「…………」
荒野。
穴の底の土の感じから、なんとなくそんな印象は受けていたのだけれど。
まるで地平線さえ見えそうな、っていうか見えている、どこまでも続く赤茶けた大地。ところどころに転がる岩。乾いた風の吹く頭上には、白い雲を点々とちりばめた青い空。
「ドコですかココは」
「オレが知るかバカ」
思わずつぶやいたの独り言へ、律儀に返答するバルレル。君がとても恨めしい。
「もっ……もしかして、あたしたち、迷子?」
「だろうな」
途方に暮れまくったそんな問いでさえも、答えるバルレルは楽しそうだった。
何がそんなに楽しいんだと思わず訊いてみれば、他人の不幸はなんとやら、という有難いお答えが返ってくる始末。
こんちくしょう。
っていうか君もその不幸の真っ只中でしょうに。
「あのニンゲンにアレコレ云われねーで済むかと思うと、気が軽くてなー」
「トリスが泣くよそんなコト云うと」
「ケッ、アイツがそんなタマかよ」
「むか。トリスはちゃんとねえ――…………」
ってそうじゃなくてさ。
頭を抱えるだった。
なんでこんな切羽詰った状況なのに、いつもどおりの会話しかしてないのさ、あたしたちは。
とりあえず。ここがどこなのか、まず、把握しなければいけない。
それから、ゼラムに戻る手段を見つけて戻らないといけない。
こんな悠長な会話をしているときにだって、頭の片隅にあの光景はこびりついている。爆発に巻き込まれる前に見た、ネスティの姿とアメルの翼。
泣き出しそうな顔をしていた、マグナとトリスの表情。
召喚兵器ゲイル。それを生み出したのはクレスメントの一族と、融機人ライルの一族。最後の召喚兵器アルミネ。
マグナとトリス。ネスティ。アメル。
以前ネスティから聞いた話と、さっき自分の目にした光景が、嫌な予想をたてさせる。
誰かに――ここにはバルレルしかいないから、バルレルに云って、「そんなことねぇだろ」とか否定してもらいたいけれど、口に出すのが怖かった。
ほぼ確実に肯定されるだろうから、怖かったのだ。
それは、とんでもない事態のような気がするからだ。
それはもしかしたら、運命さえ変えかねないような気がするからだ。
重い気分になってしまったの横では、相変わらず、バルレルが笑みを浮かべていた。
「あー、なんかこのままとんずらして気楽に生きるってのもいーかもしんねーなァ」
「バルレル!?」
聞き捨てならないそのことばに、血相変えて振り向けば、
「ジョーダンだよ、ジョーダン」
ケケケッ。と、どこまでも普段どおりに笑う彼。
怒る気力も奪われて、はそのまま服が汚れるのも構わず、地面にへたりこんだ。
見上げればどこまでも続く蒼穹。
時折頬を撫でていく、乾いた優しい風。
ずぅっと向こうまで続いているのは、赤茶けた大地。
……ほんとうに。ドコなんだろう、ココは。
こんな荒野のど真ん中、偶然旅人が通りかかるなんて可能性に賭けてみるようなことをするつもりはなかった。
どうせ四方八方全然判らないのだし、まずは動いてみるべきだと思った。
……の、だけれど。
「貴方たち、そこで何をしているのです?」
先に、動いてた人たちがいたらしい。
少し離れた場所から発された女性の声が、不意にたちの耳を打ったのである。
声のした方を振り返って見れば、なんで今まで気づかなかったのだろうとついつい自分を呪いたくなるくらいの、遠巻きに自分たちを眺めている一団が視界に入った。
遠目にも判る立派な鎧。たぶん、騎士団か何かなんだろう。
そんななか、おそらく責任者だろうと思われる、他の騎士よりも幾分目立つ装いの、白い鎧に赤いマントをまとった金髪の騎士が、たちのほうに一歩を踏み出した。
その隣に控えていた、おそらく声をかけてきたと思われる女性も、こちらに向けて足を踏み出す。
他の人たちは、たちが何をしたというのやら、腫れ物に触るような目を向けているだけ。
「何モンだ、テメェら?」
さりげなくの前に動きながら、バルレルが問う。
敵意まじりのそのことばに、むしろの方があわててしまったのだけれど、幸い、女性の方は眉をしかめただけだし、騎士に至ってはにっこり笑顔を見せてくれる。
そのまま彼らは変わらず歩みを進め、たちの正面で止まった。
「自分は、サイジェントの騎士団長を務めているイリアスだ。こちらは付き人のサイサリス」
「あ、どうも。です。こっちがバルレルです」
「……テメェな……」
あっさり返答してんじゃねーよ、と、バルレルがブツブツ。
だが、イリアスと名乗った騎士団長さんの笑顔が、なんとなく人好きのする良い感じのものだったので、悪い人ではないだろう――とまあ、は殆ど直感で判断してしまったのである。
そんなとバルレルのやりとりに、イリアスの笑みが、微笑ましいものに変わった。
たぶん街なんだろう、そのサイジェントを巡回してて子供を見かけたらこんなふうに笑うんじゃないかと云うような。笑み。
――てか、サイジェント?
どこかで聞いたような、気もするような。あれ?
「イリアス様……」
こちらは少しばかりの渋面になって、サイサリスと呼ばれた女性が騎士団長の名を呼ばわった。
「ああ、そうだな。すまない、サイサリス」
一度そちらを振り返ったイリアスは、軽く彼女に謝罪すると次にまた、たちに視線を戻した。
それから、背後にいる一団を振り返る。
「彼らか? あの穴の底に光と一緒に出現したというのは」
「はい。我々が見ている前で、いきなり閃光が疾り、覗き込んだときにはそのふたりが気を失って倒れていたんです」
イリアスへ応えた騎士とは別の、後ろに控えていた騎士が、そのあとをつづけた。
曰く、
「にわかに空が曇ったと同時に、まるでいかづちのようにすさまじい光が天から降ってきたのです。なのに音や振動の類がなく、どこまでもを貫きそうな強い光だけが、そのとき出現していました」
「……」
「……」
とっても素敵に詩的な表現をありがとう。騎士より詩人になれ。
むずがゆい表情になったバルレルの心持ちを推察するなら、そんなところだろう。彼ほどではないが、も似たような気分だ。
なんかとんでもなく派手な登場をしてしまったんじゃないだろうかという予感が、ひしひしとの胸を苛んでいた。
今のことばが事実なら、そりゃあ畏怖とか好奇の視線を向けられてもしょうがないだろうけど……
「っていうか気を失ってるって判ったなら助けろよテメエら」
ぼそり、バルレルが低い声でつぶやいた。
そしたら余計な労力使わねえですんだのによ、と、声量を抑えて云った後半までは、幸い、以外には届かなかったが。
同じようなことを思ったらしいイリアスも、少し苦い表情で、己の部下たちを一瞥する。
「……自分たちを呼びに来る前に、救出活動をしようとは思わなかったのか?」
「ですが、騎士団長殿も存じておられるように、この穴に関ることは、顧問召喚師殿たちの許可がなくては……」
「人命がかかっているかも知れないときに、建前をどうこう持ち出す余裕などないと思うが……」
まあ、自力で脱出してきたようだからそれはいいとして。
そう小さくため息をついた騎士団長さんは、再びたちに視線を戻す。
「そういう訳でね。……君たちは、この穴がなんなのか知っているかい?」
「いえ全然」
記憶喪失中のが、知るわけもない。
バルレルはどうかと目を向けるけれど、こちらも「知らねえ」と首を振るばかり。
ふたりの返答を見て、イリアスは、どうしたものかと考えるように首をかしげた。が、直後つづいたことばを見るに、まとめ方を考えていたのかもしれない。
「……ここは、一年ほど前に大きな事件があったところなんだ。今は立ち入り禁止区域として、サイジェントの騎士団によって管理されているんだよ」
だから君たちは、本当に文字通り、忽然と此処に現れたことになるんだ。
「どうやってここにきたか、と、訊いてもいいかい?」
説明を求めるイリアスの声に、はどうしようと頭を悩ませる。
訊いてもいいかと云われれば答えざるを得ないのだけど、訊かないでくださいと云いたくなるような事情だからだ。
蒼の派閥によって厳重に隠されつづけた禁忌の森に天使の羽根を使って入って伝説の時代の機械遺跡に特攻を仕掛けたあげくに敵に自爆されて空間飛ばされたらしい、なんて。
云えたもんじゃない。
というか云えるわけがない。
どう誤魔化したものだろうと逡巡しているだったが、そこへ聞こえてきたのは騎士団のせっつく声ではなく、バルレルの発言だった。
「コイツの」とを指し、云うにことかいて「召喚術が変な風に暴走して、空間がねじくれたんだよ」
と、きたものだ。
「……え?」
「ってコトにしとけ。話合わせろ」
きょとんと見上げたを見ようともせず、バルレルはぎりぎり聞こえるくらいの小さな声でそう告げてきた。
「ついでにオレはおまえの護衛獣だ。いいな?」
「はぁ?」
「たまにいんだよ。召喚主のいない召喚獣を保護とかほざいて好き勝手しようとしやがるバカが」
「……あ、なるほど」
それなら話は判らないでもない。
だって、バルレルを赤の他人の好き勝手にさせたくはないし。
ていうか少なくとも、何がどうなるとしても、彼はちゃんとトリスの処に帰してあげたいし。
「そうか……」
とバルレルが内緒話をしている間に、イリアスはなにやら数度うなずいて、納得した表情になっていた。
あっさり信じてくれてありがとう騎士団長。
「では、すまないが調書をとらせてもらえるかな。サイジェントまで足を伸ばす時間はあるかい?」
部下たちと何かを話し、再びこちらに向き直ったイリアスのことばに反対する理由は、にもバルレルにもなかった。
むしろ街まで連れて行ってもらえるんだから願ったりである。
状況が状況なもんだから、諸手あげて喜んだりは、出来なかったけど。
しばらく歩くけれどだいじょうぶかと云われ、だいじょうぶですと頷いて、やせ我慢かよとつっこまれ、ほっぺたむにーとし返したのち、出発。
さて、どれが誰の行動でしょう。
そんなこんなでとりあえず、荒野のなかを一路、サイジェントに向かって歩みを進めていたりする、騎士団一行のど真ん中。
はふと、隣を歩いていたバルレルに、小声で話しかけた。
「……ねえ、バルレル」
「ん?」
応えて、彼は視線をこちらに向ける。
「あのとき……最後に、呼んだ?」
「何をだ?」
「えぇと……バカ野郎って」
なんだか、ひどく懐かしい声だったのだ。
意識全部、手段と力を求めて傾ける寸前だったから、誰の声か判断出来なかったけど。
力を貸してくれる何かの存在を、たしかに感じたような気がする。
なんとなく、それはさっき飛んだときの感覚と、似ていたような気がする。
けれど、バルレルは曖昧に首を傾けて、
「さーな」
ニヤリ、人の悪い笑みを浮かべて笑うだけだった。