かせると、ひとり、たちと向かい合った。
「誤算だったな。これほどの召喚師がついていたとは」
 ローブの男性を見ながら、苦々しげにつぶやく。
「何すかしてやがる! あとはテメェだけだッ!!」
 そのことばを遮るようにリューグが吼えた。そのまま一気に、イオスとの間合いを詰めようとした、

 刹那。
「さがれリューグ!!」
 フォルテが叫んだ。

 その声の迫力に圧されて、リューグの足が一瞬止まる。

 ガァン!!

「銃!?」

 耳を突き抜ける硬い音とともに、リューグとイオスの中間の地面に弾丸が跳ね返った。
 いっせいに、弾が飛んできたと思しき方向を見やる。
 黒騎士を思わせる、甲冑――けれどそれは人間ではない。機械兵士。
 ――ゼルフィルド。
「撤退スベキダ、いおす。コノ騒ギデハ、ジキニ王都の兵モヤッテクル」
「……やむをえまい」
 すかさずイオスは決断する。

「総員、撤退する!」

「させるかよ!!」
「待って!!」
 駆け出そうとしたリューグの腕に、がばり、はしがみつく。
「何するんだよ、逃げられちまうだろうが!!!」
「もう相手に戦意はないよ! 深追いしても、やられるだけだ!!」
「くそっ……はなっ……!!」

 ガァンガァンガァン!!

 それを牽制するように、ゼルフィルドの銃が再び火を噴いた。
「うひゃあ!?」
 およそ女性には似つかわしくない悲鳴をあげて、はその場からあわてて飛びのく。
 狙って撃たれたわけではないと判っていても、ついつい身体が反応してしまった。
 ずざっ、と、右手と左膝を地面につけて体勢を立て直し、顔をあげ――背を向けて走り去る、彼らを視界にとらえた。

 イオス。ゼルフィルド。
 ひととき寄り添った道は、ここで分かれる。
 だけど祈るくらいはきっと、神様だって許してくれる。願うくらいはさせてください。
 だってこんなに悲しいんだ。違う道を歩くってことが。
 どうしてそう思うのかなんてどうでもいい。悲しいもんは悲しいし、ずっとそのままじゃ嫌だ。
 少なくとも、はそう思う。
 だから祈る。願う。 次でなくていい、いつかでいいから――笑って逢うことが出来ますように。


 
 最後に振り返って見た少女の眼。黒い、澄み渡った夜空の目。
 その瞳に間違いなくイオスたちを映した――
 今は、そいつらに君を預ける。
 記憶がなくても君はそれを選んだのだし、そうしてそれは、そもそもの君の目的でもあったはずだ。
 だいじょうぶ。あの子は何も変わっていない。
 ただ、問題なのは記憶がまったくぜんぜんこれっぽっちも残ってないということで……
 そうである以上、土壇場になれば本気でイオスたちと戦いかねないということだけで……
 本気のと戦ったことはなかったが、もしそんなことがあればルヴァイドはともかく、イオスは本気を出さねばなるまい。
 なにせの師匠はルヴァイドであり、そのルヴァイドに自分はまだ及んでいないのだから。
 そのときになって、相手の命の心配などしてやれる余裕があるかどうかが――かなり問題だった。

 ソレハ、カナリドコロデナク、ヤバイノデハナイカ?

 とか云いたげなゼルフィルドの視線は、しれっと流す。
 今は違う道を行くけれど、
 届かない祈りかもしれないけれど、 ――また、君の本当の笑顔を見ることが出来るように。



! なんで止めた!!」
 イオスたちの姿が見えなくなって、すぐだった。
 我に返ったリューグが、ずかずかとのほうに歩み寄る。
「おいおい……むしろのおかげで命拾いしたんだぜ、おまえさん」
 戦闘中のまじめな顔はどこへやら、いつもの飄々とした態度に戻ったフォルテが、つとリューグを抑えるようにの前に立った。
「そうだな。もし深追いしていれば、あの機械兵士は遠慮なく君を的にしていただろう」
「……っ」
「ケッ、熱くなりやすいヤツはこれだからいけねーんだ。すぐ周りの状況を見失いやがって」
「バルレル、云いすぎでしょ!!」
 横槍を入れるバルレルを、トリスがたしなめて。
「ごめんねさん、リューグもまだ、戦いのほとぼりが冷めてないんだと思うの。でも無事でよか――……」

 さん?

 呼ばれているのは判った。
 でも身体が動かない。
 どうして、目の前のフォルテの背中がぼやけてみえるんだろう、そう考えて。
「げっ、こいつオンナ泣かせてやがる!」
「バルレルッ!!」
 あぁ、またあたし、泣いてるんだ。
「違う……」
 リューグのせいで泣いているわけではない、と、そう伝えたくて、は口を開く。
「ちがうの……」
?」
「ちがう、リューグさんはちがうから……だから――」
 ことばにならない。云いたいことがまとまらない。
 ただ悲しいだけなんだと、それだけなのに、ただそれだけがことばにできない。

「あ……?」

 不意に目の前が暗くなる。涙のせいではない。
 あ――だめだ、倒れる――
!」
さん!!」
 誰かが呼んでる。あたしの名前を呼んでる。――だけど。


 力を失って倒れるの身体を、誰かの腕が支える。
 確認できたのはそこまでで、すぐにの意識は闇へと沈んでいった。

 ――。あたしの名前。
 遠い遠い昔に聞いた、それは声。
 あたしの名前を優しく呼んでくれていた、大好きな大好きな―― 

  ごめん ね

 ねえ。
 あたしはいったい、何ですか?
 そしてあなたは、だれですか――?


 ……わたしは……



「テメエ……もう一回云ってみろ!」
「ああ、何度でも云ってやるさ!!」
 がんがんと、怒鳴り声が朦朧としている頭に響く。
 はぼんやりと目を開けて、頭痛に小さなうめきをもらすと、ベッドに身を起こした。

 ……ベッド?


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