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第3夜 壱
lll 大嵐警報発令中 lll



 選び取った道、選べなかった道。
 後悔なんて後でしてしまえ。
 今はただ、前に進むしか出来ないというのなら、そうしてしまえ。

 ひとつではないよ、進む先も歩く道も。
 別れたままではきっとないよ。

 哀しくても悔しくても、先に何が待ちうけていても、自分の心が決めたことなら、きっと進めるはずだから。 



 本日のの心の天気――『後悔の大嵐警報発令中』


 いや、まあ、たしかにあたしは、この道を歩くと云いました。
 気持ちに正直になると云いました。
 そしてたしかに、イオスは云いました。
 利用できるものは利用すると。
 自分たちはこの道を選ぶしか出来ないのだから、もう覚悟は決めたのだから、と。

 ……でも、ですよ。

 なんでこんな、しっちゃかめっちゃかな状況になっちゃってるわけですか――!!


 聖王都ゼラム、その一角の、大きな邸宅の前に今、突き刺さるように張り詰めた空気が存在していた。
 向かい合うふたつの集団。
 片方は、邸宅を背にして。
 そしてもう片方は、その進路を塞ぐように展開している。
 その、進路を塞いでいる側に、はいた。

 イオスにがっちり、腕をキメられて。

 ……痛いんですけど。かなり。

 加減してくれているのは感じるのだが、だいたいからしてこの体勢は、されているほうに相当負担がかかるのだ。
 痛みをまぎらす意味もかねて、ちらり、相対している一行に視線を移す。
 見覚えのない人がひとりいるが、他は全員、顔見知り。
 トリスにネスティ。リューグ、フォルテ。
 それから、フード付のローブを着て杖を持った男性がひとり。
 アメルはいない。
 邸宅のなかなのか、それとも別の出入り口から逃げ出したのか――
 だがそれは、今のこの状況にはとりあえず、関係ない。
 トリスたちは捕らわれの身になっている(ように見える)を目にして、動けないでいる。

 あぁ、なんでこんなことになったんだろう……

 心のなかで盛大に愚痴りながら、は、ついさっきの光景を思い出していた。
 そう、先刻も同じように彼らは睨みあっていたのだ。
 ただし、その場にはいなかったけれど。



 陣営でがブチ切れた翌日。
 をつれてゼラムへとやってきたイオスは、調査を続けさせていたらしい部下からの情報を聞くと、すぐさま行動に移った。
 目当ての屋敷の表口と裏口にそれぞれ兵を散開させ、自分は表側に移動。
 その際何を思ったのか、つれてきていたに「絶対にここから動くな」と告げ、邸宅の入り口から死角になる場所に潜ませた。
 さすがに天下の公道でここまで大仰なことを始めれば、中の人間だって嫌でも気づく。
 そうして出てきた彼らと、イオスたちはしばらくにらみ合っていたが、
「…この屋敷の者か?」
 口火を切ったのは、イオス。
「そのとおりだが、なんの用事かな?」
 ローブをまとった男性が答える。のんびりした口調だが、声音は硬い。
 つ、と、イオスが口の端を持ち上げる。
「とぼけても無駄だよ。貴方がかくまっている者たちを、引き渡してもらいたい」
 向けられる視線の先にいるのは、リューグ。
 おそらくはその向こうに聖女を見ているのだろうが。
 気も早く、斧を両手に構えるリューグをつと制し、ローブの男性はなお、会話を試みようというのか再度口を開いて、

「素直にひきわたすくらいなら、最初からかくまったりはしないだろう?」

 ――前言撤回。
 温厚そうなふりして、実は戦うつもり満々ですか、あなた。

 は、それはそれはつっこみたかったが、隠れている身としては出来ない相談だ。
 代わりに熱い視線を送っていると、ふと、イオスが意味ありげにのほうに視線を動かした。
 相手が気づかないほどの瞬間、目線だけでのほうを見る。
 一度だけ、視線が合う。
 ふ、と。
 刹那、イオスが微笑んだように見えて、は思わず、彼を凝視した。

 そうしてその直後、彼は叫んだ。刹那のそれを、振り切るように。

「総員、行動開始! 速やかに対象を確保せよ!!」
「させるかよッ!!」
 叫んで飛び出してきたのはリューグ。
 それを皮切りに、残りの全員も戦闘に突入した。

 だが、いかに現場が敵味方入り乱れて混戦と化していようと、ぽつねんと離れたところにいるには関係ない。
 出て行って皆に加勢したいのはやまやまなのだが、出て行く機会を逸してしまい、仮に今出て行ったところで流れ弾に当たりそうないやな予感がひしひしとしているのだ。
 で、何をしていたかというと。

「フォルテとリューグ、さすが接近戦タイプなだけあります、次々に兵士たちを切り倒している!」
「おぉっとリューグの足が滑った、リューグピンチ! そこにバルレルが槍で援護に入りました! 射程の長い武器はこういうとき便利だ!」

「…………」

「ネスティは呪文を唱えようとするも、横合いからの攻撃に邪魔されてうまくいきません!」
「トリスは早々に詠唱を諦めたか!? 短剣でもってネスティの周りの敵を散らそうとしています!!」
「あぁ、ここでローブの男性が杖を構えた!召喚術出るか!?」



「出ました召喚術! 悪魔が槍を敵に投げつけます、見事に刺さった、あれは痛い――――!!

「おい、!!」

 ……はい?」

 いつの間に、傍まできたのだろう。
 頭痛でもしているのだろうか、こめかみのあたりを指で押さえたイオスがのすぐ目の前に立っていた。
「小声でやってたつもりなんだけど……うるさかった?」
「そういう問題じゃない……」
 何かとても疲れた様子でため息をつくと、イオスはそのまま、に向けて手を伸ばす。
「え?」
 ぐい、と強く引っ張られて、その勢いのまま、はイオスの胸に飛び込むような体勢になった。

 細身の割に、やっぱりしっかりした身体つきだわこの人……

 何を考えてるんだ君は。

 それはさておき。
 イオスが何をするのかわからないは、されるがままになっていたわけだが。
「ちょっと痛いかもしれないが、我慢してくれ」
 ということばに、はたと気づけば時すでに遅し。

「あいたたたたたたた――――!!」
 ちょっとどころじゃないでしょこれはイオスさん――!!
 ものの見事に腕をがっちりキメられて、叫べば当然、それは周囲に響き渡る。
 ――そう、戦闘にすっかり意識を集中させていた皆さんにも聞こえる。

 あいたたた。
 別の意味で。

 そうして話は冒頭に戻るわけだ。


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