その瞬間何が起こったのか、理解する前に意識なんざかっ飛んでいた。
視界が真っ白になって、次に真っ黒になって、それからとんでもない衝撃が身体を襲って。
よくもまあ、ばらばらにならずにすんだものだと、自分でも思う。
身体に鈍痛が走るくらいで済んでいるのは、もしかしなくても奇蹟なのかもしれなかった。
さて、どうやら自分はまだ、この世に留まっていようだ。
さて、そうなると、ここはいったいどこだろう。
ぶつけた弾みの痛みらしいそれが、だんだんとひいていく。それに反比例して、身体の感覚がはっきりしてきた。
どうやら仰向けに寝転んでいるらしく、背中に感じるのはゴツゴツとした岩みたいな地面。
……森にいたはずなんだけど。
頭上には何もないらしく、遠慮会釈なく降りそそいでくれる太陽の光が暑いくらい。
……いや、だから森にいたはずなんだけど。
どうしよう。
目を開けるのが怖い。
なんだか、こう、とんでもなく、知らない場所にいるような気がした。
どきどきと、心臓の鼓動が早くなる。不安しか心に生まれない。
だから。
「おい! いい加減に起きろ!!」
耳に馴染んだその声が、すぐ横から聞こえてきたときには、それまでの不安さえくつがえすような、大きな大きな安堵を覚えて、
「……バルレル……?」
目を開けた。
「おう」
こちらがいつまでも目を覚まさなかったせいか、なんとなく不機嫌そうな顔で、バルレルがを覗き込んでいた。まなじりがちょっぴり下がっているように見えたのは、とりあえず心配してくれていたんだろうか。
身体に変調を起こしていないか確認しながら、ゆっくりと上身を起こす。
ザァッ、と、強く、乾いた風が上から吹き下りて、起き上がったばかりのの髪を大きくふくらませた。
「……」
もしかしたらかなり間抜けな顔をしてるのかもしれないなと心の片隅が思ったけれど、現実問題としてそれは目の前の状況にくらべたら小さすぎるものだった。たとえるならば岩石と砂粒。
――いやそんな話はどうでもいい。
足元には、赤茶色の地面。
左右を見渡せば、地面と同じ色の土壁。
その壁に沿って視線を動かしてみれば、ある一定でぷっつりと切れて、そこから先には青い空と白い雲。蒼穹。
呆然と、その光景をことばもなくして見上げているの身体から、こびりついていた土くれがポロポロと零れ落ちた。それを、風が再びさらっていく。
――いや、ていうか。
それもどうでもいいから。
「……ここ、どこ!?」
「知らねえ」
そういうときは気休めでもいいから「どこなんだろうな」とか一緒に戸惑ってくださいな。
つっこもうとして、はたっと気づく。
いや、今まで気づかなかったのが、むしろおかしいのだが。
「バルレル」
おそらく穴の底なのだろうと思えるこの場所で、会話してるのは自分たちだけ。
……とバルレル、だけなのだ。
ふたりだけが、このドコとも知れない穴底に、現時点で存在している全員、なのだった。
「みんなは……!?」
「さぁな。禁忌の森から吹っ飛ばされたのは、たぶん俺たちだけだろうから、アイツらはアイツらでまとまってるんじゃねーの?」
「……きんきのもり」
抑揚なくつぶやく裏側で、思考は急激に回転する。
返されたバルレルのことばは、とりあえずの状況を推測できるものだった。
つまり。
自分たちは禁忌の森にいた
↓
機械遺跡にトリスとマグナと護衛獣4人とネスティとアメルとおまけでが連れ込まれた
↓
トリスとマグナがクレスメントの一族だと云われ、見せられた召喚兵器とやらの映像がアメルの顔した天使だった
↓
外にいた仲間たちが、機械魔に襲われてて、とりあえず助けに出た
↓
撃退した一匹の機械魔が、自爆しようとした
↓
逃げられないと思ったら、ネスティが機械の身体になって機械魔に向かっていき、自分の身体が勝手に動いて、アメルに羽が生えてすさまじい光が発された
↓
衝撃がきた
↓
たぶん、そのときの衝撃でこんな場所に飛ばされて気を失っていた
↓
現在に至る
いや、こんなん筋道立ててみたところで、今の状態解決のためには何の役にも立ちゃしないのは判っているのだけど。
現状把握できてるかできてないかというのは、とりあえずパニック防止の役にくらい立つだろう。実際、考えているうちに、混乱も少しずつ退いてきた。
と、落ち着いたところで、これからどうしたもんでしょうか。
「とりあえず出るか」
視線を向ければ、いともあっさりバルレルは云った。
とりあえず出来ることと云えばそれしかないのだから、もこっくり頷いた。
「……って、この壁をよじ登れと仰います?」
「卑屈になんな」
と云われても。
目の前にででーんとそびえている土壁は、の身長と比較して、ゆうに3倍以上の高さがありそうだ。
しかもちょいとつついてみると、ぼろぼろと崩れる始末。
「俺たちが落ちてきて空いたってのなら、それなりに土中の湿り気も残ってるはずなんだがな……こりゃ、出来てそれなりに経った穴みてーだ」
「へー……よく判るねぇ」
の賞賛に、バルレルは、まあな、と胸を張る。外見相応で、ちょっとかわいい。
それから首を傾げ、
「オレは飛んで出れるけどよ、やっぱテメエにゃちょっとツライか?」
「辛いと思う。ってか無理」
きっぱり即答。
ここで見栄張ったところで、バルレルに迷惑かけるだけだ。だったら最初から素直に云っておくほうがましというもの。
の返答にバルレルは腕を組み、しばらく何かを考える素振り。
「……あるならだけど、近くの街に行って助けを呼んできてもらう、とか」
「戻ってくるのが二度手間だ。めんどくせぇ」
「あのねぇ……」
ここでめんどくさいという発想が出るあたり、さすが悪魔というべきか。人命救助に手間を惜しんでどうするのだ。
けれど常識で考えて、他に有効な手段があるとは思えない。
バルレルが覚悟を決めてくれるのを待っていただったけれど、
「よし、行くぞ」
ズイっと、目の前にバルレルの手が差し出されたときには、いったいこれから何をするつもりなんだと疑惑のまなざしを向けてしまった。
「いいから手ェ握れ。オレの云うとおりにしろ」
「う……うん?」
まぁ、何をするつもりか知らないが、失敗したらしたで今度は助けを呼ぶほうに同意してくれるだろうと思いつつ、は、そっとバルレルの手を握る。
トクン
小さな鼓動。
どうしてか、ずっと、護衛獣の子たちに感じていたうすぼんやりとした感覚が、その瞬間、急にはっきりとの琴線をつまびいた。
「しゃがんで、片手を地面に置いて目ェつぶれ」
すぐに寄越されるバルレルの指示があったため、それ以上、その感覚にひたってはいられなかったけど。
軽くうなずき、云われたとおりにしゃがんで目を閉じ、空いているほうの手を地面に添えた。
そうして、次のことばを待つ。
「心臓が脈打ってるのが判るな? それに合わせて呼吸を整えろ」
どうしてだろう。なんだか、妙に懐かしい。
「その感覚を全身に広げろ。足元にもだ。――そうしたら、次は地面に置いた手に意識を集中させるんだ」
「大地から心臓みたいな鼓動を感じたら、今度はそっちに、さっきの要領で同調させる。それから全身に広げる」
「今から云うとおりに思え。世界はおまえの手足だ。世界はおまえの一部だ。世界はおまえの願いをかなえるおまえの一部だ」
「そうしたら――もう一度思え。強く、念じるんだ」
飛べる、と。
ふわ、
最後のそれを心に強く浮かべた瞬間、浮遊感が身体を包んだ。
「え!? え!?」
「目はつぶってろ!!」
足元にあったはずの地面がなくなり、安定を失って動揺するの身体にバルレルの腕がまわされる。
もう少しで開いてしまうところだった両目のまぶたに慌てて力を入れ、ぎゅぅっと強く閉じた。
うっすらと見えだしてた光が、すぐに闇に塗りつぶされる。
「見えたら否定するだろ。『ニンゲンの自分がこんなコトできるわけない』って」
したら、落ちるぞ。
「だから見んな」
バルレルの云うコトは、判るんだか判らないんだかちょっと難しいことばではあったけれど、聞き返す余裕もない。
とりあえず、云われるままに目をつぶって、浮遊感に身を任せた。
身体がゆっくりと上昇する感覚。
そうして閉じた瞼を突き抜けて、光がうっすらとだけど、さっきより強く感じられるほどまできたあたりで、前進しつつ下降をはじめたらしい。
すとん。
足が再び大地を感じるまで、けっこうな時間が経過したように思えた。けれど、まあ実際は1分もあるかないかだったんじゃないだろうか。
「もう開けていい?」
「ああ」
目を開く。それから振り返る。
予想通りと云うべきか。
とバルレルは、たった今まで自分たちがいた穴を抜けて、そのふちに立っていた。
「……飛んだの?」
「まーな」
「あたしが?」
君はともかくとして。
「ああ」
「どうやって?」
「今やったろーが。……まぁ、なんかしんねーけどサプレスの気配が強かったから、手ェ貸す方も楽だったけどな」
「見るなって云ったの誰よ」
いつもどおりに人を食った返答をするバルレルに、もまた、なんとか普段の調子を取り戻す。
まぁ、無事に穴から出れたコトには変わりないし。結果オーライってコトで。
だがしかし。
目の前に広がる光景を見て、はまたもや絶句する羽目に陥った。