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第2夜 参
lll 今選び取る先に lll



「おまえは……」
「できれば隠さないでくれると、うれしいです」
 重いルヴァイドのことばを遮るように、が云う。
 自覚ないままに伏せていた目を上げて少女を見ると、彼女はやっぱり、真っ直ぐにルヴァイドを見つめていた。
 ――変わらない。
 自分たちのことを忘れ、立っている立場も180度変わって、それでも。
 
 おまえは――
「あたしもまだ判らない」
 少女の唇が、ことばをつむぐ。
「あなたたちはレルム村を壊した。みんな殺した。許せないことだと思う」
「……そうだろうな」
「だけど、ね。憎めないんです」
 微笑う。
 ふぅわりと、まるで、デグレアにはくることのない、春の季節の花が咲くように。
「あなたたちはそれを痛いと思ってる。そして誰かが復讐を求めるなら、それを受け止めようとしている」
 あたしはそれを評価したいし、何より――

 あたしは、あなたたちのことをたぶん、好きだったんじゃないかなと、思うから。

 考えて考えて、一生懸命考えた。
 この胸に溢れる、初めて出会ったはずの彼らへ覚えるあたたかい気持ち。
 そうして、レルム村のことも記憶をなくしたことも、全部全部どかした先にあった気持ちは。

「教えてほしいんです。あたしは、あなたたちの――」
「……」
「あなたたちの召喚獣だったんじゃないんですか?」

 ごとり。

「ああぁぁあぁっ、ルヴァイドさんっ!?」

 一気に脱力して床に倒れ伏したルヴァイドを目の前にして、大慌てる
「る、ルヴァイドさ〜ん……?」
 れっきとした成人男性を抱え上げる力があるとは思えなかったので、ぽふぽふと、必死に肩を叩いて呼びかけた。
 なんでなんでなんで!? あたし一生懸命考えたんだけどっ!?
 バルレルやハサハが、異世界のにおいがするって云ったから、もしかして召喚されてたのかなって……
 そう思っただけなのに、なんでこう思いっきし脱力されなくちゃなりませんかッ!?

 が必死にルヴァイドに呼びかけている間、彼は彼で必死に自問自答していた。
 曰く。

 何故この子はどこまで行っても天然素材なんだ……ッ!!!!!

 完全に父親モードである。素晴らしい。

 ともあれなんとか身体を起こしたルヴァイドは、心配そうに見上げるの頭に手を乗せた。
 既視感でもあるのだろうか、かすかに目を細めた少女に向けて、ゆっくりと告げる。

「おまえは召喚獣などではない」
「でも……」
 誰かに何かを云われたのだろうか、反論しようとするを手で制して、
「おまえは、おまえだ」
「え?」
 予想していたのとはまったく違う答えだったのだろう、はきょとんと目を丸くした。
「俺はおまえについて、まだいくつかのことを知っているが、今は云えん」
「……どうして?」
「それをことばで教えるのは簡単だが、それだからと云って、おまえはそれを本当に納得できるか?」
 暗に。
 それは、言外に、がルヴァイドたちとなんらかの関係があることを明言したも同然だったけれど。
 は少しだけ考えるそぶりを見せて、それから小さく首を振った。
 それが事実だというなら、受け入れる覚悟くらいはあったのだろうが、大本の部分から納得しようというのは、どだい無理な話だろう。
「おまえは、おまえの心が望むとおりに動け。記憶がなくとも、その心は変わっていないのだから」
 国と贖いにからめとられて動けぬ俺の代わりに、せめて。
 たとえこの先、対立する道が待っていようと。
「俺は――俺の選んだ道を行く」
 もはや自分は、これ以外は選べない。
 先刻訪れた本国からの使者を、苦々しく思い出しながら。
 告げられた、事実をやはり、苦々しく思いながら。

 そう。何故たった一人の少女を、デグレアが求めるのか。遅まきながらに今更に。寄越された、それは理由。
 聞いたが最後。それはデグレアの悲願。
 がまだ彼らとともにいたら、きっと聞かされていただろう、宿願。
 この子は知らない。デグレアが戦のために何を求めていたのか。
 この子は知らない。そんな闇の部分には努めて近づけさせなかったから。
 それだけが、今は救いかもしれない。

 ――それは禁忌の力の封印を解く鍵。
 ――その先には十数年に渡ってデグレアの求めてきた、力。

 聞いてしまった以上。
 己がデグレアの騎士である以上。

 もうこれ以外は選べないと。

「あなたは?」
「――?」
「あなたはそれでいいの?」
 静かに見つめてくる黒の瞳に、ことばを失った。
 これでいいのかと何度も己に問うている。今までも、そしてこれからもそれは続くだろう。

 けれど。

「……あとでイオスに、ゼラムまで送らせる。約束したのだろう?」
「…………」
 沈黙は、一秒もなかった。
「あ――――っ!!」
 それまで浮かべていた真摯な色を一瞬にして消し去り、は大声で叫んだのである。
「そう、そうだった!! あたし、トリスさんたちのとこ行かないと!!」

 単純な性格で助かった、と、ルヴァイドはこのとき思ったという。
 口に出してたらきっと当人、「悪かったですね」とかふてくされたに違いない。


「あ、そうだ」
 勢いのままに天幕を飛び出しかけたが、不意に振り返った。
 太陽の光を背中から浴びて、その表情はよく判らなかったけれど。笑っているのだと、そう思った。

「やっぱりここにきてよかった。逢えてよかったです」

 あのまま炎の中を駆け抜けていたらきっと、ただ憎んだままになったかもしれないから。
 それだけを告げて、少女は今度こそほんとうにルヴァイドに背を向け、走り去っていく。
 視界からそれが見えなくなるまで、ルヴァイドは彼女を見送って――そうして、ふと、口元を緩めた。
 これからも自問は続くだろう。
 後悔も慙愧の念も、数え切れぬほどあるだろう。
 一族のかぶった、反逆者という汚名を雪ぐためにはこれしかないと信じていても。

 ――それでも。

「……ああ」

 聞く相手はとっくにいなくなっていて、けして届かぬ返事を、ルヴァイドはつむいだ。

 そう、それでもきっと。




 がイオスを見つけたのは、ルヴァイドの天幕から走って少し行ったところにある、川べりだった。
 なにやらぼうっと空を眺めているようで、その少し離れた場所に、でっかい機械兵士。
 ……あれはたしか、機界ロレイラルの召喚獣とかゆーやつのはず。
 昨日教えてもらったことを思い出して、当てはめる。

 それにしても、アレのどこが『獣』なのか150文字以内で述べろって感じだよなあ。

 むちゃくちゃなことを思いつつも、どことなしに気をぬいた様子のイオスを見るうちに、悪戯心が顔を覗かせ――
 結果、はそぉっと足音を殺して、彼の背後に忍び寄った。
「わっ!!」
「――!?」
「……ありゃ?」
 の予定では、背中から不意打ちで驚かすつもりだった。
 だが、予定は未定。
 気づけば視界は反転し、見開いたの目に移るのは青い空。イオスがよりかかっていた木の葉っぱたち。
 それから――
 さらり、と、やわらかい金の髪がの頬をくすぐった。
 優しい光を宿してを覗き込む、赤い瞳。
 くすくす、笑う声も聞こえる。
「どうした? 驚かすつもりだったのか?」
「……そうですが」
「残念だったな。君の手口くらい――」
 云いかけて、イオスはふと口をつぐんだ。
 しばし目線を彷徨わせ、やがて意を決したように、再度に視線を合わせる。
「ルヴァイド様に逢ってきたのか?」
「うん」
「そうか……考えは、まとまったのか?」
「とりあえず」
 微笑を浮かべて、イオスに答える。
「とりあえず、あたしはあなたたちを好きなんじゃないかってことは、自覚できたと思う」
 だから許せないけど、憎んだりはしない。
 あなたたちが悲しそうだと、あたしも悲しい。
 なんでそう思うのかは、まだあやふやなままだけど、この気持ちだけははっきりとしてるから。
 悲しんでほしくないんだ、あなたたちにも、レルムで一緒だった優しい人たちも。
 一息に告げ、は笑った。
「だから、あたしはあたしの思うとおりに動くって決めた。どっちを思う気持ちも大切にするって決めたんだ」

 だから、今はみんなのところへ行く。約束を果たさないといけないから。
 せめて無事な姿は見せてあげたいしね。

 そう云うと、イオスの強張った顔が、心なし和らいだように見えた。だけど、どこかさびしそうに。
「――行くのか?」
「行きます」
 きっぱり、はっきりは云った。
 情緒もへったくれもありゃしない彼女の態度に、イオスはくすりと笑う。
 それから、完全に自然にとけこんでいたロボット――ゼルフィルドというらしい――を招きよせて。
「ドウシタ?」
、今は、あいつらのところに戻るそうだよ」
「――ソウカ。ソレガイイダロウ、今ハ」
「あなたも、そう云うんだね」
 淡々と――機械兵だから当然だが、同意したゼルフィルドに、は語りかけた。
「ルヴァイドさんと同じコトを云うのね、あなたも」
「我ガ将ナラズトモ――いおすモ云ウダロウ」
 そうなの? と、首をかしげて見やれば、彼も同意を示す。
「だけどね、
 それから急に真顔になったかと思うと、なお首をかしげていたに、こう告げた。

「僕たちは軍人だ――そして目的がある。気に食わない目的だが、目的は目的だ。その目的のために、利用できるものは利用させてもらうよ」

「将ハ、スデニ覚悟ヲ決メテイル。本格的ニ聖女捕獲ニ乗リ出スツモリラシイ」

 …………はい?

「あなたたち、まだ聖女を――アメルを狙ってるの!?」
 あんなことをまた、繰り返すの!?
「ついさっきだ。たぶん君がルヴァイド様に逢う前。通達が来た。『何よりも聖女の捕獲を優先せよ』」
「……な……」
 ――あの方はうなずいたんだ。そう、イオスは続けた。
「もう一度云う。僕たちは、軍人だ。そうである以上、選ばざるを得ない道がある。……
「だからって……!!」
「君ならわかるだろう、
 真剣な瞳。
「記憶はなくても、君は判るはずだ」
 無理なことを云っている自覚は、イオスにもある。
 記憶がなくても、だなんて。
 彼女が自分たちへの感情をおぼろげにでも、覚えてくれていただけでも奇跡なのに。
 目の前の少女が、何かを云おうとして、そして黙り。
 そしてつぶやく。

「…………選ぶんだね。その道を」

「ああ」

「今は、その道を行くんだね」

「アア」

 一人の問いに、ふたりが応える。
 本来なら同じようにその道を歩くはずだったひとりの問いに、その道を歩くことを選んだふたりが答える。

「――抵抗するよ」
 それでもきっと、アメルを渡すわけにはいかないと、この心が告げるから。
 あたしはきっと、その道を選び、そうするだろう。
「そうだな」
「最悪になったら、殺すくらいの気持ちで行くかもしれないよ」
「そうだな」

「……女の子ひとりに何が出来る、って思ってない?」
「……さぁね」

 むすっとして告げたの頭を軽くなでて、イオスが笑う。
 それを眺めるゼルフィルドの目が、心なしかやわらかい光を宿したように見えた。


 大好きです。きっと。
 あたしを優しく迎え入れてくれた、アメルたち。
 泣きたくなるほど切ない思慕を覚える、ルヴァイドたち。
 どっちもきっと、振り切れない。
 今はどちらを選べばいいか、判らない。

 なら今は、思うとおりに動くしかない。
 黒い騎士たちに、聖女を渡すわけにはいかないと、あたしの何かがそう告げるなら。

 今は、あたしはこの道を選ぼう。
 記憶のことはいい、今はこの気持ちだけがすべてだ。

 ――先に何が待ち受けていても。


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